第22話 対決、レイゼロール(下)

 レイゼロールの剣がスプリガンの体を貫こうとする。

 これで終わりとレイゼロールは確信した。

 だが――

「っ・・・・・・・・・・?」

 あとほんの1ミリというところで、剣の切っ先は硬質化した闇で阻まれた。

「これは・・・・・」

 気づけば、スプリガンの体から自分と同じように黒いオーラのようなものが揺蕩い始めていることに、レイゼロールは気がついた。

 ふらりとスプリガンの左手が、自分を持ち上げているレイゼロールの手首に触れる。

 死に損ないの怪人は、信じられないような力でレイゼロールの手首を掴んだ。

「ぐっ・・・・・!?」

 ボキリ、と嫌な音が手首から響く。久しく忘れていた痛みという身体の信号に、レイゼロールは思わず手を離した。

 そして、バックステップでスプリガンから距離を取る。

「ゲホッ! ゴホッゴホッ! ・・・・・・はあ、はあ、はあ・・・・・」

 スプリガンは嘔吐えづくように息を吸い込み、激しく呼吸を求めた。

(何だ・・・・・? いったい何が起こった?)

 レイゼロールは恐らく折れているであろう手首の骨に、闇の力を注ぎ骨を修復した。この程度のダメージは1時間もすれば勝手に直るが、今は戦闘中だ。そのため、レイゼロールは体力を激しく消耗する回復を使ってでも、そのダメージを修復したのだ。

 レイゼロールは最大限の警戒をしながら、周囲に闇の腕を数十本ほど現界させる。さらに造兵も数十体ほど出現させた。

 それらは全て未だに激しく呼吸を繰り返すスプリガンめがけて、攻撃を仕掛けた。

(ちっ・・・・・・・流石に我も体力が厳しくなってきたが、まだ退くわけには行かん)

 まだスプリガンを殺せてはいない。あの不安因子を排除するために、今宵レイゼロールは面倒な力を使う罠を張ったのだ。成果を得られぬまま、撤退するのはいい結果とは言えない。

「はあ、はあ、はあ・・・・・・邪魔だ」

 腕が今にも影人を掴もうとする。造兵たちの武器が影人を殺そうと襲いかかる。

 だが次の瞬間、それらは全て無残に切り裂かれた。

「!?」

 これには流石のレイゼロールも目を見開いた。何せ、レイゼロールの眼を持ってしても、斬撃がほとんど見えなかったのだ。

 ゆらりとスプリガンはこちらに左手を伸ばした。すると、虚空から鋲突きの鎖が恐ろしい速度でレイゼロールに向かってきた。その数およそ20本ほど。

(言葉なし? どういうことだ?)

 スプリガンは力を使う際、必ず言葉を発していた。言葉を発していたということは、それが力を使うのに必要なステップだということだ。でなければ、わざわざ言葉を発していた理由が分からない。

 だが今スプリガンは言葉を発していなかった。

 それが意味するものとは――?

 鎖の対応はある程度は追加召喚した闇の腕に任せ、残りは全てレイゼロールがたたき落とした。

 自分と同じような黒いオーラは闇で身体能力を強化している証だろう。それに力を使うのに必要であった言葉の不要化。先ほどまでのスプリガンとは何かが違う。

(・・・・・・奴に何かが起こった。そしてそれは我にとって厄介なものだろう。ならば、そのことを踏まえればいいだけだ。次こそは奴を殺す)

 レイゼロールが剣に闇を纏わせる。恐らく、今のスプリガンならば闇の力で身体の硬質化も出来るだろう。ならば、闇の力を破壊力に変えるのがベストな選択だ。

 レイゼロールはその瞳に警戒の色を灯しながら、スプリガンを見つめた。

 スプリガンが左手を真横に伸ばす。いつのまにか、スプリガンの右手の剣はレイゼロールと同じように、闇を纏っていた。レイゼロールもいくら闇で身体を硬質化しようとも、あの剣によるダメージは避けられないだろう。

