第45話 それぞれの事情

「――具合はどうだ、フェリート」

「はい。レイゼロール様のお力のおかげで、ダメージは全て回復しました。口の調子もこの通り。・・・・・・・本当にありがとうございます」

「言ったはずだ。お前は我の駒、ここで失うわけにはいかん。それ以外に理由などない」

 レイゼロールはぶっきらぼうに感謝の言葉を述べたフェリートにそう返した。

 この世界のどこか。辺りの暗い場所に戻ったレイゼロールはまずフェリートの体を自らの闇の力で回復させた。それによりフェリートの肉体はほぼ元通りとなった。

「・・・・・・ただ血を流しすぎたので、力は再び落ちましたが、これは私の自業自得でしかありません」

 前回と同様に、いや前回以上に血を流したフェリートの力はかなり弱まっていた。自然的に力が戻るのを待っていれば、また時間を要するだろう。

「・・・・・・・・それはそうだ。お前は我の言付けを破り、スプリガンと戦った。その結果がそれだ。・・・・・・・・言ったはずだがな、お前の忠義は我に届いていると」

「・・・・・・はい、申し開きはございません。いかなる罰も受ける所存でございます」

 真摯な顔でフェリートははっきりとそう言った。主人の命令に逆らい、挙げ句の果て主人の手を煩わした。本来なら殺されても文句の言えない状況だ。

 全てはシェルディアから「レイゼロールが久しぶりに血を流していた」と聞き、怒りを抑えられなかった自分の問題だ。

「・・・・・・一応、お前の罰は決めてある。お前にはゼノを捜して連れて来てもらう。・・・・・お前も知っての通り奴はシェルディアの次に特異な者だ。どういうわけか私にも奴の気配は察知できない。経路パスも何故か途切れている」

「っ!? ゼノをですか・・・・・・確かに彼は特異な闇人ですが、なぜゼノを・・・・・・?」

 自分に与えられた罰に疑問を覚えたフェリートは、レイゼロールにそう質問した。

「決まっている。それは奴が。無論、奴だけでなく好き勝手に各地に散らばっている他の『十闇とうあん』も召集する」

「・・・・・・失礼ながら、レイゼロール様。御身の考えを拝聴させていただいてもよろしいでしょうか」

 ごくりと唾を飲み込みフェリート。十闇とは、1から10の位階を与えられたレイゼロールの最高戦力。十闇は9人の最上位闇人と、1人の気まぐれな怪物で構成されている。1が最も強く、10が最も低い。

「・・・・・・イレギュラーに対処するため。目障りな光の萌芽をなくすため。主な理由はその2つだ」

「イレギュラー・・・・・・それはスプリガンのことでございますね。光の萌芽は、以前私が殺すことに失敗したあの2人の光導姫のこと・・・・・・ですか?」

「そうだ。シェルディアはあの通り気まぐれだから、あいつがスプリガンを殺すとも限らん。そうなれば対応できるのは、奴らだけだ。そして結局あの光導姫達もまだ殺せていない。・・・・・そろそろ、障害は本格的に排除せねばな。特に、スプリガン。奴はやはり危険だ。今日対峙して再びそのことを認識した」

 レイゼロールの脳内に今日対峙したあの暴力的なスプリガンが描かれる。フェリートはあれはスプリガンではないと言っていたが、確かに今日のスプリガンは様子が違っていた。

(特に無詠唱に常態的な闇による身体能力の強化の取得が厄介だ。たったそれだけのことで、奴の強さと危険度は今まで以上に跳ね上がる)

 レイゼロールはスプリガンが力の行使による無詠唱と、常態的に身体能力を強化できるようになったと勘違いをしていた。実際には、影人はまだその2つは出来ない。それが出来るのは影人の体を乗っ取った何かだ。

 だが、それも無理のないことだろう。レイゼロールは前回その状態のスプリガンに撤退を余儀なくされた。そして今回フェリートを助けに入った時も、たまたまスプリガンは2つのことが出来る状態であったのだから。

「今日のところは休め。お前には明日からゼノを捜しに行ってもらう。――十闇第2の闇、『万能』のフェリートよ」

「了解しました。・・・・・・・・主の寛大なる処置に感謝いたします。何としてでもゼノを探して参ります」

 フェリートは畏って主の命令を承った。








「ねえ、アイティレ。あなたスプリガンと戦ったって本当なの?」

「ああ、事実だ。・・・・・・・耳が早いな、風音」

 ある日の放課後。扇陣高校の空き教室で、風音は帰り支度の済ませたアイティレを呼び止め、そう話を切った。

「ソレイユ様からご連絡頂いてね。手紙が来たわ。何でも『提督にとって慣れない異国の地で、件の怪人と戦ったのだから大丈夫か心配です』・・・・・・・ということで、あなたと同じ光導十姫の私に話を聞いてほしいってお願いされたの」

「・・・・・・・・そうか。我らの女神は変わらず優しいな」

 アイティレは風音の言葉を聞いて、小さな笑みを浮かべた。だが、内心は表情とは違った。

(っ・・・・・今回限りはソレイユ様の優しさが、少々厄介なことになったな)

