第24話 伝達

「――ということになりました。なんとか最悪の事態の1つは回避できた、ということですね」

「なるほどな・・・・・・・」

 神界でペットボトルタイプの緑茶を飲みながら、ソレイユの話を聞いていた影人は、一言そう呟くと軽くゲップをした。

「・・・・・・・・・・あの、話を聞いていましたか?」

 顔をしかめながら、ソレイユは先ほどのラルバとの話し合いの中心であった少年にそう呼びかけた。

「聞いてたって。だから、なるほどって言ったんだよ。お前、アホなのか?」

 はあ、とその長すぎる前髪の下から哀れみの目を向けながら、影人はキュッとペットボトルのフタを閉めた。

「誰がアホですか! 先ほどラルバと目には見えない頭脳戦を繰り広げていた私がアホなわけないじゃないですか! 後、なんですかその態度!? 私を舐めてるんですか!? ゲップって、神の前でゲップって! 不敬です! 頭を垂れなさーーーーーーーーーいっ!!」

 ソレイユはキレた。必ずこのふざけた前髪野郎の態度をなんとかさせねばならないと。神という基本的に敬われる存在であるために、ソレイユは悪口や煽りというものに耐性がないのである。

「まあまあ頭をヒヤシンスー、だぜ」

「余計にイライラしますよねそれ!?」

 影人の謎の言葉にソレイユは怒りのノリツッコミである。このままでは埒が明かないと感じたソレイユは、非常に癪ではあるが怒りを収めて話を続けた。

「コホンッ! とにかく、そういうことです。あなたの存在は光導姫と守護者のランキング上位10位に通達されることになりました。まあ、光導姫に限って言えば、ランキングの内、4位と10位は日本の光導姫なので、結果的には新たに8人にあなたの存在が知られるわけですね」

 日本の光導姫と守護者は、もう既にスプリガンに関する噂が広がっているので除外される。

 しかし、新たに8人に自分の存在が知られることの何がそんなに重要なのか、影人には分からなかった。

「そいつらに知られたらどうなるっていうんだよ? 俺にはどうでもいい情報にしか聞こえんのだが」

「ええ。あなたの言うとおり、いきなりどうこうという事はないでしょう。その8人は基本的に日本から見て外国にいますしね。日本の光導姫では手に負えない闇人が出現しない限りは、彼女たちが日本に来ることはないでしょう。ですが・・・・・・」

 ソレイユはそこまで説明して、少し間を置いて影人に知られることのリスクを話し始めた。

「あなたの情報を知った彼女たちが、あなたを敵と認識するかもしれません。特に、ランキング3位の『提督ていとく』などは、彼女の性格上あなたを敵と認定する確率が高いですね」

 真面目な顔で影人にこれからのリスクの例を挙げるソレイユ。その話を聞いた、影人はある単語に疑問を覚えた。

「その『提督』って何だよ? それがその3位の光導姫名なのか? 思いっきり和名だが・・・・・・」

「ああ、影人は2つ名のことは知らないのでしたね。この『提督』というのは、その3位の2つ名なのです。まあ、あなたの言うとおり光導姫名でもあるのですが」

「は・・・・・・・?」

 ソレイユの言っていることが、どういうことか分からない影人は思わず口をポカンと開ける。一応、話はちゃんと聞いていたがまるで意味が分からない。

 その影人の反応に、ソレイユは「確かにわかりにくいですよね」と苦笑して、詳細な説明を影人に行った。

「基本的に光導姫の名前は私がつけます。ですがこれは基本なので、自分で名前を決めたい者は自分で決めることもできるのです。これは守護者も同じですね。で、ここからが本題なのですが、ランキングが10位以上になると、2つ名が与えられます。この2つ名は私やラルバが与えます。そして、10位以上なれば光導姫名はその2つ名になるんです」

「・・・・・・なんで10位以上は2つ名が光導姫名に変わるんだ?」

「ああ、理由ですか。これは明確な強さの証なのですよ。光導姫のランキングは、浄化力、闇奴・闇人との戦いの実績、戦闘能力で決まります。そのランキングの上位10人の実力者を讃える意味でも2つ名というものは重要なのです。ちなみに、彼女たちが10位以外に落ちれば、元の光導姫名に戻ることになりますね」

「ふーん・・・・・・・」

 一応、納得した影人は自分の知る守護者、香乃宮光司のことについて考えた。

 光司は守護者ランキング10位だったはずだ。そして、守護者名が『騎士ナイト』。つまり光司の守護者名は2つ名だったというわけだ。

(じゃあ、あいつの元々の守護者名は何なんだろうな・・・・・・・)

