第29話 奇妙な縁
「あなたの家に?」
シェルディアが影人の顔を見つめてくる。完全に日が沈み、闇が支配する夜が訪れた中、2人しかいない小さな公園に少しきつめの風が吹いた。
風が影人の髪を揺らす。その風は、まるでこの選択が大きな運命の岐路であるかのような事を、教えているかのようであった。
「ああ、もちろん下心はないぞ。家には母と妹もいるし、嬢ちゃんをどうこうしようなんて思ってない。つーか、たぶん俺は嬢ちゃんより弱いからな」
多分というか絶対に自分の方が弱い。情けない事だが、シェルディアが不審者を傘で殴り飛ばした現場を直接見た影人はシェルディアに勝てる自信が全くなかった。
「そこについては心配していないわ。これでも人を見る目はあるつもりよ。私が言いたいのは、本当にあなたの家に泊まってもいいのかということよ。あなたも言った通り、私とあなたは今日出会っただけの他人。そんなあなたが、私に優しくしてくれる理由はなに?」
シェルディアが「なぜ?」という表情を影人に向ける。最初こそ、あの男と同じような人間かとも疑ったが、話していて違うとわかった。この少年は陽華や明夜と同じような、気の良い人間だ。あの2人ほどわかりやすくはないが。
「理由か・・・・・・・そりゃ、自分より年下の子供が野宿するっていうんだから、俺に出来ることをしただけだ。さすがに嬢ちゃんをこのまま放っておくのはな・・・・・・・」
影人は人間的に至らぬ部分も多いが、異国の地で野宿をしようとする少女をそのままにしておくほど、クズではない。そう自分では考えている。
「・・・・・・・・・・・そう、優しいのね」
それが、それだけが理由だとわかったシェルディアはポツリと言葉を漏らした。
「俺がか? ・・・・・・・・・そいつはお門違いだと思うが、俺にも最低限の倫理観や道徳観はあるからな」
正面から言われたその言葉を恥ずかしがるように、顔を逸らす。シェルディアの言葉が嘘からではなく、本心からだとわかったから尚更むずがゆい。
「で、どうする?」
影人はシェルディアに結論を求めた。家に泊まるなら、それはそれでいい。嫌ならば、それは仕方が無いと諦めるしかないだろう。あくまで自分は選択を与えただけだ。
「そうね、あなたの提案は本当に嬉しいわ。確かにあなたの言うとおり、せっかくの観光で野宿というのも味気ないし、その提案ありがたく受けさせてもらうわ」
シェルディアは笑みを浮かべて、正面に立っている影人に手を差し出した。
どうやら掴めということらしい。
「はっ・・・・・・・・では、お手を拝借しますよお嬢様?」
シェルディアの意図を理解した影人は、芝居がかった口調で闇に映える少女の白い手を取った。
影人の案内で、影人と家族の住むマンションを訪れたシェルディア。家主である影人の母親と、妹に挨拶を済ませると、あれよあれよという間に夕食をごちそうになった。
シェルディアは基本的に食べ物を取らずとも生きていける。そもそも睡眠すら必要もない。あるエネルギーというか液体さえ定期的に摂取してしまえば、完結した個体と言える。
だから本当なら野宿をしても何ら問題はなかったのだ。そもそも、シェルディアには転移がある。野宿がだめなら、夜間はどこかの山へと籠もり、朝がくるのを待てば良い。
しかし、シェルディアは影人の提案を受けた。気分と言ってしまえばそれまでだ。だが、シェルディアは帰城影人という少年に多少の興味を抱いていた。
「
「何だ嬢ちゃん? 何か用か?」
コンコンとノックをして、シェルディアはドアを開けた。そこは影人の部屋であった。
本棚とテレビ、それに勉強机とベッドという別段普通の簡素な部屋だ。テレビとベッドの間に座っていた影人は、視線をテレビからシェルディアに移した。
「ん? ああ、妹の寝間着か」
「ええ、今は使ってないからと言って快く貸してくれたわ」
シェルディアはピンク色を基調としたモコモコの寝間着を纏っていた。それは妹が2年ほど前まで使っていたものだ。
豪奢なゴシック服を着ていたシェルディアは、その雰囲気と相まってお嬢様といった感じだったが、今は普通の可愛らしい少女のように思えるのだから、服というものは不思議だ。
「風呂の使い方はわかったか? 外国じゃ湯に浸かるって文化はないらしいから、慣れなかっただろ?」
「まあ、そうね。バスタブ・・・・・こちらでは湯船だったかしら、まだあまり慣れないけど、前に日本に訪れたときに教えてもらっていたから、大丈夫だったわ」
シェルディアはそう言って、影人の横に腰掛けた。その際、影人と同じように体重をベッドの側面に預ける。
「あなたとお話しようと思って」
