第19話 蹴撃のスプリガン
「何だ? あれ・・・・・・」
それに最初に気づいたのはアカツキだった。
浄化された中年男性が気を失って前のめりに倒れた。そこで奇妙な事が起こる。
突如、倒れた男性の背中から黒い
「あ・・・・・・?」
かかしもその黒い靄のようなものに気がついたのか、疑問の声を上げる。陽華と明夜もかかしの上げた声に続いてそれに気がついたようだ。
「何あれ?」
「イカスミの集合体?」
明夜が少しずれたような感想を漏らす。陽華が「そんなわけないでしょ」とツッコミを入れている間に、状況は変化した。
黒い靄のような集合体は一瞬の内に、それを中心として半ドーム状に広がった。
「な・・・・・・!?」
それは一瞬の出来事だった。ゆえに4人は何か行動を起こす前に、そのドームの内側に閉じ込められた。
「くっそ! 一体何だってんだよ!?」
この異常な事態にかかしの雰囲気は先ほどの戦闘と同じように、緊張感のあるものへと変わった。そして守護者らしく、何が起こっても対応できるよう光導姫たちの前に移動する。
「さあね・・・・・! ただ不測の事態なことは間違いないよ!」
「明夜!」
「陽華!」
光導姫の3人も密集して1カ所に固まり、周囲に最大限の気を配る。
観察してみると、この半ドームのようなものは目測なので正確な大きさは分からないが、半径150メートルほどだろうか。かなりの大きさだ。
「・・・・これ、何なんですかね?」
「分からない。けど、見た感じこれは結界みたいなものかな。僕らを閉じ込めるための」
陽華の疑問にアカツキが自分の見解を答える。なにぶん、アカツキも初めての事態なので、この半ドーム形状のようなものが何なのか正確には分からない。
大通りの車道のど真ん中で警戒しながら周囲を観察する。ドームを通して外の景色は少しぼやけているが、見える。ただ、それ以外の情報は全くとしてわからない。
「3人とも。少し試したいことがあるから、離れてくれるかな?」
アカツキが陽華、明夜、かかしにそう伝えると3人はわかったという風に頷いた。
「ありがと、じゃあ始めるね」
3人が自分の回りから離れたのを確認すると、アカツキは上を見上げた。
黒い膜のようなもので覆われた半ドーム状の結界の頂点部、地上から離れたそこを狙って、アカツキは集中した。
「風の
アカツキの周辺に風が渦巻く。剣を腰だめに構え、1点を見据える。
浄化の力を宿した風が剣に集中し始める。この技は自分に浄化の風を纏う風の旅人形態でしか使えない。
「――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
裂帛の気合いと共にアカツキがその剣を逆袈裟に振るう。
するとその軌道を描いた剣先から風の斬撃が放たれた。
その斬撃はそのまま頂点部を目指して飛んでいき、遂にはそこに激突した。
シュバァァァァァァァァァァァァァァァァン
派手な音を奏でながら頂点部に激突した斬撃。アカツキの渾身の攻撃によって結界は破られたか、4人がそのことを確認しようとしばらく頂点部を眺める。
しかし、斬撃と激突する前と何ら変わらず、頂点部は閉じたままだった。
「・・・・・・はあー、ダメだね。やっぱ内側からは破れないように出来てる」
「あんたのアレでびくともしてねえからな。面倒なもんだぜ」
アカツキがため息をつきながら剣を持った右手を下げる。スケアクロウもお手上げといった感じで首を横に振る。
「・・・・・・うわー、すごい。人間って斬撃飛ばせるんだね」
「普通の人間には無理よ。とは言っても、飛ぶ斬撃ってやっぱりロマンあるわよね」
一方、陽華と明夜はアカツキの放った斬撃についての感想を漏らしていた。少しずれた感想なのはご
「しかし分からないな。僕たちをここに閉じ込めて、一体何がしたいんだ?」
「俺らはレイゼロールと敵対してる勢力だ。理由ならいくらでもありそうなもんだが、確かに明確な目的はわからねえな」
2人がこの状況を分析しようと意見を交換しているその時、倒れている男性の横にポッカリとした昏い穴が出現した。
「「「「!?」」」」
