第52話 反撃するは我に有り

「シェル、ディア様・・・・・・・・?」

「ええ、私よ。で、どうしたのキベリア? こんなところで、そんなにボロボロで?」

 緩く結んだツインテールを揺らしながら、不思議そうな顔でそう問うてくるシェルディア。その顔には疑問と驚きの色が浮かんでいた。

「シェル、ディア様こそ・・・・・・・なぜ?」

「私は近くを散歩してただけよ。――というか、あなた話すのも辛そうね。あなたには確か傷を回復する事の出来る魔法もあったはずだけど・・・・・・・・それをやらないって事は、出来ないということね?」

 シェルディアはキベリアとはもう結構な付き合いだ。だから、シェルディアはキベリアの魔法の事を知っているし、その魔法がどのような事が出来るのかも知っていた。

「誰とケンカしたのかは知らないけど、仕方ないわね。私の生命力を分けてあげるわ」

 シェルディアがまるで母親なような表情で、軽くため息を吐いた。そして自分の細く小さな手で、キベリアの頬に触れた。

「・・・・・・・・!」

 すると不思議な事に、キベリアの体の痛みが徐々に引いていった。全身の打撲の後も綺麗さっぱりに消えていき、気がつけばキベリアの体は魔力を除き、全ての不調が回復していた。

「これは・・・・・・!」

 驚きのあまりか、キベリアは立ち上がり自分の体に触れた。痛みなどまるでなかったかのようだ。

(シェルディア様はいったい何をしたの・・・・・?)

 笑みを浮かべているシェルディアを見て、キベリアは1つ疑問を抱いた。シェルディアとは付き合いのあるキベリアだが、このような力があるとはキベリアも知らなかったのだ。

「うん、もう大丈夫そうね。それじゃあ教えて頂戴なキベリア。何があったの?」

「それは・・・・・・・・・話したいのは山々なのですが、まず私はここを離れないといけないのです。今の私は魔力が尽きたとは言え、闇人の力を解放した状態。その力の気配は常に光の女神『ソレイユ』に察知されますから」

 丁寧な言葉でシェルディアに事情を話す。普通、『十闇』のメンバー同士がこのような口調で話す事などない。キベリアもフェリートやその他のメンバーにはぞんざいと言っていいような口調だ。

 だが、『十闇』の中に1人だけ例外がいる。それが今キベリアの目の前にいる第4の闇『真祖』のシェルディア。通常、闇人だけで構成されている『十闇』の中でただ1人の純粋な人外。化け物。

 ではなぜシェルディアはフェリートよりもその位階が低いのか。もちろん、シェルディアは強い。それも尋常ではないほどに。あのレイゼロールをして「化け物」と評せらるほどに。

 その答えは、シェルディアがそのような位階に興味がないから。というのが答えらしい。らしいというのはキベリアが『十闇』に参入した時には既にそのような噂があったからだ。

 もちろんその答えも嘘ではないだろう。それはシェルディアを観察すれば、容易に想像できることだ。

 だが、理由がそれだけではない事をキベリアは知っている。シェルディアの位階の低さに疑問を抱いたキベリアは1度直接シェルディアに質問した事がある。「どうして、シェルディア様の位階はフェリート達より下なのですか」と。

 その問いにシェルディアはこう答えた。「4という数字が最も私に相応しく、また近しいからよ」要するに、シェルディアは4という数字が気に入っているからその位階に甘んじているという事だ。

 なぜ4という数字がシェルディアに相応しく、近いのかまでは教えてくれなかったが、そのような理由も含め、シェルディアは『十闇』第4の闇という事になっている。

「ああ、そう。なら私の現在の滞在地に行きましょう。私自身は気配遮断は出来るけど、あなたは出来ないものね。大丈夫よ、滞在地には結界を張ってあるし。そこならソレイユも気配は察知出来ないわ」

 そう言うと、シェルディアはキベリアに手を差し出して来た。どうやら握れということらしい。不思議に思いながらも、キベリアはシェルディアの右手を軽く掴んだ。

「? シェルディア様、これには何の意味が――」

「じゃあ、いくわよ」

「え?」

 訳が分からないといった感じのキベリアに、説明を一切しないままシェルディアは己の影に沈んでいった。

「ちょっ・・・・・・! ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 当然、シェルディアの手を握っていたキベリアも徐々にシェルディアの影に沈んでいく。

 そして軽い悲鳴を上げながら、キベリアは影へと完全に沈んでいった。2人は完全にその場から姿を消した。








「――そうですか。報告ありがとうございました。光導姫『巫女』」

「いえ・・・・・・・・それでソレイユ様、例の件はどうなったのでしょうか?」

「すみません『巫女』。その話はまたに・・・・・・・・私もこれからやる事がありまして。本当にごめんなさい」

「っ・・・・・そうでしたか。それは失礼しました。ではまたお伺い致します。それでは、今日はこれで失礼します」

「ええ、また。では地上にお送りしますね」

 『巫女』の報告と短い会話を終え、ソレイユは風音を地上へと送り返した。風音が言っていた「例の件」とは、風音が遭遇した『あちら側の者』シェルディアの事についてだ。風音は『あちら側の者』の事を知っているため、シェルディアが東京に出現したことが気になるのだろう。

