第17話 奸計

「おいおい、何を言い出すかと思えば。俺を疑ってるのかい、しえら」

 夕日が差し込む喫茶店「しえら」にラルバのおどけたような声が響いた。

 影人も去った今、店内にはこの店の店主であるしえらと守護者の神、ラルバしかいない。そのためだろうか、ラルバの声はどこか空虚に聞こえる。

「・・・・・・・」

 ラルバの反応にしえらはただただラルバを見つめてくるだけだ。その目は猜疑の色を多分に含んでいた。

「確かに俺の所にもそういった噂は流れてきたさ。でも考えてみてくれよ。そもそも光導姫以外に闇奴は倒せない。その闇奴や闇人を狩る、つまりなんて事が出来る奴がいるなら、それこそ今までの常識がひっくり返るぜ」

 ラルバがミルクティーを啜り、片目を瞑りながら答えを返す。そのキザな仕草がラルバにはどこかとても様になっていた。

「そもそもウチの4位は見た目こそ黒フードだし、獲物も大鎌だから俺が機知ウイットに富んだ意味も込めて『死神』って名前を授けたんだ。そこに特別な意味はないし、そいつが4位と特徴が被っているからといって俺を疑うのはちょっと短絡的すぎやしないか? 一応、俺は神だし、あいつは守護者だ。そんなことをする意味はないはずだろ」

「・・・・・・・そうね、別に言ってみただけ。気にしないで」

 ラルバの説明にしえらは意外にもあっさりと引き下がった。その態度の変わりようにラルバは思わず頭をガクッと下げた。

「・・・・・・・おいおい、俺が言うのもおかしいけど、それでいいのかよ」

「・・・・・・言ったでしょ、言ってみただけだって。そもそも私、あなたのこと信用してないから・・・・・」

「はっきり言うねえ・・・・・・」

 しえらの物言いにラルバは苦笑するしかない。

 ラルバはしえらのとのつき合いは、が未だに彼女にはこの通り信用されていない。その理由は、ラルバにも思い当たるふしは数個あるが、正確にはまだわかっていない。

「ま、その件は俺もできるだけ調べてみるよ。つっても今の所、噂の範囲を出てないけど。それよりも、俺が気になってるのはもう1つの件だ」

 打って変わって、急に真剣な表情になるラルバ。それは今まで見せていた気の良い青年の表情ではなく、何千年も生きる神としての表情だった。

「・・・・・・もう1つの件?」

「しえらもこっちは知らないか。まあ、それもそうかな。そいつが確認されたのは、本当につい最近だから」

「・・・・・・待って、店を閉めるから」

 ラルバの真剣な雰囲気を悟ったしえらが、その細く白い腕で店の前に「closed」のプレートを立てかける。当然店じまいには早いが、仕方ないだろう。

 店を閉めたこともあり、しえらはラルバの隣の席に腰掛けた。至近距離からしえらの濡れたような艶やかな髪と、その対比のように白すぎる肌を見たラルバは思わず、感嘆の声を漏らした。

「・・・・・しえらって本当きれいだよね」

「・・・・・閉め出すわよ」

「ごめんごめん。・・・・・なら話そうか」

 どうやらラルバの言葉はお気に召さなかったようだ。ラルバはしえらに店を追い出される前にそのもう1つの件、スプリガンのことについてしえらに話した。

 最近現れたもう1人の謎の人物について、ラルバが知ってる範囲のことを全て話し終えると、しえらは考え込むような素振りをした。

「・・・・・・・なるほど、確かにそれは怪人。でも、少なくともその人は光導姫を2回も助けてる。闇の力は確かに気になるけど、そこまで警戒する必要があるの?」

「しえらの意見はわかるよ。でも、くだんの彼の目的や素性が謎に包まれている間は俺は警戒するべきだと思う。それが光導姫を守る守護者の神としての判断だ」

 しえらの言い分を尊重しつつも、ラルバは自分の考えを曲げる気はさらさらなかった。しえらもラルバの口調からそのことを悟ったのか、何も言ってはこなかった。

「・・・・・・そう。色々と難しいわね」

「ああ、全くだよ」

 しえらの感想にラルバは疲れたような笑みを浮かべた。









「てめぇ・・・・・! 俺になにをしやがった!?」

 闇夜。日本は東京の郊外。

 自分の胸を右手で押さえながら、中年一歩手前の男は目の前の西洋風の喪服を纏った女を睨み付けた。

 男はいわゆるクズであった。その刹那的な性格から強盗殺人をしたこともあり、自分のギャンブル代のために、お年寄りから詐欺で金を巻き上げる。そしてまだ警察には捕まっていない。そんな男だった。

