第28話 シェルディアの東京観光(3)
「いや、怪しい者じゃないんだが・・・・・」
人形のように可憐な少女に暗に「出てこい」と言われて、影人は曲がり角から姿を現した。
「怪しい人はみんなそう言うのよ」
不審者を傘で叩き返した尋常ではない少女は、影人をじっと見つめてくる。これは自分も不審に思われているようだ。
(どうしてこうなった・・・・・・・)
夕暮れの中、不思議な少女と見合いながら、影人はなぜこんな状況になったのか、思い出していた。
「・・・・・・やっぱりチーズだな」
風洛高校からの帰り道、影人は牛乳瓶が特徴のコンビニで、から〇げクンを買って食べていた。レギュラーやらレッドやらはたまた期間限定の味など、様々な種類があるが、影人が1番好きなのはやはりチーズ味だ。
「ふっ、しかも今なら1個増量・・・・・・・・嬉しい誤算だな」
こういう小さな幸せを感じているということは、自分に余裕があるということだ。余裕があって、影から1人で暗躍する者。影人はそんな自分を格好いいと考えていた。
「さながら俺は
片手にから〇げ君持っている奴がいったい何を言っているのか。くっくっくっと気味の悪い声を上げながら、頭がヤベーイ奴は少し真面目な事を考えた。
(結局、あれからまだ俺自身には何も起きていないんだよな・・・・・・・)
レイゼロールとの戦いから数日が過ぎた。あの戦いのせいかは分からないが、ここ最近はソレイユから闇奴が出現したとは聞かない。まあ、あくまで自分が呼び出される事態――すなわち陽華と明夜が戦うという事がなかっただけで、世界に闇奴が出現しているとは思うが。
そういった事もあり、影人はスプリガンに変身していなかった。自分が何かに体の自由権を奪われたあの現象が、変身して起こるものなのか、はたまた変身しなくとも起こる可能性のあるものなのかすらも影人には分からない。
しかし、現実としてあれから特に変化はなかった。
「そんなことより、から〇げ君がうめぇ・・・・・・・」
ふざけた思考と真面目な思考を行ったり来たりしながら、自宅まであと少しといったところまで影人は帰ってきていた。
次の角を曲がろうとしたところで、影人は怒り狂ったような声を聞いた。
「このクソガキがっ! こっちが下手に出りゃいい気になりやがって! もう我慢ならねえ! こっちに来やがれ!!」
(何だ・・・・・・・・・・?)
その声は自分が曲がろうとしていた角の先から聞こえてきた。
明らかにただ事ではない雰囲気だ。気になった影人は角に張り付き、こっそりと様子を窺った。
「不愉快だわ。触れないでちょうだい」
見やると、小綺麗なスーツに身を包んだ男と、豪奢なゴシック服を纏った人形のように可憐な少女が何やら言い争っていた。少女の方は見たところ、外国人のようだ。
(明らかに事案じゃねえか・・・・・・・)
冗談ではなく本気の事案である。とりあえず、もやしの自分が出て行っても何にもならないことを知っている影人は少し様子を見守ることにした。
もし少女が連れ去られるような事があれば、すぐさま110番に電話しなければならない。
非力な少女と大人の男なので、その確率は極めて高い。
だが、その結果は影人が予想していた展開とは大いに異なった。
「バカね・・・・・・」
少女が呆れたようにそう呟くと、突然男が吹き飛ばされた。どうやら少女が傘で男を殴り飛ばしたようだ。その事実も驚くことだが、影人にはいったいどこから少女が傘を取り出したのか分からなかった。
(どうなってんだ・・・・・・・?)