新たな現象に4人は各々の武器を構える。
「今度は何だ?」
「全く厄日だよ、今日は・・・・・!」
コツ・・・・・・コツとその昏い穴から何かが歩いてくるような音が聞こえてくる。
「も、もしかして・・・・・幽霊?」
「違うわ。よ、レッドシャイン。だって幽霊に足はないもの」
「・・・・・・ははっ、あんたら大した奴らだよ」
新人の光導姫の言葉に思わず呆れたような言葉を送るかかし。軽薄と言われる彼もこの状況で流石に軽口は叩けない。
コツコツ、コツコツとだんだん音が近づいてきた。
「・・・・・・鬼が出るか蛇が出るか」
アカツキがほんの少しだけ、口元をつり上げる。
そしていよいよその音の正体が昏い穴の向こうから、現れた。
「・・・・・・・・」
白い髪に西洋風の黒い喪服。穴から現れたその女に4人は目を見開く。
「おいおい・・・・! 嘘だろ・・・・!」
「ははっ、鬼か蛇の方がはるかにマシだね・・・・!」
アカツキとかかしは最悪の敵の登場に汗を滲ませた。
陽華と明夜は初めてスプリガンが現れた時以来に相まみえた宿敵の名を呼んだ。
「「レイゼロール・・・・・・!」」
顕現したのは考え得る限り最悪の人物だった。
『っ・・・・・・!? これは・・・・・!?』
「今度は何だ? ソレイユ」
影人が眼下の光景を目にしながら、ソレイユに話しかけた。
突然の事態に影人と視覚を共有していたらしいソレイユも戸惑っていたし、影人も何が何だかわからない。
しかも外からは中の様子は見えないので、これでは中で何が起こっているか分からない。
ソレイユとこの事態にどう対応するか話し合っていたときに、ソレイユが何かに気づいたのだ。
『レイゼロールです! レイゼロールがあの中に現れました!』
「・・・・・・どういうことだよ」
これには影人も冷や汗を流しながら、中の見えない闇色のドームのようなものに鋭い視線を向ける。
『私はあのドームのようなものが出現したと同時に光導姫アカツキの視覚を共有しました。そして昏い穴の中から突然レイゼロールが出てきたのです。・・・・・・もしかして、転移? 今の彼女にまだそんな力が――』
「・・・・・事情は分かった。で、俺はどうすればいい」
後半は独り言のようになっていたソレイユに影人は指示を仰ぐ。結局、いま自分は何をすればいいのか。
『・・・・・そうですね、レイゼロールの目的が何かはわかりません。ゆえに、リスキーではありますが少し様子を見ます』
少し思案してソレイユは自らの考えを影人に伝える。ソレイユとは違い、中の様子が見えない影人はその考えに異を唱える。
「それは楽観的過ぎねえか? 相手はレイゼロールだ。俺はあいつの戦闘能力を知らねえけど、敵の親玉ってことはそれなりに強いはずだろ? なら俺が突撃をかけて――」
『あなたの気持ちは分かります。しかし、まずはレイゼロールの目的、それを明らかにする必要があります。緊急事態のため、視覚の共有だけでなく、聴覚の共有も解放します。これでレイゼロールの声も光導姫アカツキを通して私にも聞こえ――』
「だから俺が言ってるのはそういうことじゃ――」
影人が苛立ったような声でソレイユの言葉に声を挟もうとするが、ソレイユは少し強めの口調でそのまま話を続けた。
『分かっていると言ったはずです影人。私とて光導姫や守護者がレイゼロールと戦闘を始めていれば、すぐにあなたに助けに行ってほしいと指示していたでしょう。しかし今のところ、レイゼロールは何も仕掛けてはいません。だから危険ではありますが、様子を見ようと言ったのです』
「・・・・・・・それならそうと言ってくれ。俺には中の様子が見えないんだ」
『それはそうでしたね。すみません影人』
はあとため息を吐くと、影人は自分にとってブラックボックスと化しているドームを見る。見えないと言うのは不便なことだ。
「・・・・・・何か起こりそうなら教えろよ」
『はい。ありがとうございます』
「・・・・・・・奴はいないか」
レイゼロールが周囲を見渡し、ポツリとそんな言葉を漏らした。
奴、というのが誰のことを指しているかは分からないが、レイゼロールはその人物を探している?