(とは言っても、シェルディアがまだ東京にいるかどうかもわからないですし、もし居たとしても私には彼女の気配を探る事は出来ませんが・・・・・・・・)

 あれは自分と同じ一種の超常の存在だ。ソレイユとてシェルディアに関しては多くは知らない。

(・・・・・今は考えてもしょうがないですね。キベリアの気配は・・・・・・・・・完全に消失。という事は自分たちの本拠地へと撤退したということですね)

 思考を切り替え、ソレイユはキベリアの事について考えた。風音の報告では、キベリアは撤退したとの事だったが、戦いのあった場所のすぐ近くにキベリアの気配をソレイユは依然として感じていた。もしや弱体化による転移の失敗かとソレイユは考え、風音との会話の後に光導姫を派遣しようと思っていたのだが、どうやらそれはソレイユの思い違いだったようだ。現にもうキベリアの気配は消えている。

(少々引っかかる気がしないでもないですが・・・・・)

 ソレイユが思考の海に沈んでいると、どこからか声が聞こえてきた。

「・・・・・・・・・・おい。そろそろいいか?」

「はっ! ・・・・・・・・・ ど、どうぞ!」

 ソレイユはぎこちない笑みを浮かべ、その声のした方向――つまり自分の後方――を振り向いた。すると光の障子がそっと開き、中から制服姿の影人が姿を現した。

「・・・・・・・まさかとは思うがお前、俺の事忘れてやがったな?」

「そそそそんなことありませんよ!? だって私神ですし!! 忘れ事なんてするはずないじゃないですか!」

 前髪の下から恐らくジト目で自分を見てくる影人に、ソレイユは冷や汗全開でそう弁明した。あきらかに嘘っぽい感じだ。なんなら目が泳ぎまくっている。

「まあ、お前の頭の残念さは置いておくとして・・・・・・・・」

「いや置いておかないで下さいよ!?」

「ソレイユ、お前ちゃんと片付けくらい――」

「わああああああああああああああああっ!? 聞こえません聞こえません聞こえません!!」

 影人が呆れたように、自分が隠れていた障子の中に視線を送っていると、ソレイユが半分涙目になりながらそう叫んだ。さっきまでのキリリとした女神はどこへやら。目の前にいたのはまるで駄々っ子だった。

「ガキかよ・・・・・・・・ったく、おいさっさと立ち直れポンコツ片付け出来ない女神。一応、今から真面目な話すんだからよ」

「ひどい上に語呂が悪い!? やっぱりあなたには敬意が足りませんねっ! 私のプライベート空間のそのまた秘奥の場所に隠れさせて上げたのですから、お礼くらい言ったらどうですか!」

「その俺をうっかり忘れたお前が言うことかよ・・・・・・後、お前にお礼なんか言うかよ。むしろ、あんなとっ散らかった汚い部屋に隠れさせられてた俺に謝れ。精神的苦痛を感じた」

 憤るソレイユに止めの言葉を放ちながら、影人はここに訪れた時の事を思い出していた。森を去ってから影人は変身を解き、ソレイユに「話したい事があるからお前のとこに転移させてくれ」と念話で話した所、ここに転移してきたのだが、転移してすぐ後に『巫女』がなぜかここに来るとソレイユが察知したので影人はあの障子の奥に隠れる事になったのだ。

 依然から少しだけ気に入っていた障子の奥に入れたのはまあまあ嬉しかったが、いかんせんそこはひどく物が散乱した部屋だった。各地のお土産などが散乱した部屋にしばらく居ることを余儀なくされたのは、まああまり気分が良くなかった。

「な、なななななななななっ!?」 

「なんだバナ◯マンのモノマネか? つーか、仮にも女神なんだろ? 部屋が汚いってのはどうかと思うぜ」

 羞恥かはたまた怒りゆえかは分からないが、パクパクと口を開け固まったソレイユを無視して影人はこの空間の中央へと歩いていった。








「こほんっ! では気を切り替えて、真面目な話といきましょう。影人、話したい事とはいったい何ですか?」 

「主にお前の気だがな・・・・・・・・話したい事は簡潔だ。今日のキベリアとの戦いで、俺はまた何か・・・・・今回は明確に悪意だったんだが、それに体を乗っ取られた。で、そいつの正体がわかった」

「・・・・・・・・・・・・・えっと、ちょっと待ってください。余りにも情報が突発的すぎて、私の理解が追いつきません」

 影人が何でもないように言ったその言葉に、ソレイユはこめかみを押さえた。別に頭が痛いとかではない。ただ、本当に影人の言葉がいきなりすぎて、頭の中を整理しているだけだ。

