第11話 沈んでいる時こそ
「・・・・・・・まずいな」
帰城影人は焦っていた。
時刻は午前8時26分。朝寝坊をかました影人は通学路を猛然と駆けていた。昨日、暇だから通話しながらゲームをしようとバカな友人に誘われ、ついつい午前4時くらいまでゲームをしていたらいつの間にか眠ってしまっていた。いわゆる寝落ちというやつだ。そして気がつくと時刻は朝の8時23分であった。
マッハでつけっぱなしにしていたゲームを消して、2分で着替えると影人は朝食を食べずに自宅を飛び出した。
いくら影人の自宅が風洛高校から近いといっても流石に7分ほどで、着くのは非常に難しい。それは例え全力ダッシュをしても変わらない。
しかしやはり遅刻はしたくないというのが、人間の常。それに影人は遅刻をしたくなかった。
なぜなら遅刻すれば、ホームルームの真っ只中。そこに入って行けば、嫌でも注目を浴びてしまう。影人は人から注目されるのがすこぶる嫌いだ。特に理由はないが、それが帰城影人という人間だった。
(・・・・・あと少し、行けるか?)
鞄が邪魔だと心の底から思いながら、影人はひたすらに駆ける。今ちょうど、角を曲がったところで、風洛高校が見えてきた。普段なら風洛の名物コンビや他の生徒なども影人のように全力疾走しているはずなのに、今日に至っては影人以外に他に生徒の姿は見えない。
ちくしょう何で今日に限って誰もいないんだ、と心の中で毒づきつつヘロヘロになって影人は風洛高校を目指す。当たり前だが、この見た目陰キャ野郎は帰宅部のもやしなので体力などあろうはずがない。ゆえに今ものすごく横っ腹が痛い。
そして、正門まであと25メートルといったところでチャイムが鳴り響いた。
「クソ・・・・! だが、まだだ・・・・・・!」
チャイムが鳴り終わり、体育教師上田勝雄が元気よく門を閉めようとする。お前お見合い失敗したのに何でそんなに元気なんだと思う影人。影人は知るよしもないが、生徒への小さな嫌がらせが趣味、いや生きがいの上田勝雄は今日は遅刻してくる生徒がいないのではないかと心配していた。しかし、やっと魚もとい影人がかかったので上田勝雄は機嫌が良くなったのである。
「よーし、門閉めるぞー!」
そして無情にも閉じられようとする正門。影人と正門までの距離は残り約10メートルほど。遅刻は確定かと思われたが、影人はまだ諦めてはいなかった。
「俺を・・・・ナメるな!」
全ての力を出し切り、影人は加速をかける。これならギリギリ通り抜けられる、そう影人は確信した。
(勝った・・・・・・!)
しかし、事態はそうはならなかった。
「ふんぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
上田勝雄がその筋肉に力をこめ、門を恐ろしい速度で閉ざしたからだ。よって、影人はあと一歩というところで閉め出された。
「な・・・・・!」
この筋肉ゴリラ野郎と、影人は心の中から笑顔で門を閉めた上田勝雄を呪う。上田勝雄はなんとか生徒を1人遅刻にすることができ、とても爽やかな気分になった。そう例えば元旦の朝に新品のパンツをはいた時のように爽やかな気分に。
「おしかったな! さて、組と名前を言いなさい!」
門の内側からそう語りかけてきた上田勝雄に、影人は渋々その質問に答えた。
「・・・・・・・2年7組、帰城影人です」
これにて、朝のしょうもない出来事は幕を閉じた。
「・・・・・・くそ、あのゴリラ閉めるの速すぎなんだよ」
4時間目終了の鐘の音が鳴り響き、風洛高校に昼休みの時間が訪れる。影人はそう毒づきながら教室を出た。両手をブレザーのポケットに突っ込みながら目指すのは、学食・購買フロアだ。
今日は本当に急いで家を出たため、弁当はない。普段は弁当派と言っているが、最近どうも怪しくなってきた影人である。
学食・購買フロアに移動した影人はまず学食か購買かで悩んだ。永遠とも一瞬ともいえる逡巡の末、影人は学食を選択した。
食券機の前に移動し、財布を開く。今日は朝飯も食べてはいないため、非常に腹が空いている。ゆえに今日はたらふく食おうと思っていたのだが、そこで事件が発生した。