 アイティレの表向きの理由は、留学だ。しかし本当の目的は、日本に出現する謎の怪人スプリガンを拘束、または抹殺することだ。

 そんな目的を秘めたアイティレからしてみれば、ソレイユの気遣いは迷惑でしかなかった。

 無論、これはソレイユが風音に提督から話を聞いてほしいと手紙に書いたのだ。つまり意図的な行為。アイティレがスプリガンの敵と判明した事で、ソレイユは牽制の意味を込めてこの状況を作り出した。まあ、言い方を変えれば多少なりともの嫌がらせとも言えるだろう。

「手紙にはあなたがスプリガンから攻撃を受けたってあったけど、大丈夫?」

「問題ない。確かに私は奴から攻撃を受け、ダメージを負ったが、ソレイユ様のおかげでその傷も完治している」

「それならよかったけど・・・・・・・そもそも何でスプリガンと戦ったの? 私も彼と遭遇したけど、彼は姿を見せるだけで何もしてはこなかった。もしかして、スプリガンがあなたを襲ったの?」

「・・・・・・・・いいや、そうではない。奴は闇の力を扱う者。であれば、私の敵と認定したまでだ。ゆえに私からスプリガンに仕掛けた。途中、フェリートも出現し場は三つ巴となったが、私はソレイユ様に転移させられたから、その後がどうなったのかはわからんがな」

 アイティレは真実を述べた。だが、真の目的であるスプリガンの拘束・抹殺のことはもちろん伏せる。真実を混ぜた嘘は往々にしてバレにくい。アイティレにはそれが分かっていた。

「フェリートも・・・・・・・? それは初耳だわ、手紙にはそんなことは書いていなかったから・・・・・・・・・なるほど。確かにあなたの正義観からすれば、スプリガンとは戦いになるでしょうね。でも、ダメよ『提督』。いくらあなたが強いからといっても、スプリガンはその全てが未知数。あなた1人で仕掛けるのは危険だわ」

 あえてアイティレを光導姫名で呼ぶことによって、緊張感を与える風音。風音自身は、スプリガンのことをまだ味方とも敵とも明確に判別していないが、スプリガンが明確な敵であった場合、アイティレの行動は危険という以外ない。

 フェリートとレイゼロールを撤退させるほどの力。それがどれだけ危険かはもはや言わずもがなだ。

「・・・・・・確かに私の行動は軽率だったな。そこは素直に認めよう」

「ならいいわ。――で、スプリガンは強かった?」

 真面目な顔つきで風音はアイティレにそう聞いた。スプリガンの戦闘力は噂で恐ろしく高いというのは分かっているし、風音も実際にスプリガンの力を見た。だが、まだ戦ってはいない。実際にスプリガンと戦ったのと戦っていないでは、その力の分析に違いが出てくる。ゆえに、風音は同じ光導姫としてスプリガンと闘ったアイティレの意見を聞きたかった。

「・・・・・・・闇の力を扱う者に、あまり高い評価を下したくないのが実情だが、はっきり言おう。奴は強い。自在な闇の力に、恐ろしいほどの身体能力。それに冷静な判断・・・・・・・でなければ、私はダメージを受けない」

「そう・・・・・・・やっぱりそこまでの相手なのね。を使ったあなたでも彼に勝つのは難しい?」

「それはわからん。実際、私がをしようとしたところで、フェリートが乱入してきたからな。結局、アレは使わなかったが、使っていれば結果がどうなっていたかは分からん」

 風音の言うアレの内容をアイティレは的確に理解していた。アレとはアレである。 

「そっか。まあ、あなたが無事でよかったわ。この話はこれくらいにしましょう。どうせ、近く開かれる『光導会議』でこの手の話は腐るほどするだろうし」

「・・・・・・そうか、もうそんな季節か。季節の移ろいとは早いものだな」

「本当にね。――さて、長い時間引き止めてごめんなさいね。私、今から他校の光導姫の人たちとお茶するんだけど、よければあなたも来ない? きっと楽しいわよ」

 風音が微笑みを浮かべながら、アイティレを誘った。学校生活を通して、『提督』という少女を身近に知った風音は1度ゆっくり世間話でもと考えていた。

「誘いは嬉しいが、今日は辞めておく。帰って今日の勉学を振り返らねばならんのでな」

「真面目ね、なら仕方ないか。残念、その子たち何回かスプリガンと会ってる子たちだから、あなた話でも聞きたいんじゃないかって思ったんだけど」

「・・・・・・なに?」

 その言葉を聞いて、

 アイティレの目の色が明確に変わった。







「珍しいなぁ、光司っちが俺ん所に来るなんて」

「・・・・・・突然の申し出に快諾してもらってありがとうございます。剱原つるぎばらさん」

「よしてくれって、そんな堅い言葉を俺が嫌いなのは光司っちも知ってるだろ? 刀時とうじでいいって」

 東京都内のとあるオンボロ道場で、光司は正座でとある人物と向かい合っていた。

 光司から数メートルほど離れた場所で、その人物は胡座あぐらかいて座っていた。

 無精髭を生やした一見無気力な青年だ。無造作な髪に、半纏を着たその青年は見る人が見れば、20歳を過ぎた浪人生に見えないこともない。だが、実際の年齢はまだ18歳の高校生である。