影人の心中が驚愕一色に染まっている間、少女は物騒な言葉を吹き飛ばされた男に投げかける。少女の言葉を聞かされた男は、情けない悲鳴を上げながらどこかへと走り去っていった。
(・・・・・・・・何が何だかわからんが、あのロリに関わるのはやばい)
影人の直感がそう告げていた。正直に言うと、少女がロリなのかは分からないが、何も知らない影人は見た目で判断した。
影人はできるだけ足音を立てずにこの場を離れようと思った。
しかし、
「さて・・・・・・・・・さっきからそこいるあなたは誰かしら?」
どうやら少女は自分に気がついてるようだった。
(ッ・・・・・・・! まじかよ・・・・・・)
自分は物音などは立てていなかったと記憶しているが、意味を為さなかったようだ。素直に出て行くべきか、はたまたこのまま逃げ去るべきか。少しの間、逡巡して影人は前者を選択した。
(いきなり逃げ出して、追いかけてられても敵わん・・・・・・・)
仕方なく影人は姿を現した。
「・・・・・・・あなた、ちゃんと私の話を聞いているのかしら?」
影人がどうしてこのような事態になったか思い出していると、目の前の少女が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「・・・・・・ああ、聞いてた。何度も言うが俺は怪しい者じゃない。ただのしがない高校生だ。俺が隠れて見ていたのは、あんたの身を心配してたからだ」
影人はなぜ自分が隠れて様子を見守っていたのかの事情を話した。日本語で事情を伝えたが、この少女は日本語が堪能そうなので大丈夫だろう。
「・・・・・・・・ふーん。まあ、嘘はついていないようね。私の身を案じて様子を見守っていてくれたというなら、お礼は言っておくわ」
少女はそう言って、笑みを浮かべる。どことなく少女らしからぬ笑みだな、と影人は感じた。
「でも、男性なら助けに入ってくれてもよかったのではない? あの程度の人間、私の障害にはならないけれども、少し臆病じゃない?」
「無茶言うなよ嬢ちゃん。見ての通り俺は貧弱なんだ。もしさっき俺が出て行ったら、速攻でやられてた自信があるぜ」
少し呆れたような少女の言葉に、影人は自信に溢れた顔でそう述べた。スプリガンに変身していない自分は、ただのもやしである。もやしは基本的に膂力がない。
「自信満々で言うことでもないと思うけど・・・・・・・・変わった人間ね」
今度こそ呆れた表情を浮かべながら、少女は影人にそのような評価を下した。
「あと気になっていたのだけれど、手に持っているそれは何なのかしら?」
「? ああ、これか。から〇げクンのチーズ味だ」
少女の質問に影人は簡潔に答えた。簡潔にと言ったが、そうとしか言いようがない。
「から〇げクン・・・・・・・・?」
それはいったい何だ、という表情を浮かべる少女。影人はから〇げクンが残り何個かを確認した。1個である。
(増量様々だぜ・・・・・・・・!)
危なかった。増量キャンペーンがなければこの1個はなかった。ありがとう、増量。よければ一生増量してくれ。
「ああ、外国人のあんたには馴染みがないかもしれんが、食べ物だ。味はまあ色々あるんだが、これはチーズ味。最高にクールなフレーバーだ」
何が最高にクールなのかは影人にも分かっていない。ただ、外国人(影人の主観ではアメリカ人)が言いそうな言葉を言っただけである。
普段なら独り言以外は口数の少ない影人だが、赤の他人、外国人、それとこの要素が1番大きいが、明らかに年下という要因もあり、普段より饒舌な小者野郎である。
「ちょうど1個余ってるから、食うか? もちろん毒なんかは入ってない」
自分は無害、ただの一般人ということを証明するため、影人はそう提案した。本来なら、最後の1個という1番おいしいと影人が感じているから〇げクンをあげたくはなかったのだが、仕方ない。何せこの少女は傘で大人を吹き飛ばした不思議少女だ。自分も機嫌を損ねて傘で殴り飛ばされたくはなかった。
「ああ、食べ物だったの。では、ご厚意に甘えて1ついただこうかしら」
少女は納得したように頷くと、徐々にこちらにやって来た。そして影人が爪楊枝に突き刺したから〇げクンの匂いをスンスンと嗅ぎ、パクリとそれを食べた。
もぐもぐと咀嚼してごくりと少女が飲み込むまで、影人は静かに待った。
「あら、おいしい。どことなく優しい味ね」
少女はニコリと微笑み、味の感想を影人に伝えた。
「ふふん、だろ?」
まるで自分が作ったかのようにドヤ顔を披露するもやし野郎である。もちろん、から〇げクンをフライヤーで揚げたのはロー〇ンの店員さんなので、こいつがドヤ顔をするのはお門違いである。
「と言うわけで、俺が親切な一般人ということは証明されたわけだ。じゃあな、嬢ちゃん。気をつけろ――」
「ねえ、あなた。私とお話しない?」
よ、と言い切る前に少女がそんなことを言ってきた。
(ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 最悪だっ!!)
