第44話 嘲る暴嵐

「レイゼロールだぁ? 何でてめぇが・・・・・・・」

 上空で訝しそうに片目をつり上げた謎の存在は、突如として現れたレイゼロールに視線を向けた。

「・・・・・・理由は述べた。貴様には関係のないことだ」

 レイゼロールはアイスブルーの瞳で、スプリガンを、その体にいるモノを見上げる。その瞳は、普段の無感情なものとは違い、怒りの色が存在していた。

「・・・・・・我の執事をこんな目に合わせてくれたのだ。代償は高く付くぞ、スプリガン」

「はっ、笑わせんなよ。この前ボコボコにしてやったのに、何をイキってるんだ白髪ヤロウ?」

「っ・・・・・・?」

 その嘲りを含んだ言葉に、レイゼロールは違和感を覚えた。レイゼロールはこれでスプリガンと対峙して3度目だが、今日のスプリガンは今までとは何かが違っていた。

「レイゼ、ロール様・・・・・・・」

「・・・・・お前に言いたい事はあるが、話は後だ。今は――」

「違うのです・・・・・・・・! 今の奴は、あれは、私たちの知っている、スプリガン・・・・・では、ありません」

 言葉も絶え絶えに、フェリートは主人にその事を報告した。先ほど回復リカバリーで、傷を修復したというのに、あのスプリガンの体を乗っとっている謎の存在に蹴りを2発もらっただけで、言葉を出すことすら苦しい。

「・・・・・・どういう事だ?」

「詳しい、ことは・・・・・・・・分かりません。ですが、あれは・・・・・・・スプリガンではない・・・・・・・!」

 フェリートの言葉に眉を潜めるレイゼロール。彼女にはフェリートの言っている言葉が理解できなかった。

「つまらねえ話はよ、それくらいで頼むぜ。こっちはやっとこさ。刺激が欲しいのさ」

 パチンとスプリガンが指を鳴らすと、周囲の空間から、はたまた地面から異形の怪物たちが闇から出現した。

「っ・・・・・・・!?」

「・・・・・・・・・無詠唱。この前と同じか」

 フェリートは異形の怪物やその物量に驚いているようだったが、レイゼロールはその事にはさほど驚いてはいないようだった。

「――さあ、暴れようぜ」

 羽や複数の口、腕や足の生えた異形の怪物たちは耳障りな声を上げて、レイゼロールたちに襲いかかった。

「・・・・・・・・・」

 レイゼロールが軽く左手を横に振った。その動作でレイゼロールの造兵が複数体出現した。骸骨兵たちはカラカラと音を立てながら、怪物たちと戦闘を開始した。

『フェリート。聞こえるな?』

「っ・・・・・・は――」

 レイゼロールの声が脳内に響き、フェリートは反射的に返事を返そうとした。

『返事はいい。今から我が一方的にお前の中に語りかける。お前は黙って聞いていろ』

 レイゼロールと闇人の間には見えない経路パスのようなものが存在する。レイゼロールはその経路を通して、闇人との念話が可能だ。だが欠点もあり、この念話はレイゼロールからの一方通行でしか成り立たない。

『我は今スプリガンと戦うつもりはない。ゆえにすぐに撤退したいところだが、無理矢理にお前のところに飛んできたから、あと1分は転移が出来ない。だから1分間は我がお前を守ってやる。お前を回復してやりたいが、その余裕はなさそうだからな。もう少し待っていろ』

「そ・・・・そんな、恐れの、多いこと、は・・・・・・・・!」

 どこに主人に守られる執事がいるだろうか。それに今の事態はフェリートの独断が招いた、ただの自業自得だ。フェリートの心は罪悪感と申し訳のない気持ちで張り裂けそうだった。

『黙っていろと言ったはずだ。お前は我の駒。ここで失うわけにはいかん。・・・・・・・ただし戻れば、お前にはそれ相応の罰は受けてもらう。それは覚悟しておけ』

 レイゼロールが造兵たちから抜けてきた怪物を闇の腕で粉砕する。氷のように美しい自分の主人を見上げ、フェリート一筋の涙を流した。

「はい・・・・・・・・!」

 闇人になって涙を流したのは、きっとこれが初めてだ。フェリートは力を振り絞り、なんとかその涙を拭った。今の自分が涙など流してはならない。

「まあ、雑魚じゃそうなるよな。ほんじゃあ――」

 スプリガンの真横に昏い空間のゆらぎが生じる。そしてスプリガンはそのゆらぎの中へと姿を消した。

「!? ちっ・・・・・・・!」

 レイゼロールはその一連の流れを知っている。だから、知覚を全方面へと向け集中した。

「バカすかやり合おうぜっ!」

 突如として目の前に現れたスプリガン。前回の戦いの終盤でスプリガンの行った短距離転移だ。

 歪な笑みを浮かべ、スプリガンは暴力的な一撃をレイゼロールに放った。

(正面からか・・・・・!)