 スプリガンは俯いているため、その表情を窺い知ることはできない。体から立ち上る黒いオーラと合わせて、レイゼロールにはその光景が不気味なものに見えた。

 スプリガンが手を伸ばした先に闇の渦のようなものが出現する。

 何かしらの攻撃が来るとレイゼロールは剣を構えた。

 だが、攻撃はやってこない。代わりに、スプリガンはその闇の渦の中に消えていった。

「いったい何だ・・・・・・・・!」

 この世界から忽然とスプリガンが消えた。その突然の事態にレイゼロールの表情にも困惑の感情が浮かび上がる。

(あれは転移か? それならばスプリガンはどこかに逃げた? もしくは――)

 レイゼロールが可能性のある答えに辿り着こうとしたとき、何の前触れも無く背後に気配が生じた。

(ッ!? やはり転移による攻撃か・・・・・・!)

 レイゼロールは振り向くと同時に剣を振るった。

 超反応によるカウンター。神速と呼んでも差し支えない一撃。

 だが、その一撃をスプリガンも同じく超反応で回避した。

(これを避けるだと・・・・・!?)

 レイゼロールの見開いた眼がスプリガンの金の瞳を捉える。

 その眼の中心には闇が揺らめいていた。

(闇で眼を強化しているのか・・・・・・!)

 スプリガンの超反応の理由を悟ったレイゼロールだが、時は既に遅かった。

 スプリガンの剣がレイゼロールの体を切り裂いたからだ。

「ぐっ・・・・・・・!」

 一応、体は闇で硬質化していたが、やはり今回はあまり意味を為さなかった。

 右袈裟に斬られた場所から、赤い血が飛び出す。レイゼロールの血は闇奴や闇人とは違い、ごく普通の色だった。

 影人の攻撃はそれだけでは終わらなかった。影人は縦に剣を水平にすると、剣をレイゼロールの体に突き刺した。

「がっ・・・・・!?」

 剣で腹部を貫かれたレイゼロールを激痛が襲う。だが、それすらもまだ序の口だった。

 スプリガンはレイゼロールに突き刺さった剣のつかを思い切り蹴った。

「ッ~~!?」

 先ほどとは比べものにならない激痛を味わいながら、レイゼロールは吹き飛んだ。

 スプリガンの身体能力に加え、闇によって強化された蹴りは、人間の形をしたものを吹き飛ばすのには十分な力があった。









「・・・・・・・・・」

 レイゼロールを吹き飛ばしたことを確認した影人は、結界の中心部まで移動した。

 見上げると、頂点部の部分に砕けたような跡がある。むろん、影人が外から蹴破った場所だ。

 影人は右手を掲げた。すると、右手から爆発的な闇の奔流が立ち上がり、空へ昇っていった。

 奔流は頂点部の影人が蹴破った場所から外に出る。その時点で奔流は全て空に上がった。

 上昇した闇の奔流はある一定の高度まで昇ると、突如、先鋭化した闇に変化し結界に降り注いだ。

「「「「!?」」」」

 その黒い雨は結界を破り、地上にまで降り注いだ。結界の破壊条件は、外から一定の衝撃を与えること。ならば確かにその方法は、結界を壊すのにはうってつけの方法だろう。

 だが、いかんせんその雨は殺傷力が高すぎた。

 その雨はコンクリートの地面に突き刺さるほどの鋭さを持っていた。

 突然訪れた事態に、傍観者であった4人は混乱した。

「無差別だ!? 野郎どういうつもりだよ!?」

「知らないよそんなこと! みんな避けろ!」

「よ、避けるってどこにですか!?」

「避ける場所なんてどこにも・・・・・・!」

 そうこうしているうちにも、闇でできた黒い雨は4人の場所に降り注ごうとしていた。当然だが、それは面による攻撃だ。それを避けるというのは、いかに光導姫と守護者といえども、不可能に近い。

 しかし次の瞬間、4人は光に包まれ姿を消した。








「・・・・・・! やっとか・・・・・・」

 破壊の雨が降り終わった後、影人はガクリと膝をついた。息が荒い。もう体力が限界だった。

(何だ・・・・・・いったい何が起こった? 誰が使?)