「いえ、それは礼儀の問題なので。・・・・・・剱原さん、いきなりで申し訳ないことは重々承知しています。ですが、お願いします。僕を、強くしていただけませんか?」

 そう言って、光司は床に頭をつけた。いわゆる土下座と呼ばれる形だ。

 胡座をかいていた剱原刀時という青年は光司がいきなり土下座をしだしたことに激しく動揺した。

「おいおいやめてくれって! 何がなんだかわからんが、重すぎるぜ光司っち!」

「・・・・・・・・・」

 それでも頭を上げない光司に刀時は根負けしたようにため息を吐いた。

「とりあえず話は聞くけどよ・・・・・・」

「っ・・・・・ありがとうございます」

 ガバッと顔を上げた光司。その表情は明るく、後輩の嬉しそうな顔を見た刀時は、めんどくさそうに頭を掻いた。

(うん。こりゃ、断れそうにないな俺)

 事態はほぼ確定した。







「大丈夫、影人? なんかいつも以上に暗い気がするけど?」

「・・・・・・気のせいだろ。さいきん寝不足だからそう見えるだけじゃねえか?」

 学校の帰り道、暁理が影人にそう声をかけた。友人の顔はどこか心配の色を含んでいた。

「いーや、絶対いつもより暗いね! そりゃ、僕以外の人が影人のことをみたら普段と変わらず暗いって言うだろうけど、僕の目はごまかせない! 影人は、普段よりも、絶対に暗い!」

「なんの確信だよ・・・・・・」

 ビシッと自分に指を突きつけてくる友人に、影人は思わずそう返した。

「ね、だから何か悩みがあるなら僕が聞いてあげるよ。ふふん。こう見えても僕、正義のヒロインなんだぜ? だから、どーんと僕に打ち明けちゃいなよ!」

「はっ、なんだよそれ。お前が正義のヒロインだったら世も末だ。それを言うなら、俺は謎の強キャラだぜ?」

「言ったね影人。相変わらず君は酷い奴だ。それと君が謎の強キャラは無理があるよ。だって影人弱いじゃん」

「うるせえ。余計なお世話だ」

 いつの間にか軽口を叩き合う2人。その後も2人は他愛のない話をしながら、歩き続けた。

 そして分かれ道に辿り着いたところで、影人は気の利いた友人に言葉を述べる。

「別に暗くはなかったが、一応礼だけは言っとく。サンキューな暁理」

「ったく、素直じゃないんだから。いいよ、影人。その感謝は受け取ってあげる。また今度あそ、いやデートしようぜ!」

「はぁ? 何言ってんだ?」

「や、約束だからね影人っ!」

 なぜか顔を赤くして暁理は、足早に去っていった。

「・・・・・・・冗談だろうに、なに勝手に恥ずかしがってんだ? あいつもよくよく分からん奴だな」

 友人の奇怪な行動に影人は首を傾げた。







「あら、どうしたの影人? あなたいつも以上に暗い感じがするけど」

「・・・・・・・・嬢ちゃんもか。俺、そんなに暗いか?」

 マンションの前で隣人であるシェルディアと出会った影人は唐突にそう言われた。暁理といい、今日の自分はそれ程までに暗いだろうか。

「うーん。暗いって言うよりは、何かに戸惑ってるって感じかしら? その戸惑いが不安に変わったり、未知への恐れに変わった・・・・・・それが暗さに現れている、みたいな?」

「・・・・・・・すっげぇ的確だな。嬢ちゃん、歳いくつだよ・・・・・・」

「さあ? 忘れたわ」

 そう言ってはぐらかすシェルディアに、やはりこの少女はどこか妙に達観していると、何度目かの再認識をさせられた。

「・・・・・・・・そうだな。まあ、確かに嬢ちゃんの言う通り、気持ちは下向きだったかな。でも、全然大丈夫――」

「強がりね」

 影人がシェルディアに弁解をしようとする中、シェルディアはバッサリとそう断言した。そして言葉を続ける。

「あなたとは短い付き合いだけど、それくらいは分かるわ。ここ最近なにがあったか知らないけど、あなたは不安で恐怖している。そういった人間は何人も見てきたわ」

 コツコツと足音を立てながら、シェルディアが近づいてくる。シェルディアの言葉に戸惑っている影人を見上げながら少女の姿をしたものは蠱惑的に笑う。

「あなたは気に入っているから、1つアドバイス。強がらなくてもいいの。ただ、自分の心とは向き合いなさい。それだけでいいから。じゃあね、影人。またお話ししましょう」

 笑みがニッコリとした微笑みに変わった。異国の少女はそう言って手を振り、マンションの中へと消えていった。

「・・・・・・・・・本当、何歳だよ」

 ボソリと独白し、影人は鞄の中から黒い宝石のついたペンデュラムを取り出した。

(自分の心と向き合うか・・・・・・・・)

 ジッとペンデュラムを見つめる影人。シェルディアのその言葉が妙に頭に残った。


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