「っ・・・・・! まじかよ・・・・・」
開けてびっくり。なんと財布には300円しか入っていなかったのである。これでは学食で最も安いかけそばしか食べられない。
「ふんだり蹴ったりだ・・・・・」
仕方なく影人はかけそばの食券を1枚購入する。今朝の遅刻といい、今日は本当に散々だ。
しかし、よくよく考えなくともこれらのことは全てこの前髪野郎の自業自得である。まず、遅刻したのは完全にこいつがゲームを朝方までしていたからだし、金欠なのはこいつが金を使いすぎたからだ。
そんなことを棚に上げつつ無自覚なクズ野郎はかけそばを受け取り、セルフサービスの水を汲む。
そしてキョロキョロと辺りを見回し、空いている席を探す。ちょうど1つだけ空いている席があったので影人はそこに掛けた。
「さて、いただくか・・・・・」
割り箸を割って、いただきますをしてさて食べようとしたところで、隣の女子生徒たちの話し声が影人の耳に入ってきた。
「そういえば、最近あの名物コンビ大人しいよね」
「ああ、朝宮さんと月下さんのこと? そう言われてみれば確かにね」
「・・・・・・」影人はその話をそばを啜りながら、何とはなしに耳を傾ける。
「そうそう。私、あの2人と同じクラスじゃん? ちょっと前まではいつも通り、元気すぎるほど元気だったし、でも最近は何か元気がないっていうか・・・・なんか暗いような気がするんだよねー」
「へー、何かあの2人が元気じゃないと、寂しいっていうか自分のことじゃないのに調子狂っちゃう気がする」
「あー、わかる」
隣の女子生徒たち、どうやら自分と同じ2年のようだが、話を聞きながらそばを啜っていた影人は、そばを食べ終わり汁を飲む。そして、陽華と明夜のことについて思考する。
(あの2人に元気がないか・・・・・まあ、理由は推して知るべしだな)
おそらくだが、フェリート戦が関係しているのではないかと影人は考えた。まあ、あの2人も思春期の女子高生だ。そのほかの悩みの1つや2つがあるだろう。もしかしたらそっちの方が原因かもしれないが。
「・・・・・ごちそうさまでした」
影人は食べ終えた器を食器棚に返却すると、学食・購買フロアを後にした。
(まあ、そういった問題は俺の専門外だ。なんとか自分たちで解決するしかねえぜ)
少しドライに陽華と明夜のことを考えながら影人は1人昼休みの喧噪の中に紛れていった。
「え? 最近あの名物コンビの元気がないって? そうだねー」
学校からの帰り道。珍しくというほどでもないが、暁理と途中まで帰ろうとなり影人は話題ふりの意味で昼休みに聞いた話を取り上げた。ちなみに風洛で名物コンビといえばどの2人を指すのか風洛の生徒なら誰でもわかる。
影人からその話題を提供された暁理は、そのサラサラな髪を揺らしながらそう答えた。
「僕自身はあの2人と接点はないけど、友達から聞いた話じゃ確かにちょっとおかしいみたい。朝宮さんは、いつもは学食を2つは食べていたらしいけど、最近は1つみたいだし、月下さんに至ってはクールビューティー風のギャグキャラみたいなのが持ち味だったのに、最近は本当にクールビューティーみたいだって言ってたよ」
「それ元気関係あんのかよ・・・・・・」
思わずそう返した影人だが、まあ普段と違うという意味ではそうなのだろう。
「でも珍しいね、影人が他人のこと、というか同世代の人のことを話題にするなんて。なに、もしかしてどっちか好きにでもなったの?」
暁理がなぜか少し棘のあるような口調で影人を見る。心なしか少し睨んでいるのは気のせいだろうか。
「んなわけねえだろう、アホかてめえは。ただ少し気になっただけだ。言われてみれば、最近あいつらが遅刻しそうな光景を見てないことに気づいたしな」
影人はその前髪の下から白けたような目を暁理に向けた。影人の席からは風洛高校の正門が見える。そこから毎日のように陽華と明夜と上田勝雄の遅刻勝負を見れていたのだが、確かに最近というかここ数日はその名物光景も見なかった。
そのためかわからないが、今日影人が遅刻したときも、だからあの2人の姿が見られなかったのだろう。
「・・・・・ふーん、ならいいけど」
「何がいいんだよ・・・・」
