第31話 正体

 転移してまず目に入ったのは海だった。

「海・・・・・・・東京湾か?」

 影人が住んでいる地域は内陸に位置するため、普段から海というものは見えない。そのため海を見るのは久しぶりだった。

「っと・・・・・・・海を見てる場合じゃねえな」

 まずは光導姫と闇奴がどこにいるのか探さなければならない。

『影人、少し急いでください。光導姫より先にあなたを転移させましたが、彼女が闇奴と対峙すれば勝負は一瞬で着くはずです』

「まじか・・・・・・そんなに強いのか、そいつ?」

 周囲の様子を確認しながらソレイユの言葉に影人は疑問を返した。光導姫が転移していないとなれば今この辺りには、人払いの結界が展開されていないということになる。だが、元から人が少ない地域なのか周囲に人の姿は見えない。

『ええ。闇奴ならば文字通り一瞬で浄化できるでしょう。先ほども言いましたが、彼女は現在、日本で最も強い光導姫ですから。では、今から私は『巫女』を転送します』

 その言葉を最後にソレイユの声はもう響かなくなった。

 ソレイユの言葉を受け取った影人は、鞄から黒い宝石が特徴的なペンデュラムを取り出した。

「・・・・・・・・・」

 レイゼロールとの戦いから、影人は1度もスプリガンに変身してはいなかった。それは偶々たまたまなのだろうが、今の自分の胸によぎるのはあの夜のことだ。

(・・・・・・スプリガンになったことで、また何かが俺の体を操ったら・・・・・・・いや、今はそんなこと考えてる場合じゃねえな)

 どうしてもそんなことを思ってしまうが、今はそれよりもやることがある。

「――変身チェンジ

 周囲に人がいないことを再度確認した影人は、ペンデュラムを右手に携えながらそう呟いた。

 すると宝石がその色と同じ黒い輝きを放った。

 そしてその輝きに呼応するかのように影人の姿が変化する。

 制服は黒い外套に。胸元には深紅のネクタイが。ズボンは紺色に、足下は黒の編み上げブーツへと。

 頭には鍔の長い帽子を被り、前髪の長さが変化する。整った顔が露わになり、最後に瞳の色が黒から金へと変化した。

 その姿が完成すると同時に右手のペンデュラムはいつの間にか消えていた。

「・・・・・・行くか」

 変身しても変わったところは今のところ感じない。影人は闇奴と光導姫を探すため、歩き始めた。








 幸い闇奴はすぐに見つける事が出来た。

「ガァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 雄叫びを上げ、天に向かってその獰猛なおもてを突き上げている。

 筋骨隆々とした四肢に特徴的なたてがみ。二足歩行をしているが、間違いない。

 あれはライオンだ。ただ、その周囲には黒いオーラのようなものが渦巻いている。そのこともあれがただのライオンではなく闇奴であるということを示している。まあ、普通のライオンは二足歩行はしないし、こんな所にいることはないからすぐに闇奴とわかるが。

(いかにも強そうな闇奴だが・・・・・・・・あの闇人やレイゼロールと比べれば雑魚だな)

 遮蔽物に身を隠しながら、闇奴の様子を窺う。もし、自分があの闇奴と正面から戦ったとして、負ける姿は想像出来なかった。

(というか、前から思ってたが何で闇奴はわざわざ叫ぶんだ?)

 それは影人のちょっとした疑問だった。あの咆哮には何か意味があるのか。それともただ心が叫びたがっているだけなのか。

(まあ、どうでもいいか・・・・・)

