第33話 連華寺 風音

 影人にしては、恥ずかしいやら喜んでもらって嬉しいやらの夜が明けた次の日。

 影人はリビングでぼうっとしていた。

(・・・・・・・暇だな)

 今日は休日。シェルディアのプレゼントで今月の小遣いを使い果たした影人は、外に出ても何も出来ないので家で腐っていた。

「嬢ちゃんも今はいねえしな・・・・・・」

 結局、シェルディアは予定通り今日で帰城家を出て行くらしい。影人の母親が言うには、どうやら影人がいない間に家の電話を使って、どこかに掛けていたようだから、滞在先が決まったのではないかと言っていた。その際、なぜかここの住所をシェルディアに聞かれたらしいが、それがなぜなのかはわからない。

 母親は影人に弁当を届けてくれたからもう1泊していけばと提案したが、シェルディアはそれを断った。「とてもありがたいけど、これ以上は遠慮しておくわ」とのことだ。

 ちなみに、シェルディアは少し用事があるといってどこかに出かけた。その用事の内容は教えてはもらえなかったが、おそらく滞在先、例えばホテルなどのチェックインをしにいったのではないかと影人は思う。野宿が出来る場所を探しにいったとは考えたくはない。

 何にせよ今日であの不思議な少女とはお別れだ。

「・・・・・・・・死ぬほど短かったが、お前ともお別れだな」

 影人はソファに置かれている、パンツを履いた猫のぬいぐるみに視線を向けた。

 昨日シェルディアにプレゼントしたそのぬいぐるみは、当たり前だが家族にばれた。シェルディアが影人にプレゼントをもらったと嬉しそうに家族に報告したのだ。

 案の定、母親には大変からかわれた。「守銭奴のあんたが女の子にプレゼントするなんてねぇ! なに? シェルディアちゃんのこと好きなの!?」などと、ふざけたことを抜かしたので、軽くすねを蹴ってやった。妹は特に何も言ってこなかったが、何か言いたげな顔をしていた。

「しかしお前もえらい気に入られたもんだな。嬢ちゃん、お前を連れて行こうとしてたし」

 高校2年生がぬいぐるみに語りかけているという、見ようによっては恐怖を感じる図だが、今それを咎める者は誰もいない。母親と妹もどこかに出かけているからだ。

 シェルディアは本当にこのぬいぐるみを気に入っているらしく、出かける時に連れて行こうとしたのだが、影人が止めた。その理由はシェルディアといえど、このソ○ダなる奇妙なぬいぐるみを持って出かければ、奇異の目を浴びることは必至だと感じたからだ。だが、正直にそんなことは言えなかったので、「白いから、日焼けしちゃうぜ」という適当なことを理由とした。シェルディアは渋々ぬいぐるみを置いていってくれたので、本当によかった。

「・・・・・・ゲームでもするか」

 1つ大きなあくびをして、影人は自分の部屋へと向かった。








「やあ、朝宮さんに月下さん」

「こんにちわ! 香乃宮くん!」

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーんよ」

 休日の昼下がり、3人は風洛高校の正門前に集合していた。

 そのためかは分からないが、3人は全員風洛高校の制服を着用していた。

「うーん、休日に制服着るのってなんだか不思議な気分・・・・・・」

 陽華が自分の姿を見てそう呟いた。陽華は帰宅部なので休日に学校に来るということ自体がそもそもないのだ。

「そう? 別に普通だけど」

「僕もあまり違和感はないかな」

 明夜は書道部に所属しているので、休日にも学校に来ることの方が多い。光司も生徒会の仕事などで休日に学校に来ることもあるので違和感はない。あくまで違和感があるのは帰宅部の陽華だけのようだ。

「そっか・・・・・・これは帰宅部じゃないとわからないかもね」

 陽華はそのように納得したが、帰宅部だった人や、現役の帰宅部の人ならば、この気持ちを分かってくれる人は多いはずだ。切にそう思う陽華であった。

「陽華の制服事情はどうでもいいとして、そろそろ行きましょう。香乃宮くん」

「ああ、そうだね」

 光司も明夜の言葉に頷いた。

「うう・・・・・緊張するな。今から会いに行く人って日本で1番強い光導姫なんだよね?」

「ああ、そうだよ。といっても気負わなくても大丈夫だよ朝宮さん。彼女はとても優しい人だからね」

 そう、今回3人が集まった理由は日本で最も強い光導姫――すなわち光導姫ランキング4位『巫女』と会うためだ。

 昨日、光司が陽華と明夜の2人に伝えたことは、明日すなわち今日の昼過ぎならば面会してもよいとの知らせだった。そのため、3人は1度風洛高校の正門に集合して、そこから巫女に会いに行くという算段を立てていた。

