第25話 強くなりたいと願うこと

「2人とも、大丈夫だったかい・・・・・・・!?」

 休み明けの風洛高校。昼休みに学食スペースで昼食を取っていた陽華と明夜の元に、慌てたように光司が現れた。

「えっと・・・・・・どうしたの香乃宮くん?」

「何かあったかしら・・・・・・・?」

 陽華は学食の唐揚げ定食の大盛りをペロリと食べ終え、焼きそばパンを頬張っている最中で、明夜は食後にパックの紅茶を飲んでいるところだった。

「どうしたもこうしたも・・・・・・・・レイゼロールと遭遇して、あの怪人・・・・・スプリガンから攻撃を受けたそうじゃないか!」

 心配からのことであろうが、光司は少し声を荒げてそう言った。

 香乃宮光司という人間がこのように声を荒げるのは本当に珍しい。事実、周囲の生徒も何事だとばかりに光司に注目していた。

「っ・・・・・・・・・」

 光司もそのことに気がついたのだろう。深呼吸をして、いつもの様子になると驚いている陽華と明夜に謝罪した。

「僕としたことが・・・・・・・すまない2人とも。不快な思いをさせてしまった」

「全然! 香乃宮くん、私たちのこと心配してくれたんだよね。ありがとう」

「その優しさは本当に身にしみるわ。ありがとう、香乃宮くん」

 2人は全く気にしていないとばかりの顔で、そう言った。

 光司が心配からそのような態度を取ったことは、明らかだったからだ。

「・・・・・・・本当にごめん。2人とも、放課後は空いているかい? 出来れば、しえらで話し合いたいんだけど・・・・・・・」

「あ、ごめん。私、今日は部活なの。だから、陽華と一緒に行ってくれないかしら? なら、私がいなくても陽華がしてくれると思うから」

 光司が何を話し合いたいのかは、明夜にも理解できた。

 だから、その話をするなら自分がいなくても出来るだろうと明夜は判断したのだ。明夜は近頃、部活に顔を出していないので、そろそろ出なければ非常にまずいのである。

「という事でいいかしら?」

「私はいいよ。香乃宮くんはどうかな?」

「え・・・・・君たちがそう言うのであれば、僕もそれで構わないけど・・・・・」

 陽華にそう振られた光司は、思わずそう言ってしまった。

 本来ならばその話――レイゼロールとスプリガンの話を当事者である2人としたかったが、陽華と明夜はそのような条件を提案してきた。

 確かに、当事者と話をするだけなら陽華1人でも事足りる。それに明夜本人の用事も自分との話よりかは優先事項が上だろうと考えた光司は、つい首を縦に振ってしまったのだ。

「じゃあ、そういうことで。陽華、しえらに行くならまだ食べたことないデザート頼んでみて。味が気になるわ」

「了解だよ、明夜。なら私、今日はフレンチトースト頼もうかな。・・・・・・・えへへ、きっとおいしいんだろうなー」

 焼きそばパンを食べながら、じゅるりとよだれを垂らすという器用なのか不器用なのかわからない事をする陽華を見て、光司はどこか肩透かしのような感覚を覚えた。

(色々な事があっただろうに、この2人はいつも通りなんだな・・・・・・)

 明るく笑顔で。この2人はいつもそんな雰囲気と表情をしているが、それが出来ない人間が、それを難しいと感じる人間がどれほどいるか。

 光司は眩しいような目で陽華と明夜を見た。

「・・・・・・・・お邪魔したね。じゃあ朝宮さん、放課後にまた会おう」

「うん。また後でね、香乃宮くん!」

 元気いっぱいの笑顔で、陽華は光司と約束を交わした。










「・・・・・・・・・・」

 一方、3人から距離の離れた席で弁当を食している人物が1人。

 食堂の風景に溶け込みながら、母親の弁当を食べている影人である。

(まあ、香乃宮ならそんな反応をすると思ってたがビンゴだったな)