「・・・・・・答える義理はないな、人間」

 凍えるような声音で西洋風の喪服を纏った女――レイゼロールは目の前の男にそう告げた。

「ふざけんなよ! てめえ!!」

 夜道を歩いてたら、突然この女に男は体に。しかし、体には傷や穴も空いていなければ、血も出ていない。その非現実さに男は混乱していた。

 そして男はレイゼロールの心底どうでもよさそうな態度に極度の怒りを感じた。右手を大きく後ろに振りかぶる。男はレイゼロールの顔めがけてその拳を放つ。

「・・・・・・・随分と生きの良い奴だ」

 しかし、

「なっ・・・・・・・!?」

 レイゼロールが一瞥しただけで、その拳はピタリと空間に固定されたように制止した。

「な、何だよこれ!? 一体どうなって――」

「・・・・・・うるさい。死にたくなければその口を今すぐ閉ざせ」

「っ・・・・・・・!?」

 その言葉を聞いた瞬間、先ほどまでの威勢が嘘のように男は顔を青ざめ、口を閉じた。

 本能が理解した。この女は躊躇無くその言葉を実行すると。そして自分を殺すことなど他愛のないことだと。

 男は初めて心の底から本当の恐怖を味わった。

「・・・・・・存外、物わかりがいい」

 レイゼロールが温度のない瞳で男を見る。恐怖で言語を禁じられた男にレイゼロールは1人でに話し続ける。

「貴様の濁った欲望を利用させてもらう。貴様の役割は、簡単に言えばだな。・・・・・・・以上だ」

 パチン、とレイゼロールは指を鳴らした。

 すると、

「ぐっ・・・・・・!? あ、あああああああああああああああああああああああああ!!」

 男は突然大声を上げ苦しみ始めた。

 そして男の肉体が徐々に変化していく。それは内側から自らの欲望、すなわち人間の負の側面のエネルギーの暴走が原因だった。

「・・・・・・・・・・」

 レイゼロールは懐から拳1つ分ほどの不思議な石のようなものを取り出した。その石のようなものが不思議というのは、その色だった。

 それは色が8~9割ほどが黒く染まり、残りは透明という何とも奇妙な色の割合だ。

 レイゼロールはその石のようなものを肉体が変化していく男の方に近づける。すると、男から黒い粒子のようなものが吹き出し、その粒子はレイゼロールの持つ石のようなものに吸い込まれていく。

 1つ変化が訪れた。それは微々たるものではあるが、石のようなものの黒の割合がほんの少しだけ増したのだ。

「・・・・・ふむ」

 もう用がないとばかりに、レイゼロールはその石のような不思議な物質を大事そうに懐に戻した。

 そしてレイゼロールは肉体が完全に変化した男に目を向ける。完全に人ではなくなったその怪物は、光導姫や守護者が闇奴と呼ぶものだった。

「・・・・・後は好きにしろ」

「・・・・・・!」

 レイゼロールの言葉を理解したのか、闇奴は欲望と衝動のままどこかへと走り去っていった。

「・・・・・・・くっ」

 残されたレイゼロールはふらついたように近くの電柱に手をつけた。

「・・・・・少し力を使いすぎたか」

 先ほどのでレイゼロールはかなりの力のリソースを割いた。このような事だけでふらつく自分の貧弱さが情けなくもあり、腹立たしい。

「・・・・・・当然か。我の力はあの時より――」

 自嘲めいた言葉を吐きながら、レイゼロールはその場から姿を消した。







「! 闇奴ですか・・・・・・」

 ソレイユは東京郊外に闇奴が発生した気配を神界で察知した。

 今回出現した闇奴は気配が通常の闇奴よりも少し大きい。おそらく獣人タイプだろうとソレイユは考えた。

(陽華と明夜の担当範囲でありますが、2人では少し荷が重いかしら?)

 ソレイユは陽華と明夜が歴代でも最高の光導姫としての素質があると考えているが、彼女たちはまだ経験と実力が圧倒的に足りていない。光導姫になってまだ1ヶ月少しなのだから当然と言えば当然だ。

(守護者の彼がいるとはいえ、実際に浄化するのは2人ですし――ッ!)

 逡巡している間にソレイユは闇奴の周囲に結界が展開されていることに気がついた。そしてそれは光導姫と闇奴が戦闘に入ったことを意味している。

「一体誰が・・・・・・?」

 ソレイユは光導姫の気配を探る。それは気配というよりかは、光導姫ごとに違う力のパターンなどが複合した一種の識別信号のようなものなのだが、ソレイユは自らの権能の1つとしてそれらを知り、探ることができる。

(なるほど。いま闇奴と対峙しているのは光導姫アカツキ)

