第23話 神々の裁定

「ぐっ・・・・・・・!」

 この世界のどこか。暗闇に包まれた場所に戻ったレイゼロールは、石の玉座に座ると、腹部に突き刺さっている闇の剣を引き抜いた。

 剣を引き抜くと、赤い血が止めどなく溢れてくる。引き抜いたときの激痛に顔をしかめながらも、レイゼロールは負傷部位に闇の力を注いでいく。

 傷を癒やす力となった闇は急激に腹部の傷と、右袈裟に切り裂かれた傷を修復していく。

 そして遂にはレイゼロールの傷は全て完治した。

「・・・・・・・やってくれたな、スプリガン」

 服についた自分の血を闇の力で払拭し、レイゼロールは恨みの言葉を口にした。

 消耗が激しい闇による修復を使ったことで、レイゼロールの体力も限界だった。ゆえに、スプリガンが結界を完全に破壊した時点で、レイゼロールは撤退することを決めた。あの場で傷を治しても、自分は継続して戦えなかっただろうというのがその理由だ。

(しかし・・・・・・奴のあの強さは何だ?)

 特に終盤のスプリガンの強さはレイゼロールの目から見ても、異常といえるものだった。

 闇の力を様々な力に変化させるのは、非常に難解だ。事実、スプリガンも最初は闇の力を創造能力にしか使っていなかった。だが、終盤は自分と遜色ないレベルで闇の力を扱えていた。

「・・・・・・・奴に何か起きたのか?」

 レイゼロールがそう呟くと、暗闇の中から声が響いてきた。

「おやおや、さっきから見てたけど、無様なものねぇ? レイゼロール」

 レイゼロールの前に姿を現したのは、豪奢なゴシック服を纏った少女だった。

 年の頃は見たところ、14~15歳あたりだろうか。

 ブロンドの美しい髪を緩くツインテールに結いながら、その少女は作り物のように美しい面をにぃと歪めて、レイゼロールを嗤った。

「・・・・・・・・・・何の用だ、シェルディア」

「別に。ただここら辺にいたら、あなたの腹に剣が刺さってたから、面白そうだと思って見てただけよ」

 レイゼロールが仏頂面でその少女の名を呼ぶと、少女は変わらずニタニタとした表情でそう言った。

「しっかし、あなたがあんな傷を負うだなんて珍しいわね。いくらあなたが私よりからって、あなたまあまあ強いのに。暇だから何があったか教えなさいよ」

 少女の傲岸不遜な物言いに、レイゼロールはほんの少しだけ苛立ったような声を上げた。

「・・・・その口を閉じろ、シェルディア。ここで消えたいのか?」

 殺気を隠すこともなく、レイゼロールはシェルディアを睨み付ける。

 普段なら、この程度の言葉に苛立ったりはしない。しかし、今日は別だった。

 力を使って罠を張り、自分は目的の人物を誘い出すことには成功したが、スプリガンを殺すという目的は達成できなかった。あまつさえ、自分は傷を負わせられ撤退することを余儀なくされた。

 そのため、レイゼロールは珍しく苛立っていた。そこにシェルディアのこの言葉だ。レイゼロールの氷のような瞳に、様々な感情が浮かび上がる。

「あら珍しい。そんな感情的なあなた久しぶりに見たわ。それと、今のあなたが果たして私を消せるのかしら? できるものなら、さっさとやってちょうだいよ」

 シェルディアはレイゼロールの殺気などお構いなしに、クスクスと笑うと、レイゼロールの瞳を見つめ返した。

「・・・・・・ちっ、それが出来たら苦労はしない」

 そのやり取りが無駄なことに気がついたのか、レイゼロールは忌々しげに舌打ちをして、シェルディアの瞳から目を逸らした。

「素直でよろしいわ。で、早く教えなさいよレイゼロール。なんだか面白そうな気がするわ」

「・・・・・・・・・」

 レイゼロールはシェルディアに本当の事を言うべきか思考した。

 本当の事を言えば、この無限の好奇を求める者はどのような行動を起こすかわからない。シェルディアの行動はレイゼロールでも止められないし、咎める事も出来ない。シェルディアは特別なのだ。

(だが、嘘をついたところで、シェルディアは納得しないだろう・・・・・)