 ひょいとニ〇レイの唐揚げをつまみながら、先ほどの光司の反応を見ていた影人はそんなこと考えた。

 香乃宮光司は守護者の10位、2つ名『騎士ナイト』。

 ソレイユの話ではレイゼロールと自分との戦いは、光導姫と守護者の各10位までに伝達することが決定したということであったから、光司もその事を知っていることは容易に想像できた。

 そしてあの優しく紳士的な性格の光司ならば、当事者である陽華と明夜のことを心配しないはずがない。ましてや、光司が警戒していたスプリガンから攻撃を受けたという情報が入ってくれば、間違いなく光司は休み明けに2人に接触してくる。

 しかし、クラスも違い、登校時間が違う光司、陽華と明夜の2人では接触できる時間は限られる。そう昼休みである。ゆえに影人は学食・購買派の陽華と明夜の後をつけ、この席で同じく学食派の光司が2人に接触するのを待っていたというわけである。

(香乃宮は今回の件で間違いなく俺を敵と認定しただろうな。つーか、光導姫を攻撃したって情報を伝えられた奴らは軒並み俺のことを敵と認定するだろうが・・・・・)

 このような思考はソレイユと話し合った時にも、考えたものだが、それは仕方が無い。何せ、その情報を伝えられた内の1人が視界にいるのだから。

(元々、味方なんていなかったが、敵だけは増えていくってのは面倒くさいことこの上ないな)

 ソレイユの方針で自分は所属のないワンマンアーミー(スプリガンの力を考えると、決して比喩ではないと影人は考えている)として活動している。

 確かに、スプリガンの力は強大だ。結果的にはあのレイゼロールすらも退却させたのだ。しかも、向こうはこちらを殺す気できていた。

 もしかしなくとも、これから自分は光司やその他の光導姫や守護者と戦わなくてはいけないかもしれない。

 だが、影人は光導姫と守護者と戦って負けるということはないと考えている。これは決して驕りではなく、フェリートやレイゼロールといった強敵をファクターとして客観的に見た事実だ。

 しかし、敵が増えるであろうことは事実だ。それがいくら自分より弱いといっても、精神的には面倒な事として処理される。

 一言で言うと、「ちょっと気が重いなー」ということだ。

「・・・・・・・・はっ、一匹狼はつらいぜ」

 光司の反応を窺うという目的を達成した影人は、静かに1人でお弁当を完食した。









「あ、香乃宮くん。こっちこっち」

「ごめんよ、朝宮さん。ちょっと、生徒会の仕事が入っちゃって・・・・・・」

 放課後。正門前で光司を待っていた陽華は慌てて出てきた光司に手を振った。

 生徒会の仕事で少し遅れた光司は、陽華に申し訳なさそうに頭を下げた。自分から誘っておいて、遅れたというのは何とも不甲斐ない話だ。

「全然大丈夫! じゃあ、行こっか」

「ああ、そうだね」

 陽華と光司は喫茶しえらに向かうため、歩き始めた。

「そういえば、月下さんの部活って書道部だったかな?」

「うん。小学校の時からずっと明夜は書道を習ってたから。ちょっと、ポンコツなところもあるけど、明夜の字はすっごい綺麗なんだよ」

 しえらまでの道中、会話を挟みながら光司は陽華の姿を見た。

(なんだか、新鮮だな・・・・・)

 光司の知る限り、陽華と明夜はいつも一緒だった。むろん、常に一緒というわけではないだろうが、それでも陽華と明夜は2人で1セットといったような感覚が光司にはある。ただ、こう思うのは光司だけでなく風洛高校の生徒ならば皆そう思うのではないかとも考える。それほどまでに2人は一緒に行動している。

 しかし今いるのは陽華1人だ。その事が光司にとっては新鮮に思えた。

(・・・・・・・でも、やっぱり朝宮さんの笑顔は眩しいし素敵だな)