 レイゼロールに首を絞められていた時、影人は何かの意志のようなものを感じた。そこから体の自由をに奪われた。

 意識はあった。だから何が起きていたかは記憶にある。しかし、自分の身に何が起こったのかは全く分からない。

 そして今やっと体の自由が自分に戻ってきたというわけだ。

(結果的には上々だ。レイゼロールには一撃喰らわせたし、結界も完全に破壊できた。ただ、土壇場であいつらを危険な目に合わせちまった・・・・・・)

 一旦、その疑問は置いておくとして、影人は結果のことについて考えた。

 結界を完全に壊したことで、転移は可能になった。恐らく、光導姫の眼を通して事態を見守っていたソレイユが4人を転移させたのだろう。それにしてもタイミングはギリギリだったが。

 後でソレイユに感謝の言葉を言わねばならないだろう。癪ではあるが、そこは素直にならないといけない。

(ッ! そうだ、レイゼロールは・・・・・・!)

 自分の行為によって、周囲は中々にひどい破壊の跡が残っているが、それは仕方がないと割り切りレイゼロールが吹き飛んでいった方向に目を向ける。

 金の瞳でレイゼロールが飛ばされたであろう場所の周囲を見るが、レイゼロールの姿はどこにも見当たらなかった。

「逃げたのか・・・・・・?」

 離れた場所に血だまりが出来ていたが、それだけだった。周囲にレイゼロールの姿はない。ならば、レイゼロールもどこかに転移したのだろうか。レイゼロールは自分の影に沈みどこかへと消える事が出来ると影人は知っていたので、そう考えた。

(俺が結界を壊したことで、あいつも転移できたってわけか。まあ、元々あいつが展開した結界だから、自分で解除も出来ただろうけどな)

 ちなみにレイゼロールが退いてくれたのは、本当に助かった。レイゼロールがあの傷で退却することを優先してくれていなければ、自分は最終的には死んでいたかもしれないのだから。

「・・・・・流石に死んじゃいないだろうが、それにしてもエグい攻撃をしたもんだぜ」

 普通の人間ならまず間違いなく即死だ。何せ、斬って刺して蹴飛ばしてだ。そんなことをされれば、人間は間違いなく死ぬ。

「さて、これからどうするか・・・・・・」

 周囲の惨状から目を背けながら、影人は思考する。本来ならばソレイユと直接話したいことがあるのだが、あの事態を見ていたソレイユから何も語りかけてこないということは、ソレイユが話せない状況にあるということだろう。

(たぶん、ソレイユはあいつらを神界に転移させてその対応をしてるってとこだと思うが・・・・・・)

 影人がそんなことを思っていると、周囲がにわかに騒がしくなってきた。

 何事かと影人が周囲を見渡せば、まばらにだが人や車の姿が眼に入る。

「やべっ! そういや、あいつらがいないから結界がなくなってるのか・・・・・・!」

 ここは大通り、本来なら人通りが多い場所だ。人払いの結界を展開していた光導姫がいなくなった今、その効果はなくなり徐々に人が戻り始めてきたのだろう。

「三十六計逃げるにしかずだ・・・・・・!」

 影人は急いでその場から逃げ出した。








 影人の予想通り、陽華と明夜、アカツキはソレイユのいる神界へと転移していた。ただ、スケアクロウの姿だけはどこにも見当たらない。

「3人とも、大丈夫ですか!?」

 光が満ちる神界にソレイユの声が響く。

 その声と姿を見て、光導姫たちは驚きの声を上げる。

「そ、ソレイユ様!?」

「ど、どうしてソレイユ様が・・・・・?」

 陽華と明夜は訳が分からないといった表情を浮かべるが、アカツキだけは、まだ驚いてはいるものの、徐々に状況を理解していく。

「なるほど、そういう・・・・・・2人とも、ソレイユ様は僕たちの状況を見て、転移させてくれたんだよ。そうですよね? ソレイユ様」

「ええ、あなたの言うとおりです。光導姫アカツキ。私はあなたの眼と耳を通してあの状況を見守っていました。緊急事態だったとはいえ、あなたの眼と耳を共有させてもらってすみません」