 レイゼロールはとっさに自分の前に闇の障壁を出現させた。スプリガンの一撃はドゴンッ! という派手な音と共に障壁に阻まれる。

「はっはぁ! 無駄なんだよ!」

 楽しそうに笑みを浮かべ、スプリガンは左手を障壁へと無理矢理に突っ込んだ。そして弾かれた右手も強引に障壁へとねじ込む。

 そしてスプリガンは闇の障壁を手だけで

「っ!?」

(嘘でしょう・・・・・・・!?)

 これには流石のレイゼロールも、大きく目を見開く。フェリートも言葉には出さないが内心は理解が追いつかない状態だった。

「闇による身体能力の大幅強化か・・・・・・・!」

「ご明察だぁ!」

 スプリガンはそのまま鉤爪にした右手で、レイゼロールに攻撃する。レイゼロールの肉をえぐる算段なのだろう。その右手には濃い闇が纏わりついていた。

(ふん。やり合ってやる義理はないな)

 レイゼロールは身体を闇で強化すると、自分の後ろのフェリートを片手で掴む。そしてそのまま大きく水田を蹴った。

 スプリガンの一撃はまたしてもレイゼロールに当たることはなく、そのまま空を切った。

 だが、その一撃は空を鳴かせ水田の水を大きく舞い上がらせた。

(なんだ、あの一撃は・・・・・・!? いくら身体を闇で強化しても、あのレベルの攻撃を即座に出すことが可能なのか!?)

 フェリートも前回のスプリガンとの戦いで、空の雲を裂いたことがあるが、あれは多少のタメと密かに右手の手刀を強化したものであったからだ。だが、今の一撃は間違いなくただの身体を強化しただけの攻撃だ。

(いや、それを言うなら先ほどの障壁を手で引き裂いたこともだ! 通常のスプリガンの時とは違う。暴力的な嵐のような戦い方・・・・・・・・!!)

 レイゼロールに抱えられながらも、スプリガンの体を乗っ取った謎の存在に注視するフェリート。そしてそんな思考をしているうちに、レイゼロールはアスファルトの道路へと着地していた。

「・・・・・・・・・・はー、つまらねえ。逃げてないで戦ってくれよ。こっちは全然暴れ足りないんだ。ああ、それとも何か? ここらの地形が戦いにくいか? だったらこの辺り一帯を更地にするか」

 つまらなそうに不機嫌そうに、スプリガンはその金の瞳をレイゼロールとフェリートに向ける。

「俺は別に壊せりゃいいんだよ。本能のままに、衝動的にな。だから――壊れろよ」

 水田の真ん中でスプリガンが右手を上空へと掲げた。すると、その真上に闇が渦巻き集まっていく。

 そしてそれは凄まじい大きさの闇のエネルギー球体へと姿を変えた。

「・・・・・・・壊れてやるつもりもなければ、貴様の享楽に付き合うつもりもない。ここら一帯を更地にするなら勝手にしろ。さらばだ、スプリガン」

 そう言い残すと、レイゼロールはフェリートを抱えたまま、自らの影へと沈んだ。

 そう、ちょうど1分の時間が経過したのだ。

「あっ、てめぇ!? くっそ、逃げやがった・・・・・・・・あー、白けちまったぜ。とりあえず、これ消すの面倒だし、ここ適当に更地にするか」

 そんなレイゼロールの事情などは知らない謎の存在。冷めたような表情を浮かべ、謎の存在は自分の頭上の高エネルギー球体を発散させようと考えた。

 謎の存在が右手を下ろそうとした。それだけで、ここらは更地になるだろう。

 だが、右腕は下がらなかった。

「あ・・・・・・・・?」

 まるで確たる意志を持っているように、右腕は不動のまま。そして徐々にその掌は閉じられようとしていた。それと連動するように、上空のエネルギー球体も小さくなってゆく。そして掌が完全に閉じたことと連動して、遂にはエネルギー球体は完全に虚空へと収束した。