 途中、本当にどうでもいいということに気がついた影人は、さっさとその思考を中断した。

「・・・・・・・・・光導姫はまだ――」

 影人の呟きの途中、一条の光が闇奴を貫いた。

「ッ!?」

 光は闇奴の右の肩口を貫き、そのまま虚空へと収束した。

「ガァァァァッ!?」

 遅れてやって来た痛みに闇奴が悲鳴を上げる。光が貫いた箇所には穴が空き、黒い血が流れ落ちている。

 そして光が飛んできた方向からその人物は現れた。

 まず目に入ったのはその姿。それは神社などでよく目にする巫女装束と呼ばれるもの。

 真白ましろな小袖に緋色の行灯袴あんどんばかま。黒く長い髪を赤い髪留めで1本に纏めている。その姿はまさに巫女だ。

 ただ、普通とは違う箇所も存在した。

 周囲に何か札のようなものが複数浮いている。いや、原理は分からないが正しくのだ。

「・・・・・・・・・・あれが『巫女』か」

 光導姫ランキング4位。いま最も日本で強い光導姫。確かに巫女という言葉がピッタリだが、どこか安直すぎる気がしないでもなかった。

「闇奴・・・・・・人の心の闇が暴走した姿。すみません、私に出来ることはただ願いあなたを浄化することだけです」

 『巫女』と呼ばれる少女が闇奴に向かって言葉を投げかけた。その声音はどこか悲しさを含んでいるようでありながらも、透き通るようなものだった。

「ガァァァァァァァァァァ!!」

 闇奴も先ほどの攻撃がその少女が放ったものだと分かったのか、怒りの咆哮を上げながら、巫女めがけて突進する。

「願いましょう、あなたのために」

 巫女が右手を前方に突き出す。すると周囲の札から先ほどと同じ光が放たれた。

 幾条いくじょうもの光が、向かってくる闇奴の体を次々と貫いていく。

 闇奴は再び悲鳴を上げる。当然だろう、あのような光の斉射を浴びれば例え闇奴といえどダメージは計り知れない。

「っと・・・・・・・確かにこいつはすぐに終わりそうだ」

 まるで勝負になっていない。影人の視界に広がるのは、あまりにも一方的な展開だった。

 闇奴がただただ破壊的な光の攻撃を浴びせられる。それだけだ。

「・・・・・・・・・さて、俺も仕事といくか」

 小言でそう呟き、影人はソレイユの言葉を思い出す。

 今回の自分の仕事は、『巫女』に自分という存在を確認させること。

 ではいったいどのようにして、自分の存在を知らせるか。

「答えは簡単だ・・・・・・・」

 影人は遮蔽物から身を現す。まだ巫女も闇奴も自分には気がついていない。

 頭の中で思い描くのは銃。そしてそれを自分の右手にイメージする。

 が、しかし。

(やっぱりイメージだけじゃ無理か・・・・・・)

 あの時は言葉を発せずとも力を使う事が出来たが、やはり自分には言葉に出すというプロセスを踏まなければ力は使えないらしい。

 自分を操っていた何かにはそのプロセスが必要なかったいうのは、少し腹立たしくもあるが、今はそうも言ってられない。

「闇よ、銃と化せ」

 イメージと言葉に出すというプロセスを経たことにより、スプリガン状態の影人の右手に闇で拵えられた漆黒の拳銃が1丁、形作られた。

 影人はすぅと銃を握った右手を突き出し、照準を未だに光に貫かれ悲鳴を上げている闇奴の頭部に合わせた。

「――彼の者を貫く一撃を」

 そんな言葉を呟き、影人はその引き金を引いた。

 その言葉は闇による次の攻撃の威力を上げるものだった。

 バシュゥゥゥと派手な音を立てながら、闇色の弾丸、いな、闇色のエネルギーの奔流と化した一撃は放たれた。

「っ!?」

 巫女がその奔流に気づく。しかし、闇奴は死角から放たれたその攻撃に気がつく暇も無くその頭部を消し飛ばされた。

(威力は上々だな・・・・・・)

 頭部を失い、それでもふらふらと穴だらけの体を動かし続ける闇奴を見ながら、影人はそんなことを考えた。

 レイゼロールとの戦いの時、結界を破るために影人は闇で自身の肉体の一撃を強化した。ならば、闇による創造物の攻撃も強化できるというのも可能なはずだ。

(まあ、これは俺が暴走したときにやってたことを参考にしただけだがな)