「・・・・・・嬢ちゃんも物好きだな。俺と話して何が楽しいんだか」
スプリガン時ならまだ知らず、ここまで帰城影人という一個人に興味を抱いたのは、この少女が初めてだろう。
「夕食は口にあったか? なにぶん、ほとんど純和食だったからな」
「美味しかったわ、ええ本当に。ただ、お箸にはやっぱり慣れなかったけど」
「そりゃ、仕方ない。自分のとこと違う文化には慣れないもんだろうぜ」
シェルディアの言葉にそう返し、影人は軽く笑みを浮かべる。自宅の自分の部屋ということもあって、気が緩んでいた。というのもあるが、この不思議な少女と話すのは、素直に面白いと感じてしまう。
「そういや、嬢ちゃん。髪下ろしたんだな」
「ええ、どうかしら?」
そう言って、シェルディアはサラリと音がしそうな美しいブロンドヘアーに手を当てた。影人の指摘通り、今のシェルディアは緩く結ったツインテールではなく、ストレートヘアーだった。
「どうって言われてもな・・・・・・・・似合ってるんじゃないか?」
「なぜ疑問形なのかしら? レディーに対して失礼ではなくて?」
影人の感想にシェルディアは見るからに不機嫌になった。選択肢を間違えたことに気がついた影人は慌ててフォローを入れる。
「悪かったって! 嬢ちゃんは魅力的だ、立派なレディーだよ」
嘘は言っていない。髪を緩くツインテールに結っていたシェルディアも、その髪型から子供っぽさもあったが、不審者に狙われるほどの魅力はあった。
しかし、髪を下ろしている今のシェルディアはその何倍も魅力的に感じる。何というか、少女にはありえないような妖艶さを醸し出しているというか・・・・・・・
「くすっ、本当? また適当なことを言っているじゃないの?」
シェルディアが影人の左腕に手を絡めながら、ゆっくりと顔を近づけていくる。その突然の事態に影人は目に見えて動揺した。
「お、おい!? いきなり何だ!?」
「あなたが嘘を言っていないか確かめているのよ。私が魅力的なら、あなたの行動は1つよね・・・・・・・・?」
息の掛かる距離までに近づいたシェルディアの顔。今までの人生でこれほどまでに異性の顔を近くに感じたことない影人は、パニックに陥った。
「い、い、い、意味がわわわ、分からんぞッ!?」
「
そう言って、シェルディアはその唇を近づけていき――
「ふふふっ、冗談よ。冗談。まだまだ子供ね」
ふっと顔を離した。
「じょ、冗談キツいぜ嬢ちゃん・・・・・・・」
心臓の鼓動が未だにバクバクとうるさいが、なんとか影人はそう返した。
まさか自分より年下の少女に子供扱いされるとは思っていなかった。ちなみに今の言葉はオヤジギャグではない。影人のシェルディアに対する呼称がややこしくさせただけである。
ちなみにどこがオヤジギャグになってしまっているかと言うと、
「ったく・・・・・・・・・嬢ちゃん将来は魔性の女になるな」
「あら、今でも魔性の女のつもりだけれど?」
「・・・・・・・・・本当、敵わないぜ」
負けだ負け、という風に影人は軽く両手を挙げた。元々勝負などはしていなかったが、全てにおいてシェルディアの方が上だった。
「と、そろそろ良い時間だな。嬢ちゃんも今日は早めに寝な。旅行の初日で疲れてるだろうし、何より子供は寝る時間だ」
最後の言葉は、やられっぱなしは性に合わないという感じの意地の悪い言葉だが、影人の本心だ。時刻はもう11時を回っていた。
「私に時はあまり関係はないけれど、仕方ないわね」
シェルディアは残念そうにそう言うと、立ち上がりドアに手を掛けた。
「確かこのような場合はこう言うのよね? ――おやすみなさい、影人」
「ああ、おやすみ。嬢ちゃん」
こうして、不思議な少女と出会った1日は幕を閉じた。
「ふぁ~~あ・・・・・・・・眠みぃ」
翌日。影人は学校の自席であくびをかみ殺していた。
影人が眠いのはいつものことだ。大部分の人間がそうだとは思うが、影人は朝に弱かった。
「あと2時間で昼休みか・・・・・・」
妹の部屋で眠っていたシェルディアと朝食を取っている間に、シェルディアと話をしていると、今日は宿泊先を探すと言っていた。一応、シェルディアが泊まるのは1日だけだったのだが、影人の母親がシェルディアを大層気に入り、「もう1日泊まっていきなさい!」と言ったので、シェルディアは今日も家に泊まることになった。
よって、シェルディアは明日から泊まれる宿泊先を探すようだ。シェルディアがどれくらい日本に滞在するのかは分からないが、母親のあの感じだと、もしシェルディアの宿泊先が見つからないとなれば、しばらく
「・・・・・・・・人生何があるかわかったもんじゃねえな」