 申し訳なさそうにそう言うと、ソレイユは頭を下げた。女神のその姿にアカツキは慌てたようにパタパタと手を振った。

「いやいや、そんなことで頭を下げないでください! そんなことは全く気にしてませんし、そのおかげで今こうやって僕たちは無事なんですから!」

 実際、ソレイユが転移させてくれなければ危なかった。スプリガンが放った黒い雨を防ぐ方法は少なくとも自分にはなかったのだから。

「そう言ってくれると助かります。・・・・・一応、言い訳をさせてもらうと、あなたたちの前にレイゼロールが現れた時に、転移させようとしたのですが、あの結界は転移ができない効果があったんです。なので、あの時しか、あなたたちを転移させることが出来なかったのです」

 ソレイユは光導姫たちに務めて自然にそう言った。内心では今すぐ傷を負い、暴力的な力を見せた影人と話をしたかったが、まずはこの3人の対応が先だ。

「そうだったんですか・・・・・あのソレイユ様、私達と一緒にいた守護者の人がいないいんですが、あの人はどうしたんでしょうか?」

 ソレイユの言葉に3人の光導姫は納得した。そして陽華がそんなことをソレイユに問いかけた。かかしも自分たちと同じ光に包まれたはずだが、かかしはどこにも見当たらない。

「ああ、守護者の彼ならラルバが転移させました。守護者は私の管轄ではないので、ラルバにしか転移はできないんです。同じように、ラルバも光導姫の転移はできません」

「そうですか、よかった・・・・・」

「ええ、そうね。安心したわ・・・・」

 その事を知らなかった陽華と明夜はホッと息を吐いた。2人とは違い、その事を知っていたアカツキはその部分に関しては心配していなかった。

「あの、ソレイユ様。1つだけいいですか?」

 明夜が毅然とした態度でソレイユに言葉を投げかける。その瞳には信念と不安が混じったような色があった。

「はい、何ですか?」

「ソレイユ様がずっとあの状況を見守ってくださっていたのなら、スプリガンの姿を初めて見たと思います」

「ええ、そうですね。私もスプリガンのことは、あなたたちから聞いていましたが、姿を見たのは初めてです」

 ソレイユは明夜の言葉にそう答えた。まあ、ソレイユは影人が初めて変身して、陽華と明夜を助けたときに、明夜の視覚をこっそり共有していて、その姿を確認していたから、これは嘘なのだが。

「その・・・・・・スプリガンは確かに闇の力を使うし、謎の人物です。ソレイユ様が転移させてくれなければ、スプリガンの放った黒い雨に貫かれていたかもしれません。・・・・・・・でも、スプリガンは悪い人では、敵ではないと思うんです」

 そこで明夜は大きく深呼吸した。確かに、レイゼロールとの戦いの終盤で、スプリガンは人が変わったようだった。そのスプリガンに恐怖を感じなかったと言えば嘘になる。

 だが、それ以前にスプリガンは何度も自分たちを助けてくれた恩人だ。その恩人のことを、明夜みやはソレイユに誤解してほしくなかった。

 ソレイユと、陽華、アカツキが静かに明夜のことを見守る中、明夜は言葉を続けた。

「スプリガンは何度も私達を助けてくれました。彼が私達を助けてくれた理由は分かりません。ですが、その事実に変わりはありません。だから・・・・・・・彼のことを危険だとか、悪くは思わないでほしいんです」