 レイゼロールはシェルディアとは長い付き合いだ。彼女の性格を自分は嫌と言うほど知っている。その経験で言うと、彼女に真実を話さなければ厄介なことになる確率が極めて高い。

「・・・・・・・・いいだろう、教えてやる」

「そうこなくっちゃね! で、で? 何があったの!?」

 レイゼロールのその言葉に、シェルディアの傲岸不遜な態度はどこへやら。目を輝かせながら、レイゼロールに詰め寄ってきた。

(こういう部分は、昔から変わらないな・・・・・・)

 ほんの少しだけ呆れたような表情を浮かべ、レイゼロールは全ての事の顛末をシェルディアに話した。

 取り出した、アンティーク調のイスに掛けながら、話を聞き終わったシェルディアは、満足そうな笑みを浮かべた。

「いいじゃない! 面白かったわ! スプリガン、スプリガンね。あなたと同等レベルの力を持つ謎の人物・・・・・・・私も興味がそそられてきたわ!」

「・・・・・・・・貴様ならそう言うだろうと思っていた」

 その案の定なシェルディアの反応に、レイゼロールは軽くため息をついた。

 こうなれば、シェルディアはスプリガンに彼女が飽きるまで執着するだろう。それが、シェルディアという存在だ。

「ふふっ、不思議ね。不思議って貴重だわ。ねえ、レイゼロール、そのスプリガンって私となのかしら?」

「・・・・・・・さあな。ただ、お前が知らんということは、その可能性は低いだろう」

「それもそうね。ああ、早く会ってみたいわ。ふふっ、ふふふふふふふふふ!」

 シェルディアがさも可笑しそうに笑う。まるで新しい玩具でも見つけたように。

(・・・・・・・同情はする。が、これでシェルディアがスプリガンを消してくれれば、それはそれで手間が省けるか)

 シェルディアに興味を持たれる厄介さを知っているレイゼロールは、スプリガンに少し同情した。そして、あわよくばシェルディアがスプリガンを消してくれることを期待した。そう、あくまで期待だ。シェルディアはレイゼロールの命令などは聞かない。それはレイゼロール自身が身にしみて分かっている。

 暗闇の中、スプリガンを新たに狙う少女の声が響いた。









『――次のニュースです。昨夜、東京都郊外で強盗殺人犯として指名手配されている男が逮捕されました。男は道路の上で意識を失っていたという奇妙な状態で――』

 サクリ、と焼いた食パンをかじりながら、影人はボーとニュースを見た。

 テレビには昨日、自分がレイゼロールと戦った大通りが映し出され、リポーターが何かを話している。ただ、リポーターの周囲に工事員の姿が目立っていた。どうやら昨日の影人が壊したアスファルトやら建物やらを修復しているようだ。

(・・・・・・本当にごめんなさい)

 心の中でその破壊の主である影人は働いている工事員の方々に頭を下げた。影人の意志ではないといえ、あの破壊は自分の体がしでかしたことだ。罪の意識がないといえば嘘になる。

「今日が休みでよかったぜ・・・・・・」

 少し遅めの朝食を食べながら、影人はそう呟いた。今日が学校であったならば、影人は間違いなく遅刻していた自信がある。

 今日の用事といえば、神界に行ってソレイユと話をするくらいだ。その後はぐうたらすることを心に決めている影人である。

(つっても、後もうちょい時間はあるし、適当にテレビ見とくか)

 昨日ソレイユと念話をしたとき、影人が神界に行くのは正午過ぎということになった。なので正午過ぎになれば、ソレイユが勝手に自分を神界に転移させるだろう。

『次はエンタメニュースです! なんと皆さんご存じの世界の歌姫が、夏に日本でライブをすることが決まりました! さらに、さらに! ヴァチカンの聖女も夏に日本に訪日することを、先ほどカトリック教会が発表しました! これは非常に楽しみですね!』

 アナウンサーが変わり、元気そうな声がテレビから聞こえてくる。熱い緑茶を啜りながら、影人は時が過ぎるのを待った。










「や、やあソレイユ・・・・・・・今日もその・・・・・・綺麗だね」

「あら、嬉しい言葉ですね。ありがとう、ラルバ」

 一方、神界ではソレイユがラルバに呼ばれ、美しい花が咲き乱れる庭園にある西洋風の東屋あずまやに足を運んでいた。

(やっぱり、ソレイユは今日も可愛いな・・・・・・)

