第12話 光導姫アカツキ
「疾風一閃」
夕闇の中、声が
断末魔の声を上げながら、怪物は光に包まれる。そして怪物は元の人間へと姿を変えた。
今回、闇奴化していたのは、スーツを着た女性だ。会社絡みか、はたまたその外見の若さから就職活動絡みの心の闇を利用されたのかはわからないが、今は気を失っている。
その女性を淡いエメラルドグリーンのフードをかぶった人物は、路地裏の壁にもたれ掛からせた。
闇奴と戦うのは、必然的に住宅街か都市部のことが多い。そこに人が大勢いるからだ。光導姫の人払いの結界がなければ、一体どれほどの被害が一般人に及ぶかと思うと、フードをかぶった光導姫は毎回ゾッとする。
「・・・・・・さて、帰ろうかな」
女性を置いた路地裏から自分以外誰もいない表通りに出て、フードの光導姫は変身を解こうとした。何はともあれ、光導姫としての今日の仕事は終わった。
しかし、その直後男性の声が響いた。
「あれ? もう終わってんの?」
「っ・・・・・・・!」
まだ自分は変身を解いていない。だと言うのに、自分以外の声がすぐ近くから響いてきた。
フードの光導姫は声がした方向に目を向ける。すると電灯の下に1人の男が現れた。
ヘラヘラとした顔のいかにも軽薄そうな少年だ。年の頃はおそらく自分と同じくらいだろう。目立たない灰色を基調とした服を身に纏い、その右手には電灯の下で鈍い輝きを反射する短い槍を携えている。
「・・・・・・なんだ、君か。『かかし』」
だが、フードの光導姫はその軽薄そうな少年の姿を確認すると、はあー、とため息を吐いた。すると、かかしと呼ばれた少年はそのヘラヘラとした顔のまま言葉を返した。
「おいおい、なんだとは失礼だな。これでも一応助けに来たってのに、あと俺の守護者名は『かかし』じゃねえ。『スケアクロウ』だ、間違えないでくれよ」
「別にどっちでもいいじゃないか。英語か日本語かの違いだろ。それより助けにきたってどういう意味さ?」
2人は一応面識がある。いや、何なら光導姫と守護者として共に共闘したこともある仲だ。しかし、フードの光導姫はこの『かかし』という名の守護者が苦手だった。別に嫌いというわけではない。ただ、フードの光導姫は『かかし』のような軽薄な人物が苦手だった。
「別に言葉通りの意味だぜ? あんたを助けにきたんだよ『アカツキ』」
かかしは、フードの光導姫――アカツキに再び言葉を返す。
「・・・・・あのさ、僕を舐めてるの? 確かに今回の闇奴は獣人タイプ一歩手前の強さだったけど、これくらいなら守護者の力を借りなくても僕1人で十分だよ。これでもランキングは25位だからね」
アカツキはフードの下からかかしを睨む。
通常、守護者は特別な理由でも無い限り、今回アカツキが戦ったような闇奴との戦闘に助けに来ることはほとんどない。なぜなら闇人でも獣人タイプでもない闇奴は、光導姫だけで事足りるからだ。
しかもアカツキは光導姫ランキング25位。闇奴などはたちまち一刀のもとに斬り伏せて終わりである。
ゆえに、かかしのセリフを聞いたアカツキはその言葉を侮辱の意味も混じった言葉と受け取ったのだ。
「あんたを舐めるわけねえだろ? あんたの実力は俺も知ってる。でもよ、これはラルバ様からの指示なんだよ。さすがの俺も逆らえねえってわけだ」
かかしは自分の武器である短い槍を水平に両肩に乗せ、そこに手を回してここに来た理由を話した。
「・・・・ラルバ様が? 理由は?」
まさか思ってもいなかった人物の名が出てきたため、アカツキはかかしにそう質問する。すると、かかしはそのヘラヘラした顔をほんの少し真面目な顔つきにしながらその理由を語った。
「いや、何でも
「・・・・・フェリートって言えば、最上位クラスの闇人じゃないか。失礼だけど、その10位の彼よく生きてたね。最上位クラスの闇人の相手なんて本来は5位以上がやることだろ?」
光導姫と守護者にはランキングというものがある。光導姫のランキングの場合は、浄化力、闇奴との戦いの実績、その戦闘能力が評価される。ランキングは100位まであり、そこに名を連ねれば実力者ということになる。そしてそれは、守護者の場合も同じだ。ただ守護者は浄化の項目がランキングから外され評価される。守護者は光導姫とは違い闇奴を浄化できないからだ。