 陽華の笑顔を見ているとこちらまで気分が明るくなるような、笑いたくなるような、そんな気持ちにさせられる。

 それとなぜだかは分からないが、胸がぎゅっと締め付けられるような不思議な気持ちも――

「いやー、やっぱり学食の唐揚げ定食は絶品だよねー。香乃宮くんは食べたことある?」

「僕はまだかな。どちらかというと魚の方が好きだし・・・・・・」

「ええっ! それはもったいないよ! 絶対食べた方がいい!」

 光司がそんな事を考えているとはつゆ知らずに、陽華は他愛のない話を光司に話し続ける。

 そしてそうこうしている内に、2人は住宅街の中にポツンとある喫茶店しえらに辿り着いた。

 光司がしえらの扉を開ける。「ありがとう」と陽華は光司にお礼を言って、店内に足を踏み入れた。

「・・・・・・いらっしゃい。席は好きな所をどうぞ」

 いつものようにグラスを磨いていたこの喫茶の店主であるしえらは、静かに2人のお客を向かい入れた。

 店内には高齢の男性が1人、コーヒーを片手に新聞を読んでいた。幸い、男性は端の席にいたため、これならばあまり大きな声でもない限り、会話を聞かれる心配もないだろうと判断した光司は、扉の近くの2人掛けのテーブル席に腰掛けた。

「・・・・・・・注文はある?」

 しえらがおしぼりとお冷やを2つお盆にのせて、2人の席にやってきた。お冷やとおしぼりを受け取った2人はしえらにお礼の言葉を言いながら、注文を行った。

「僕はレモンティーのホットをお願いします」

「しえらさん! 私はフレンチトーストをお願いします! もう、お昼から楽しみで楽しみで・・・・・・」

 実は、光司にここを教えてもらってちょくちょくこの店に足を運んでいた陽華は目を子供のように輝かせる。

 しえらの作る食べ物やデザートはどれも絶品なので、フレンチトーストという喫茶店のど定番メニューもおいしいに決まっているという考えである。

「・・・・ん、わかった。腕によりを掛けて作る」

 しえらは陽華の言葉が嬉しかったのか、少しだけ口角を上げてそう言った。

 それからしばらくして、光司の注文したレモンティーが来た。さらに10分ほどすると、陽華の注文したフレンチトーストもしえらが持ってきてくれた。

「・・・・お好みでシュガースティックもどうぞ」

「うわー・・・・・・・! ありがとうございます! おいしそう・・・・・・!」

 ふわっふわっの蜂蜜たっぷりのフレンチトーストに、陽華はサラサラと適量の砂糖を振りかける。我慢ができないとばかりに、フレンチトーストを注視する。

「話は後にして先に味わおうか。しえらさんに申し訳ないからね」

 そんな陽華を見た光司は微笑ましい気持ちになり、陽華にそう提案した。

「うん! そうだね!」

 弾けるような笑顔で陽華は頷いた。

 そして手を合わせて「いただきます!」としっかり言って、陽華は蜂蜜のたっぷりついたフレンチトーストを食した。

「ん~~! おいっしい・・・・・・!」

 ほうっ、と陽華はそんな感想を漏らした。

 絶妙な甘さとトロトロの食パンに人類は勝てないのだと思い知らされる。

 陽華は基本的に食べ物なら全ておいしくいただける系の人間だが、陽華も女子である。甘い物には特に目がない。

 しえら渾身のフレンチトーストは間違いなく、陽華の人生で食べた中で1,2を争うほどに美味しかった。

「しえらさん! とっっっても美味しいです!」

「ん・・・・・・・よかった」

 ビシッと親指を立て、陽華はしえらにサムズアップした。そんな陽華にしえらも同じくサムズアップで答えた。

「あ、そうだ。香乃宮くんも一口どうぞ! びっくりするくらいおいしいよ!」

 陽華が一口大に切ったフレンチトーストをフォークに突き刺して、光司の方に向けてきた。

「え、僕はいいよ。そ、それに・・・・・」

 これはいわゆる「あーん」というやつではないか。

 陽華に直接そのようなことは言えないどこかへたれな光司だが、当の本人はそんな事には気がついてない様子である。

「遠慮しなくていいよ! ほら、あーん」

「え、えぇぇぇぇ・・・・・・・!」

 陽華はその言葉を言って、変わらず光司にフレンチトーストを突き出してくる。

 つまり、あーんである。

(お、落ち着け・・・・! 平常心だ!)