窓際から差し込む陽光に目を細めつつ、影人は次の授業の準備をした。
影人にとって事件が起こったのは昼休みだった。
「・・・・・・・・弁当がない」
鞄を開けて愕然とした。
最悪である。しかも今日に至っては、単純に影人が弁当を入れ忘れただけであることを、今更ながら思い出した。
(嬢ちゃんと話してる間に、うっかり忘れたか・・・・・・・)
学校に行く前というのは、一連の行動がほぼルーティン化している。今日はシェルディアといういつもとは違う要素があったため、忘れてしまったのだろう。
「しかも今日に限ってサイフもないし・・・・・・・」
昨日、夕飯を食べて少しした後、小腹が空いた影人は再びロー〇ンにから〇げ君を買いにいった。もちろんチーズ味だ。その際、サイフを机の上に置きっぱなしにしてしまったのだ。
「・・・・・・・・・不幸は重なるもんだな」
こうなれば隣のクラスの暁理から、飯をたかりにいくか、金を貸してもらうしかない。そう考えた影人は、席を立とうとした。
「おい、何か超絶可愛い外国人の子がいるらしいぜ」
「は? ウチの学校に留学生なんかいないだろ。どういうことだよ?」
「何かお弁当を届けに来たらしい。エイトっていう名前の男子を知らないか、ってさ」
「エイト? 一体どこのどいつだ。そのうらやまけしからん奴は」
廊下際の男子達の話し声を聞いた影人はピタリと動きを止めた。
(おい・・・・・・・まさか)
外国人、お弁当、エイト、という単語を聞いた影人は何かものすごく嫌な予感がした。
とりあえず教室を出ようとした影人は、出た直後に何者かに肩を叩かれた。
「おーい、影人。なんかすっごい可愛い子が君のことを探してるみたいなんだけど、どういうこと?」
「さ、暁理・・・・・・・・」
振り返ってそこにいたのは、にこやかな顔を浮かべた暁理だった。
「・・・・・・・・とりあえずこの手をどけてくれ。めちゃめちゃ痛い」
もう手をどかしてもいいはずなのに、ギリギリと肩に力を加え続ける暁理に、影人は抗議の声を上げる。
「ああ、ごめん。影人は貧弱だったね。で、どういうことなの?」
そこはかとなくなかなか心が傷つく発言をしながら、暁理は再度影人に質問を投げかける。いや、雰囲気的に質問というよりかは尋問の方が近い気がする。
「もやしで悪かったな・・・・・・・いや、俺にもよく分からん。きっと人違いだと思うぞ」
「僕が知る限り、エイトって名前はこの学校で君だけだよ。それに、なんかいつもより挙動が不審なのは気のせい?」
ジトッとした目で暁理が影人を見る。見た目の暗い友人は言葉は普段と変わらなかったが、なぜか足が震えていた。
そんな時、ザワザワと廊下が騒がしく鳴り始めた。廊下の端――階段の方からだ。
「まさか、シェルディアちゃんと学校で会うことになるとは思わなかったよ!」
「本当、また会えたらいいなとは思ってたけど、まさか昨日の今日で会うことになるとは思わなかったわ」
「ふふっ、そうね。私もよ」
案の定と言っていいのか、その外国人というのはシェルディアであった。髪型は昨日の夜のようなストレートではなく、緩く結ったツインテールで服装もゴシック服であった。
しかも、なぜかシェルディアの傍らには陽華と明夜がいた。
「色々と話したいこともあるけど、シェルディアちゃんはエイトって言う人にお弁当を届けに来たのよね?」
「ええ、場所を教えてもらって辿り着いたのはいいのだけれど、エイトがどこにいるかが分からなくて。2人が探すのを手伝ってくれると言ってくれたのは、助かったわ」
「えへへ、そう言ってくれると嬉しいよ。でも私と明夜もエイトって名前の男子は知らないし、あんまり力になれないかも。ごめんね」
「気にしないで、一緒に探してくれるだけでもありがたいわ」
シェルディアは2人と話しながら、次々と教室を覗いていく。シェルディアの姿を見た周囲の生徒たちは、「やべぇ、めっちゃ可愛い」「綺麗・・・・・・」「おい、今すぐエイトとかいう男を探せ。消すぞ」「イエッサー!」などという感じのことを言っていた。後半なぜか不穏なセリフが聞こえた気がしたが、それは無視だ。
「うわー、お人形さんみたいに綺麗な子。で、影人どういった関係――」
暁理が言葉を紡いでいる間に、遠く離れたシェルディアと目が合った。
「ッ!」
正確には影人の前髪越しにだが、確実に合った。
「あ、エ――」
(最悪だ・・・・・・・・!)
「悪い、暁理。あいつから弁当受け取っといてくれ!」
「え、影人!?」
次の瞬間、影人は全速力で廊下を駆けていた。
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