ちなみに会話からも分かる通り、アカツキは光導姫ランキング25位と自分で言うのも何だがけっこうな実力者と自負している。(ちなみに、かかしのランキングは確か50位だったはずだ)
そしていま話に上がったフェリートは、お互いのランキングの5位以上でなければ相手をするのは非常に難しいというわけである。
「まあ、あいつは1年でランキング10位までいった化け物だからな――と言いたいところだが、今回ばかりはあいつもヤバかったらしいぜ。なんせ相手はあのフェリートだ。古くは中世からその姿を確認されてきた闇人。普通ならなんとか逃げ出すとこだが、どうやらその時いたのは新人の光導姫だったらしい。だから、あいつは逃げられなかった」
「新人の光導姫だって!? おいおい、新人の光導姫がフェリートと戦ったって言うのかい!? そんなの無茶苦茶じゃないか! ソレイユ様はなぜそんな采配を・・・」
ついアカツキは声を荒げた。しかしそれも当然だ。新人の光導姫がフェリートと戦う。そんなものは自殺するのと同じだ。
しかも実際にどの闇奴・闇人にどの光導姫を向かわせるのを決めるのは、ソレイユだ。そのソレイユの采配のためにもランキングは存在しているのだ。(それはラルバも同じ)
ゆえにアカツキは混乱した。なぜランキングも圏外であろう新人の光導姫にソレイユはフェリートの相手を任せたのかと。
「それがどうやらフェリートは突然現れて襲ってきたらしいんだよな。だから、新人の光導姫は戦うしかなかったってことだろ。――そんでだいぶ遠回りしたがここからが本題ってわけよ」
かかしはその顔を話し疲れたのか、面倒くさそうにしながらアカツキに話を続けた。
「普通ならフェリートと戦った時点で、ウチの10位もあんたんとこの新人の光導姫も死んでる。残念ながらそれが事実だ。でもそいつらは死んでいない。なぜか、そこに得体の知れない奴が現れたから、らしい」
いまいち要領を得ない口調でかかしはそう言った。らしい、というのは、その場にかかしがいなかったから、そのように表現したのだろうとアカツキは考えた。
「得体の知れない奴?」
先ほどのソレイユの采配についての疑問は解消されたが、また新たな疑問が生まれた。先ほどかかしはここからが本題と言っていたから、その得体の知れない人物が、かかしがアカツキを助けにきたことと何か関係があるのだろうか。
「ああ、俺も見たわけじゃねえし聞いただけなんだがよ。話を聞いた限り、確かにそいつは怪しい、いや謎の人物なんだよなー」
かかしが本当に珍しく、いつものヘラヘラとした顔でなく長い間真面目な顔で饒舌に話している。アカツキはかかしとはいくらかつき合いがあるから、彼の真面目な顔をこんな長時間みることができるとは思わなかった。
「何でもそいつはスプリガンっていうらしい。新人の光導姫の命を救った黒の外套を纏った野郎なんだと」
「新人の光導姫の命を救った? なら別に怪しいとかじゃなくていい人じゃないか。まあ、確かに色々疑問はあるけど・・・・」
かかしの話を聞いた限りでは、アカツキはそのスプリガンに悪い印象は感じなかった。アカツキの反応を見たかかしも、「まあ、そうなんだけどよ」と困ったように頭を掻いている。
「そこだけ聞けば確かにそいつは謎はあるが良い奴さ。でも問題は――そいつが闇の力を使うってことだ」
「闇の力だって・・・・・・・? なら、そのスプリガンというやつは――」
「ああ。どうやら言葉を話す知性は有してたみたいだし、闇人の可能性がある」
ぬるい風がアカツキのフードを揺らす。アカツキの言葉を引き継いだかかしは、肩に乗せていた短槍を下ろし、右手で持ち直した。
そして「これでわかったろ」と自分がアカツキの元に来た理由を話す。
「いくら光導姫と守護者を助けたとはいえ、そいつは闇の力を使うこの上なく怪しい奴なんだ。んでどうやら、そのスプリガンって奴は前にも1度光導姫を助けてるらしいが、そいつが味方だとは限らない。そして奴は、光導姫と闇奴との戦闘に姿を現す。だから、いま全ての守護者はどんなに危険度の低い戦闘でも助けに来ることになってんのさ」