「それは嬉しい情報として、私達はこれからどこへ行けばいいの? 場所は香乃宮くんが知ってるって昨日は言ってたけど」

 明夜と陽華はまだ光司から巫女との面会場所を聞いていない。詳しい話はまた後日という流れになり昨日は解散したからだ。

「ごめん、まだ言ってなかったね。場所は東京都内、彼女と会う場所は――都立、扇陣高校だよ」

「「それって・・・・・・・」」

 陽華と明夜の言葉が綺麗に被った。その高校の名前は覚えがあった。確か、先輩光導姫のアカツキと出会った時に、アカツキと光司が言っていた、光導姫と守護者が集まる特殊な高校ではなかったか。

「ああ、日本の光導姫や守護者のための学校だよ。彼女はそこに在籍している」

 光司がそう言うと同時に、風洛高校の前に1台のリムジンが現れた。

「風洛高校から扇陣高校までは少し距離があるから、勝手ながら車を用意させてもらったよ」

 リムジンの運転席から、初老に差し掛かる程の年齢と推測できる男性が降りて、驚いている2人の前に現れた。

「初めまして、お二方。香乃宮家に仕える執事の永島ながしまと申します。いつも光司様がお世話になっているようで・・・・・・・」

「永島、僕はもう子供じゃないんだが・・・・・・・」

「ははっ、何を言いますやら。光司様は私からすればまだ子供でございますよ」

 陽華と明夜に対して丁寧に腰を折った執事は柔らかな笑みを浮かべ、光司と話をしている。先ほどから驚きっぱなしの2人の心の中はある意見で完全に一致していた。

((お、お金持ちだ・・・・・・・・!))

 光司が普段からほとんど金持ちアピールをしなかったから、忘れかけていたが、香乃宮光司といえば超がつくお金持ちなのであった。

「ごめん、2人とも。少しお見苦しいところを見せてしまったね。じゃあ、行こうか」

「どうぞ、朝宮様、月下様」

 永島がリムジンのドアを開ける。映画などでリムジンの中は見たことがあったが、実物の中身もとんでもなく豪華だ。(具体的にはホーム○ローン2)

「え、私たちの名前・・・・・・」

 陽華が再び驚いたように、執事の顔を見た。香乃宮家に仕える執事は、優しい表情でこう言った。

「光司様からお二人の話は聞いております。とても優しく明るい同級生だと。どうかこれからも光司様と仲良くしていただけませんか?」

「それはもちろんです」

 明夜も陽華と同様にそのことには驚いたが、永島の言葉にキッパリとそう答えた。

 明夜の言葉を聞いた永島は「おお、ありがとうございます! なにぶん、こう見えて光司様はとてもお友達が少なく――」と言いかけた言葉の途中で、光司が恥ずかしそうに言葉を挟んだ。

「永島ッ! いいから速く運転席に戻ってくれ! ドアは僕が閉めるから!」

 顔を赤くさせ、光司はお節介な執事を運転席に戻した。









「た、度々たびたびごめん。またお見苦しいところを見せてしまったね・・・・・」

 リムジンの室内で光司は少し疲れたような笑顔を浮かべた。別段、光司は自分のイメージ等というものは気にしていないが、さっきの永島の言葉などにはさすがに羞恥を感じる。光司も思春期なのだからそれは仕方ないのだが。

