第27話 シェルディアの東京観光(2)
「んー! よかったわ! 次はどこに行こうかしら」
スカイツリーからの景色を堪能したシェルディアは、次はどこに行こうかと雑誌を開いていた。印をつけている箇所はまだまだあるが、さすがのシェルディアとはいえ、1日に回れる場所は限られている。
「浅草にも行きたいし、このタピオカとかいう飲み物も飲んでみたいし、どうしましょう?」
うーん、と唸り声を上げてシェルディアは悩んだ。1番気になっていたスカイツリーは訪れたが、次に訪れたい場所となると五十歩百歩で、一様に興味が分散している。
そんな時、少しきつめの風が吹いた。その風でパラパラと雑誌がめくれていく。開かれたページは終わりがけのページ。そこに書かれていたのは、自然や公園といった他のページよりは味気ないと感じる場所についての特集だった。
「あら・・・・・・・・なかなかいいわね」
しかし、シェルディアそのページに興味を引かれた。ちょうど人が多すぎると感じていたところだ。早くはあるが、少し自然などに触れゆったりとした観光をしてもいいかもしれない。
「よし、ここにしましょう」
次に訪れる先を決めたシェルディアは影に沈んだ。
一瞬の後、シェルディアは再び影から浮上する。しかし、そこはどことも知れぬ町中だった。
「あら? 座標が狂ったかしら?」
疑問を覚えながらも、シェルディアは周囲を見渡す。周囲には住宅街やコンビニエンスストアなどがあるばかりだ。
「おかしいわねぇ・・・・・・・」
基本的に自分が転移をミスするということはない。あるとすれば、転移中に何者かの介入を受けた場合や、転移する土地かその周辺の力の流れがおかしいかだ。
だが、シェルディアは前者ならまだしも後者は自分では探れない。疑問ではあるが、ここで悩んでいても始まらない。
「・・・・・・仕方ないわね、のんびり歩いていきましょうか」
おそらくではあるが、転移場所がずれただけで目的地までそう遠くはないだろう。こういう場合は、もう一度目的地を設定して転移しようとしても、必ずズレが発生してしまう。
シェルディアは目的地の場所もわからないまま歩き始めた。
だが、シェルディアはこの場所を訪れるのは初めてなので目的地の方角もわからない。分かっているのは、目的地がおそらく近いことくらいだ。
10分ほどだろうか。眩しすぎる陽光に目を細め、日傘を差しながら歩いていると、少女が2人正面から歩いていくるのが見えた。
「もし、そこのお2人さん。少し道を尋ねたいのだけれど」
上品な口調でシェルディアは、その少女たちを呼び止めた。2人そろって同じ服――確か制服という日本の学生が着用するものだったと記憶しているが――を着ている少女たちはキョトンとした顔でシェルディアを見つめた。
「道? 私達にわかる範囲でいいなら教えてあげるよ」
「どこに行きたいの?」
少女たちは、突然呼び止められたことには驚いていたようだが、シェルディアの言葉を聞くと、優しげな表情を浮かべながらそう言った。
「ありがとう、ここなのだけど」
シェルディアは雑誌を広げて目的の場所を2人に見せた。自然に満ちあふれた公園だ。
「あー、ここかぁ。ちょうど反対の場所だね」
「しかもここに行くのはけっこう道が入り組んでるし、わかりにくいのよね」
「うんうん。どう説明したらいいかな・・・・・・・」
どうやら少女たちはここを知っているらしく、道もわかるようだったが、どのように説明するか悩んでいる様子だった。
「・・・・・・・あ、そうだ! 私達が案内してあげるよ! いい?」
「ええ。私達が説明してもきっとわかりにくいだろうし。そうしましょ」
少女たちは案内を買って出てくれた。その申し出にシェルディアは「ありがとう」と心の底からの感謝を少女たちに述べる。
「私はシェルディアというわ。観光とか色々な理由で東京に来たのだけれど、なにぶん慣れない土地だから、案内してもらえるのは本当に助かるわ」
「全然、気にしないでシェルディアちゃん。困っている人がいるなら助けたくなるのが人の
「私は月下明夜。少しの間だけどよろしくね、シェルディアちゃん」
