第20話 対決、レイゼロール(上)

 派手な音を響かせて、結界は破られた。

 結界の頂点部が破られたことにより、月光が結界内に降り注ぐ。

 そして月光と共にその乱入者は現れた。

「「「「!?」」」」

 覚悟を決めてレイゼロールと戦おうとしていた4人は、突然の乱入者に驚きの表情を浮かべる。

「・・・・・・・・やはり現れたか」

 だが、レイゼロールだけはこの事態を予測していたのかそんな言葉を呟いただけだった。

 鍔の長い帽子に黒い外套をはためかせ、スプリガンは着地するための言葉を紡ぐ。

「――闇よ、俺を受け止めろ」

 その言葉の通り、影人の着地点になるであろう場所に闇が渦巻く。闇は弾力性のある固形となり、影人を受け止めた。

 勢いを殺したため、何のダメージを負わずに影人は着地に成功する。影人が着地した場所はちょうど、レイゼロールとアカツキ、陽華、明夜、スケアクロウの中間地点であった。

「スプリガン・・・・・・!」

 その名を呼ぶのがまるで彼女の役目かのように陽華が言葉を発する。

 やはり、やはり生きていた。フェリートとの戦い以来姿を確認できていなかったスプリガンを見て、陽華は心のどこかにあった不安が霧散していくのを感じた。

「・・・・・やっぱり無事だったのね」

 そしてそれは明夜も同じだった。フェリートとの戦いで明夜はあわやというところをスプリガンに助けられた。そんな恩人が無事だと分かったのは、やはり嬉しい。

「・・・・・・へえー、彼が」

 初めてスプリガンに遭遇したアカツキは、レイゼロールの警戒をしつつも興味深そうにスプリガンを眺める。いつか出会ってみたいと言ったが、まさかこんなに早く件の人物に出会えるとは思っていなかった。

「・・・・・・・・・」

 ただ、かかしだけはジッとスプリガンを見つめるだけだった。最初こそ他の3人と同じく驚いていたかかしだったが、すぐに冷静さを取り戻すと、いつもの軽薄さはどこへやら、観察者の目でスプリガンに注視していた。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 お互いに言葉を発さず、スプリガンとレイゼロールは視線を交わす。

 スプリガンは金の瞳、レイゼロールはその凍えるようなアイスブルーの瞳を。

「・・・・・・・スプリガン、今1度問おう。お前は何者だ?」

 先に言葉を発したのはレイゼロールだった。その言葉は前にレイゼロールが影人にしたものと全く同じものだった。

「・・・・・・言ったはずだぜ、スプリガンだってな」

 その問いに影人は前と同じくそう答えた。自分の、スプリガンの情報はむやみに与えない。それは自分が徹底しなければいけない点だからだ。

「・・・・・・・話す気はないか。では――お前を殺す」

「・・・・・・・やれるものならやってみろ」

 唐突な殺人宣言に影人は不敵な笑みを浮かべた。

「――が、その前にだ」

 影人は後方にいる4人の方に右手だけを向けた。

「拒絶の壁よ、そそり立て」

 頭の中でイメージし、言葉に出すことで闇に形を与える。影人がそう呟いた直後、影人と4人の間に巨大な闇の壁が作られた。

これで影人と4人は隔てられた。

「っ!? スプリガン!?」

 陽華がどういうことかと壁を叩く。スプリガンが作った壁はレイゼロールの結界と同じく、少しぼやけるが向こう側が見えるタイプのものなので、スプリガンやレイゼロールの姿は確認できた。

「うーん、この壁も結界と同じで破るのは難しそうだね。といっても、この結界も彼が破った頂点部だけしか壊れてないし、はてさてどうしたものかな」

 アカツキは先輩の光導姫らしく、冷静に自分たちの置かれた状況を再度確認する。この状況では慌てるだけ無駄というものだ。

「・・・・・・私たちは邪魔ってことね」

 明夜にはスプリガンの目的が分からない。しかし、彼は過去2回と同じように自分たちが危険な時に助けてくれた。そして今回もそうだ。

 だが、スプリガンは誰も信じてはいないのだろう。その証拠がこの壁だ。

 明夜はスプリガンがそう思っていることが悲しくもあるし、また助けられる自分の力不足にどうしようもない怒りを覚えた。

「・・・・・・確かにこりゃ闇の力だな」

 かかしはスプリガンの作った壁に触れ、スプリガンが闇の力を使うという噂を確認した。そして、確認し終えると視線をスプリガンの背中に向けた。

(見せてもらうぜ、あんたの実力ってやつを)