レイゼロールの言葉から情報を読み取ろうとするが、アカツキにはそれ以上のことはわからない。
「一体、何の用なの! レイゼロール」
「私たちと戦いにでも来たのかしら?」
陽華と明夜が物怖じしない姿勢でレイゼロールにそう言った。
(この2人、本当たいした奴らだよ・・・・・・)
陽華と明夜の姿を近くで見ていたスケアクロウは心の底からそう思った。
普通の人間はレイゼロールと相対すれば、アカツキや自分のようにただただ最大限の警戒をしてレイゼロールには話しかけないだろう。
しかし、この2人はレイゼロールに対して全く物怖じしていない。それが勇気か蛮勇かは分からないが、誰にでも出来ることではない。
「・・・・・・・今日は貴様らに用はない。
氷のような眼差しで陽華と明夜を見ながら、レイゼロールはそう答えた。
「・・・・・じゃあ、お言葉だけど、僕たちをこの結界に閉じ込めた理由は何なのかな? 僕たちに用がないならさっさとこれ解いてほしいんだけど」
2人に続き、アカツキもレイゼロールに話しかける。この前の戦闘でレイゼロールにはこの人数では絶対に勝てないと分かっているアカツキからしてみれば、この言葉でレイゼロールの気分を害さないか心配だったが、それは杞憂だった。
「・・・・・・それは出来んな。お前達は奴を釣るための餌だ」
「・・・・・・奴? 一体だれのことだい?」
先ほどから心臓がバクバクとうるさいが、できる限り情報を集めようとアカツキはレイゼロールと言葉を交わす。どうやらレイゼロールの目的は自分たちを使って誰かをおびき出すことらしい。
「お前達が知る必要はない。だが、そうだな――5分だけ待とう。5分を過ぎれば、お前達を殺す」
「「「「ッ!!」」」」
レイゼロールの突然の宣言に4人は臨戦態勢になる。そんな4人にどうでもよさげな視線を向け、レイゼロールは話を続ける。
「その間に我に攻撃を仕掛けてくるなら、我は先にお前達を殺そう。・・・・・・・・しかし、誓ってやろう。5分間お前達が何も仕掛けてこなければ、我も何もしない。では、ここから5分だ」
それは奇妙な提案だった。陽華、明夜、暁理、かかしの4人にはレイゼロールの考えが分からない。
(・・・・レイゼロールは誰かが現れるのを待ってる? でも一体だれを?)
アカツキは思考を止めない。レイゼロールの目的は大体わかった。しかし、肝心の誰を待っているか、それがわからない。
まだ疑問はある。この結界は先ほどアカツキが試したように、内側からは破れない。もちろん、レイゼロールならばこの結界を解くことはできるだろう。
アカツキの疑問は、外側からならこの結界は破れるのかということだ。
レイゼロールは自分たちを餌に誰かを待っている。ならばここに来るためには、結界を破らなければならない。当然ながらその誰かは結界の外から来るだろう。ということは、結界は外からならば破壊できるか、入れることが前提条件となる。
(光導姫である僕や朝宮さん、月下さんがいるから人払いの結界はまだ機能している。当たり前だけど、レイゼロールが待っているのは一般人じゃない)
そこから導き出せる答えは、光導姫もしくは守護者のような特別な力を持つ者をレイゼロールは待っているということだ。
(考えろ。レイゼロールは僕たちが餌だと言った。なら餌にたり得る理由があるはずだ)
レイゼロールが5分と宣言してから、すでに時間は進んでいる。レイゼロールの力を知っているアカツキとかかしはむやみに攻撃を仕掛けない。すれば、レイゼロールは宣言通り自分たちを殺すだろう。
陽華と明夜の2人も自分たちが攻撃を仕掛けないからか、レイゼロールをただ睨むだけで何もしない。アカツキが考えるに、それは正しい判断だ。
自分たちが餌たり得る理由。まず自分については何の心当たりもない。そこでまず自分を除外して考える。
残りはかかしと陽華、明夜の3人。この3人の中にレイゼロールが餌と判断した者がいるはずだ。
(でも一体誰だ? かかしのことは僕には何も分からない。残りの2人について僕が知っていることは、2人とも新人の光導姫でフェリートに襲われたことくらいしか――)
そこで何かが引っかかった。
(フェリートと戦った。そこに付属する情報は――)
脳裏に蘇るのは河川敷での陽華と明夜、光司との会話。それにこの前に出会ったとき、かかしが自分にした話。
(もしかして――!)