 いまいち言葉がまとまらない。自分の気持ちを全て言葉に表すのは何と難しいことだろう。ただ、ソレイユには自分の気持ちを正直に伝えたかったのだ。

「明夜・・・・・・・」

 陽華にも明夜の気持ちはわかる。陽華も明夜と同じく、何度もスプリガンに助けられた。その恩人をマイナスに思われるのは、つらいことだ。

「・・・・・・・私も同じ気持ちです。素性も何も知らないけど、スプリガンは私たちにとって恩人なんです。そのことをソレイユ様には分かっていてもらいたいんです」

 明夜の思いに続いて陽華も自分の気持ちをソレイユに伝えた。明夜も言った通り、後もう少しというところで、自分たちはスプリガンの攻撃を受けそうになったが、あの時のスプリガンは何か様子が変だった。そのせいでかはわからないが、スプリガンはあのような無差別攻撃を行ったのではないかと陽華は考えていた。

「2人とも・・・・・・」

 ソレイユはその言葉に思わず「ありがとう」と言いそうになった。たった1人で、誰にも言わず頼らず、正体を知られてはならない、という自分の無茶で理不尽な要求を守り、戦ってくれている少年のことを、陽華と明夜はその優しさをわかってくれている。その事実にソレイユの胸の内が温かくなる。

 だが、そんな言葉は口が裂けても言えない。自分とスプリガンが繋がっていることは誰にも知られてはならないのだ。それが自分の決めたルール。スプリガンはどの勢力にも属さない謎の人物、そのことに意味があるのだから。

「・・・・・・ソレイユ様、僕はこの2人ほどスプリガンのことは信用していないけど、決して悪い人ではないと思います。彼の意図はわかりませんが、結果的に僕たちを守ってくれていましたし」

 少し間を置いて、アカツキも口を開いた。アカツキは初めてスプリガンに出会ったが、話を聞いて自分が思っていた通り、悪い人物には思えなかった。

 まあ、最後に殺傷力のある雨を無差別に降らせてきたことには、ふざけるなと感じ軽く殺意は覚えたが。だが、結果的にいま自分はこうして無事なわけなので、そのことには目を瞑る。

「・・・・・・・そうですか。あなたたちがそう言うのなら、スプリガンのことは留意しておきましょう。またラルバと話し合うこともあるでしょうし、ラルバにあなたたちの考えを伝えておきます」

 少し険しい顔を作りながら、ソレイユはそう言った。表面上、あくまで自分はこのようなスタンスを取らねばならない。

「はい。お願いします」

「ありがとうございます、ソレイユ様」

 明夜と陽華はソレイユに頭を下げた。その真摯な態度は明夜と陽華の人柄を窺わせるものだった。

「頭を上げてください2人とも。あなたたちが頭を下げる必要はどこにもありません。一応、聞いておきますが3人とも怪我はないですか?」

「あ、それは大丈夫です。僕を含め、怪我をした光導姫はいませんよ。もちろん、かか――守護者も大丈夫です」

 ソレイユの問いかけにアカツキが答える。レイゼロールとはスプリガンが戦っていたし、闇奴との戦いで傷を負った者はいない。

「そうですか、それはよかった。では、今日はもう遅いのでこれくらいにしましょう。あなたたちを地上に送ります。送る座標はあなたたちが戦う前にいた場所になりますが、いいですか?」

 ソレイユの言葉に3人は頷いた。「では」とソレイユが言うと、3人の体が光に包まれ始めた。

「3人とも、今日はありがとうございました。そして、ごめんなさい。あなたたちが危険な時に私は何もして上げられなかった・・・・・・・」

 スプリガンが結界を完全に壊すまで、自分はただ見て聞くことしか出来なかった。3人は常に危険な状態だったし、最後は影人の攻撃にまきこまれそうになった。普段から命の危険がある光導姫という役割を、少女たちに押し付けている自分がそんなことを思うことすら烏滸おこがましいが、その言葉はソレイユの偽りのない本心だった。

「そんなことないですよ、ソレイユ様」

「そうですよ、ソレイユ様の優しさに私達はいつも助けられていますから!」

「あまり自分を卑下しないでくださいよ、女神さま?」

 明夜、陽華、アカツキがソレイユにそんな言葉を返した。その言葉にソレイユは少女たちの優しさを改めて感じると共に、自分への嫌悪感がさらに強まった。

(私はいつまで少女たちに戦いを強いるのかしら・・・・・・)