 スケアクロウは心の中でそう呟き、事態の経過を観察した。







「――造兵」

 先に仕掛けたのはレイゼロールだった。

 レイゼロールが手を軽く振るうと、地面から闇で作られた骸骨兵が数体出現した。

 槍や剣を携えた造兵たちは、ケタケタと歯を鳴らしながら影人に襲いかかる。

「闇よ、拳銃と化せ」

 影人はフェリート戦で使用した2丁拳銃を闇でこしらえると、闇色の弾丸を骸骨兵に掃射した。

 弾丸を受けながらも、こちらに向かってくる造兵たちに舌打ちをしながら、影人は最初に向かってきた造兵に蹴りをお見舞いする。

 身体能力が強化された蹴りにより造兵は吹き飛ばされる。

 造兵の槍による突き、剣による斬撃を避けながら、影人は至近距離で拳銃の引き金を引く。弾切れのない拳銃の弾丸を至近距離から浴びせられた造兵たちは闇で出来た骨を砕かれ地に伏せていく。

「形状変化、日本刀」

 影人は右の拳銃を日本刀に変化させると、1直線にレイゼロールめがけて地面を蹴った。

「ふん・・・・・・・」

 レイゼロールが、再び手を真横に振るうとさらに闇色の骸骨兵たちが召喚される。

 先ほどと同じように影人に襲いかかってくる造兵を影人は、左の拳銃で、右の日本刀で対応する。

 まず向かってきた造兵に日本刀を真一文字に振るう。この闇で作った日本刀も質量はあるため、普段の影人が持てばかなり重いだろうが、スプリガン状態の影人ならば片手で振るうことも可能だ。

 その一撃で造兵の頭と胴体をお別れさせる。左から襲ってきた造兵に対しては、2、3発ほど引き金を引いて、無効化する。

「ちっ、闇の鎖よ」

 流石に捌くのが面倒になってきたので、虚空からびょう付きの鎖を召喚する。

 鎖は造兵たちに巻きつき、鋲はコンクリートの地面を突き破り地中深くに固定される。これで造兵はその場を動くことができなくなった。

「一騎討ちといくか、レイゼロール」

「抜かせ、小童こわっぱ

 影人がガンアンドブレードの装備で、レイゼロールとの距離を詰めようとする。

 しかし、

 レイゼロールの背後の虚空から無数に伸びる腕のようなものが、それを阻止しようと影人に襲いかかる。

「造兵」

 パチンとレイゼロールが指を鳴らせば、さらに無数の造兵たちが召喚される。ケタケタと影人を嘲笑うかのように音を立てながら、造兵たちは各々の武器を構える。

「っ!? 形状変化、双剣!」

 伸びてきた腕に対応するため、日本刀と銃を軽く小回りのきく双剣に変化させる。

 さらに造兵たちに対応するため虚空から伸びる鋲付きの鎖の数を増やした。

「――シッ!」

 短く息を吐き、影人は自分に迫る腕を両手の双剣で切り裂いていく。

 造兵は鎖をある程度オート操作にして対応。自分は無数に伸びてくる腕をただただ斬って斬って斬りまくる。

(落ち着け、冷静にやれば対応できるはずだ)

 力の使い方も、変身時の体のスペックも自分は知識として知っている。冷静に対応すればこの程度の攻撃なら凌げる。

(俺の勝利条件は、あいつらを逃すこと。その方法は考えてある)

 この結界が現れた時、ソレイユはこの結界がどういうものなのか自分の目を通して解析したと言っていた。

 その結果によれば、この結界は内側からの破壊は不可能。この結界内では転移が不可能。それがこの結界の効果だとソレイユは言っていた。

 だからあの4人をこの結界内から出すか、この結界を完全に壊せば、あの4人は転移が可能になる。

(今のところ、レイゼロールはあいつらをどうこうしようとは思っていない。それは幸いだな)

 結界と影人の壁の間に閉じ込められた4人をチラリと見て、そう考える。その思考の間にも影人は闇で出来た腕を次々と切り裂いていく。

(一瞬の隙でいい。それさえ作れれば、俺の勝利条件は満たせる)

 勝つ必要はない。いま自分がするのは負けないように立ち回り、という姿勢を見せること。

 しかし、この状況はそれ以前の問題だ。レイゼロールから隙を作るためには、近接しかない。影人はそう考えていてた。

「・・・・・・ままならねえな」

 強引なやり方で博打の要素はあるが、レイゼロールの一方的攻撃という状況を打破するため、影人は全ての鎖を腕の対応に当てた。








「・・・・・・すごいね、彼。よくあの攻撃の物量を凌げるな」

「そこは同意だな。つってもあの力も相当ヤバイぜ。見たところ物質創造能力みたいだが、汎用性がハンパじゃない」

 鬼神の如き動きでレイゼロールの攻撃を捌くスプリガンに、アカツキとかかしはそう呟いた。

「よくあの造兵を簡単にぶっ潰せるぜ。あいつら1体1体かなり強いのによ・・・・・」

「え、とてもそうには見えませんけど・・・・・・」

 かかしが呆れたように言った言葉に、陽華が反応した。スプリガンに軽々やられていく造兵たちは、いわゆる雑魚のようにしか見えない。

「普通に強いよ。僕とかかしはこの前レイゼロールと戦ったけど、あの造兵を召喚された。あいつら見た目は雑魚のくせに、かなり強くてね。僕たちはだいぶ苦戦した」

 アカツキが陽華の言葉に答える。アカツキとかかしが戦ったのは、レイゼロールが都心に出現したとき、すなわち陽華と明夜がフェリートと戦っていた時だ。

 だからアカツキとかかしは先ほどから冷や汗が止まらない。それは恐怖からくるものではない。ランカーだからこそわかる。レイゼロールと戦ったからこそわかる。

 スプリガンがどれほどデタラメに強いかが。

(能力もとんでもないけど、身体能力も尋常じゃない。それにあの動き、全部見えていないと、あの動きは出来ないだろうね。・・・・・・・彼の目的は分からないけど、戦いたくはないな)

