第14話 理由

「――と、さっきまでの僕の変な行動の理由は以上になるかな!!」

 無理矢理に笑顔を浮かべてアカツキは再度自らの行動の言い訳を行った。結局、謎の視線は自分の勘違いだったし、アカツキはそれを「視線を感じたが虫だった」というこれまた苦しい言い訳をした。冷静に考えて虫の視線を感じるなどいうのはそれはそれでヤバイ奴なのだが、この時のアカツキは簡単に言うとめちゃくちゃテンパっていた。

 普通ならそんな言い訳は嘘と見抜くだろうが、お人好しでどこか単純な陽華と明夜はアカツキの嘘を信じた。

「うわぁ・・・・・・すっごいですね! 虫の視線を感じ取れるなんて私にはできないですよ!」

「そうね・・・・・・あなたのような人を、人は達人と呼ぶのでしょうね」

 陽華はキラキラとした目をアカツキに向け、明夜は尊敬の眼差しでアカツキを見つめた。

 もし影人がこの会話を聞いていれば、2秒でこの2人をバカと認定して絶対に詐欺に引っかかるタイプだと断定していただろう。そもそも人は虫の視線を感じ取れるような人間を達人とは絶対に呼ばない。全国の達人と呼ばれる人々に失礼である。

 現に光司は「あはは・・・・・」と苦笑いを浮かべている。

「ええっと・・・・・コホン! 改めての改めてだけど、自己紹介をするね。僕は光導姫ランキング25位の光導姫名、アカツキ。変な出会いになっちゃったけどよろしくね!」

 まさか自分の嘘を真に受けるとは思っていなかったアカツキは、困惑しながらもようやく自分の自己紹介を終えた。全くこんなに自己紹介に時間がかかったのは、人生で初めてだ。

 ちなみに、光司や暁理の自己紹介を見て分かる通り、光導姫や守護者は本名を名乗らないのがルールというか決まりである。基本的に名乗るのはランキングに名がある場合はその順位、そして光導姫名や守護者名だ。

 陽華と明夜、光司はお互いが知り合いという関係上、変身していても本名で呼び合うがそれは特殊な例だ。

「あ、ええと、光導姫名レッドシャインです! ランキングにはたぶん載ってません! よろしくお願いします!」

「同じく光導姫名ブルーシャインです。よ――レッドシャインと一緒で恐らくそのランキングには載ってませんが、どうぞよろしく」

 2人も空気を読んだのか本名ではなく光導姫名を名乗った。影人がこの自己紹介を聞いていれば、「そういやそんな名前だったな」と、どうでもよさそうな顔をするだろう。

 2人の本名を知っている、というか学校が同じ暁理はそんなことは全く知らないといった感じで返事を返した。

「よろしく2人とも。ところで、もしかしてなんだけど、君たちは新人かい?」

 かかしが言っていた守護者が光司だとわかったため、暁理は光司と共にいる陽華と明夜がフェリートと戦った新人の光導姫ではないかと予想した。

「あ、はい。私達まだ光導姫になって1ヶ月ちょっとなんですけど、どうして分かったんですか?」

 陽華がキョトンとしたような顔でそう聞き返す。陽華の答えを聞いた暁理は「なるほど」と言葉を続けた。

「じゃあ、君たちがフェリートと戦った新人というわけだ」

「え!? どうして知ってるんですか!?」

 陽華が驚きの声を上げるが、明夜も驚いたような顔をしている。ただ、光司だけは暁理がその事を知っていても、表情を崩さなかった。まあ、それも当然だろう。ラルバにその事を報告し、情報が広まるようにしたのは光司なのだから。

「なに、知り合いの守護者から聞いてね。君たちと10位の彼がフェリートとかいう最上位の闇人に襲われたって。改めて大丈夫だったかい? 何でもスプリガンとかいう人物に助けられたらしいけど」

 暁理が気遣いの意味を込めて2人にそう言った。暁理の優しい言葉に明夜が「ええ」と言葉を返す。

「・・・・・・私はあわや命を失うところだったけど、彼がスプリガンが助けてくれたおかげで今もこうして生きてるいるんです」

「私もスプリガンに助けられました。・・・・・でも、彼があの後どうなったかは私たちにはわからないんです。それだけが不安で・・・・」

 明夜と陽華の様子を見た暁理は、かかしから聞いたスプリガンなる者の情報を思い出していた。曰く、光導姫を二度助け闇の力を扱う闇人の可能性もある謎の人物。そのため、いま闇奴との戦闘にはどんなに危険度が低くても守護者が光導姫のボディーガードとして来ることになっている、と。

