第34話 巫女との面会
光導姫『巫女』――連華寺風音が自己紹介を終える。風音は笑顔を浮かべたたまま、3人を下座に設置されていた応接用のイスへと案内した。
「立って話も何なので、どうぞおかけください。お茶も用意いたしますね」
「いえ、そこまでしていただかなくても・・・・・・・!」
陽華が慌てたようにそう言ったが、風音はもういそいそとお茶の準備に取りかかっていた。
「お気になさらないでくださいです。ウチの生徒会長はお客様にお茶を入れるのが好きでありますから」
新品が陽華を含め申し訳なさそうにしている明夜にも、事情を説明した。光司だけは知り合いということもあってか、「変わってないな」と少し苦笑を浮かべていた。
風音に言われるまま陽華、明夜、光司はイスへと腰を下ろした。新品はぼぅと虚空を見つめ3人の後ろに立っていた。
「本当に粗茶ですがどうぞ」
風音が3人の前にそれぞれ温かい緑茶を置いていく。3人はそれぞれの言葉でお礼の言葉を述べる。
「あ、ありがとうございます」
「では失礼して・・・・・」
「ありがとう、連華寺さん」
風音に出されたお茶を飲み、一息つく3人。文字通りホッと息を吐いた。
「ほっ・・・・・・あ、すいません! 自己紹介がまだでした! 私は朝宮陽華って言います! 今日は、わざわざ私たちに会っていただいてありがとうございます!」
「私は月下明夜です。本当に今日はありがとうございます」
そういえばまだ風音に自己紹介をしていないことを思い出した2人は、初対面らしく丁寧な言葉で紹介を終えた。
「朝宮さんに月下さんですね、こちらこそよろしくお願いします」
風音は軽く頭を下げた。陽華と明夜は風音とは初対面だが、この少女はとても礼儀正しい少女だということはよく分かった。
「光司くんからお2人が私に面会をしたいという理由は聞いています。何でも光導姫として強くなりたいからだと」
「「ッ!?」」
陽華と明夜が思わず息を呑む。この場にいるのは、陽華と明夜、光司、風音といった光導姫と守護者だけではない。自分たちの後ろにただずんでいる、新品芝居という一般人の少女もこの場にはまだ存在するのだ。
だと言うのに、風音は光導姫というキーワードを何のためらいも無く言葉に出した。当然ながら、光導姫や守護者といった特別な存在は世間には伏せられている。それをわざわざ自ら露見させるような行為を風音はしたのだ。
だから陽華と明夜は息を呑んだのだ。部外者がいるのにその言葉を言ってもいいのかと。
そんな2人の様子を光司は察したのだろう。風音の言葉に動揺している陽華と明夜に顔を向けて、2人にある事実を伝えた。
「大丈夫だよ、2人とも。新品さんもちゃんと光導姫だから」
「「えっ!?」」
2人はバッと自分たちの後ろに立つ新品の方を向いた。新品は変わらず無表情であったが、思い出したようにポンと手を打った。
「おや? ・・・・・・・・ああ、これは失礼しましたであります。まだお2人には自分が光導姫とは言っていなかったでありますね」
「もう芝居ったら・・・・・・・私が事前に今日来るお客様は、他校の光導姫と教えたのだから、そこは忘れちゃだめでしょう?」
「そこは素直にごめんなさいであります。うっかりでありました」
新品がペコリと頭を下げた。光司はそんな新品をフォローするように言葉を発した。
「僕たちが急かしてしまったこともあるから、仕方がないよ。それを言うなら、新品さんと出会った時に、2人に新品さんも光導姫だと説明しなかった僕も悪い」
「おお、そう言ってくださると、自分これ以上メンタルが削れなくて済むであります」
「もう大げさね・・・・・・」
新品の言葉を聞いた風音はため息をついた。表情と言葉が一致していない。
「ウチの者がすみませんでした。この子は色々と忘れっぽいし誤解されやすい子なのですが、決して悪い子じゃないんです」
風音が申し訳なさそうにそう言った。新品芝居という少女はつき合いのある風音から見ても個性的な少女なのだ。
「それはもちろんわかってます! というか、そんなことで謝ってもらわなくてもいいですよ! 私たち、ただただ驚いただけですし!」
陽華は変わらずに明るく笑顔を浮かべる。本当にそんなことは全く気にしていなかった。
「ええ、
「おお、我がエターナルフレンドよ。さすが魂でわかり合った友であります」
明夜は芝居のことを愛称で呼んでみせた。芝居は相変わらず無表情であったが、感激したような声で明夜と再び硬い握手を結ぶ。
「そういうことだよ、連華寺さん。あまり気にしすぎなくても、ね?」
「ふふっ、ええそうね光司くん。私ちょっと気にしすぎていたみたい」
風音はようやく明るい笑みを浮かべると、少し砕けた口調で話した。
「改めて光導姫ランキング4位『巫女』の連華寺風音です。もしかしたら、私に出来ることは多くはないかもしれけど、精一杯あなたたちの力になるね」
「「はい、お願いします!」」