 アカツキはスプリガンを分析しながら、そんなことを考えた。

(・・・・・でもやっぱり、悪い人ではない気がするな。この壁だって僕たちを閉じ込めるためじゃなくて、僕たちをレイゼロールから守るためのものだろうし。それに・・・・何て言うのかな。彼を、なぜか信用できる気がする)

 それはただ自分がそう感じただけであって、何の証拠もない憶測だ。しかし、そこには言葉では説明できない確信のようなものがあった。

「・・・・・・・ねえ、レッドシャイン」

「なに? ブルーシャイン?」

 口を真一文字に結び、スプリガンの戦いを見ていた明夜が、拳を握りしめて言葉を続けた。

「・・・・・・・私たち強くなろう。あの人に守ってもらわないように、あの人を助けられるくらいに強くなろう」

 月下明夜はクールビューティー風のポンコツ女子だ。だが、彼女は義理堅く芯のある、そう言う面ではしっかりとした女子でもある。

 だから彼女はスプリガンに助けられっぱなしのというのが我慢ならない。というか納得いかないのだろう。幼馴染である陽華には明夜の性格が手に取るようにわかる。

「・・・・・・・うん、そうだね。2人で一緒に強くなろう」

 陽華が明夜の手を握る。明夜も陽華の手を握り返す。新たな決意を固めた2人は静かにスプリガンとレイゼロールの戦いを見守った。








 鎖を腕の対応に回したため、造兵たちが四方八方から影人めがけて襲いかかってくる。

(博打といくか・・・・・・・)

 影人は姿勢を低くして体を捻る。そして造兵たちが攻撃を行うギリギリのタイミングを見計らって、両の手の双剣を思い切り振る。

 スプリガン状態の全力の一撃で周囲の造兵はまとめて切り刻まれてゆく。

「――闇よ、俺の足に纏え」

 その隙に影人はイメージに形を与えるべく、言葉を紡ぐ。

 影人の力は闇。それは形のない力。ゆえに全てに変わる力。影人はその力を主に武器などの物質の創造に当てているが、この結界を破るために先ほど闇の力を自分の足に纏わせて破壊の力に変えた。

 ならば今度はそれを瞬発力に変えればいい。

 造兵をあえて自分に集中させ一気に潰すことで、レイゼロールの元への1直線の道が開かれた。

 そして爆発的な瞬発力で影人は駆けた。

「っ・・・・・・!」

 そのあまりの加速にスプリガン状態の肉体が軋むような音を立てる。この強引すぎる近接に持ち込む方法は、フェリートを真似たものだが、元が純粋な人間の自分にはやはり厳しかったようだ。

 だがそのおかげで、影人は信じられないような速度で駆けることができた。

 普通の人間ならば絶対に反応できないような超速度。さらに両手を前方で交差させ、影人は双剣を思い切りレイゼロールに投擲とうてきする。

「ちっ・・・・・」

 レイゼロールは軽く舌打ちをすると、自分に向かってくる双剣を新たに呼び出した闇の腕で止めた。

「闇よ、剣と化せ――!」

 右手に新たな剣を創造し、影人はレイゼロールの懐へ潜り込むことに成功した。

「っ・・・・・!」

 レイゼロールが双剣に刹那の対応の時間を割いたことで、影人はレイゼロールに接近することに成功した。レイゼロールがその無表情なおもてに初めて感情の色を灯す。

(いきなりの近接戦だ! 遠距離ばかりの攻撃しかしてこなかったお前に、この一撃は対応できない!)

 影人は剣を両手で持ち左から振りかぶり、真一文字の一撃を繰り出した。

 超加速からの一撃。この一撃でレイゼロールが死ぬなどということはないだろうが、フェリートと同じようにダメージは負うはずだ。それでレイゼロールが撤退すればよし。徹底せずともダメージを負ったレイゼロールなら、どこかで隙を見せるはずだ。

 影人の一撃がレイゼロールを捉える。そう影人が確信した瞬間、レイゼロールはぽつりと言葉を漏らした。

「――まさか貴様、私が近接で戦えないとでも思っていたのか?」

 ガキンィィィィィィン、と硬い物と硬い物がぶつかったかのような音が響いた。

「ッ!?」

 影人の渾身の一撃はレイゼロールが、いつの間にか握っていた剣に受け止められていた。

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