いつものことであるが、この少女たちも自分のことを年下の子供と思っているようだ。まあ、慣れているし言う意味もないのでシェルディアは何も言わなかったが。
「よろしく、陽華に明夜」
こうしてシェルディアは2人と共に目的地の公園を目指すことになった。
「そういえば、シェルディアちゃん日本語とっても上手だね。観光に来たって言ってたから外国から来たんだよね?」
身長差があるため仕方ないのだが、陽華は自分より身長の低いシェルディアを見下すような形になる。そして必然、シェルディアも陽華と明夜を見上げる形になる。
両隣を陽華と明夜に挟まれながら、シェルディアは陽華の話に応えた。
「ええ、そうよ。言語については、私の言葉は万人に伝わるようになっている――としか言いようがないわね」
「?」
シェルディアの言葉を聞いた陽華は頭にはてなマークを浮かべた。
「そういえば、シェルディアちゃんはどうしてこの公園に行きたいと思ったの? 言っちゃなんだけど、この辺り東京って言ってもけっこう田舎だし、公園なんか観光して楽しいかしら?」
明夜が純粋な疑問をシェルディアにぶつけた。この年頃の少女ならば、東京の中心でショッピングでもしたほうが楽しいのではと明夜は思ったのだ。
「気分ね。少しゆっくりとしたい気分だったの。それに、観光の中心地より少し離れたところを回る・・・・・・・それも旅の醍醐味でしょう?」
「? まあ、そうかもね」
まるで老人のようなシェルディアの物言いに、明夜は不思議に思いながらも頷く。確かにシェルディアの言うこともわからなくはないが、明夜にはいまいち実感としては理解できなかった。
「初めて見たときから思ってたけど、シェルディアちゃんの髪本当に綺麗だよね。肌もとっても白いし。いいなー、もし私が金髪に染めたとしても絶対にこんな風にはならないだろうし」
「天然のブロンドヘアーは初めて見たけど、陽華の言うとおり本当に綺麗ね。そう、まるで・・・・・・・・・・何なのかしら?」
「いや知らないよ!?」
思わせぶりな態度から一転、このアホ具合である。明夜と幼馴染である陽華は、半ば条件反射の域でツッコミを入れた。
明夜が唐突にポンコツを発揮するので陽華に身についた技術の1つである。陽華は心の底からツッコミの技術なんていらないと感じていた。本職のツッコミの方がこの陽華の心境を聞いたならば「ツッコミなめたらあかんでぇ!」と言われるだろうが、陽華は高校生なのでご容赦いただきたい次第である。
「ごめんね、シェルディアちゃん。このお姉ちゃんちょっと・・・・・・おバカさんなの」
「ちょっと陽華、誰がバカよ!」
あははと苦笑いを浮かべながら、そう言った陽華に明夜は心外だとばかりに反論した。そのやり取りを見ていたシェルディアはくすくすと笑い声を上げた。
「あなたたち面白いわね。私、あなたたち好きだわ」
「ほら、よかったじゃない明夜! シェルディアちゃんこう言ってくれてるよ! 近所の小学生にも『私の方が賢い』ってバカにされてる明夜にとっては嬉しいよね!」
「陽華!? それは言わないでよ!」
明夜が羞恥のため顔を赤く染める。
文字通り、女子が3人集まれば
「シェルディアちゃん。陽華はね、この前ニンニクましましのラーメンを3杯平らげたの。その後、とても女子高生とは思えないゲップをしてそのお店のお客さんや店員さん全員をドン引かせたのよ」
「ちょっと明夜!?」
今度は陽華が顔を赤くさせ、明夜に抗議の声を上げた。それは陽華の最近の中で1番恥ずかしい出来事だった。
「お返しよ」
明夜はペロリと舌を出して、陽華を見る。その仕草に陽華は「む、むぅ~!」と唸るばかりで何も言い返せなかった。
「ふふっ」
そんな2人のやり取りを見て、再びシェルディアが笑う。そんな調子で3人はのんびりと公園を目指した。
東京といっても郊外はそこらの都市と変わらない。特にこの辺りは明夜も言った通りけっこう田舎である。田舎といっても、ショッピングモールやコンビニなどは普通にあるし、本当の田舎に比べれば人口も多い。あくまで大都市と比べて田舎という感じだ。