内心叫び声を上げながら、影人は少女に言葉を返した。
「・・・・・・・・・俺と話してもきっと面白くはないと思うぞ。悪いことは言わない、やめときな」
できるだけ声が変わらないように、やんわりと拒否の言葉を投げかける影人だが、内心は「絶対に関わりたくない」という強い気持ちだった。
「少なくとも、この短い時間だけでもあなたと話して私は面白かったわ。それに、悪い人じゃないのも分かったし。だめかしら?」
少女が影人を見上げる。じっと見つめてくる少女に影人は目に見えてたじろぐ。
「あ、あのな・・・・・・こう見えて俺は口下手なんだ。だ、だから・・・・・・・」
何がこう見えてか。どう見てもこいつは口下手である。
「・・・・・・・・・・・・」
「うっ・・・・・・・」
じぃっと自分を見てくる少女に影人は悟る。あ、だめだ。これ「わかった」って言うまで帰れないパターンだ。
「・・・・・・・・・・やっぱり面白くないなんて言うなよ?」
「ええ!」
どのような因果か、影人は傘で不審者を殴り飛ばした不思議少女に気に入られてしまった。
話すにも立ち話は何なので影人と少女は近くの小さな公園に移動した。小さな公園といえど、ベンチの1つくらいはあるので2人はそこに掛けた。
「自己紹介がまだだったわね。私はシェルディアと言うわ。日本に来た理由は観光とか色々よ」
シェルディアは陽華や明夜と出会ったときと同じように、隣に座る前髪の長い少年に自己紹介を行った。少し距離を取られている理由は、シェルディアにはよくわからない。
「・・・・・・・・帰城影人だ」
「そう、あなたは
同じ制服を着ているということは、影人とあの2人は同じ学校ということだろう。日本の文化について、それほど詳しくはないシェルディアにもそれくらいは分かった。
「っ・・・・・・・・ああ。といっても直接の知り合いじゃない。あの2人は俺の学校じゃ有名人でな。風洛の生徒なら誰でも知ってる」
まさか、この少女の口から2人の名前が出てくるとは思わなかった影人は、一瞬息を呑んだが、それらしい説明を少女に行った。
「へえー、あの2人有名人だったの。とっても気の良い2人だったわ」
「・・・・・・・・まあそこは否定しねえ。それよりも、何で嬢ちゃんは俺と話なんかしたがるんだよ? あんたからすりゃ、俺なんか旅行先で出会ったただの学生だ。なんで、そこまでして・・・・・・・」
チラリとシェルディアを見ながら、影人は先ほどから抱いていた疑問をぶつけた。そう、そこが分からない。シェルディアはいったい自分のどこが気になったというのだろうか。
「言ったでしょ? あなたと話すのは面白かったって。後は、そうね・・・・・・・・あなたの纏う雰囲気がミステリアスだから、かしら」
「ミステリアス? 俺がか・・・・・・?」
シェルディアの言葉は思ってもいないものだった。そんなことは影人は1度も言われた事が無いし、また自分で思ったこともない。
「ええ。何て言うのかしら、不思議な雰囲気だわ。一見、エピソードを感じられないようなただの人間。でも、その奥には何か、普通ではないエピソードを感じるわ」
少女の言葉は抽象的であった。普通の人間はそんな言葉を聞かされたところで頭に?マークを浮かべるだけだ。そしてそれは影人も例には漏れなかった。
「・・・・・・・よく分からないな。まあ、嬢ちゃんには何か見えてるのかもしれんが」
「その嬢ちゃんって言うのやめてくれない? 言ったでしょ、私はシェルディアよ」
プクリと頬を膨らませて、シェルディアは抗議の声を上げた。その仕草を見た影人は、シェルディアは子供っぽいのか大人っぽいのか、よく分からなくなっていた。
「・・・・・・・悪いな、嬢ちゃんは嬢ちゃんだ。俺自身がその呼び方が気に入ったからな」
影人はシェルディアの要望をすげなく断った。理由はいま言った通りだ。