「でだ、ソレイユ。お前、俺の意識を俺の精神世界に送るなんて事が出来ないか? お前、神だからそれくらい出来る――」

「ち、ちょっと待ってくださいって言いましたよね!? 私まだ情報を処理しきれてないんですよ!? というか精神世界? まっっったく話が見えてこないんですけど!?」

「神ならそれくらい理解しろよ・・・・・・」

 テンパっているソレイユに、影人はやっぱりこいつ頭が残念なんじゃと思った。別に自分はごく普通に淡々と話しただけなのだが。

「しゃあねえ。ならもうちょっと詳しく話してやるよ・・・・・・・・まあ、一言でいうなら――」

 全く理解出来ていなさそうなソレイユにそう告げて、影人は意地悪そうに口角を上げた。

「反撃するぜ。今まで散々いいようにされて来たんだ。反撃するは我に有り、だ」

 ――さあ、ここからは自分のターンだ。



   


 



「なるほど。あなたがなぜあんな所でボロボロになっていたかは分かったわ。まさか、スプリガンと戦ったなんてね。いいわ、羨ましい」

「羨ましいって・・・・・・何というか、さすがシェルディア様ですね。いや、私もスプリガンと戦う前はワクワクしてたから人のこと言えないか・・・・・・・・・」

 まるで子供のようにそう言ったシェルディアにキベリアは苦笑した。キベリアもシェルディアと会って話すのもけっこう久しぶりだが、やはりシェルディアはシェルディアだ。

「というか、少し意外でした。レイゼロール様がシェルディア様は東京にいるって言ってましたけど、まさかマンションの1室を借りて生活してるとは、思ってませんでしたし」

 シェルディアが言っていた滞在地に無理矢理連れてこられたキベリアは、軽く周囲を見回した。最初影から出てきた時、どこかの室内に転移したことに疑問を抱いたキベリアがシェルディアに質問したところ、「滞在先にしているマンションよ」とシェルディアは答えたのだ。

 どことなく情緒のある家具を見つめていると、シェルディアが再び口を開いた。

「はぁ、私も今日の戦いを観に行けば良かったわ。最近はこの東京で戦いの気配を感じても、どうせいないだろうと思って現場に行かなかったから。ちょっとした反省点ね」

 シェルディアは大きなため息を吐くと、「そう言えばお茶がなかったわね」と言って、テーブルに置かれていた鈴を鳴らした。

「? シェルディア様、この鈴は・・・・・・?」

「呼び鈴よ。、今は隣の部屋にいるでしょうから。そのためのね」

 すると、隣の部屋のふすまが勢いよく開けられた。キベリアがそちらに目を向けて見ると、そこには不思議な生物、いやぬいぐるみがいた。

 猫とも熊ともつかないような顔をした白いぬいぐるみだ。短い手足になぜか青と白色のシマシマパンツを履いている。

 キベリアが呆気にとられたような顔をしていると、そのぬいぐるみはテクテクとこちらに歩いてきた。そしてジッとその黒い目をシェルディアに向けた。

「お茶を入れて頂戴。あ、キベリアの分も忘れずにね」

 シェルディアが笑みを浮かべながら、ぬいぐるみにそう注文すると、ぬいぐるみはコクリと頷きテクテクと台所へと向かっていった。

「シェ、シェルディア様・・・・・・あれ何ですか?」

「ふふっ、可愛いでしょ? 貰ったぬいぐるみに私の生命を分け与えたの。私の生命は無限だから、命のないぬいぐるみに生命を分け与えるくらいなんて事ないわ。色々と雑用をしてくれて便利でもあるのよ」

(や、やっぱこの人無茶苦茶だ・・・・・・・・!)

 笑ってそんなことを言うシェルディアに、キベリアは内心そんな事を思った。命のないものに命を与える。それは一種の究極だ。そんな究極の現象をシェルディアは何でもない事のように話す。

 そうしている内に、ぬいぐるみがティーポットとカップにミルクなどを乗せたトレーを両手で持って来た。だがテーブルは高さがあり、ぬいぐるみには決して届かなかった。それはシェルディアも分かっているらしく、「ありがとう」と言ってぬいぐるみからトレーを受け取った。ぬいぐるみはトレーをシェルディアに渡すと、またテクテクと歩いて行き隣の部屋へと戻っていった。その際、襖をピシャリと閉めることも忘れずに。

「はい、キベリア。カップよ。お茶はもう少し待ってね。今は蒸してる状態だから」

「は、はい。・・・・・・・・・なんかシェルディア様、雰囲気変わりました? 前より優しくなったというか・・・・・」

「あら? 前は優しくはなかったかしら?」

「い、いえ! そういう意味じゃ・・・・・・!」

「ふふふっ、冗談よ。そうね、私自身はそんな実感はないけれど、少し変わったかもしれないわね」

 慌てるキベリアを見て、シェルディアは楽しそうに笑った。そう言えば、最近は特によく笑っているかもしれない。その事と関係があるかどうかは分からないが、もしかしたらその事が自分の雰囲気が変わったと評価された要因かもしれない。

「うん。やっぱりキベリアと話すのも楽しいわね。あ、そうだ。あなたしばらくここに居なさいな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 その突然のシェルディアの提案、いや半ば命令に、深緑髪の闇人はそう言葉を漏らした。

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