 字面だけ見てみると、ふざけんてのかてめぇといったような感じだが、男子高校生の端くれである光司にとっては一大事である。

 香乃宮光司はそのルックスとステータスから女子に絶大な人気を誇る超ハイスペック男子だが、プレイボーイではない。というか、女子と付き合ったことも1度もない。

 つまりはどこぞの見た目陰キャ野郎と同じ童貞である。

 ではなぜ、光司という超ハイスペック男子がどこぞの見た目陰キャ野郎と同じなのかというと、それには光司の恋愛観やら、女子同士の目には見えない牽制やら、お家の事情など様々な要因がある。

 結局のところ、何が言いたいかと言うと、同年代の女子からあーんされるのは初めてなのである。

(ど、どうする!? これはもういったほうがいいのか!?)

 意を決して食べるべきか、それとも紳士らしく断るべきか。守護者ランキング10位の猛者は激しく迷っていた。

「あ、フレンチトースト嫌いだった? ごめんね、無理矢理食べさせようとして・・・・・」

 そして光司の姿を見た陽華はそう誤解して、手を引っ込めようとした。

「ッ・・・・・・!」

 気がつけば体が勝手に動いていた。

「わっ・・・・・!」

 光司は自分からフレンチトーストに食いついた。

 フォークから口を離し、少し冷めてしまったフレンチトーストを咀嚼する。食感はトロトロで陽華の言うとおり、絶品だった。

「ごくん・・・・・・・・あ、ありがとう朝宮さん。とってもおいしかったよ」

 なんとか顔が赤くならないように努力しながら光司は、できるだけ自然にそう言った。

「でしょ!? よかったー、香乃宮くんフレンチトースト嫌いなのかと思ったよ。あれ? 香乃宮くんちょっと顔赤いけど大丈夫・・・・・?」

 だが、光司の努力は無駄に終わったようで、陽華が心配そうな顔でそう言ってきた。

「だ、だだ大丈夫だよ! ちょっと暑くなってきたかなって感じてるだけだから!」

 光司は今日1番テンパりながら、必死の弁明を行った。いつもより、笑顔がぎこちないないのはきっと気のせいだと信じたい。

「・・・・・・・青春」

 その様子を見ていたしえらはボソリとそう呟いた。その目はどこか優しかった。










「・・・・・・・朝宮さん、そろそろいいかな?」

 予期せぬハプニングはあったものの、陽華もフレンチトーストを食べ終え、食後にアップルティーを注文した。

 そして、ほっこりとしたところで光司はそう切り出す。幸い、自分たち以外にいたお客のお年寄りもつい先ほど帰ったところだ。

「・・・・・うん。いいよ」

 陽華も光司のその言葉が何の合図かはわかったていた。だから、陽華も静かに頷いた。

「ありがとう。・・・・・・・じゃあ、まずは君たちがスプリガンから攻撃を受けた、と僕は聞いたんだけどそれは真実かい?」

 光司はラルバから聞いた最も気がかりであったことを陽華に質問した。ラルバが嘘をつく理由はないし、またあの神が嘘をつくはずはないと光司は信じているが、当事者である陽華の言葉を光司は聞きたかった。