「全然見苦しくなんかないよ! 永島さん、香乃宮くんのことがとっても好きなんだね!」

「そうね、確かに愛を感じたわ。・・・・・・・それにしてもこれがリムジンの中か、広さがウチの車とは天と地の差ね・・・・・・」

「・・・・・・・ありがとう、そう言ってくれると助かるよ」

 明夜の言葉の後半はリムジンに対する感想だったが、光司を気遣ってくれた言葉に変わりはない。

「よかったら飲み物でもどうだい? といっても、あまり種類は多くないけど」

 光司はそう言って備え付けの冷蔵庫を開けてみせた。中にはお酒などの未成年が飲めない物も置いてあったが、ミネラルウォーターやジュースなども見受けられた。

「え、いいの?」

「ほ、本当に・・・・?」

「どうぞどうぞ」

 ゴクリと喉を鳴らす2人に光司は笑顔で答えた。グラスを2つ取り出し、陽華と明夜に手渡す。

「リクエストはあるかな?」

「じゃ、じゃあオレンジジュースを」

「私はミネラルウォーターを」

 陽華のリクエストはオレンジジュースで、明夜の注文はミネラルウォーターだ。光司はその2つの飲料を取ると、陽華と明夜のグラスにそれぞれいでいった。ただのジュースと水なのに普段とは違い高級な感じがすると庶民2人は思った。

「ありがとう、ちょうど喉が渇いてて・・・・・」

「まさかリムジンの中で飲み物を飲める日が来るなんて・・・・・・帰ったらお母さんに自慢しよう。あ、本当にありがとう香乃宮くん」

 ちょくちょく庶民さを全開にする明夜に「ちょっと明夜」と陽華がたしなめる。陽華も明夜の気持ちはよく分かるが、それは言葉に出すことではない。明夜もそのことに気がついたのか「ごめんごめん」と言葉を発した。

「そういえば、香乃宮くんは今から会いに行く人と知り合いって言ってたけど、どんな関係なの? あ、もちろん、言いたくなかったら全然言わなくても大丈夫だよ」

 以前光司と話したときに、『巫女』とはプライベートで知り合いだと言っていた。もちろん、関係性としては光導姫と守護者ということなのだろうが、いったいどのようにしてプライベートで知り合ったのだろうか。

「その事なら大丈夫だよ。・・・・・・・そうだな、彼女とは小さい時から家どうしのつき合いだったんだけど、偶々たまたま守護者と光導姫として再会したんだ。元々、小さい頃からの知り合いだったし、お互い驚きはしたけどまたすぐに仲良くなってね。そういった意味でプライベートの知り合いなんだ」

「それは・・・・・・すごい偶然ね」

「だよね! でもそう言うなら、私達と香乃宮との出会いもすごい偶然だよね。まさか同じ学校で同学年の人が守護者なんだもん。世界は広いようで狭いよね」

 陽華が明夜の言葉に同意しながらも、そんな事を言った。陽華と明夜は初めて出会った守護者が風洛高校で有名な香乃宮光司だと分かった時には、大いに驚いたものだ。

「ははっ、確かにね。――さて、そろそろかな」

 光司が窓の外の景色を見てそう呟く。かれこれもう車に乗って40分ほどだが、リムジンは揺れること無くスムーズに走っている。永島の運転技術の高さゆえだ。

 2人も窓の外の景色を見てみるが、住宅街とところどころの自然があるばかりだ。風景は自分たちの住んでいる地域とあまり変わらない。ということは、車は都心に向かっているのではなく、風洛高校と同じ郊外に向かっているということだろう。