暁理の謎の許しを得たようだが、影人はそれが何のことか全くわからない。そして、そうこう言っている内に影人と暁理、各々が自宅へ帰る分かれ道に着いた。
「じゃあ、ここで。またね影人」
「ああ」
暁理と分かれた影人は、2人が遅刻しそうな光景をいつから見ていないかを思い出そうとした。そしてそれが3、4日前ほどからだと思い出した。
(ということは、香乃宮が負傷した辺りからか・・・・・ま、大体予想は合ってたな)
ふと、陽華と明夜のメンタル状態についてソレイユは気づいているのかと影人は考える。まあ、気づいてるかもしれないし気づいていないかもしれない。ここ数日ソレイユから何も念話をしてこないということは、何か他の用事で忙しいかもしれない。
いずれにしても、影人はこの事を自分からソレイユに報告しようとは思っていない。面倒くさいというのが主な理由だが、メンタル関係のことに関しては人がどうこうできるものではないからだ。
「・・・・・・面倒くさいやつらだな」
はあ、とため息をつきながら影人はガリガリと頭を掻いた。
「・・・・・・・」
次の日。影人は少し早めに学校に来ていた。まだ影人が所属する2年7組にはまばらにしか人がいない。
影人は本を広げながら、その実、正門に注意を向けていた。理由はまあ、仕事と答えるのが一番スマートだろう。
「眠い・・・・・」
影人は寝ぼけた
「あいつらが走って校門に入ってこなかったところ、初めて見たぜ・・・・・」
スプリガン時のような超視力はもちろんないが、陽華と明夜がトボトボと歩いてくるのがわかった。残念ながら影人は視力はそれほどよくないので、表情まではわからないが、心なしか元気がないようにも見て取れる。
「・・・・・・・・」
影人はそのまま2人の姿が校舎の中に消えるまで様子を観察した。そして、ホームルームが始まるまで意識を思考に委ねた。
そしてそれから1限目が終わり2限目が始まるまでの休憩時間、影人は2年5組の教室を廊下からそれとなく覗いた。
すると陽華と明夜の姿があった。2年5組はこの2人が所属しているクラスなのだ。
「・・・・・・・あいつら、同じクラスで席隣同士なのか」
ちょうど教室の中央部分に陽華と明夜は隣合って座っていた。
影人はスプリガンとなり、それから陽華と明夜のことには注意を払ってきたが教室まで2人を見に来たことは実はなかった。
「朝宮さん、お菓子食べる?」
「ありがとう、でもごめん。今はいいや・・・・・」
「月下さん、昨日のお笑い見た? 面白かったよねー」
「そう。悪いけど昨日は忙しかったの。見てないわ」
2年5組の様子を窺っていた影人はクラスメイトと陽華と明夜のやり取りを聞いて即座に理解した。
「・・・・・・重傷じゃねえか」
朝宮陽華は名物コンビとして有名だが、大食いでも有名だ。その陽華がお菓子を貰わなかった。重傷である。
月下明夜は名物コンビとして有名だが、クールビューティー風のポンコツギャグキャラとしても有名だ。その明夜がただのクールビューティーのように質問に答えた。重傷である。
そうこうしてる内に休憩時間終了を告げるチャイムが響いた。影人は仕方なく自分の教室へと戻った。
そしてその日影人は休憩時間と昼休みのたびに、陽華と明夜に気づかれないように2人を観察した。そしてわかったのは陽華と明夜は確かに落ち込んでいるということだった。理由は大体わかる。しかし、陽華と明夜と表面的には何も接点がない影人には何もできない。いや、そもそもするつもりもなかった。
前にも思ったことだが、それは自分には関係ないことだ。それは本人たちが解決しなければいけない問題だ。
ゆえに自分にできるのは、自分のすべき仕事はただ2人を陰から見守るだけだ。
(俺、ストーカーみたいだな・・・・・)
放課後。陽華と明夜が帰るところを張っていた影人は、気づかれないように2人の後をつけた。自分は影から変身ヒロインを助ける謎の男ポジのはずなのに、これではただのストーカーだ。
なんとなく悲しくなってしまうが、仕方ないと自分に言い聞かせる。決して自分はストーカーではないのだと。
(というか、こいつらこんなメンタル状態で戦えるのかよ?)