真面目な表情で2人は声を揃える。今日、ここに来たのは少しでもあの黒衣の怪人の背中に追いつくため。少しでも強くなるためなのだから。
「ただいま、影人」
「おう、おかえり嬢ちゃん。って、言うのも今日で最後だけどな」
シェルディアが戻ってきたのはいわゆる「お昼のおやつ」くらいの時間であった。母と妹はまだ帰ってきていない。
「滞在先は見つかったのか?」
リビングでバリボリとお菓子を食べながら、何とはなしにそう聞いてみる。一応、野宿ではないかとまだ疑ってしまうので、それを込めての確認だ。
「ええ、元々目処はつけていたのだけれど今日正式に決まったわ。ああ、野宿ではないからそこは安心して」
昨日、影人がプレゼントしたぬいぐるみを抱きながら、シェルディアがソファーに座った。ちょうど影人の真横だ。
「そ、そうか」
どうやら影人の思惑はバレバレだったようである。自分より年下にあっさりと思惑がバレるというのはどこか恥ずかしかった。
「じゃあ、夜にはお別れだな。母さん張り切ってたぜ。嬢ちゃんのためにうまい料理作るってな」
「それは楽しみにね。ねえ、影人。それは別としてあなたはやたらと私との別れを強調するけど、そんなに私と別れたいのかしら?」
不満そうな顔でシェルディアはジト目を影人に向けてくる。のんきにお菓子を食っていた影人は、「うぐっ!」と菓子を思わず飲み込んだ。
「けほっけほっ! いや別にそんな意図はないぞ! 俺はただ事実を述べただけであってだな・・・・・・・・・・・・・・まあ、正直に言うと嬢ちゃんといた時間は楽しかったから、多少は暇になるかもだな」
影人はそれは違うと弁明したが、素直に「寂しい」とは言わなかった。別段、影人はシェルディアとの別れを寂しいとは思わない。出会いがあるならば別れも必然訪れる。それは普通のことだ。
ただ、シェルディアといて楽しかったのは本当だ。だからそういった面ではシェルディアがいなくなるのは、少々退屈になるとは思った。退屈、というよりかはシェルディアが訪れる前の日常に戻るだけなのだが。
「ふーん・・・・・・・・・あなた、年の割に妙に達観しているわね。そこは少し面白くないわ」
「嬢ちゃんがそれを言うかよ・・・・・・・」
影人からしてみれば、年の割に妙に達観していたりするのはシェルディアの方だと思うのだが、シェルディアはそう感じたらしい。
「まあ、そんなにむくれるなよ。いつまで東京にいるかは知らないけど、滞在中にまた遊びに来たらいいじゃねえか。その時はまた歓迎するからよ」
「あら、あなたから私に会いに来てはくれないの?」
「・・・・・・・・・・・・わーったよ。俺からも会いに行くから機嫌直せ嬢ちゃん」
「そう? なら約束よ」
シェルディアは先ほどまでの態度はどこへやら、上機嫌になって笑顔を浮かべた。
(こりゃ遊ばれたな・・・・・・・)
まだシェルディアとは2日ほどのつき合いだが、分かったことが1つあった。それはシェルディアの笑顔の種類だ。
影人が分かっている笑顔の種類は2つ。年相応の明るい笑みと、どこかミステリアスな少女らしからぬ笑みだ。前者は昨日シェルディアにプレゼントを贈った時に、シェルディアが浮かべていた。だが今の笑みは明らかに後者であった。
つまりシェルディアのむくれたような様子は演技であったということだ。
「・・・・・・・・・・・ったく、嬢ちゃんも人が悪いぜ」
「聞こえてるわよ影人。心外ね」
ぼそりと呟いたその言葉をシェルディアは聞き漏らさなかったようだ。余裕のある表情でシェルディアは影人をたしなめた。
「そいつは悪かったな。――さて残りの時間、嬢ちゃんは何をしたい?」
「決まってるわ。このままあなたとお話よ」
「はっ・・・・・・・・・・・・本当、嬢ちゃんは変わってるぜ」
そんな言葉とは裏腹に、影人の口角は少し上がっていた。
「「――だから、私達は強くなりたいんです」」
扇陣高校の生徒会室に陽華と明夜の声が響いた。その言葉を締めくくりとして、陽華と明夜がどうして強くなりたいか、なぜ風音の元を訪れたのかの理由は全て話し終わった。
「・・・・・・・・・そう、ですか」
2人の話を聞き終えた風音が一言、そう言った。その表情は真剣そのものだった。
「こう言っては何ですが、お2人は光導姫の中でも異常な経験をしておられますね」
光導姫という通常から考えれば特殊、異常と言っても良いかもしれない存在になったにも関わらず、2人の体験はおよそ光導姫になって約1ヶ月半の新人が経験するものでは決してない。
「いやはや本当に・・・・・・・・・普通の光導姫はまだその段階でフェリートやレイゼロールといった化け物たちと邂逅しないでありますよ」
なし崩し的に話を聞いていた新品もそのような感想を漏らした。というか、新品はまだフェリートやレイゼロールを直接見たことがない。
「・・・・・・確かに連華寺さんと新品さんの言うとおり、彼女たちは凄まじい敵たちと邂逅してきた。それもここ最近でだ。でもそれよりも異常な事態と言えば――」