「・・・・・・・結果的にはね。でも、誰も怪我なんかはしてないよ。それに・・・・・・・あの時のスプリガンはどこか様子がおかしかったように思うの」

「・・・・・・・・・そうか。やはり奴は僕たちの敵なのかもしれないな。目的も何も分からないが、君の言うとおり結果的には君たちを攻撃したわけだしね」

「私は・・・・・私と明夜はそうは思わないよ。スプリガンは私達を助けてくれた。だから私たちはスプリガンを信じるよ」

「っ・・・・・・・」

 陽華は毅然とそう言い放った。その目にあるのは、様々な決意の色。光司には、どうして陽華がそう言えるのか分からない。

「君は・・・・・・君たちはなぜそんなに彼のことが信用できるんだ? 攻撃を受けたんだろう? なのに何でそんなに・・・・・・・」

「んー・・・・・・・・最終的にこれは私の勘なんだけど、きっとスプリガンは不器用なだけだと思うんだ。でも、優しい人なのは間違いないよ。でなきゃ、人は助けないもの」

「・・・・・・・・・」

 その言葉を聞いた光司は、朝宮陽華という少女は何と純心なのだろうと思った。人を信じるということは、言葉では簡単に言えても、実際にそれを行うことは難しい。ましてや、1度攻撃を受けた相手に陽華は変わらない気持ちを抱いている。

 陽華にそこまで信用されているスプリガンを光司は少しうらやましく思った。

(っ・・・・・・・・は何を考えているんだ)

 そんなことを思った自分がどこかおかしくて、光司はすぐさまその気持ちを否定しようとした。

「・・・・・・・・そうか。君たちがそう考えているのなら、もう僕は何も言わない。でも、やっぱり僕はまだスプリガンを信用できない。今回のことを聞いて僕は余計にそう思った。・・・・・・彼を信じている君たちには申し訳ないけど、それが今の僕の偽らざる気持ちだ」

 陽華の話を聞いた上で、光司は自分の変わらない本心を口にした。自分はやはり、まだスプリガンのことを信用できないのだ。

「ありがとう、香乃宮くん。誠実に自分の気持ちを言ってくれて。・・・・・・・私からも1つだけ聞いてもいいかな?」

「何かな?」

「香乃宮くんはどうやって強くなったの?」

「・・・・・・・・どうしてそんなことを?」

 光司には陽華の質問の意図が分からなかった。だから、光司はその理由を陽華に問うた。

「・・・・・・・私達は弱い。危険になったら私達はいつも誰かに守られる。本当なら、私達が誰かを守らないといけないのに。それだけの力を私達はソレイユ様から与えられたはずなのに。だから、私と明夜は思ったんだ。強くなりたいって」

 いつもより、少しだけ声のトーンを落として陽華は儚げに笑みを浮かべた。いつもの元気いっぱいの笑みとはどこか違い、どこか弱々しい笑みだ。

「香乃宮くんが守護者としてとっても強いことくらいは、私達にもわかる。だから香乃宮くんがどうやって強くなったのか、知りたいなって思ったんだ。もしかしたら、参考になるかと思って」

「朝宮さん・・・・・・」

 まだ新人の光導姫であるのに君がそんなこを思う必要はない、とは光司には言えなかった。そんなことは陽華もわかりきっていることだろう。それでも、陽華は強くなりたいと言っているのだ。

「・・・・・・・・1番力をつけられるのは、夏の研修だと思う。これはたぶん光導姫にも言えることだ。あの研修は、色々なことを教えてもらったり、基礎的な体力を鍛えたり、明確な力をつける研修だからね。でも、研修はまだ先だ。君たちはそれまで待てないんだろ?」

「あはは、おっしゃる通りです・・・・・・」

 陽華は困ったような笑みを浮かべた。自分が無茶を言っていることは百も承知だ。

 それでも、もうこの思いは止められない。

「正直に言えば、僕には光導姫のことはよく分からない。光導姫には守護者とは違って能力があるからね」

「だよね・・・・・・」

 分かってはいたが、陽華はガックリと首を落とした。やはり、光導姫のことは光導姫に聞くしかないのだろうか。

(うう・・・・・・アカツキさんに聞きたいけど、今度いつ会えるかわからないんだよね)