アカツキはレイゼロールが誰をおびき出そうとしているか1つ見当をつけた。
「・・・・・・レイゼロール、君の目的はスプリガンだね?」
アカツキの言葉に他の3人は驚きの表情を浮かべた。ただ、純粋な驚きではなく、その顔色には、なぜといった疑問の色も含まれていた。
「・・・・・・・・さあな。――5分だ、仕方ない。お前達の命をいただこう」
レイゼロールの瞳に殺意の色が宿る。これは覚悟を決めてやるしかないと4人が行動を起こそうとしたその瞬間、
パリィィィィィィィィィィィィン
という音を響かせ、結界の頂点部が派手に破られた。
『――影人、レイゼロールの目的が分かりました。レイゼロールの目的は、あなたです』
アカツキの視覚と聴覚を共有しているソレイユは、アカツキよりも速くその答えに辿り着いた。
「・・・・・俺?」
レイゼロールの目的が自分と言われて、意味がわからない影人はオウム返しのようにそう聞き返した。
『ええ、レイゼロールは4人を餌だと言いました。あの中でレイゼロールの餌になり得るのは、過去2回スプリガンに助けられた陽華と明夜の2人です』
「・・・・・つまりこいつは俺をおびき出す罠ってことか」
ちっと舌打ちをして、スプリガンは苛立った。
自分は彼女たちを助けるのが仕事だ。そんな影から彼女たちを助ける自分が原因で、レイゼロールに利用されるのは本末転倒であり、この状況が自分のせいというならば苛立ちもするというものだ。
『しかも事態は最悪になりました。レイゼロールは5分後あなたが現れなければ、4人を殺す気です・・・・・』
「おい、そういうことは先に言え! ならすぐにあれブチ破って――」
その情報に影人は声を荒げる。すぐに行動を起こそうとするが、ソレイユから待ったの声がかかる。
『待ってください影人ッ! いくらあなたでも危険です! 相手はレイゼロール、死にますよあなた!?』
それは影人が初めて聞くソレイユの慟哭であった。いつもの少しふざけた声でもなければ、慈愛に満ちた声でもない。ソレイユのむき出しの感情であった。
『私はあなたを失うわけにはいかないんです! レイゼロールとあなたが戦えば、あなたは殺されるでしょう! 弱体化しているとはいえ、それくらいの力は彼女にはあるのです! だから――!』
「――だから行くなってか?」
『っ!?』
影人は屋上の鉄柵に足を掛ける。少しバランスを崩せば、すぐに落下するが、身体能力が強化されている分、バランス感覚も強化されているので余程のことが無い限り落ちるということはないだろう。
「じゃあ、どうする? 今からお前が光導姫に招集をかけるか? 守護者の神に掛け合って守護者に来てもらうか? 無理だな、お前が転移させても残りの時間じゃ間に合わない」
それは冷静な分析であり、どうしようもない事実だった。
しかしそれでもとソレイユは言葉を投げかけようとする。
『分かっています! 分かっていますよ! けど、それでもこれはあなたを釣るための罠です! 行けばあなたは!!』
「それでも行くのが俺の仕事だ。・・・・・・お前から力を与えられたな」
ゆっくりとソレイユに語りかけるように影人はその言葉を口に出す。そして少しだけ口元を緩ませて、影人は言葉を続ける。
「万が一、俺が死んでもお前は気にするな。それは俺のミスだからな。・・・・・ま、死ぬ気はもちろんない。なんとかあいつらを助けるさ」
金の瞳で見上げるは、空に浮かぶ月。その月を見上げながら、最後の言葉をソレイユに伝える。
「・・・・・・・・確証はない。けどお前には信じてほしい。だから行かせてくれ、ソレイユ」
『・・・・・・・・・・・・ずるいですね、あなたは』
しばらくして、ソレイユが言った。
「悪いな、性格がこんなもんでね」
『ふふっ、知っていますよ。・・・・・・・信じていいんですね?』
「・・・・・・任せろ」
ソレイユの念押しに影人は静かに、しかし折れない意志を感じさせる声でそう答えた。
『・・・・・・・分かりました、あなたを信じましょう。帰城影人、いえスプリガン。1つだけアドバイスです。あの結界は一定の衝撃を外から与えれば、破れるはずです』
「了解だ。なら行ってくるぜ」
『それからもう1つだけ。本当にありがとう、あなたにとっては不幸以外の何ものでもないでしょうが、私はあなたを選んで良かった。心の底からそう思います』
それはソレイユの本心だった。そんな思春期真っ只中の影人にとって、小っ恥ずかしい言葉に少し顔を赤くさせながら、ぶっきらぼうな少年は言葉を返す。
「・・・・・・・・けっ、俺は今でもこんな危なっかしい仕事を辞めたいぜ」
スプリガンの身体能力をフルに活用し、影人は夜空に跳躍した。
宙に舞った影人は、飛距離が地上から最大になったところで、真っ逆さまの姿勢になる。
「――闇の
自分の足元、といっても空中にだが、闇色の板のようなものを出現させ、それを両足で思いっきり蹴る。
その勢いにより、凄まじいスピードと化した影人は猛速で結界に近づいていく。
「へっ・・・・・・・!」
半ばヤケクソな笑みを浮かべながら、影人は空中で1回転。これで自分の姿勢はこのまま行けば、足からあの結界の頂点部に激突するだろう。
そしてそれが影人の狙いだった。
「闇よ! 俺の足に纏え!」
突き出した右足の靴底に夜の闇よりなお濃い闇が集束する。
ぶっつけ本番のイメージ。
そして影人の一撃が結界を破った。
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