第21話 対決、レイゼロール(中)

 影人の渾身の一撃がレイゼロールに届くことはなかった。

 影人の攻撃をレイゼロールが同じく剣で受け止めたからだ。

「・・・・・・舐められたものだな」

「化け物かよ・・・・・!」

 半ば確信のあった一撃を軽々と受け止めたレイゼロールに、影人は思わずそんな言葉を吐き捨てる。

「・・・・・・・・我を誰だと思っている。闇の力の扱いは貴様などよりよほど心得ているぞ」

 そのままレイゼロールは信じられないような力で、ジリジリ、ジリジリと影人の剣を押し戻していく。

「っ・・・・・・!?」

 影人も全ての力を込めて、剣を押し戻そうとする。いわゆるつばぜり合いの状態と化したが、レイゼロールの剣は徐々に影人に迫ろうとしていた。

(こいつ、闇の力で身体能力を強化してやがるのか!?)

 レイゼロールの体から揺蕩たゆたう黒いオーラのようなものを見て、影人はレイゼロールの超力ちょうりきの原因を悟った。

(くそったれッ! 俺も一瞬だけ、一撃だけならレイゼロールと同じく闇で身体能力の強化は出来るが、常時は無理だ!)

 創造能力とは違い、闇を自らに纏わせるのは繊細なコントロールが求められる。一瞬ならどこかの部位に纏わせることはできるが、レイゼロールのように全体で常時となると、今の自分には不可能に近い。

 その思考の間にも剣はどんどん押し込まれていく。

「貴様はまだ闇の力の扱いが十分ではないようだな。我に押し込まれているこの状況こそがその証拠だ」

「言ってくれるな――闇よ、はじけろ!」

 力負けすると悟った影人は、剣を構成していた闇をあえて暴発させた。

 突然、構成を暴発させられた闇はそれを中心として衝撃波を発生させた。

「っ・・・・・・!?」

「ぐっ・・・・・!?」

 レイゼロールは身体を闇で強化していたので、ほとんどダメージを受けなかった。だが、突然の至近距離の衝撃波で、軽く後方に吹き飛ばされた。

 一方、スプリガンの身体能力が超人的とはいえ、レイゼロールのように闇で身体の強化を行っていなかった影人は無視できないダメージを負い、転がるように後ろに吹き飛ばされる。

「・・・・・・・・・ははっ、こいつは効くぜ」

 なんとか受け身を取り、少しふらつきながらも影人は距離が離れたレイゼロールに視線を向ける。

 全身に痛みが走るが、体は十分に動く。おそらく大丈夫だろう。

 今はそれよりも、プランを立て直す必要がある。

(近接戦ならと思ったが、それも厳しいと来た。なら、どうやってこの場を切り抜ける――?)

 自分の勝利条件は、後ろの4人を逃がすこと。そのためにはレイゼロールの隙を作り出すことがその勝利条件を満たすことに繋がると影人は考えていた。なぜ、そのことが勝利条件に繋がるかというと、影人が考えている方法は多少の時間を要するからだ。

 しかし、近接も厳しいとわかった今、その方法は難しい。

 残る方法は――

「・・・・・答えはシンプルだな。闇よ、剣と化せ。も1つ、闇の鎖よ」

 フェリートの時と同じ、ダメージを負わせて撤退させる。その方法しかないと考え直した影人は、闇の剣と虚空から伸びる鎖を再度召喚した。

(相手はレイゼロール。冗談抜きで超がつく強敵だ。そんな奴を撤退させるのは無理ゲーに近い。・・・・・だが、やるしかねえ)

 影人は静かに覚悟を固め直すと、再びレイゼロールに接近すべく駆けだした。

 その影人の動きに合わせ、5本ほど召喚された鋲付きの鎖も追尾するように影人の周囲を飛行する。

「来るか・・・・・・いいだろう、懲りずに近接を挑むというならば乗ってやる」

 レイゼロールもまた闇の腕のようなものを召喚すると、牽制のようにそれをスプリガンにけしかけた。

 影人はその対応に周囲の飛行していた鎖に任せた。同じ闇色の鎖と腕が激突する間、影人はレイゼロールに斬りかかる。

 レイゼロールは眉1つ動かさずその一撃を剣で受け止める。

 止められる事などは分かっていたので、次に影人は右袈裟に斬りかかる。

 だが、それも軽々とレイゼロールは反応する。

 そのまま、左袈裟、逆右袈裟、真一文字、逆左袈裟と怒濤の攻撃を仕掛けるが、影人の攻撃は全て受け止められる。

 今度はこちらの番とばかりに、レイゼロールもスプリガンに斬りかかる。レイゼロールは闇で身体能力を強化しているため、その剣を振るう腕や剣閃すらも常人では見ることすら敵わない超高速だ。おそらくこの攻撃はアカツキやスケアクロウも見て反応することは難しいだろう。

(見えるぜ・・・・・!)