 守護者はその名前の通り光導姫のボディーガードではないのかというツッコミがあるかもしれないが、確かに守護者は光導姫を守る者だが、今回のような場合は保険としてのボディーガードの意味が強い。

 暁理は2人の様子を見ていると、かかしというかラルバのこの方針は杞憂な気がしてならない。2人の、当事者の話を聞いていると、例え闇の力を使うとしてもスプリガンはやはりいい人という感想しか出てこない。

「そっか、いい人なんだねそのスプリガンって人は。一度、僕も会ってみたいよ」

 暁理があははと笑いながらそんなことを言うと、今まで話を聞いていた光司が突然その口を開いた。

「・・・・・・それは危険ですよ。光導姫アカツキ」

「こう――騎士くん?」

 真剣な眼差しの光司に陽華が思わず本名で呼びかけるが、暁理がいるため守護者名で光司の名を呼ぶ。その顔は何を言っているかわからないといった表情だ。

「そのことを知っているなら、あなたは知っているはずです。あの男、スプリガンが闇の力を使った闇人の疑いがあると」

「スプリガンが闇人・・・・・?」

 明夜がそれはどういった意味だというように言葉を漏らす。明夜からしてみれば、最初こそ陽華の命を助けてくれた少々ぶっきらぼうな人物だったが、今では自分の命も助けてくれた恩人である。その恩人を光司はあのフェリートと同じ闇人かもしれないと言っているのだ。

「・・・・・・それがあの時の言葉の意味だったんだね」

 一方、陽華はフェリートから逃げ出した後に光司が言っていた言葉を思い出した。「スプリガンをあまり信用しないほうがいい」陽華にはその言葉の意味は分からなかった。しかし、その意味が今の光司の言葉でわかった。

「・・・・・・確かにあの男は光導姫を2度も助けた。だが、僕は見た。彼の力は今まで僕が戦ってきた闇人と同じ闇の力だ。なら彼を警戒するのは当然だ」

 光司は決してスプリガンが嫌いだからなどという理由でそのようなことを言っているわけではない。光司には守護者として光導姫を守る義務と使命がある。そのような点から光司は不審な人物に注意を払うべきだと言っているのだ。それは守護者として何も間違っていない正当な意見だった。

 だが、陽華と明夜にしてみればスプリガンは恩人だ。ゆえに2人は光司のその言い分に何か言いたげな顔をしている。

(あちゃー、ちょっとまずいこと言っちゃたかな?)

 その場の空気があまりよくないことを感じとった暁理は、少し慌てたように話題を変えた。

「と、ところで2人は今年に光導姫になったんだよね? なら夏に研修を受けないとね」

 暁理は話題振りのつもりでそう言ったのだが、当の2人はキョトンとした顔で暁理に聞き返した。

「あの、研修って?」

「何のことですか?」

 2人のその様子に暁理は「あれ?」と声を上げる。どうやら2人は研修のことを何も知らないようだ。

「ソレイユ様から聞いてない? 新人の光導姫は夏に研修を受けないといけないんだ。一応、そこで光導姫の特訓的なことや色々な情報を教えてもらったりするんだよ」

「・・・・・・懐かしいな。僕も去年受けたよ」

 光司も空気を読んだのか暁理の話題に乗ってくる。そして、その目を懐かしそうに細めた。

「え!? そうなんですか!?」

「私とレッドシャインは何も聞いてませんけど・・・・・」

 その初耳の情報に陽華と明夜は今日一番の驚きの表情を浮かべた。夏といえばもうすぐではないか。

「ど、どうしよう明夜! 私達どこでいつ行けばいいか聞いてないよ!?」

「お、落ち着きなさい陽華。ま、またソレイユ様に聞きに行けばいいのよ」

 あまりのテンパり具合に2人は本名でお互いのことを呼び合っているが、そのことに2人は気がついていない。暁理は2人の本名を元々知っているからよかったが、少々迂闊な行為と言えるだろう。

「大丈夫だよ2人とも。研修は決まって8月、夏休みに開催されるしその場所ももう決まってるから。まあ、詳しい日程なんかはまたソレイユ様が教えてくれると思うよ」

 研修はほとんどが学生の光導姫・守護者が時間の取れる夏休みの8月に開催される。これは光導姫だけでなく守護者も含まれる。まあ、研修を受けなければいけない者は、ある条件に当てはまっている者だけなのだが。