「あなた、存外性格が悪いわね」
「よく言われる」
逢魔ヶ時の中、2人は軽口をたたき合った。
夜がもうすぐそこまで迫っているをことを確認した影人は、シェルディアに1つ質問を投げかけた。
「もう少しで夜だが、嬢ちゃんは帰らなくてもいいのか? 家族が心配すると思うが・・・・・・・・」
シェルディアは観光などの理由で日本を訪れたと言っていた。ならば、明らかに自分より年下のシェルディアは家族と共に来日しているはずだと影人は考えた。当然と言えば当然の思考である。
「勘違いしているみたいだけれど、私は1人で日本に来たの。家族なんていないわよ?」
「まじかよ・・・・・・・・・」
まさか、1人旅行だとは考えていなかった影人だ。外国の考え方は、影人にも詳しくは分からないが、日本の親ならば「絶対にダメ」と言う方が大多数だろう。
「・・・・・・そうか。なら堅苦しいことは言わないが、嬢ちゃんはどこに宿を取ってるんだ? 夜道も危ないだろうし付き添ってやろうか?」
先ほど不審者に襲われていた少女を、そのまま1人で帰らせるのはさすがに忍びない。ゆえに影人はそう提案した。この提案に下心は一切なかった。
「宿はまだ取っていないわ。適当な所に泊まるつもり」
「・・・・・・・・・今から予約もなくどこかに泊まるのは難しいと思うぞ? 嬢ちゃんがどれくらいお金を持ってるか俺には分からないが、都心のホテルは軒並み旅行客でいっぱいだ。しかもこの辺りにホテルはない」
「そうなの?」
まさか宿泊先も決まっていなかったとは。影人は少女の無計画さに少しばかり呆れた。
「・・・・・・・・・仕方ないわね。今夜は野宿にしましょう」
少し思考しシェルディアはそのような答えに辿り着いた。
「いやいやいや!! 何言ってるんだ!?」
少女の飛躍しすぎた答えに影人は前髪の下の目を見開く。本当にこの外国人の少女は何を言っているのだろうか。
「大丈夫よ、これでも昔は野宿ばかりだったもの。道具もちゃんと持っているし」
「あのなぁ、仮にあんたがどこかで野宿したとしても警察に職務質問されるだけだ。現代日本の東京で野宿は現実的じゃないんだよ・・・・・・・・」
「? 追っ払えばいいだけでしょ?」
(ダメだこりゃ・・・・・・・・・)
少女の斜め上の答えに影人は頭を抱えた。親御さん、教育はちゃんとしてください。
そもそもシェルディアは野宿の道具を持っていると言っているが、持っているのは不審者を殴り飛ばした傘だけだ。道具はどこにも見当たらない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ、ちょっと待ってろ」
ベンチから立ち上がり、シェルディアから少し距離を取る。
影人は鞄からスマートフォンを取り出しある人物に電話を掛けた。
「――ああ、わかった。ありがとな母さん」
少し長めの通話が終わり、影人は電話の相手に感謝の言葉を述べた。それから電話を切ると、シェルディアの座っているベンチへと足を運んだ。
「どうしたの? 誰かに電話を掛けていたみたいだけど」
「一応、確認を取ってただけだ。こればかりは俺の一存じゃ決められないからな」
ガリガリと頭を掻きながら、影人はため息をついた。全く、どうしてこんなことになったのか。
「・・・・・・・・・・・・嬢ちゃんが嫌ならもちろん断ってくれてもいい。俺らは今日出会っただけの他人だからな。それでもいいなら――」
自分でも見ず知らずの他人に甘いとは思う。しかし、このまま少女を放っておくのは、いささか気分が悪い。これも母親のお人好しの血だろうか。
自分の言葉の続きを待つシェルディアに、影人はこう言った。
「――今日は俺の家に泊まるか?」
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