 だが、スプリガンの金の瞳はその全ての攻撃の軌道がはっきりと見える。

 スプリガンの肉体の中でもこの眼という部位は特別だ。なぜならば、影人の仕事は見るという行為が非常に大切だからだ。

 そして見えるということは反応できるということでもある。

 通常の自分の肉体ならば例え、この攻撃が見えていても避けられるということは決してない。まず間違いなく影人の肉体の反応が間に合わない。そもそもスペック不足だ。

 しかし、スプリガンの肉体は光導姫や守護者と比較してもオーバースペックだ。その事実を影人は知らない。影人が知っているのは、力の使い方だけで自分と比較するだけのデータまでは与えられた知識の中にはなかったからだ。

 影人は金の瞳で攻撃を確認し、スプリガンの肉体で反応し、斬撃を自分の剣で受け止め、時には避ける。レイゼロールの一撃は非常に重いため、そこは剣を滑らせ受け流す。

(存外やれてるが、攻撃を凌げてるだけじゃ意味がねえ。ここから、どうやってこいつに一撃喰らわせる――?)

 ほんの少し殺意の色を灯らせた瞳をレイゼロールに向けながら、影人とレイゼロールの近接戦が幕を開けた。








(・・・・・・どういうことだ?)

 レイゼロールは剣を振るいながら、その胸中でこの不自然な事態に疑問を抱いていた。

 そもそも、まだという事がおかしいのだ。

 フェリートを退かせたということから、尋常ではない実力者ということは分かっていた。ゆえに、レイゼロールはこの戦いに手を抜いてはいない。

 そのためスプリガンをレイゼロールはすぐに殺せると考えていた。いくら自分がしたとはいえ、自分の力は――の力だ。たかだか、生物1体を殺すのに時間はかからないはずだった。

 だが、スプリガンはまだ生きている。そして闇で強化した自分の攻撃を受け流し、避けている。

(よほど眼が良いのだな。それに我の攻撃に反応する速度もそこらの光導姫・守護者とは一線を画している)

 スプリガンがレイゼロールの攻撃のほんのわずかな合間を縫って、反撃の刃を返してくる。レイゼロールはその攻撃を紙一重で避ける。

 レイゼロールは避ける動作とほぼノーモーションでスプリガンに剣による突きを放つ。しかし、それすらもスプリガンは反応してみせ、ギリギリでその攻撃を回避した。

(・・・・・・やはりこいつは危険だ。目的も何も分からないが、放っておけば脅威となる)

 レイゼロールは左手にもう1つ闇で出来た剣を出現させる。双剣となったレイゼロールは更に攻撃力を上げ、スプリガンに攻め立てる。

「ちっ! 闇の剣よっ!」

 その怒濤の攻めに対応するため、影人も左手に剣を出現させる。

 双剣対双剣。2人の剣戟は更に複雑に加熱する。

「・・・・・・かかし、君あの攻防が見えるかい?」

「さっぱりだ。あの2人、人外もいいところだな・・・・・・」

 スプリガンとレイゼロールの近接戦を見ていたアカツキとかかしは、半ば呆れたように、半ば畏怖の感情を感じさせる声音でそう言った。

(ああ、遠いなぁ・・・・・・)

 明夜は、いつかスプリガンを助けられるくらい強くなろうと言った。陽華も明夜と同じ気持ちだが、今のスプリガンと陽華では「強さ」というステージでは全く違う場所にいる。その差は果てしなく開いている。

(あなたのことが知りたい。あなたと話したい。あなたと共に戦いたい。・・・・・いつかあなたと同じ場所まで行けば、あなたのことが分かるのかな?)