 陽華が自分たち以外に知っている光導姫と言えば、フードを被った光導姫アカツキだけだ。しかし、そのアカツキにコンタクトする方法が自分たちにはない。

「・・・・・・・だから、光導姫のことは光導姫に聞くのが1番だと思うよ。それも、日本で1番強い光導姫にね」

「え・・・・・・・・?」

「光導姫ランキング4位『巫女みこ』。強くなりたいのなら、強い人に聞くのが1番だ。幸い僕はプライベートで彼女と知り合いでね。よければ、君たちと会ってもらえないか連絡してみるよ」

 光司のその言葉は陽華が思ってもいないものだった。

「・・・・・・本当?」

「ああ、僕に出来ることはそれくらいだからね」

 ガシッ! と陽華は光司の手を握って感謝の言葉を述べた。

「ありがとう、ありがとう香乃宮くん! 本当に助かるよ!!」

「あ、朝宮さん!? お、落ち着いて・・・・・!」

 陽華に突然手を握られた光司は再び顔を赤くさせ、心臓の鼓動が速くなったのを感じた。

 陽華も突然手を握られてはびっくりすることに気がついたのか、「あ、ごめん!」と言って、素早く手を話した。

「あまりに嬉しかったもので・・・・・・でも、本当にありがとう香乃宮くん」

 陽華は頭を下げて、再び光司にお礼の言葉を述べた。

「頭を上げて朝宮さん。僕がそう思ったのは、君の君たちの真摯な姿勢のためさ。君たちみたいな人には、力になりたいと思うのが、人の気持ちというものだよ」

 いつも通りの爽やかな笑みを浮かべて光司はそう言った。力になりたいと思えるのは、間違いなく陽華とここにはいないが明夜の人徳のおかげだ。

「でも彼女にも色々と都合があるだろうから、日程が合い次第君たちにも伝えるよ。それでいいかな?」

「全然! えへへ、やっぱり持つべき者は友達だね!」

「そうだね・・・・・・」

 友達、という言葉で思い出されるのは、1人の同級生だ。前髪が長くて、雰囲気が少し暗いその彼とは、結局拒絶されて友達にはなれなかったが。

 拒絶されたのならば仕方がないのだが、その事実は光司の胸の内に気がかかりなものとして残り続けていた。

「・・・・・・・じゃあ、僕はそろそろ帰らせてもらおうかな。朝宮さんは、どうぞごゆっくり。支払いは朝宮さんがトイレに行ってた間に済ませておいたから」

 陽華のアップルティーの残り具合から、もう少し時間が掛かるだろうと判断した光司は、そう言うと席を立った。

「え、ええ!? そんないいよ! お金返すから!」

 いつのまにか伝票が消えていたことに、今更気がついた陽華は慌てて財布を取り出そうとする。しかし、光司は陽華がそう言うであろうと思っていたので苦笑した。

「いや、僕から誘ったんだからこれくらいはね。朝宮さん、今日はありがとう。楽しかったよ」

 光司はそう言い残すと、そそくさと店を後にした。

「あっ、香乃宮くん・・・・・・今日は本当に色々ありがとう!」

「どういたしまして」

 そのお礼の言葉を光司は素直に受け取った。










「強くなりたい・・・・・・・か」

 しえらを出た光司は帰路につきながら、陽華が言ったことを反芻はんすうしていた。

 光導姫ならば、守護者ならばそのようなことは1度は誰でも思うのではないだろうか。いや、もしかしたら普通の人間もそんな気持ちは抱くかもしれない。

(・・・・・・・俺はいつから、そんな気持ちを忘れたんだろうか)

 守護者に成り立ての頃は、常々そう思っていた。早く強くなって、光導姫たちを守るのだと。もちろん、今でも向上心はあるにはある。だが、それは昔ほどではないだろう。

(ランキングが10位になって、2つ名が守護者名になってからは、全くそんなことは思わなくなった・・・・・・)

 自分もまだ守護者になって1年と少しの若輩者だ。そんな自分が一体何を勘違いしていたのか。

「・・・・・・・たるんでるな」

 自分もまだまだ強くなろう。あの2人をしっかり守れるように。

 光司はそう誓うと、夕暮れに染まる空を見上げた。

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