 リムジンがスゥと止まった。どうやら目的地に着いたようだ。

「ドライブにお付き合い頂き誠にありがとうございました」

 永島がドアを開ける。陽華と明夜はお礼を言いながら、外に出る。光司も2人の後に続いた。

「着いたよ、ここが扇陣高校だ」

 3人の前にあるのは、一見普通の高校だ。特徴と言えば、都立の割に敷地面積がやけに大きいことくらいか。実際、正門前から見渡しただけで「広い」というのがわかる。

「ここが・・・・・・」

「光導姫と守護者の集まる学校・・・・・・・」

 少し呆けたように明夜と陽華は言葉を漏らす。この高校の話を聞いた時から、いったいどんな高校なのだろうと想像していたが、別段変わった様子は見受けられない。

「ええと、確か人をよこすから案内してもらって言われてたんだけど・・・・・・」

 光司がキョロキョロと周囲を見回す。だが、それらしい人物はいなかった。

「――お待ちしておりました。香乃宮さま」

「「「うわっ!?」」

 はずだったのだが、その少女はどこからともなく出現した。その唐突さに3人は一斉に驚きの声を上げる。ただ1人永島だけが泰然自若としていた。

「ドッキリ大成功であります。ジッと隠れて粘っていた甲斐がありました。イエーイ」

 その謎の少女は無表情でダブルピースを一同に向けた。なんというか表情とのギャップがとても激しい。

「お、脅かさないでほしいな。新品さらしなさん・・・・・・・」

 光司が困ったようにその少女に呼びかけた。どうやら光司は彼女と知り合いらしく、名は新品というらしい。無表情だが、かなりの美少女である。

「おお、それはすみません。して、そちらの方々がお客様でありますか?」

 少し短めな髪を揺らし、新品が陽華と明夜を見た。陽華と明夜は慌てて自己紹介を行う。

「あ、はい。多分そうです。初めまして、朝宮陽華っていいます」

「同じく月下明夜です。よろし燻製チーズ」

「ご丁寧にどうもです。自分は新品さらしな芝居しばいと言います。気軽に新品しんぴんちゃんと呼んでください。どうぞお見知リンゴ」

 登場のしかたで予想出来たことだが、どうやらこの新品という少女はかなり変わっているらしい。その証拠に明夜のボケにボケで返したのだから。

「あなたとは仲良くなれそうね」

「奇遇デスティニー。私もそう思います」

 2人はすぐにガシッとした握手を交わした。

「「あはは・・・・・・・」」

 陽華と光司は苦笑いを浮かべるしかなかった。








 新品からお客様を示すカードを渡され3人はそれを首に掛けた。学校というのは原則的に生徒と関係者以外は入れない施設なので、このような物が必要なのである。

 ちなみに永島さんは外で待機してくれている。

「いやはや、しかしウチの生徒会長に会いたいとは。こう言っては何ですがけっこう変わっておられますね」

「え? 今から会う人ってこの学校の生徒会長なんですか・・・・・・?」

「? 異な事を仰りますね。それが目的ではないのでありますか?」

「ええ、そうだけど・・・・・・」

 まさか光導姫として会いに来たとは言えない。だが、よく考えなくとも陽華と明夜は『巫女』について、日本で最も強い光導姫としか知らないのだ。『巫女』がこの学校の生徒会長というのはいま初めて知ったことである。

「まあ、今はその事は置いておいて、新品さん、彼女はどこにいるんだい?」

 光司が自然に話題を逸らした。3人は新品の後を着いていく形で歩いているのだが、先ほど階段を上り今は2階だ。

「そう急かなくても、もう着きましたよ。――ここが扇陣高校の生徒会室であります」

 新品はあるドアの前で足を止めた。上部に「生徒会室」と記されている。

 生徒会長ならば、生徒会室にいる。考えれば当然かもしれない。

「では、失礼して。――生徒会長、お客様をお連れしたであります」

 新品がその重厚なドアを勢いよく開ける。中は広いが至って普通の生徒会室といった具合だ。生徒会室ということもあって、雰囲気がどことなく風洛高校の生徒会室に似ていると、光司は感じた。

「――ありがとう芝居。ごめんね、無理いっちゃって」

 3人から見て正面――上座の位置にあった机に腰掛けていたその少女は、立ち上がり新品に向かって手を合わせた。それに対して新品は「いえいえ。これくらいはお安いご用であります」と返していた。

 新品と同じく、扇陣高校の制服に身を包んだ少女だ。長い髪を髪留めで1つに括っている。いわゆるポニーテールと呼ばれる髪型だ。

 全身からどこか清涼さを感じさせるその少女は、美しいのだが、美少女というよりは美人といった感じだ。

「久しぶりだね、連華寺れんかじさん」

「お久しぶり光司くん。お正月以来ね」

 知り合いといっていた通り、2人は仲の良い感じで挨拶をした。だが、光司が少し違和感を覚えたのか言葉を続けた。

「あれ? ちょっと疲れてるかい? 顔色が優れないように思うけど・・・・・・・」

「え? あはは、昨日ちょっとね・・・・・・・・・でも大丈夫よ。ありがとう」

 光司にそう答え、その少女は陽華と明夜に目を向けた。2人の間に一瞬緊張が走る。

 なぜなら、この少女こそが目的の人物なのだから。

「初めましてお2人とも。今日はここまでおいで頂き、本当にありがとうございます。まずは自己紹介からですね。一応、この高校で生徒会長をやらせてもらっています、連華寺れんかじ風音かざねと申します。以下、お見知りおきを」

 淀みのない仕草で2人に一礼し、その少女――光導姫ランキング4位『巫女』の連華寺風音は笑みを浮かべた。

 

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