 ギュウと胸を押さえ、陽華は今も戦っているスプリガンの背中に様々な感情の入り交じった視線を向ける。

 見守るだけの自分が嫌になる。だが、それが今の自分の立場だ。光導姫とは名ばかりで、これでは守られるだけの一般人と何も変わらない。

 そんなことは分かっている。今の自分なら仕方ないと心の中では分かっているはいるのだが、なかなか感情はそれを納得しない。

「・・・・・・頑張れ、スプリガン」

 スプリガンに守られている自分からすれば、それは無責任な言葉だ。そのことを分かっていながらも、陽華はその言葉を言わずにはいられなかった。











(まずい・・・・・・このままじゃ体力が保たねえ)

 双剣でレイゼロールと近接戦を演じながら、影人は徐々に動きが鈍くなってきていることを自覚した。今はまだなんとか保っているが、この状態がこのまま続けば自分はいつかレイゼロールから致命的な一撃を貰うことになるだろう。

 レイゼロールの体力がどれほどかは分からないが、動きは全く精彩を欠いていない。そろそろ勝負を決めに行かなければ、自分は負ける。

(だが、どうする? こうやって近接戦で奴の弱点や癖でも見つけられればとか、考えてたが、そんなものは見当たらない)

 影人がレイゼロールに近接戦を挑んだ理由は、強襲をかけるためだったが、レイゼロールが近接戦闘も出来るとわかり、それでもこうやって剣を交えた戦闘を行っているのは、できるだけ近くでレイゼロールを観察するのも目的の1つだった。

 だが、金の瞳の力を限界まで使ってもそんなものはなかった。むろん、影人が戦闘に関してずぶの素人ということもあって、戦闘のプロが影人と同じ瞳でレイゼロールを見れば、何か隙や弱点、癖を見つけられるかもしれない。

 しかし、影人には見つけられなかった。というのが、現実だ。

 そんな刹那の思考の間も、影人の体力は激しく消耗している。

 そして遂には、レイゼロールの剣が影人の体を掠めた。

「ちっ・・・・・・!」

「どうした? 動きが鈍くなっているぞ」

 外套を掠めた剣を振るいながら、レイゼロールは変わらず双剣による猛攻を続ける。レイゼロールが、わざわざそんなことを言ったのは、「お前の体力が長く保たないことは分かっている」とアピールするためだろう。

「性格の悪いやつだな・・・・・・!」

「・・・・・褒め言葉として受け取ってやろう」

 一気に勝負を決めに来たのか、レイゼロールの剣閃がさらに速くなる。

(まだ速くなるのか・・・・!?)

 さらに高速化したレイゼロールの動きを見極めるために、影人はさらに金の瞳を酷使する。

 そしてその結果、影人は急激に体力を消耗していく。

「っ・・・・・・・・!?」

 見る、ということはそれだけで体力を消費する。ましてや、影人のように集中して攻撃を食らわないように、眼を使いながら切り結んでいるならなおさらだ。

 少しずつ、少しずつ、影人の体に捌ききれない、避けきれないダメージが与えられていく。

 体から少量ではあるが、鮮血が飛び散っていく。

(ははっ・・・・・・・痛てえ。流石に敵の親玉はクソ強いな、俺の体力も、もうほとんどない。――なら、イチかバチかだ)

 影人は全ての集中力を、次の攻防に賭けるべく、瞳に集中させた。

 レイゼロールは左の剣を袈裟斬りに放ってくる。その攻撃を影人は右の剣で受け止めいなした。

 レイゼロールはそのまま受け流された左の剣を、手首のスナップで返し、真一文字に斬りかかる。

 それと同時にレイゼロールは右の剣を縦一文字に振りかぶった。

(同時攻撃。普通なら俺も両手の剣で対応しなきゃならないが――それじゃあ、だめだ)