「スプリガンなる者の存在・・・・・・・ですね」
風音が光司が言わんとしていることを察し、その名を出す。光司も「・・・・・ええ」と複雑な表情になりながら頷いた。
「スプリガンの噂は私も守護者の方達から聞きました。ですが、私はあくまで噂だと思っていたんです。闇の力を操る謎の怪人・・・・・・・こう言っては何ですが、もう一つの噂と同じくにわかには信じられませんでした」
「でした・・・・・・かい?」
光司が違和感を覚えたようにそう聞き返した。語尾が過去形になっている。
「うん。私は昨日・・・・・・・・・スプリガンに出会ったから」
「「「ッ・・・・・・・・!?」」」
その衝撃の言葉に、光司、陽華、明夜は目を大きく見開き、衝撃を受けた。
ただ、この場の誰も本人さえも気がついてはいないが、陽華だけはある種のショックを受けたような顔色も混じっている。
「おや、それは私も初耳でありますね」
3人とは違い、新品は無表情でそう言ったが、どうやら新品も風音からそのことを聞くのは初めてのようだ。
「ほ、本当にスプリガンと会ったんですか!? 彼は何か言ってましたか!?」
「ちょっと陽華、落ち着きなさい」
前のめりな姿勢で風音にそう聞く陽華。少し暴走気味の親友を珍しく明夜が押さえる。明夜の言葉に冷やされたのか、陽華はハッとした顔になり、申し訳なさそうに「ごめんなさい・・・・・!」と風音に頭を下げた。
「気にしないで。先ほどのお2人の話から、あなたたちの思いは伝わっています。スプリガンに助けられたあなたたちからすれば、スプリガンに関する情報をどのようなものであれ欲しいでしょうし」
風音が優しげな目を陽華と明夜に向けた。この2人にとって、スプリガンという存在は特別なのだろう。
「すまない、連華寺さん。よければ、昨日君がスプリガンと出会った時の状況を聞かせて欲しい」
光司が真剣なそれでいてどこか恐い表情で、風音にそう言った。どうやらこの2人とは違い、光司はスプリガンのことをあまりよくは思っていないようだ。光司とつき合いの長い風音はそう思った。
「ええ。といっても会ったのは一瞬だったし、言葉を交わしたのも二言、三言くらいよ」
そう前置きして風音は昨日のことを話した。闇奴との戦いの最中、闇奴の首が突然消し飛ばされた事。そして、その攻撃を行ったのが、金色の瞳の黒衣の怪人であったこと。
その怪人が自らのことを「スプリガン」と名乗ったことを。
風音が語ったのはここまで。その後、邂逅した【あちら側の者】の事については、一切を語らなかった。
「それは確かに奴・・・・・スプリガンだね」
姿を確認したことのある光司が間違いがないといった感じで頷いた。
「スプリガンは、連華寺さんを助けたんですね!」
陽華がどこか嬉しそうにそう言った。だが、その言葉を聞いた風音は分からないといった感じで首を横に振った。
「それは・・・・・・・分からない。結果的に彼は私を手助けしてくれたけど、その意図は私には何も分からなかった」
「・・・・・・・・そうですね。私達は彼のことについて何も知りません。でも、どのようであれ私たちが助けられたのも事実です」
明夜が風音の意見を認めつつも、強い意志を宿した瞳でそう断言した。いつものポンコツ加減はどこへやら、そこには非常に珍しい月下明夜がいた。
「だから少なくとも私と明夜は彼のことを信じています。・・・・・・・確かに、1度はスプリガンから攻撃も受けたけど、それでも・・・・・・・です」
明夜の隣の陽華も、明夜と同じく強い意志を宿した瞳を浮かべている。その強い意志とは、「信じている」という意志だ。
このようなことはソレイユにも述べた。その時からではないが、スプリガンに何度も助けられている2人は彼のことを信じている。
1度の攻撃が何だ。それ以上に彼は自分たちを助けてくれた。
「・・・・・・真っ直ぐな目。あなたたちは本当に彼を信じているのね。そして、彼に助けられることがもうないように、彼に追いつくために、強くなりたいと心の底から思っている」
風音は目を閉じた。2人の純粋な思いが伝わってくる。その思いが力になることを風音は知っている。
「・・・・・・・・あなたたちの思いしかと受け取りました。では、今のあなたたちの実力を、私に見せてください」
「「え?」」
陽華と明夜が意味が分からないといった感じの表情を浮かべる。いったいどういうことだ。闇奴が現れた時に、風音も同行するということだろうか。
「会長、それは・・・・・・」
「連華寺さん、まさか・・・・・・」
だが、新品と光司はその意味を正しく理解していた。真剣な目で2人は風音を見据えた。
「ええ。2人が予想している通りです」
風音は再び瞳を開き、戸惑っている陽華と明夜を真っ直ぐに見つめた。
「――お2人には、私と闘ってもらいます」
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