 暁理の言葉を聞いた2人はとりあえず研修がまだ先なことにホッとしたような表情を浮かべている。

「しっかし、君はすごいね。1年でランキング10位って・・・・・・かかしが君は化け物だって言ってたよ。でも、そんな君も研修を受けたってことは学校には行かなかったんだね」

 暁理が光司の方を見る。実際1年でランキング10位とは本当にすごいことだ。なにせ全世界の守護者ランキングで10位ということなのだから。そう言った意味ではアカツキは光導姫ランキングで全世界25位なので密かな自慢である。

「ええ、僕が守護者になったのは去年の4月ですけど、その頃はもう学校も決まっていましたしね。・・・・・・それにあそこは守護者や光導姫にとっては特殊な場所ですから。僕は普通の学生生活を望んでいましたしね」

 暁理は興味本位で光司があの学校に行かなかった理由を探ってみたが、どうやらそのような理由らしい。まあ、もっともだ。

 ちなみに研修を受けなければいけない光導姫・守護者はその学校に所属していない者が対象だ。

「あの、学校って・・・・・・?」

 陽華が何が何だかわからないといった感じで質問してくる。研修も知らなかったようだからその質問も当然だろうと、暁理は説明した。

「君たちが研修を受ける学校のことだよ。まあ、そこはちょっと特殊な学校でね。簡単に言えば、政府公認の光導姫・守護者のための学校ってところかな」

「「えーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」」

 陽華と明夜の絶叫が河川敷に響いた。








「ん? 何だ・・・・・?」

 橋の歩道にもたれ掛かっていた影人はどこからか聞こえてきた叫び声のようなものを聞いて、疑問の声を放った。

 まあ、おそらくその声から陽華と明夜ということくらいは影人にもわかったのだが、2人が何に驚いてそのような声を上げたのかは分からなかった。

「・・・・・・どうでもいいから、あいつら早く帰らねえかな」

 変身を解除した影人は車も人もいない橋の歩道で1人ため息をついた。

 今は歩道の壁にもたれ掛かっているから外から影人の姿は見えないが、移動するとなると当然、明夜や陽華、光司にあの勘の良い謎の光導姫たちにも自分の姿が見える。あの4人がいる場所からこの橋が離れているとはいえ、見つからないという保証はない。

 ゆえに影人は動けずにいる。影人が学校に戻るためには、あの4人がさっさと変身を解除して帰ってもらうしかないのだ。(陽華と明夜、光司は影人と同じで学校に戻るのだが、それは時間をずらせばいいだけだ)

「・・・・・・5時間目には戻りてえな」

 昼飯を食べていない腹がグゥと鳴った。








「そ、そんな学校があるんですか・・・・・・?」

「は、初耳だわ・・・・・・!」

 暁理が話した情報にびっくら仰天の陽華と明夜。2人の様子に暁理はニッコリとした表情を浮かべた。

「いいリアクションだね。まあ、僕も初めて聞いた時は驚いたよ。そんな学校があるだなんてね。でも、その学校表向きは普通の学校なんだよ。当たり前っちゃ当たり前なんだけどね」

「そうなんだ。でも場所は東京都内だからけっこう近いよ。2人は都立の扇陣おうじん高校って聞いた事ないかな? そこがその学校なんだ」

 暁理の説明を引き継ぐように光司が詳しい情報を2人に伝えた。光司の言葉を聞いた2人はその首を横に振った。

「ごめん私は知らない。私たち高校決めたの家からの近さだったから・・・・・」

「ええ。ちょうど家の近くに公立で私とレッドシャインが行けそうな偏差値の高校があったからそこ一本で受験したしね」

(わかるわー)

 2人が風洛を受けた理由が自分と全く同じだったため、暁理は内心うんうんと頷いた。

「でも、光導姫と守護者のための学校ってもちろんですけど一般には伏せられてるんですよね? ならその情報はどうやって知るんですか?」

 陽華が最もな疑問を投げかけてくる。その質問に答えたのは光司だった。

「光導姫や守護者になればソレイユ様、ラルバ様経由で国に知らされる。僕たちの場合は日本政府にだね。だから国は全ての光導姫・守護者を把握している。そこで高校受験を控えている中学生たちが光導姫・守護者になった場合は、家にそれとなく扇陣高校のパンフレットが届くんだ。そしてその中に本人しかわからないように情報が書かれているってわけだよ」

「あ、そうそう。高校生から光導姫になった人物の所にも、一応パンフレットは届くよ。転校しませんかってことでね。僕の所にも去年届いたし、ちなみに転校するといろんな特典付き。2人はまだ届いていないみたいだし、そろそろ届くんじゃない?」