 影人は正真正銘の賭けに出た。

 まず影人は自分の右の方から来る真一文字の攻撃に、左手を背に回して、

 宙を舞う闇色の剣はちょうど影人の右側面――つまりレイゼロールの左の横薙ぎの攻撃と影人の体の間に投げ出された。

「・・・・・・?」

「・・・・・・まあ、意味はわからないよな」

 あと数ミリでレイゼロールの斬撃が影人に触れるというタイミングで、影人は一言、言葉を紡ぐ。

「弾けろ」

 その言葉で放り投げられた剣は衝撃波を伴って弾けた。

「芸の無いことを・・・・・!」

 衝撃波が発生したのは、先ほどとは違い、中心ではなく左だ。左の攻撃こそ衝撃波によって弾かれたが、右手の縦一文字の攻撃はまだ生きている。

「・・・・・そう思ってるなら好都合だぜ」

 先ほどは飛ばされるために、わざと大きく飛ばされた。だが、今回はそれが目的ではない。

 できる限りの力を込め、影人は踏ん張る。しかし、それでも衝撃波の威力は凄まじく左に少し体は動いてしまう。

 そしてそれでよかった。

「なっ・・・・・・・!?」

 影人の体が衝撃波によってずれて移動したため、影人の頭上を狙っていたレイゼロールの一撃は、影人の肩口を切り裂くだけに留まった。

「ぐっ・・・・・!?」

 味わったことのない激痛が右の肩口に走る。が、影人は賭けに勝った。

レイゼロールの左手は衝撃波によってレイゼロールの斜め後方にある。右手も影人の肩口を切り裂き、攻撃は終えた。

 そこに影人の活路がある。

(肉を切らせて骨を断つ。2度とやりたくはねえがな)

 影人は斬られたことなどはお構いなしに、剣を両手で握り、逆左袈裟から思い切りレイゼロールに斬りかかった。

 それは不可避の一撃。影人の賭けの成果。

 影人の斬撃はレイゼロールに届いた。

 ――そう、

 ガキン、といま響くには不自然な音が鳴った。

「・・・・・・・・・・・あ?」

 まるで安いナイフで思い切り金属の柱を斬りつけたような感触。

 影人の闇の剣はレイゼロールの脇腹に当たっていただけだった。

「・・・・・・・何を呆けている?」

 レイゼロールが左手の剣を投げ捨て、その左手で思い切り影人の首を掴んだ。

「がはっ・・・・・・・!?」

 影人は首を片手で締められ、息を吐かされる。そして万力のような力でレイゼロールは、影人を持ち上げた。

「・・・・・・闇で身体能力を強化出来ると言うことは、体を闇で硬質化も出来るというのは道理だろう」

「っ・・・・・・っ・・・・・・!」

 息が出来ない。苦しい。その感覚が自分がいま死に向かっていることを実感させる。

(・・・・・こいつの、言うとおりだ。・・・・・・俺は焦って勝負を決めようとした)

 薄れゆく意識の中、影人はそんなことを考える。よく思い返してみれば、フェリートも自分の肉体を硬質化させることが出来ていた。なら、そのボスであるレイゼロールが同じ事を出来ないはずがない。そんなことを忘れるほど、自分は焦っていたのだろう。

「しかし・・・・・・手こずらせてくれた。結局、貴様の正体は分からずじまいだったが、今から死ぬお前にもう興味はない」

 凍えるようなアイスブルーの瞳に、何の感情も浮かべないまま、レイゼロールは左手に力を込め続ける。

 そして、チラリと陽華や明夜、アカツキやスケアクロウの方を見てこう呟いた。

「ふむ、ついでだ。やはりあいつらも消しておくか」

 影人からは見えないが、必死な形相で壁を叩き続けている2人――陽華と明夜の姿を確認してレイゼロールはこの後の行動を決めた。

 元々、フェリートにはあの2人の光導姫たちを始末するように言ったが、スプリガンのせいでそれは失敗に終わった。ならば、部下の失態を拭うのが主人である自分の矜持というものだろう。

 むろん、2人だけでなく残りの光導姫と守護者も消すが。

「では、そろそろ死ね」

 レイゼロールは右手の剣を水平にして、スプリガンに止めをさすべく、剣を突き刺そうとした。

(――ああ、)

 死がすぐそこに迫る中、影人が思ったのはそんなことだった。

 別に今ここで自分だけが死ぬのならばいい。悔いしかないが、それは功を焦った自分のミスだ。ならば、それは仕方が無い。

 しかし自分のせいで、守るべき対象であるあの2人が殺されるのだけは許容できない。そんな事実を抱えて死んでいくのは、

 レイゼロールの剣が無防備な自分に迫る。その攻撃を金の瞳はスローモーションに捉えていた。

(何でもいい・・・・・・こいつを壊せる力があれば、俺はそれを求める)

 守る力ではなく、壊す力。死の間際、影人が求めたのはその力だった。

 それは明確な殺意。人間の負の感情。そして、奇しくも闇の力と同じ負のエネルギー。

 そんな感情を最後に抱いた瞬間、


 影人の中で蠢いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る