 少しだけ興味はあるが、そんなことを本人に聞けるわけもない。聞けば、なぜそんなことを知っているのか、と問い詰められるだけだろう。

 それに光司に冷たく当たった自分が、どのようなことであれ話しかける資格はない。

「少し遅くなりますが、2つ名が和名なのかという問いは、否ですよ。意味は一緒ですが、3位の彼女の国ではその2つ名をアドミラールといったはずです」

「へえ、じゃあそいつロシア人か」

 確か提督はロシア語でアドミラールだったはずだ。別に自分は語学が堪能というわけではないが、言葉が格好いいので知っていた影人である。

「あら、意外と博識なんですね。そうです、彼女はロシア人ですよ。・・・・・・・国籍は関係ありませんが、彼女は厳格でしてね。闇の力を扱う者は――」

「敵と認定する確率が高いか・・・・・・」

 ソレイユの言わんとすることを察した影人はそう呟いた。

 闇の力。それは闇奴や闇人といったレイゼロールサイドが扱う力だ。そして、スプリガンに変身した自分が使う力。

 今までは、その闇の力を使う自分が光導姫を助けるという行動を取っていたため、謎の怪人で済んでいたが、昨日のレイゼロール戦での無差別攻撃でその評価は崩れただろう。

「・・・・・・・・守護者の神が昨日の戦いを見てたのが痛かったな。俺の意志じゃないとはいえ、あいつらに攻撃した事実は変わらない。お前もそのことは光導姫に伝えるんだろ?」

「・・・・・・・・・・・はい。そこを誤魔化しては、私がラルバに疑われる可能性が出てきますから。その情報は私も伝えざるを得ないでしょう。――私の話が長くなりましたが、そろそろ教えてくれませんか? 昨日の戦いの最中、あなたに何が起こったのかを」

 ラルバとの会談の結果を、ソレイユは影人に伝えていたが、そもそもソレイユが影人を神界に招いたのは、それが理由だ。

「・・・・・・・・ああ。つっても、俺も何が起こったのかは分からないが――」

 影人も真面目なトーンで昨日の終盤の自分についてわかる範囲のことをソレイユに話した。

 自分の体が何か、もしくは誰かに操られたこと。なぜか力を使うのに言葉を必要としなかったこと。闇の力の様々な応用。

 影人の話を聞き終えたソレイユは、顎に手を当てた思案のポーズを取りながら情報を整理した。

「なるほど・・・・・・・・意識と記憶はあるが、あなたの体は何か・何者かに操られていたと。つまり結界を完全に破壊したあの攻撃はあなたの意志ではなかったという事ですね?」

「ああ。ただ、不思議なのは結界を壊そうとしたプランは一緒なんだよな。元々、俺はレイゼロールに隙を作って、あの方法で結界を壊そうと思ってた。そうなると、もちろん昨日みたいにあいつらに攻撃は当たりそうになるが、そこは俺が闇の力であいつらを守ろうと考えてたしな」

 少し補足ぎみの疑問を加えて、影人はソレイユの質問に答えた。

「そうですか、そこも不思議ではありますね。まあ不思議と言えば全てが不思議なのですが・・・・・・」

 不思議というよりはイレギュラーと言い換えてもいいだろう。イレギュラーというなら、影人の存在そのものがイレギュラーだが、今回の事態はそれとは毛色が違う。

「さっきも言ったが、唯一わかったのは俺の中で何かが蠢いた気配がしたことだけだ。それが何なのかは俺にも分からんが、それしか俺には断言できない」

 唐突にその何かが自分の中で蠢いた。それが全てのきっかけだったと影人は記憶している。それは自分にしかわからない感覚だが、蠢いたというのが1番しっくり来た感覚なのだ。

「・・・・・・・とりあえず、今はそのことは置いておきましょう。あまりにも分からないことが多すぎます。それより問題なのは、昨日のような事がまた起こる可能性があるかどうかです」

 そう、問題なのは昨日の影人の「暴走」のような事態がこれからも起こるのかということだ。もし、昨日のような事が起これば、影人が守護しなければいけない存在――陽華と明夜にも危害が及ぶ可能性が出てくる。そんなことが起こってしまえば、本末転倒もいいところだ。