かかしがようやく話し終えたとばかりに、再び大きく息を吐いた。そして、顔の筋肉でも疲れたのか、いつものヘラヘラとした顔に戻る。
「・・・・・なるほど、要は君は僕のボディーガードをしに来た訳だ」
話を理解したアカツキがかかしの話を一言でまとめる。どうやら、最初に言った助けに来たという言葉は嘘ではなかったらしい。
「話はわかったよ。一応、お礼は言っとく。助けに来てくれてありがとう。でも、僕にボディーガードはいらないかな。君といるのは疲れるし」
「おいおい傷つくなあ。俺だって面倒くさかったのに、わざわざ来たんだぜ? お礼にそろそろあんたのちゃんとした素顔でも見せてくれよ」
かかしが下卑た笑みを浮かべながら、アカツキのフードに覆われた顔をジロジロと見る。アカツキは不快そうに鼻を鳴らし、その場を後にする。
「残念だけど君に素顔を見せるほど僕は安くないよ。守護者としての君の腕は信用してるけど、人間としての君を僕はどうも信用できないからね」
そしてアカツキはどこかへと姿を消した。
「ははっ、嫌われたもんだな」
後に残されたかかしはヘラヘラとした顔で、電灯の下、1人で笑っていた。
「暑い・・・・・・」
まるで真夏かのような陽光が空を照らすなか、影人は自分の席で机に突っ伏していた。
季節はまだ5月中頃だというのに、今日の最高気温は28度になるらしい。朝の天気予報で確認したため、いま影人が感じている暑さはそれくらいということだ。
今は4時間目の国語の授業中。普通なら生徒が机に突っ伏していれば、教師から叱責の声が飛んでくるところだが、そんな声は飛んでこない。なぜなら今日の国語の授業は教師が体調不良のため、自習になったからだ。
影人は自習の課題は面倒だからまた後でやろうという算段で、この時間は寝ようと思ったのだが、あまりの暑さに寝るに寝られないというのが今の状況だ。
「くそ、地球温暖化め・・・・・・」
どこか的外れな文句を言いつつ、影人は机と一体化するように自らの頬を机に密着させる。最初は多少冷えていた机も今は影人の体温のせいでぬるくなっている。
そう言えば、今朝は陽華と明夜がしっかり? と遅刻寸前で学校にやって来た。2人がギリギリでやって来たことに、上田勝雄はどことなく嬉しそうだった。
「・・・・・・・まあ、元気なのはいいことだ」
暑さで頭がやられたのか、いや元々頭がやられていたのだろう、影人は虚無の瞳を前髪の下に作りながら、机から
とりあえず喉が渇いたので水筒を鞄から取り出そうとしたその時、脳内にあの音が響いた。
キイィィィィィィィィィィィィィィィィン
「っ・・・・・・」
影人は面倒くさそうに息を吐くと、鞄から黒い宝石のついたペンデュラムを取り出しズボンのポケットに入れる。そして、自習中のため賑やかな教室からそっと出る。高校生の自習何て言うのは、基本的には静かなものとは無縁である。
「今が自習中で助かったぜ・・・・・」
影人は小走りで昇降口へと向かう。そして、昇降口に着くとそこにあるロッカーの1つに身を潜めた。
「・・・・・・・・」
中は掃除用具やらで狭いが、なんとか入れる状況だった。影人はそこで息を殺して、しばらく動かなかった。
『久しぶりですね影人。すみませんが今回も――あら? なぜ視界がこんなに暗いんですか?』
頭の中にソレイユの声が響く。確かにこの感覚はけっこう久しぶりだ。影人は今は何も話せないため、念話でソレイユの疑問に答えた。
(俺がロッカーの中にいるからだ)
影人はソレイユと念話が出来るが、ソレイユは影人の視界を共有して見る事が出来る。まあ、基本的にはこのように闇奴が出現したような場合くらいしか共有はしないと言っていたが。
『・・・・・・・・は?』
一方、ソレイユは影人の答えを聞いて何が何だかわからないといった感じの声を上げた。
『えっと・・・・・・影人、なぜロッカーの中に?』
闇奴が出現したこの状況ならば、一刻も速く現場に向かわなければならないのに、なぜこの少年はロッカーの中にいるのか。ソレイユは意味がわからなかった。
(ロッカーは中からけっこう外が見える、そしてこの時間にロッカーを開けようとする奴はいない。後はわかるな?)