陽華と明夜の案内の元、シェルディアはこの町のことを教えてもらったり、地元の人にしか分からないであろう、複雑な路地を歩いたりしながら、目的地である公園に辿り着いた。
そこは普通の公園とは少し違い、高い木が群生している公園だった。いま3人がいる場所は入り口だが、すぐ近くに公園内の地図やそれぞれの小道の名前などが記された案内板が設置されていた。
「ここだよ、シェルディアちゃん」
陽華がシェルディアに視線を合わせるため、少し膝を曲げる。改めて近くから見ると、本当にお人形さんのように可愛い少女だ。
「最初に会った時はああ言ったけど、ここ散歩する場所としてはけっこう有名なの。私には、まだシェルディアちゃんみたいな旅の楽しみ方は実感としてはわからないけど、楽しんでね」
明夜は口元を緩めて、シェルディアにそう言った。実際、明夜の母親もよくこの公園を散歩場所に選んでいた。
「改めて本当にありがとう、陽華、明夜。あなたたちの案内がなければ、私はきっと迷っていたと思うわ。本当ならお礼をしたいのだけれど、あいにく今は日本円の手持ちがなくて、ごめんなさいね」
シェルディアは感謝と謝罪の言葉を口にした。本来ならば、労力を割いて、自分を案内してくれた2人にそれ相応の報酬を支払わなければならないのだが、言葉にした通り日本円の手持ちがないのだ。
そんなシェルディアの言葉を聞いた陽華と明夜は、顔を見合わせて突然笑い声を上げた。
「あっははは! お金なんかいらないよ! 言ったでしょ? 困っている人がいるなら助けたくなるのが人間の性だって。私達が勝手に案内を買って出たんだから、気にしなくていいよ!」
「ふふふふっ、そうよ! 陽華も言った通り私達が案内したかっただけだから。シェルディアちゃんもまだ子供なんだから、そんな考え方をする必要はないわ。今はただ楽しむのがシェルディアちゃんの仕事よ」
2人は子供らしからぬ考えのシェルディアに優しくそう言った。外国の子供の考え方を2人は知らないが、陽華と明夜は少なくとも今もそんな考え方をしたことはない。だから、シェルディアが気負う必要なんてないように陽華と明夜はそのような言葉を発したのだ。
「あなたたち・・・・・・・・・・」
2人の言葉にシェルディアは、なんとも心地の良い気分になった。ああ、そうだ。だから自分は人が好きなのだ。愚かしいところもとても多い人間だが、それと同じくらい、いやそれ以上に素晴らしいところもある。それが人間だ。
「・・・・・・・・・あなたたちのような子がもっと早くいれば、あの子もあんな風にはならなかったかもしれないわね」
ポツリと独白を漏らしたシェルディアは、ほんの少し悲しいような遠い表情を浮かべる。しかし、それも一瞬のことですぐに明るい表情に戻った。
「では、もしまた会うことがあれば、今度は私が借りを返しましょう。さよなら、陽華、明夜」
「うん、またね。シェルディアちゃん!」
「道案内の時間だけだったけど、楽しかったわ。またね、シェルディアちゃん」
手を振って、2人の優しい少女たちは来た道を戻っていった。ああいった人間に出会えるから、やはり旅はいいものだ。
「またね、か。ふふっ、そうねまた会えればいいわね」
それは必ず再会するだろうという言葉だ。シェルディアから見れば、人間の人生などは一瞬で過ぎる時間ではあるが、確かにあの少女たちにはまた会いたいものだ。
「では、散歩といきましょうか」
シェルディアは気分を切り替えると、案内板に目を通し自然の豊かな公園へと足を踏み入れた。
「うん、よかったわね!」
時刻はすっかり遅くなり、夕暮れ。入り口に戻ってきたシェルディアは、うーんと1つ伸びをした。
公園は雑誌の通り、自然に溢れていてコースも様々で道も木で作られており、舗装もされていた。花や木を楽しみながら、散歩をするのはやはりいいものだ。
「・・・・・・・・もう少し、この辺りを歩いてみようかしら」
陽華と明夜もいないので、この辺りの道は何も分からないが、そういうのもいいだろう。迷うのも旅の楽しみだ。
日傘を影に仕舞い、気の向くままに歩き続ける。この土地の人々の営みを観察しながら、どれくらい歩いただろうか。気がつけば、シェルディアは人通りの少ない場所にいた。