 暁理が補足を入れる。その説明を聞いた2人はコクコクと首を縦に振りながら目を輝かせている。

「へぇ・・・・・・! すごいなー! ね、なんだかどうしようもなくワクワクしてこない!?」

「そうね! ちなみに聞きたいんですけどその特典ってどんなものなんです?」

 明夜が気になるといった感じでそんなことを聞いてきた。実は特典の内容をあまり覚えていなかった暁理は光司の顔を見た。

「えーと確か学費の全額免除は覚えてるんだけど・・・・・10位くん覚えてない?」

「僕もそこまではあまり覚えてませんね・・・・・あと学食が全てタダになる、じゃなかったでしょうか?」

「あー、そんなのもあったね。と、ごめんよ2人とも。今のところわかってるのはこれくらいで後はパンフレットで確認してほしい」

 暁理が手を合わせてごめんといった表情で2人に向き直る。そんな暁理に陽華と明夜は感謝の言葉を述べる。

「いえ、ありがとうございます! すっごい特典ですね、特に学食代がタダって・・・・・うう、転校しちゃいそう」

「まあ、あなたならそうでしょうね・・・・・・でも学費の免除もすごい。家計は大助かりよ」

 陽華はじゅるりとよだれが垂れそうになるのを我慢するように口元を拭った。どうやら何か妄想でもしていたようだ。明夜はまるでお母さんかのような意見である。

「あはは・・・・・・まあ、転校するしないは本人の自由だよ。実際に転校する人は多いって聞くけど、僕や彼みたいに転校しない人もいるからね」

 レッドシャインの正体を知っている暁理としては、陽華が学食代タダに並々ならぬ反応を示すのはわかっていたので、少し苦笑いだ。

「・・・・・・・・うん?」

「「「「ッ!」」」」

 突然、そのような声が聞こえ、4人は咄嗟とっさに闇奴化して気を失っていた男子中学生を見た。どうやら意識を取り戻しつつあるようだ。見ると、狸型の闇奴になっていた人物も「ううん・・・・」とうなされたような声を上げている。

「まずいな、ちょっと長居しすぎたみたいだ。じゃあね、3人とも! 機会があればまた会おう!」

 そう言い残して、アカツキは風のように去って行った。正直、学校ですれ違ったりはするだろうが、アカツキは自分の正体を3人に教えるつもりはなかったのでそのような言葉になった。

 後に残された3人も慌てたようにこの場を去ろうした。

「と、とりあえずここを離れよう!」

「そうね、変身は離れた所で解けばいいし!」

「だね、なら風洛に戻ろうか」

 すたこらさっさと3人は学校に戻るべく駆けだした。

 これにて光導姫と守護者の世間話はたまた井戸端会議のようなものは幕を閉じた。











「・・・・・・・はあ、ハードな一日だった」

 放課後、暁理さとりはクタクタになりながら帰路についていた。結局、今日は先生には午後の授業に遅刻したことを怒られるし、それにまさかあの3人が光導姫と守護者だとは思いもよらなかった。もちろん肉体的疲労もあるので、精神的も肉体的にもどちら共に疲労している。

(しかし、世界は狭いなー)

 今日あった出来事を思い出し暁理はそんなことを考える。帰り際に陽華と光司を見かけたが、2人とも元気いっぱいそうだった。ええい、奴らの体力は底なしか。

「・・・・・・ま、3人ともアカツキの正体が僕だとは思ってもいないだろうけどね」

 一応、風洛高校では自分も多少は知られている。その理由は暁理の格好にある。

 暁理は誰にも自分が光導姫と明かすつもりはない。もちろん、ソレイユには知られているが、あの女神はプライバシーを完全に守る信用できる女神なのでそこは心配していない。日本政府に関しても、そのような重大な秘密を公開したりは決してしないだろう。

「はあ、とりあえず帰って泥のように眠ろう・・・・・」

 暁理が路地を曲がると、少し先に見知った人物が歩いているのが見えた。暁理は少し嬉しい気持ちになりつつ、その人物のところまで小走りになって走った。

 バンと背中を叩きながら笑顔で暁理はそいつに話しかける。

「やあ、影人! いま帰り?」

「いてっ・・・・・・・何だ暁理か。いきなり何だ?」

「何だとは失礼だね。別にいいだろ? 友達なんだから。それより、影人なんか疲れてる? 疲れた顔してるよ」

「うるせえ、お前には関係ないだろ。色々めんどうなことがあったんだよ」

「? ま、いいや。途中まで帰ろ」

 気安いやり取りをして、2人は並んで帰る。先ほどまであんなに疲れていたのに、なんだか今は気持ちが軽い暁理だった。

(ああ、やっぱり影人といると楽しいな)