「そりゃそうなんだが・・・・・・・そこは正直わからん。一応、俺も変身した時に気をつけては見るが、それくらいしか出来ることはないな」

 ソレイユの言わんとしていることは影人にも理解できるが、いかんせん、それは自分にもわからないのだ。

「ですよね・・・・・・・すみません影人。なにぶん、私もそのような事態を聞くのは初めてのもので、力になれそうにありません・・・・・・・」

 影人の答えを聞いたソレイユは、はあとため息をついてそう言った。

 肝心な時に役に立たない自分が嫌になるが、ここで見栄を張っても何にもならない。ソレイユは素直に自分は力になれないことを影人に告げた。

「そこは気にするなよ。つーか、お前が責任感じるようなことじゃないだろ?」

「いいえ、私があなたに与えた力です。ならば私の責任ですよ」

 それが当然とばかりの表情で、断言したソレイユに、影人は心底この女神は真面目なんだなと思い知った。

(こいつのこんなところが、光導姫に敬われる理由の1つなのかもな・・・・・・)

 柄にもなく、ソレイユにそんな感想を覚えた影人は、そんな自分に少し羞恥を感じ、適当に誤魔化そうとした。

「ま、真面目なこったな・・・・・・・そういうわけで俺の話は終わりだ。ああ、後――」

 少しだけ口角を上げながら、影人は不敵な表情を浮かべた。

「もし、俺が敵と認定されて光導姫や守護者と戦うことがあるなら、俺はそっちの方がやりやすいね。できるだけ戦わないようにはするが、戦わざるを得なくなったら、俺も応戦はするぜ。それでいいか?」

「それは仕方がありませんね。ただし、怪我などはさせないでくださいよ? あなたの力ならばそれが出来るはずです」

 そのような事態が起こる可能性は低いが、いざとなったときは影人も自衛をしなければならない。よって、ソレイユは条件付きではあるがそのことを許可した。

「それはわかってるよ。まあ、本当はそんな面倒くさいことになってほしくはないがな・・・・・・・・」

 格好をつけてそんなことを言ったが、影人の本音はこれだった。基本、面倒くさがりの自分が、必要な戦闘以外をするというシチュエーションは面倒というほかない。

「そうですね・・・・・・・」

 ソレイユも再度ため息をつきながら、心の底から影人に同意した。

「・・・・・とりあえず今日のことについては了解だ。もう話はないか? それなら俺ももう話すことはないから、おいとまさせてもらうが」

「ええ、私からはもうありません。あなたを地上に戻しましょう。・・・・・・・ああ、1つだけ伝え忘れていました。陽華と明夜は攻撃を受けても、あなたのことを信用していましたよ」

「っ・・・・・・!」

 不意打ちのように、そんなことを聞かされた影人は、前髪の下の目を見開いた。

「・・・・・・そうか、別にどうでもいいが、相変わらずとんだお人好しだな」

 押し殺したような声で影人はそう呟いた。

 本当に自分にとってあの2人はどうでもいいのだ。自分があの2人を影から助けているのは、目の前の女神に押し付けられた仕事だから。ただそれだけ。

 そう、それだけだ。

「・・・・・・・そうですか」

 ソレイユは全てがわかっているような顔で、静かに微笑んだ。

 そして、影人の体が光に包まれていく。転移が始まる合図だ。

「・・・・・・・・・言い忘れてたが、昨日はあいつらを転移させてくれてありがとな。お前が転移させてくれなかったら、あいつら危なかったからな」

 影人は素直に昨日のことをソレイユに感謝した。これは昨日から言わねばならないと思っていたことだ。

「お気になさらず。――では、また会いましょう影人」

 女神のような笑顔で、ソレイユは影人を見送った。








「さて、私も手紙をしたためなければなりませんね」

 影人を見送った後、ソレイユは手紙を書くのに必要な机とイス、紙とペンを用意した。

 今回は10人(4位と10位は日本人のため、スプリガンの存在を知っているだろうが、それでも知らせなければならない。それがラルバとの会談の結果であるからだ)という比較的少ない人数に情報を伝えるため、手紙という形式を取った。

 サラサラと、各国の言語でそれぞれの手紙に同じ内容を書いていく。

 スプリガンの存在。その力の情報など、ラルバが把握している範囲の事を嘘偽りなく書き込む。

「これくらいでいいでしょう・・・・・・」

 封をしてできあがったのは計10通の手紙。後はこれを、各光導姫の元に転送するだけだ。といっても、住所などは個人情報のためソレイユも知らない。

 ゆえに手紙を転送すれば本人に直接届くという便利な方法だ。一応、ソレイユも神なので神界ではそれくらいの権能はある。

「・・・・・・・・出来れば、影人のことを敵と認定しない子が多くありますように」

 手紙には本人の意志ではないとはいえ、影人が無差別な攻撃を行ったことも記した。それは影人を敵と認定するのには十分な行為だ。

 だが、それでもソレイユはそう願わずにはいられなかった。

 あの少年にこれ以上つらい思いをしてほしくはない。


 そんなソレイユの思いを乗せた10通の手紙は光に包まれ、地上の光導姫たちに届けられた。

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