「やあ、お嬢ちゃん・・・・・・・お一人かい?」
そんなタイミングを見計らったように、ニタニタと笑みを浮かべる男性がシェルディアに声を掛けた。
「? ええ、そうだけど」
年の頃は30を過ぎたくらいだろうか。
「よかったらお兄さんとお茶しないかい? 良い店を知ってるんだ」
「あらあら・・・・・」
どうやらこの男は自分をお茶に誘いたいらしい。シェルディアに馴染みのない言葉で言うとナンパである。
見た目14~15のシェルディアを明らかに成人している男性がナンパするのは、明らかに事案であるが、シェルディアはそのような事などいっさい知らなかった。
「嬉しいお誘いではあるけれど・・・・・・・・・ごめんなさい、あなたのような人間は好みではないの」
「っ・・・・・・・手厳しいね、お嬢ちゃん。ならお小遣いを上げよう、後悔はさせないと誓うよ?」
男は取り繕いながらも、必死にシェルディアを誘い続ける。その様子を見たシェルディアは、くすりと笑い少女の見た目らしからぬ大人な笑みを浮かべた。
「ダメね、あなた。まずは、その下卑た欲望を隠し切れていない気持ちの悪い笑顔をどうにかしなさい。それと、あなた少し前から私をつけていたでしょう? バレバレよ変態さん」
シェルディアの容赦のない言葉が男に突き刺さる。変わらずにニタニタとした笑みを浮かべていた男は、その言葉を聞くと一瞬真顔になり怒り狂ったような顔に変貌した。
「このクソガキがっ! こっちが下手に出りゃいい気になりやがって! もう我慢ならねえ! こっちに来やがれ!!」
逆上した男がシェルディアの腕を掴もうと手を伸ばす。シェルディアの言うとおり、男はシェルディアを見かけた瞬間から、その人形のような見た目に劣情を抱いた。そして人通りの少なくなったところで行動に移したが、残念ながら全てシェルディアに見透かされていた。
「不愉快だわ。触れないでちょうだい」
ひらりと男の手を避けるシェルディア。避けた、というその行動が余計に男を逆上させた。
「避けるんじゃねえよッ!!」
男が拳を握る。そしてその拳を男はシェルディアの顔めがけて振るった。
「バカね・・・・・・」
はあとため息を吐いて、シェルディアは影から日傘を取り出した。シェルディアからすれば止まって見えるような男の拳を最小限の動きで避けると、見目麗しい少女は右手で持った傘を無造作に振るった。
「っ!?」
とても傘で殴られたとは思えない激痛を味わいながら、男は文字通り吹き飛ばされた。シェルディアの細腕のどこにそんな力があるのか男には全く分からなかった。
「私はいま気分がいいの。だから、これ以上私に関わらないなら殺さないであげるわ。でももし、まだ私に向かってくるというなら、あなたを殺すわ」
淡々とシェルディアは先ほどとは一転、恐怖に歪んだ顔に変わった男に宣言した。陽華と明夜といったような人間もいれば、この男のような人間もいる。そしてシェルディアはこの男のような人間があまり好きではなかった。
「ひ・・・・・・ひぃぃぃぃぃぃぃ!?」
男は何が何だか分からぬまま、シェルディアの傘が直撃した脇腹の部分を押さえ無様に逃げ去った。
「全く・・・・・・・・人というものはいつまで経っても、愚かな所も変わらないわね。よりによって、私をどうこうしようだなんて」
シェルディアは基本的には人間に好意的だが、ああいった種類の人間に対してはそれなりの不快感がある。
「さて・・・・・・・・・さっきからそこにいるあなたは誰かしら?」
シェルディアはある路地の曲がり角に視線を集中させた。男に声を掛けられた中盤あたりからシェルディアは第三者の視線を感じていた。
「・・・・・・・・・・」
すると、曲がり角から1人の少年が姿を現した。陽華と明夜と同じ制服を着た、いやに前髪の長い少年だ。手には何やら不思議な紙の入れ物のような物を持っている。
「いや、怪しい者じゃないんだが・・・・・・」
怪しさ満点の言葉を吐きながら、その少年――帰城影人はシェルディアをその前髪の下から見つめた。
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