 すぐに光導姫のランキングが記されたウインドウを出現させ、上から順に目を通す。すると25位の欄にアカツキの名前が記されていた。

「やはり彼女はランカーでしたか。それならば――」

 ソレイユは陽華と明夜に闇奴出現を知らせる合図を送ることを決めた。

 そして彼女たちを影から助ける者――スプリガンこと帰城影人にも。









「全く、面倒な偶然に巻き込まれたな!」

 エメラルドグリーンのフードが特徴的な光導姫、アカツキはそう毒づきながら壮麗な剣を振るっていた。

「――!」

 よく分からない声を上げながら、おそらく獣人タイプであろう闇奴はその鋭い爪でアカツキの剣を受け止めた。

「ちっ!」

 アカツキは1度バックステップで距離を取ると、その合成獣のような奇怪な見た目の闇奴を睨め付けた。

 光導姫アカツキ――早川暁理はたまたまこの町の大通りをぶらりと歩いていた。コンビニにちょっとしたお菓子を買いに行こうとしていた所、突然大通りにこの闇奴が現れたのだ。

 当然、いきなり現れた闇奴という怪物に人々は大混乱かと思われたが、そこはたまたまいた暁理が光導姫に変身し、人々は展開された人払いの結界の効果により、闇奴のことなど眼中にないように、無意識のうちに結界の範囲外へと避難した。つくづく便利な結界だと暁理は思い知らされたものだ。

「しっかし、厄介だな・・・・・・」

 稀にこのような見た目の闇奴と戦うことがあるが、この闇奴のように奇妙な見た目の闇奴は通常の闇奴より強く厄介と相場が決まっている。アカツキもこのキメラのような闇奴と対峙したのはこれで3度目だ。

「・・・・ま、泣き言は言ってられないけどね」

 アカツキは不敵な笑みを浮かべると、再び剣を構えて闇奴に肉薄した。

 しかし、そこで後方から突如声が響いた。

「アカツキさん! 避けてっ!」

「ッ!?」

 その聞き覚えのある声に反応したアカツキは自らの光導姫としての力、風の力を利用して自らの体を横に移動させる。

「――!」

 すると、氷弾ひょうだんが飛来し闇奴に直撃する。闇奴は相変わらずよくわからない声を上げ、よろめいた。

「今のは――」

 アカツキは氷弾が放たれたであろう方向を振り向き、その姿を見ると風の力を利用し、彼女たちの近くまで移動した。

「やあ、ブルーシャインにレッドシャイン。この前ぶりだね」

「はい、アカツキさん!」

「ええ、そうね」

 アカツキの言葉に光導姫レッドシャインとブルーシャインこと朝宮陽華と月下明夜はそろって言葉を返した。

「あれ? でも何でアカツキさんがいるんですか? 私たちがソレイユ様から合図が送られたってことは、あの闇奴は私たちの担当なんですよね?」

 陽華が不思議そうにアカツキに問いかける。その質問にアカツキは手短に答えようとした。

「ああ、それはね――」

「――!」

 しかしアカツキが質問に答えようとしたとき、闇奴が怒り狂ったように、自らの背中から生えている片翼の翼から鋭い羽のようなものを飛ばしてきた。

「っ! 話は後だ!」

「「はい!」」

 アカツキと陽華と明夜はその攻撃をなんとか避ける。

 だが、その鋭い羽は尽きる気配なく3人に降り注ぐ。

「くそっ! 本当に厄介な奴だよッ!」

 アカツキが風の力を利用して羽に対しての逆風を作る。その結果、その刃のような羽は途中で勢いを失い、地に落ちる。

「ありがとう、アカツキさん」

「どういたしまして――と、それより守護者の彼は今日は一緒じゃないんだね」

 明夜のお礼の言葉に暁理はニコリと笑い、ついでに2人に軽い質問をする。その間にも闇奴は羽を飛ばしてきているが、それらは全てアカツキの力により無効化されている。ゆえに少しの時間ならあるというわけだ。

 アカツキがこのような質問をした理由はかかしの言葉を思い出したからだ。スプリガンなる謎の人物の警戒ゆえに、守護者は闇奴・闇人との戦闘に必ずいなくてはならない。少しニュアンスが違うがかかしが言っていたのはそのような事だった。

「そうなんですよね。いつもは大体現場で合流するんですけど、今日はまだ姿が見えなくて――」

 陽華が自分もなぜだかわからないといった感じでアカツキの質問に答えた。

「それはまた何でだろうね」

 アカツキがそんな言葉を漏らすと、その質問に答えるかのように男の声が後方から聞こえてきた。

「ああ、それは俺がいるからだと思うぜ」

「・・・・・・・・なるほど、合点がいったよ」

 そのどこか軽薄さを含んだ声を聞いて、アカツキはその人物が誰だか理解した。全く今日は声だけでよく誰が誰だかわかる日のようだ。

 陽華と明夜が不思議そうにその人物を見ていると、アカツキは振り返ってその人物の名を呼んだ。

「またもや君ってわけだ、かかし」

「だーかーら、俺の守護者名はスケアクロウだって言ってんだろう?」

 そこにいたのはどこか軽薄な守護者だった。

 

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