 気持ちが高揚しているのを感じ、暁理は影人に語りかける。

「ねえ、影人。覚えてる? 僕と君が初めて会った時のこと」

「は? いきなりなんだよ?」

 突然の話に影人はその前髪の下の眉をひそめる。だが、暁理は「いいから」と影人の顔を見た。

「とりあえず答えてよ」

「・・・・・・・当たり前だろ。――覚えてるわけねえ」

「・・・・・・・・は?」

 その瞬間、暁理の目が絶対零度の温度と化した。

「・・・・・・・影人、それ本気で言ってる? 本気で言ってるのなら、君の可哀想な脳みそのために物理的衝撃を与えて上げるよ?」

「よせ、逆にまたなんか忘れるわ。――覚えてる! 覚えてるから、その拳を引っ込めろ!」

 暁理が右の拳を握ったのを確認した影人は慌ててそう言った。友人は思っていたよりも本気だった。

「本当? 本当に覚えてる? 嘘じゃない?」

「嘘じゃねえよ! 雨の日のゲーセンだろ!?」

「・・・・・・・ならいいけど」

 ようやく拳を引っ込めた暁理に影人はホッと息を吐いた。

「ったくいきなり何なんだよ・・・・・・・今時暴力ヒロインは流行らねえぜ? ま、お前ヒロインってよりかは男主人公の親友ポジっぽいけどな」

「いきなり何の話? というかレディーに対して失礼だね影人。確かに僕の見てくれは男だけどさ」

 影人と同じブレザーにズボンという格好の自分を見て暁理はそのボブの髪を揺らした。

 そう早川暁理は女性だ。影人は中学の時から暁理と知り合いだが、その時はずっと男だと思っていた。しかし、風洛高校で再会して影人は暁理が初めて女の子と知ったのだ。その時の驚きといったら、人生で1、2を争うほどだ。それもこれも、暁理の一人称と中性的な顔立ち、その服装が悪い。理由は知らないが、暁理は男の格好を好んでいるのだ。

 そういった事を含めて暁理は風洛高校ではちょっとした有名人だった。風洛は女子生徒も望めばズボンの着用が許されているので、暁理は喜んでズボンを履いていた。実際、風洛でズボンを履いている女子生徒は暁理だけである。

 ちなみに風洛では暁理以外に友達がいない影人は知るよしもないが、暁理は男子にも女子にも大変人気な人物でもある。

「お前が女だと分かったときはこの世の全てが信じられなくなったな・・・・・・」

「大げさだな影人は。僕はただこっちの格好の方が楽ってだけだよ。それよりも僕としては、一度も君が見せてくれた事のないその前髪の下の顔が見たいんだけどね」

 暁理はチラリと横目で影人を見る。影人とはけっこうつき合いがあるが、彼はまだ自分にその素顔を見せてくれたことは一度も無い。そしてその理由も決して教えてくれなかった。

「・・・・・・・そればっかりは無理な相談だな。それよりも暁理、お前ちゃっちゃか帰って早く寝ろよ」

「え? 何で?」

「何でか知らんがお前もだいぶ疲れてるんだろ? 表情には出してねえが、それくらいはわかるぜ。お前とはまあまあつき合いも長いしな」

 影人は何とはなしにそんなことを言う。その言葉を聞いた暁理はその目を大きく見開いた。

「ッ・・・・・・・あはは、そんなに長い前髪の下からよく見えてるね」

 その優しさが胸に響く。暁理は知っている。ぶっきらぼうでどこかふざけていて見た目の暗いこの少年がとても優しいことを。

(僕が光導姫になったのは、光導姫としてがんばれているのは――)

 その理由をこの友人には話せないし、自分は決して話さないだろうが、それでもいい。今はこの時間が何よりも大切だから。

「ほんと、君って奴は・・・・・」

「何だよ」

「別に。ねえ、影人。帰りどこか寄ってこうよ」

「はあ? 別にいいけどよ・・・・・・」

「なら善は急げだ! 走るよ影人!」

「お、おい!? お前今日なんか変だぞ!?」

 そう言うと、暁理は影人の手を引いて走り始めた。影人も何が何だかわからないまま走る。本当に今日の暁理はどこか変な気がした。もしかしたらどこか頭でも打ったのだろうか。

「そうだね! でもそれはきっと影人のせいさ!」

「は? お前ちょっと病院行った方が――いて!」

 結局、その日影人は一発小突かれた。そして友人といつも通りに過ごした。

 

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