『分からないから聞いているんですっ!!』
ソレイユはキレた。
『私は何で闇奴が出現したのにあなたがロッカーの中にいるか聞いたんですッ! それとも何ですか!? あなたはバカなんですか!? ええ、そうでしょうとも! あなたはバカです!!』
(落ち着けよ若作り。バカはお前だ。待ってれば答えはわかる)
ソレイユにバカ呼ばわりされたロッカー野郎は、けっこう頭にきたので影人はそう返した。
『影人ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
その結果、ソレイユはぶちぎれた。
と、そんな無言での言葉のやり取りをしていると、バタバタと足音が聞こえてきた。
影人がロッカーの隙間から様子を窺っていると、陽華と明夜が現れバタバタと走って上履きから自分たちの靴に履き替えた。そしてそのまま外へと消えた。
そして2人に少し遅れて、光司が現れ2人と同じように靴を履き替え外へと消えていった。
「・・・・・・わかったか、これが俺がロッカーの中にいた理由だ」
2分ほどしてロッカーの中から出た影人は、肉声でそう呟いた。普通に念話でいいのではと思われるかもしれないが、こればっかりは癖なので仕方ない。
「俺のクラスは自習中だったから教室を抜けるのは俺が一番速い。今回、闇奴が出現した場所はこの近くだからテレポートはない」
影人はそう言いながら、上履きを履き替えた。そして、そのまま外へと向かう。
「俺が一番速く現場に向かえば、体力のない俺のことだ。途中であの2人か香乃宮に追いつかれる。そうなれば、俺に疑惑の目が向くだろ」
頭の中に浮かぶ闇奴の場所を確認しつつ、影人は校門を出る。そして小走りになりながら影人は目的地を目指した。
「だから俺はあいつらから見つからずにあいつらを見る事の出来るロッカーの中に隠れた。そうすればあいつらの後を追う形になるし、いつも通りあいつらには俺の姿は確認できない。わかったかバカ女神?」
少し息が上がりながらも、影人は自分がロッカーの中に隠れていた理由を話し終えた。
『う・・・・・・確かにあなたの考えは論理的です。・・・・・・すみませんでした』
ソレイユは影人に謝った。影人はただ自分の正体を気づかれてはいけない、ということを考え行動していただけだったのだ。
「ごめんなさいが言えるのは、素直なことだぜ」
そう言って影人は走るペースを少し速めた。
『っ・・・・・・! すみません影人、また近くで闇奴が出現したようなので私はそちらの対応に移ります。あの子たちを頼みました』
「まじかよ、お前も大変だな。・・・・・・だが、まあ頼まれた」
その言葉を最後にソレイユの声は聞こえなくなった。少しソレイユの多忙さに同情しつつ影人はそう請け負った。
しかし、実際は光司がいるから大丈夫だろうと思う影人であった。
影人が出てしばらくした風洛高校の授業中に、軽快に廊下を走る音が響く。
「ああ、もうっ! 恨むよソレイユ様!」
ボブほどの長さの髪を揺らしながら、その人物は昇降口に急いだ。そして昇降口で上履きから自分の靴に履き替える。そして頭の中に浮かぶ目的地を目指し駆け出す。
正直、学生の身である自分には光導姫の仕事は難しいものがある。なにせ、今回の場合のように平日の真っ昼間に突然呼び出されることもあるからだ。つまり学生は授業中というわけで、その度になんとか抜け出さなければならない。
そしてそれはリスクを負う行為だ。理由をつけても教師には、いい印象を持たれないし、よく授業を抜け出す生徒と認定される。しかも、友達には(理由にもよるが)よほど胃の調子が悪い子だと思われる。これが個人的には一番痛い理由だ。
他にもテストの出題箇所が、自分がいない間に出題されるかもしれないなどのリスクがあるが、それは後で友達に見せてもらえばいい。
「まあ、これがあいつだったら、そうもいかないだろうけど」
クスっと笑いながらただただ駆ける。今回、闇奴が出現した場所は風洛高校から近いため、自分は走って現場に向かっているというわけだ。
脳内にぶっきらぼうで自分以外友達がいない友人の姿を思い浮かべながら、その人物は思い出す。
自分がなぜ光導姫になったのかを。
「・・・・・・仕方ないし、今回も頑張るか!」
右手に緑色の宝石のついたブレスレットが太陽の光でキラリと輝く。ニヤリと笑顔を浮かべて、早川暁理は青空の下、光導姫『アカツキ』としての使命を全うするため地面を蹴った。
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