 謎の存在は自分の内側から、強固な否定の意志を感じた。

「ははっ。さっきまで寝てやがったのに、よく暴れやがる。肉体の主導権も徐々に取り返されていくし・・・・・・・・今回はここいらで終いか」

 謎の存在は自分の自我が薄れていくことを実感した。精神世界の闇の中から、この体本来の主が目覚めようとしている。

「次は・・・・・・・・貰うぜ」

 そして、

 スプリガンの体は糸が切れた人形のように、水田へと仰向けに倒れたのだった。体の意識が途切れたことによって、スプリガンの変身は解けていた。







「――いと。影人ッ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・ん?」

 自分の名を呼ぶ声が聞こえ、影人は目を覚ました。

 目を開けると、自分を心配するソレイユの顔が目に入った。

「・・・・・・・・・ソレイユか?」

「ッ! よかった!! 大丈夫ですか!?」

 ソレイユのホッとしたような顔に影人は疑問を感じつつも、上半身を起こした。どうやら自分はソレイユに膝枕をされていたらしい。

(ここは神界か? いったい何がどうなって――)

 確か自分はフェリートと戦っていて、心臓を――

「ッ!?」

 意識の沈む直前の光景を思い出した影人は、反射的に右手で心臓のある場所を押さえた。

「治ってる・・・・・・・・?」

 その他にも影人は自分の頬や両肩を触り確認したが、フェリートから受けた傷やダメージは全て何事もなかったようにきれいなままだった。

「・・・・・・・・・俺は」

 記憶を整理しようにも影人には何が起こったのか、なぜ自分がここにいるのか分からなかった。頭に手を当て、無意識にボーっとしているとソレイユが今度は怒ったように声を掛けてきた。

「影人ッ! 本当に心配したんですからっ! あなたがフェリートと戦うと言って転移をするなと言った時は私、本当に意味が分からなくて・・・・・・・・!」

「・・・・・・・・ああ、それは覚えてる。悪かったソレイユ。あれは完全に自分の感情をコントロールできなかった俺の落ち度だ。・・・・・・・本当にごめん」

 ソレイユが怒っている理由は最もだ。影人は素直にその事を認めると、ソレイユに謝罪した。

「わ、分かってくれればいいんです。次からあんな身勝手なことはしないでくださいね・・・・・・・・・でも意外です。あなたがそんなに素直に謝るなんて」

 そう。ソレイユにしてみればそこが意外だった。普段の影人を知っているソレイユからしてみれば、影人は素直に謝罪はしないと思っていた。なにせ、この少年は本当に捻くれているから。

「まあ、そこはな。さすがにあれはちゃんと謝らなきゃダメだろ。・・・・・・それより、俺はどうしてここにいるんだ?」

「どうしてって・・・・・・・いくら待っていてもあなたから何の呼びかけも、反応もなかったからですよ。念話であなたに語りかけても反応もないし、私が転移をしたらあなたは意識を失っていたんです。しかもなぜか背中が泥水で汚れていました」

「泥水・・・・・・・? 田んぼにでも落ちたか・・・・・・?」

 ズキリと頭が痛む。影人が意識を失う前に覚えている最後の記憶は、どこからか嘲るような女の声が聞こえたところで終わっている。

「そうだ・・・・・・・フェリートに心臓を貫かれた後、女の声が聞こえた」

「待ってください。フェリートに心臓を貫かれた? いったいどういうことですか!?」

 影人の呟きを聞いたソレイユは、血相を変えたようにそう問い詰めてきた。

「どうって・・・・・・お前見てなかったのか?」

 ソレイユは確か自分と視覚の共有が出来たはずだ。だからソレイユは全ての事を知っていると影人は勝手に考えていた。

「もちろん私も緊急の事なので、あなたと視覚を共有しようとしました。ですが・・・・・・なぜか今回はあなたと視覚を共有出来ませんでした。理由は分かりません。ですが、私は何か強い否定の意志のようなものを感じました」