 そんな思いは毛ほども顔色に出さず、ソレイユは「ええ、ありがとう」と言って、3人が地上に戻るまで笑顔を作った。

 そして3人は完全に光に包まれると、地上へと戻っていった。

「・・・・・・・・・さて、まずは影人と少し話さなければなりませんね」

 影人も疲れているだろうが、彼はレイゼロールとの戦いで無視できない傷を負っていた。必要なら、傷の手当てのための措置を講じなければならない。

「――影人、聞こえますか」

 ソレイユは早速、影人との念話を開始した。










「――彼は危険だ」

「まあ、そうですよねー」

 一方、ラルバの神界のプライベート空間に飛ばされたスケアクロウは、ラルバとスプリガンのことについて話し合っていた。

 ラルバもソレイユと同じように、スケアクロウの眼を通してスプリガンとレイゼロールの戦いを観察していたのだ。

 その戦いを通して、ラルバがスプリガンに下した評価が今の言葉だった。

「ああ、それと転移してくれてありがとうございました。ぶっちゃけ、ヤバかったんですよ」

「それについては、俺が謝ることだよ。偶然とはいえ、君を巻き込むことない危険に巻き込んだんだから。本当にごめんよ、スケアクロウ」

「いえいえ、あなたが謝ることじゃないですから。にしても、あの人の強さは尋常じゃなかったっすよね。あれ、人間じゃないでしょう」

 主神の前でも、スケアクロウは軽薄な態度を崩さない。ただ、言葉遣いは少し違うが。

「ああ、レイゼロールと対等にやり合う時点で普通じゃない。しかも、あのレイゼロールにあれだけのダメージを与えたんだ。危険という他ないよ」

 戦いを見ていて、スプリガンについてわかったことはその尋常ではない戦闘能力だけだ。噂通りの闇の力に、圧倒的な身体能力。しかも依然、その目的も敵か味方かもわからない。

「彼の事については、全世界の光導姫と守護者に伝える必要があるな。今のところはスプリガンが出現した日本の守護者と、光導姫くらいしか彼の存在を伝えていないし」

「それがいいんじゃないですか?」

 ラルバの言葉にスケアクロウは適当に相づちを打った。神のそこら辺の判断にかかしは興味がなかった。

「うん、またソレイユと話し合わなきゃな。っと、ごめんよスケアクロウ。君を地上に送らなきゃならないね」

「あざっす、ラルバ様」

 ヘラヘラとした顔でぺこりと頭を下げるスケアクロウは、光に包まれていき、やがて完全にラルバの前から姿を消した。

「・・・・・・・スプリガン、奴はいったい何者なんだ?」

 その根源的な謎にラルバは頭を悩ませた。











「・・・・・・・あの感覚は何だったんだ?」

 自宅のベッドで影人はそんな言葉を漏らした。

 とりあえず、あの場から逃げた影人は変身を解除して自分の部屋へと戻っていた。

 つい先ほどまで、ソレイユと念話で話し合っていたのだが、詳しい話は後日、影人が神界に行ってすることになった。理由は、今日は影人が疲れているだろうからだそうだ。

「・・・・・・本当、今日は変な日だぜ。レイゼロールに斬られた肩の傷もいつの間にかなくなってるし」

 実は、ソレイユの1番の心配事項はそれだったようなのだが、影人が気づいていたときには、もうすでに傷はなくなっていた。影人はまだ闇の力を回復に当てるような芸当はできないし、本当に謎だ。

(まさか、誰かが俺の体を使いやがった時に、闇の力で傷を直したのか? あの時の俺はどういうわけか言葉なしで力を使えてたし、身体の常時強化も出来てたからな・・・・・・)

 全く分からない事だらけだ。本来ならもっと考えていたいが、強烈な眠気が影人を襲った。

(眠い・・・・・・今日は色々あったからな・・・・・)

 気づけば、影人はすうすうと規則的な寝息を立てていた。それも仕方が無い。今日は色々な事がありすぎたのだから。

 こうして影人の長い1日は終わった。

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