 あの時の自分は闇の剣に闇を纏わせることで、斬撃を強化していた。なら、言葉というプロセスは必要だし、強化できるのも攻撃1回分だが、自分にも出来るということだ。

「・・・・・ただで貸すほど俺の体は安くはないんでな」

 自分を操った何かのことを考え、影人はそう呟いた。

「あなたは・・・・・・」

 意識を現実に戻すと、巫女がどこか警戒するような目で自分のことを見ていた。

「・・・・・・・・闇奴を浄化しなくていいのか?」

 こちらを見つめる巫女に影人はそう言った。そう、まだ闇奴は浄化されていない。影人の攻撃は確かに闇奴の頭部を消し飛ばしたが、浄化の力などは籠もっていない。

「っ・・・・・・・・我が願いにより、彼の者に浄化と安らぎを与えたまえ」

 巫女は徐々に頭部を再生しつつある闇奴に向き直り、言の葉を紡いだ。

 周囲に停滞していた札から、先ほどと同じく幾条もの光が放たれる。浄化の力を宿したその光に肉体を貫かれた闇奴は、今度こそ地に伏せその姿を人間へと変えた。

「・・・・・・・・終わりだな」

 巫女に自分の姿は確認させた。これで今回の自分の仕事は終わりだ。

 影人はその場から離れようと足を動かした。

 が、

「待ってください!」

 巫女はスプリガンを呼び止めた。

「・・・・・・・・・・・・何だ」

 別段、無視してもよかったのだが、日本一の光導姫がいったい何を言おうとしているのか、多少の好奇心を抱いた影人は、首を斜め後方に動かしそう聞き返した。

「・・・・・・・あなたが、ソレイユ様のお手紙に記されていた・・・・・・・・・・スプリガン、ですか?」

 巫女は自分から少し離れた場所にいる黒衣の怪人に名の確認をした。

「そうだ・・・・・・・と言ったら?」

「ッ・・・・・やはり、あなたが・・・・・・・」

 ソレイユから正式にその存在を知らされる前から、名前とその噂だけは聞いていた。いわく、闇の力を扱う謎の怪人。

 自分に届けられたソレイユの手紙から分かった情報は、光導姫と守護者を助けたこともあれば、光導姫と守護者を攻撃したこともあるという目的不明の行動。

 そして、最上位の闇人とレイゼロールをも退かせたという底知れない戦闘能力。

 その怪人がどういうわけか自分の目の前にいる。巫女と呼ばれる光導姫は警戒しながらも、スプリガンに先ほどの行動――つまりはなぜ闇奴を攻撃したのかを尋ねた。

「なぜ、闇奴に攻撃を? まさか、私の手助けをしてくれたのですか・・・・・・・?」

「・・・・・・・・さあな」

「・・・・・・・そうですか。そもそも、あなたいったい何者なんですか?」

 who are youお前は何者か? 影人がスプリガンになって散々問いかけられた質問だ。そしてその問いへの答えはいつだって同じだ。

「・・・・・・・・あんたがさっき聞いただろ。スプリガン、それが俺の名だ」

「・・・・・・・答える気はないということですね」

 そうとも言う。と心の中で呟き、影人はこれ以上の問答は面倒だと思い、力ある言葉を放つ。

「・・・・・・・・闇よ、壁と化せ」

 影人と巫女の間に闇の壁がそそり立った。この壁はレイゼロール戦のとき自分と他の者たちを隔てた壁とは違い、透過率は限りなく0パーセントだ。ゆえにもう影人も巫女の姿を確認できないし、巫女も影人の姿を確認できない。

 影人はその間に静かにその場を去った。










「壁・・・・・・・・・?」

 突如として自分の前に立ち塞がった闇を見て、巫女はそう言葉を漏らした。

「いったい何を・・・・・・・」

 巫女にはスプリガンの意図が分からなかった。何せ相手は目的不明、行動不明の怪人だ。そんな人物の意図をいったいどう推し量れというのか。

 だが、それから少しして闇の壁はまるでそれがなかったかのように、消え失せた。

 そしてスプリガンの姿も。

「逃げた・・・・・・・・?」

 その事実に巫女と呼ばれる光導姫の少女はどこか拍子抜けした。

(あれがスプリガン・・・・・・・)