できるだけ自然に後をつけながら、お互い何も話さない陽華と明夜を見て影人は考える。今のところ、ソレイユから
闇奴との戦いは命がけの戦いだ。そこではメンタルの状態が戦いの結果を大きく作用する。今のまま状態では2人は自らの命を危険に晒すかもしれない。
(やっぱ、ソレイユに報告した方がいいのか?)
そんなことを思っていると、辺りにいた風洛の生徒たちの姿がなくなってきた。どうやらこの付近で自宅への道がそれぞれ分かれているようだ。
その結果、今まで自然だった影人の姿が、ただ1人で2人の女子高生の後を歩く、少々不自然な、いや見方によればかなり不自然な人物となってしまった。
(ちっ、仕方ねえ・・・・・)
本当のストーカーみたいだが影人は電柱の影に隠れながら、2人の後をつける。電柱を次から次へと移動し、陽華と明夜をつける姿は高校の制服を着ていても、不審者以外の何者でもなかった。
2人をつけ初めて15分ほど経ったくらいだろうか、影人が近所の人々に不審者もといヤバイ奴を見るような目で見られながらも、陽華がため息を吐いた。
「・・・・・このままじゃいけないよね」
「・・・・・そうね。クラスのみんなに心配かけてるみたいだし」
2人が何かを話し始めた。
「・・・・・・・・」
影人はふだん
「うん。わかってる、わかってるんだけど、やっぱり悔しい。あのフェリートのことを考えると、私たちじゃ絶対に勝てなかったってことが。確かに私たちは光導姫になってまだ少しだけど、絶対的な力の差にちょっと絶望しちゃったし・・・・・・」
「・・・・・・ええ、きっとあのスプリガンが助けてくれなきゃ、私たちは全滅してたでしょうね」
「ねえ、明夜。スプリガン無事だよね・・・・・?」
「・・・・・・ええ、と言いたいけどわからないわ。なにせフェリートはそれほどまでに強かったから」
「っ・・・・・・・そう、だよね」
「うん・・・・・・」
2人は再びお互いに何も話さなくなった。
(お通夜かよ・・・・・・)
その話を民家と民家の壁の間から聞いていた影人はそう思った。というか
(ま、沈んでる理由はやっぱそれだったか)
確信を得た影人は、壁と壁の間から出て、数十メートル先の2人の後ろ姿に目を向ける。その後ろ姿はショボンとしているというのがピッタリだ。
「理由は、フェリートとの絶対的な力の差からの絶望か」
距離が離れているので、影人は癖の独り言でそう呟く。
まあ、わからないでもない。確かにフェリートと陽華と明夜の力の差は絶対的だった。そしてそれは光司にも言えることだが、光司は新人の光導姫の2人を守りながら戦うというハンデを負っていたため、まだ明確な実力差はわからない。
その差からの絶望。第三者が助けてくれなければ、死んでいたという事実。それはまだ十代の少女たちにすれば、気が沈むのには十分すぎる理由だ。なにせ彼女たちは今を生きる等身大の人間なのだから。
そのため思考がネガティブなものになっているのだろう。今日1日、2人の様子を観察していた影人はそう結論づけた。
そうこうしてる間に陽華と明夜は影人の視界から消えていく。理由の確信を得た影人はもう2人の後をつけなかった。
「・・・・・・・ふん」
冷静に考えて自分は何をしているのか。さっさと帰ってゆっくりしよう。そう頭を切り替えるが、心の底では2人の様子がチクリと気になっていた。
翌日の昼休み。影人はまた学食・購買フロアに足を運んでいた。別にまた遅刻したとか、弁当を忘れたわけではない。ただ少し弁当だけでは足りないと思ったので、軽食を買いに来ただけだ。
「・・・・・サンドイッチ1つ」
影人は購買でサンドイッチ1つを購入すると、辺りを見回した。そしてある2人を見つけた。だが、それはどうでもいい。
影人はどこかイスに空きがないか探したが、残念ながら空いている席は影人には見つけられなかった。
「あ、あそこ空いてる」「やった、ラッキー!」という声がしたが無視である。
そして10分ほどサンドイッチを手持ち無沙汰にしながら、席が空くのを待っていると、たまたまあの2人の後ろの席が空いた。影人は仕方ないと思いながらもその席に座った。