「否定の意志・・・・・・・・」

 その言葉を聞いて自分は、つい先ほどまで何かを否定していたような気がしたが、そんな記憶は

「それも気にはなりますが、今はフェリートとの戦いの事です! 何があったのか包み隠さず答えてくださいよ!」

「それは分かったけどよ・・・・・」

 嫌そうに顔を顰める影人。詳細を話せば絶対に間違いなく怒られる。しかも100パーセント自分が悪いので何の反論も出来ない。

(でも、そんなこと言ってる場合じゃないしな)

 影人は怒られることを覚悟しながら、ソレイユに覚えている全ての事を話し始めた。







「女の声ですか・・・・・・・・」

「ああ。フェリートにやられて意識を失う直前、そんな声を聞いた気がする」

 ソレイユに提督のいなくなった後のことについて、影人は全てを話し終えた。案の定、ソレイユは激怒して4〜5分ほど説教をくらったが、それは必要経費というやつだ。自分の事を本気で心配して怒っているソレイユの言葉を鬱陶しがるほど影人は子供ではない。

「影人が死んでは困る。・・・・・・・その声は確かにそう言ったのですね?」

「たぶんな。で、目覚めてみりゃ体はなぜか元通りってわけだ。はっきり言って意味が分からんが、この現象は――」

「――前回のあなたの暴走と一致する・・・・・・ですか」

「そういうことだ。まあ、俺の意識の有無が前回とは違うがな」

 前回は自分の体が何かに乗っ取られて時は、影人はちゃんと意識があった。もちろんその間の記憶も。

 しかし今回は意識は何もなく、記憶もない。もしまた、謎の存在が影人の体を乗っ取ったと仮定するなら、そこが前回との相違点と言うことになる。

「・・・・・・はっきり言って、今の段階では何とも言えませんね。前回とは違い、観測者はいませんし」

「そうだな・・・・・・いるとしてもそれはフェリートだが、あいつは敵だから論外だしな」

 少しの間、沈黙がその場を支配した。今回の事はあまりにも情報が少なすぎる。残ったのは、ただただ謎だけだ。

「・・・・・・ダメだな。本人である俺が何も覚えてない以上、この答えは出ない。今はそのことは置いておくしかないとして・・・・・・・・ソレイユ。『提督』はお前の危惧してた通り、俺狙いだったな」

 仕方なく影人はこの議題を一旦棚上げして、提督の事を話題とした。元々、今回話すべきだった内容は提督関連のことであるはずなのだ。フェリートや影人のことは本来はイレギュラーな議題だ。

「・・・・・・ええ、嫌な予想が当たりました。『提督』の目的はあなたの抹殺か捕縛のようですね。捕縛・・・・・・というのが少し引っ掛かりますね。裏に誰かがいるのでしょうか?」

「それは分からん。まあ、これで『提督』は敵だってはっきりわかったわけだ。イレギュラーなことがあったとはいえ、当初の目的は達した。・・・・・・悪いが今日はこれくらいでいいか? ちょっと、つーかかなり疲れてるし、明日学校なんだよ」

 今の時刻が何時かは正確には分からないが、この感じだともうけっこういい時間な気がする。影人は明日が学校のため、朝は早い。

「それはフェリートと戦えばそうでしょうね・・・・・・・わかりました。今日はお疲れ様です影人。また今度しっかり話し合いましょう」

「・・・・・・わかった。じゃあ転移頼むぜ」

「はい」

 ――そうして影人は光に包まれ、自分の部屋へと転移した。

 シャワーを浴びて、着替えなければと分かってはいたが、まぶたの重みに耐えきれず影人はベッドに倒れ込み泥のように眠った。






『くくっ、なんだあん時の抵抗は無意識かよ。ははっ、色々と驚かせるやつだな』

 どことも知れぬ闇の中で、女の声が響く。しかし、そこには女性の姿などはない。あるのは完全なる闇だけだ。つまりは、この闇全てがと言っても過言ではなかった。

 ここはとあるモノの内側、精神世界。で自我が完全に芽生えたは1人言葉を紡ぐ。

『しっかし、記憶がないってのはラッキーだったな。まだ色々と楽しくやれそうだ』

 思わぬ僥倖に口笛を吹きつつ、ソレは笑い声を上げた。

『次はしっかりと。くくっ、ははっ。ははははははははははははははははははははははははッ!』

 闇の中、女の笑い声が響いた。

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