 普段はこんなに言葉がぎこちなくはないのだが、長年の想い人の前ではいつもこうなのだ。一応、今の言葉もラルバなりの精一杯のアピールなのだが、ソレイユはお世辞と受け取ったのか、笑顔でそう返しただけだった。

「さて、今日はどういった用件ですか? わざわざ、ここに呼ぶということはそれなりの話だと思いますが・・・・・・」

「あ、ああごめんよ! 君の貴重な時間を無駄にしてっ!」

「いえ、全然そんなことはないですが・・・・・・」

 ラルバの慌てぶりに、ソレイユは首を横に振った。まだここに来て、1分も経っていない。時間が無駄になったとは心の底から思わないソレイユだ。

(ラルバは昔からこうですね)

 ラルバとは人間の世界で言う、いわゆる幼馴染という関係なのだが、自分といる時はどこか態度がぎこちなかった。その理由は自分にはわからないのだが、予測としてラルバは自分のことが苦手なのではと考えている。そして、ラルバは優しいからそのことを言葉に出さないのだろうとも。

「と、ごめん・・・・・・・ちょっと慌てちゃったみたいだ。じゃあ、早速だけど本題に入ろうか」

 まさかソレイユがそんなことを考えているとはつゆ知らずに、ラルバは顔を引き締めた。ここからは守護者の神としての真面目な話をしなければならない。

「ソレイユ。君も昨日のレイゼロールとスプリガンと名乗る人物との戦いを、光導姫の目を通して、見ていたと思う」

「ええ、私も見ていましたよ。スプリガンなる人物は、昨日初めてその姿を確認しましたが」

 ラルバの言葉にソレイユはそう返した。

「うん。実は話っていうのはそのスプリガンのことなんだ。ソレイユ、君はスプリガンのことをどう思う?」

 ラルバがソレイユをこの場所に招いた、主題を口にした。

(とうとう、この時が来ましたか・・・・・・)

 その問いにソレイユも内心気を引き締めた。

 そう、昨日の戦いはラルバも守護者の目を通して見ていたのだ。そしてラルバは、スプリガンの姿とその力を知っただろう。

(おそらく、ラルバが私をここに呼んだのは、スプリガンの今後の対応を決めるためでしょう)

 昨日の戦いはスプリガンの戦闘能力の高さを窺うのには絶好の一戦だった。なにせ、相手はあのレイゼロールだ。しかも、最終的にはスプリガンはレイゼロールを退却させている。

(昨日の影人の力は異常でしたからね。しかも、レイゼロールから受けた傷もいつの間にかなくなっていた・・・・・・と、本人は言っていましたし)

 そのことについては後で影人と話し合うつもりだ。今、自分がすべきことはこの話の結果が影人にどのように影響するか見極めること。

 ソレイユは少し考えたフリをして、言葉を紡いだ。

「そうですね・・・・・・レイゼロールとも対等に戦える謎の人物というのが私の感想です。今のところ目的はわかりませんが、光導姫を、昨日は守護者も結果的に助けたところを見ると、敵ではないと私は考えます」

 さりげない様子で、ソレイユは自分の考えを述べた。影人を敵と認定されてしまうと、光導姫と守護者とも戦うことがあるかもしれない。その事態はできるだけ避けたい。

 しかし、味方と言い切ってしまうのも悪手だ。スプリガンが実は味方でしたとわかってしまうのは意味がないのだから。

 ゆえにソレイユは味方でもなければ敵でもないのではないか。という、自分にとってもっとも都合のいい意見を述べたのだ。

「うん、ソレイユの言うことはもっともだと俺も思うよ。結果として彼は光導姫を何度も助けたようだし、うちの守護者も助けられたのは2度目だしね。ただ、昨日スプリガンが結界を壊す時に放った攻撃は無差別だった。なんとか俺たちの転移が間に合ったからよかったけど、あのままだとかなり危なかったよ」