そしていざサンドイッチを食べようと思うと、電話が掛かってきた。風洛高校はスマホ、携帯の持ち込みが許されている。
「・・・・・もしもし、何だ?」
電話に応じ掛けてきた相手の話に応じる。そしてしばらく話を聞く。
「あ? 友達とケンカして沈んでるって? んなどうでもいいことで俺に電話掛けてくるなよ」
沈んでいるというワードで、影人の後ろの2人がピクッと反応した。だが、影人は当然後ろに目がないのでそんなことはわからない。
「ちゃっちゃっか謝って仲直りしろよ。・・・・・・はぁー、1つだけアドバイスしてやる。沈んでいる時こそ笑顔だ」
「「!!」」
またまた後ろの2人が何かの言葉に反応したようだが、影人にはわからない。
「空元気でもなんでもいい、とりあえず笑え。笑えば自然と気持ちも明るくなってくると思うぜ。人間ってのは思い込みの生き物だからな。だから俺から言えるのは1つだ。笑顔になれ。・・・・・・・大丈夫だ、お前は、お前らは強い。だから笑顔で前を向いて進め」
そう言って影人は電話を切った。
「沈んでいる時こそ笑顔か・・・・・」
影人の後ろの席で昼食を食べていた陽華は、後ろの席から聞こえてくる通話を聞いてそう呟いた。
別段、盗み聞きしようと思っていたわけではないのだが、自然と耳に入ってきてしまったのだ。
「笑顔・・・・・・」
そしてそれは陽華の隣に座っていた明夜の耳にも聞こえていた。明夜は隣に座る親友の顔を見た。最近、陽華が笑ったのはいつだっただろうか。そして自分も。
「陽華」
「なに? 明――ひゃわ!?」
明夜は自分の方を向いた陽華の唇を両手で左右に引っ張った。
「ふぁ、ふぁに!?」
「笑顔よ陽華。確かに笑顔の方がいいに決まってるわ」
親友の顔を無理矢理笑顔にして明夜自身も笑顔になった。なんだか笑うというのは随分と久しぶりな気がする。
「・・・・・うん、そうだね明夜。私たちそんな当たり前のことも忘れてたんだね」
明夜の手をどけて、陽華はそう呟いた。そうだ、沈んでいてもいいことなんて1つもない。そんな時は笑えばいいのだ。人は笑うことが出来るのだから。
「ええ、だから笑いましょ陽華」
「うん明夜」
2人はお互いに笑顔を向け合った。そして、その顔が可笑しくて2人は声を出して笑った。
「あははっ、笑ったらお腹すいてきちゃった! 明夜、私学食もう1つ頼んでくるね」
「ふふっ、それでこそ陽華ね。私も
「明夜、蕎麦はデザートじゃないよ・・・・・」
「あら、そうだったわね」
そのやり取りを実はこっそり見ていた周囲の生徒たちは、久しぶりにいつもの名物コンビの姿を見て、たった数日だったのになんだか懐かしくなった。
「じゃ、私学食頼んでくるね」
陽華はそう言って席を立つ。その際、後ろの席をちらっと見る。盗み聞きした形だが、その人の言葉のおかげで自分たちは立ち直れたのだ。お礼は言うのは変だが、一体どんな人なのかは気になった。
「あれ・・・・・・?」
しかし、自分たちの後ろの席には誰もいなかった。
「・・・・・・・ったく、面倒くさい」
サンドイッチを持ちながら影人は教室へと戻っていた。電話を切った後、影人はすぐに陽華と明夜の後ろの席を立っていた。
「・・・・・・・ま、電話なんか掛かってきてないんだがな」
スマホを片手で
実はさきほどの電話は全て一人芝居である。そもそもあんなタイミングで沈んでいる時のアドバイスの電話なんか掛かってくるはずがない。
では、なぜわざわざそんなことをしたかというと理由は1つだ。
「・・・・・・・あいつらがあんなんだと調子が狂うからな」
あんな言葉だけであの2人が立ち直るかはわからない。影人はすぐに席を立ったため、2人の様子を確認していない。
しかし、あの2人は良い意味で単純なので立ち直っているかもしれない。そして、それは明日確認すればいいことだ。
「腹減ったな・・・・・」
さしあたっては、早く教室に戻って弁当とサンドイッチを食べたいと思う影人だった。
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