 黒ずくめのその姿と金色の瞳が巫女の脳裏に過ぎる。闇の力を持つ謎の怪人。その人物が先ほどまで自分の視界に存在した。

「・・・・・・・1度、ソレイユ様にご報告しなければ」

 闇奴化していた人間を介抱して、巫女は変身を解除しようとした。

 だが、何の前触れも無く、

「なっ・・・・・・・!?」

 一瞬前までは空は晴天だった。しかし、今は夜になった。としか言いようがなかった。

 空に瞬くは満天の星空。輝くは真紅の満月。

 まるで幻覚を見ているかのような光景。理解が追いつかない状況。

(これはいったい・・・・・・!?)

 変身を解除するどころではない。巫女は最大限の臨戦態勢を取り、周囲を警戒した。

「あら残念。光導姫だけかしら」

 その空間に自分とは違う少女の声が響いた。

 気がつけば、自分から離れた場所に1人の少女がいた。

 ブロンドの髪を緩くツインテールに結った少女だ。纏っている衣服は豪奢なゴシック服。まるで人形のように可憐さが感じられる。

「闇奴の気配がしたから、目的の人物がいるかもしれないと思ったけど、無駄足だったわね」

 その少女は軽くため息をついた。この異常な状況で少女のそのような仕草はひどく場違いなように思えてならない。

「あなたは・・・・・・・!」

 巫女の瞳に白いオーラのようなものが揺らめいた。少女がただ者ではないことは今の発言とこの状況から分かることだ。

 巫女は少女の正体が何であるのかを探ろうとその眼を凝らした。

 そして巫女は少女の正体に気がついた。愕然とした。冷や汗が頬を伝う。それほどまでに、その姿は驚くべきものだった。

「うん? あらこれは意外ね。その眼――あなた聖職か神職にでも携わっているのかしら?」

「あなたのような者が何の用ですか・・・・・・・!?」

 動悸が激しくなる。この少女がその気になれば、自分は殺されてしまうかもしれない。自分の目の前にいるのは正真正銘、規格外の化け物だった。

「【あちらがわもの】よ・・・・・・・!」

「そう呼ばれるのは久しぶりな気がするわね」

 ふふっと真紅の月の下、少女は笑った。

「別にあなたに用はないの。ただ、もしかしたら会えるかもと思って来ただけ。はあ、こんなことなら、わざわざ私の世界を展開する必要はなかったわね。これ使うと疲れるし」

 星空を見上げ、シェルディアはそう呟いた。この空間を維持するのは、シェルディアといえ容易なことではない。

(会える・・・・・・? この化け物は誰かを探している?)

 シェルディアの言葉から巫女はその目的を推理しようとしたが、いかんせん情報が少なすぎるためそれ以上のことはわからなかった。

「さてと、無駄足だと分かったことだし私はお暇させてもらおうかしら」

「っ・・・・・・・・」

 シェルディアが背を向けた。完全に無防備だ。今ならば――

 巫女が周囲の札から光を放とうとしたその時、振り返らずにシェルディアが言葉を発した。

「やめておきなさい。見逃してあげたのに、わざわざ死にたいの?」

 その静かな声音に巫女の動きが止まった。否、止めさせられた。

 それは圧倒的な死の重圧プレッシャー。殺意などは生ぬるい純然たる生物としての恐怖。とても少女の姿からは想像もできないような気配を全身から発しながら、少女は言葉を続ける。

「少し力があるからって、たかだか人間ごときが私に勝てるはずがないでしょう? わきまえなさい、人間」

「は、はい・・・・・・・・・・・・」

 巫女と呼ばれる少女は、そうとしか言えなかった。それ以外の言葉を述べたり、攻撃すれば自分は間違いなく死ぬという事が本能で理解できた。

「よろしい・・・・・・・・・・・・じゃあね」

 シェルディアは許しの言葉を与えると、そう言って自分の影へと沈んでいった。

 それと同時に景色が晴天に戻る。まるで何事もなかったかのように。

「・・・・・・・・・・・・もう、今日は何だって言うのよ」

 緊張から解放された巫女はその場にへたり込み、本心を1人吐露した。

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