「・・・・・・・はい、あなたの言うとおりですね」

 そう、ラルバが言ったようにその無差別攻撃がソレイユの唯一の懸念点だった。

 影人がなぜあのような事をしたのかは、まだわからない。昨日は影人もだいぶ疲れているようだったし、傷の確認と会う日時だけを伝えただけ。詳しい話はこの後、影人から聞く予定だ。

(少しまずいですね・・・・・・慎重派のラルバのことです。あの攻撃だけでスプリガンを敵と認定してもおかしくはない。それはあまりよろしくはありませんね)

「どのような考え・行動だったかは知らないけど、あれはこちら側に対する明確な敵対行為だ。だから彼のことは敵として、全世界の光導姫と守護者に伝えるべきだと俺は思うんだけど・・・・・・ソレイユは俺の意見に賛成かい?」

 ソレイユが予想したとおり、ラルバはスプリガンを敵と認定したようだ。そのことは予想できたが、ラルバが言った全世界の光導姫と守護者に伝えるというのは、ソレイユも予想できなかった。

(これは・・・・・・さすがに読めませんでしたね。しかもいま全世界に影人の存在を伝えるべきというのは非常にまずい)

 全世界の光導姫と守護者が敵になるというのは最悪の事態の1つだ。そんなことになれば、影人のスプリガンとしての活動に支障をきたしてしまう。その事態は避けねばならない。

「それは飛躍しすぎではないでしょうか? 少なくとも、昨日スプリガンに助けられた光導姫たちは彼を敵だとは思っていないようです。身近にスプリガンを見ていた彼女たちがそう言うのです。もう少し様子を見てもいいのではないでしょうか?」

 ソレイユがラルバの意見に暗に反対という意味を含んだ言葉を返した。ソレイユの意見を聞いたラルバも頷きはするが、納得はしていない様子だ。

「それもそうなんだけど、いざという時があるかもしれないだろ? もし様子を見て誰かが取り返しの付かないことになってからじゃ、遅いと俺は思うんだ。でも、ソレイユと光導姫がそう考えているなら、全世界の光導姫と守護者にスプリガンの存在だけを伝えることにするっていうのでどうかな? 今のところ、スプリガンは日本にしか現れてはいないけど、他の国に現れる可能性もあるかもしれないし」

 ラルバが譲歩案としてそのようなことを提案した。

 しかし、スプリガンの存在を全世界に広めたくはないソレイユは強気な姿勢でラルバの意見に反対した。

「それはまだ早いと私は思います。それにスプリガンの存在を聞いた光導姫と守護者は彼のことをどう思うでしょうか? 多くの者たちが彼のわかっている情報から、敵もしくは底知れない怪人と思うのではないでしょうか。私は彼のことを敵とも味方とも考えていませんが、私は昨日、光導姫たちにスプリガンは悪い人物ではないとわかってほしい、と言われました。私は彼女たち光導姫の神として、彼女たちの意見を信じます。ゆえに、ここは退けません。私にも神としても面子があるのです」

 凜とした表情でソレイユは言い切った。ここが自分にとって1つの正念場なので、その裁定だけは認めるわけにはいかなかった。

 そのソレイユの態度にラルバは少し驚いた。いつもは優しい彼女がそんなことを言うのは本当に珍しいからだ。

 そして決まって自分はそんなソレイユに弱かった。

「そ、そうか・・・・・・・・・わかった、なら各ランキングの10位までの光導姫と守護者に伝えるってのはどう? もちろん今わかってる情報だけだよ。それ以上は俺も譲歩はできない・・・・・・・かな」

 少し弱腰になったラルバ。そもそも、ラルバはソレイユに惚れているのであまり強い言葉は言えないのだ。惚れた弱みというやつである。

 だが、ラルバも守護者の神だ。自分の最低限な意見だけは譲れなかった。

(・・・・・・・ここが落としどころでしょうね。これ以上は、ラルバも退かないでしょうし、私自身に猜疑の目を向けられる可能性もありますし)

 ここが限界と見極めたソレイユはラルバの意見に賛成した。

「・・・・・・わかりました。それならば、彼女たちを裏切る行為にはならないでしょう」

「ありがとう、ソレイユ。なら、そういうことで」

 これにてスプリガンについての神々の裁定は終了した。

 

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