第2話 力
「スプリガン?」
レイゼロールは、スプリガンと名乗った男を見つめながら思考する。
先ほど自分の創った怪物、その巨体を蹴り飛ばすパワーと身体能力。普通ならば、光導姫を守る
光導姫は女神から力を授かり、特別な力を振るうことができるのに対し、守護者とは、女神と
だが、守護者は身体能力こそ普通の人間を超越しているが、光導姫のような特別な力はない。だというのに、目の前の男は先ほど何やら力を使った。
強化された身体能力に特別な力。これではまるで光導姫そのものだ。
(いや、だが光導姫は女性でなければならない。これは絶対のルールだ)
いくつかの理由によりそれは普遍の真理だ。では、一体目の前のこの男は何だ。
(・・・・・イレギュラーだな。こいつの咆哮による金縛りももうすぐ解ける。ならば・・・・)
レイゼロールはやっと立ち直した怪物を
「・・・・・・あ?」
スプリガンと名乗った少年は思わず眉をひそめた。なぜなら、敵の親玉レイゼロールが、いきなり地面――いや自らの影に沈んだのだ。
だが、スプリガンはその光景を何度か見たことがある。それは、レイゼロールが撤退する時だ。つまりレイゼロールは、自分の身の安全を最優先するためにすぐさま退却したのだ。
「・・・・・まったく、いい判断してやがる」
特に意味もなく帽子を押さえながら、スプリガンはそう呟いた。普通、謎の存在が突然現れればもう少し取り乱すはずだ。なのに、レイゼロールは即断で撤退を選んだ。頭の切れるやつである。
「さて・・・・・」
スプリガンはその金の瞳を自分の蹴りから立ち上がった怪物に向ける。あとは、こいつをどうにかするだけである。
「おい、お前ら。まだ動けないのか」
スプリガンは半身後ろに向くと、呆然と自分を見つめている陽華と明夜を見た。
「え? ええっとまだ・・・・・・あ! 動ける! もう動けるよ、陽華!」
明夜は反射的にスプリガンの質問に答えようとしたが、途中で体がようやく動かせることに気がついた。手の甲で涙を拭うと、まだ呆然としている陽華の手を握った。よかった、どうやら金縛りは解けたらしい。
「陽華?」
だが、明夜は自分に何の反応もない陽華を訝しげに思った。もう金縛りは解けているはずなのに、陽華は瞬き一つせず、正面のスプリガンと名乗る男をじっと見ていた。なんだろう、その目はなぜか熱に浮かされたようだ。よく見てみると頬も少し赤い。明夜が一体どうしたのか疑問に思っていると、スプリガンは陽華にぶっきらぼうに語りかけた。
「赤いほう、お前はどうなんだ。動けるのか、動けないのか」
すると、ようやく正気に戻ったらしい陽華が、「ほ、ほぇ!? わ、私!? 動ける! 動ける! 何だったらバク宙できるよ!?」と慌てて返事を返していた。
「で、でも! あなたは一体・・・・・?」
そこで陽華が当然の疑問を投げかける。隣の明夜も気づけば自分のことを疑うような目で見ている。
「そんなことはどうでもいい。それよりも、あいつをどうにかするほうが先だ」
スプリガンはその問いを一蹴すると、正面に向き直り言葉を続ける。
「俺があいつを引きつけてやる。だからお前らはさっさと大技の準備をしろ」
「え? それって――」
陽華が何かを言う前にスプリガンは怪物に向かって駆け出していた。「あ! ちょっと待ちなさいよ!?」後ろから明夜が何やら文句を言っているが無視だ。
「グゥゥゥゥォォォォォ!」
怪物が威嚇をしながら大きく振りかぶって右のストレートを放つ。そのストレートをまともに食らえば全身の骨が砕けるのは、容易だろう。
(遅いな)
スプリガンはその右ストレートを避けると、そこから急加速して怪物の背後に回り込んだ。常人が見たならば、おそらく自分が消えたように見えただろう。
(なるほど・・・・・大した身体能力だ。なら次は――)
まるで何か実験でもするようにスプリガンは次の行動に移った。
「グォ!?」
どうやら怪物には自分が消えたように映ったらしい。スプリガンは、脳内である物をイメージしながら右手を前方に突き出す。
「闇よ、彼の者を縛る鎖となれ――」
すると、スプリガンの右手の回りから無数の闇色の鎖が姿を現し、怪物に向かって伸びていく。そして鎖たちは怪物に纏わり付き、全身の自由を奪った。
(よし・・・・・一応、使い方は知ってはいたがやはりそうか)
この力を使うためのプロセスは、まず脳内で出現させたいものをイメージし、声に出すことで形を与える。そういうことだ。
(他にもまだ試したいことはあるが、そろそろか)
「「汝の闇を我らが光へ導く」」
怪物が動けないことをチャンスと捉えた二人が、必殺の詠唱を開始した。
「逆巻く炎を光に変えて――」
陽華が祈るように右手を前に突き出す。
「神秘の水を光に変えて――」
陽華に続くように明夜も左手を前方に突き出す。
陽華の両手のガントレットと明夜の杖が突如、
「「浄化の光よ! 行っっっっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
二人の手に宿った光が
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
光が化け物を貫きそのまま化け物の後方にいたスプリガンに迫る。だが、スプリガンは顔色ひとつ変えず、真っ直ぐに正面を向いている。
しかし、光はスプリガンのちょうど手前で二つに分かれると、それぞれ陽華と明夜の元に戻っていった。そして光は、元のガントレットと杖に戻った。
「ふん・・・・・」
スプリガンは面白くなさそうに鼻を鳴らす。光に貫かれた化け物が光の粒子に包まれる。
そして化け物の体が小さくなっていき、元の人のサイズに戻っていく。そして遂には化け物だった存在はただの人間に戻った。
そう、化け物も元は人間。だが、レイゼロールによって心の闇を暴走させられ、あのような化け物の姿に変えられてしまうのだ。人間が心の闇の暴走によって化け物になった姿を
まあ、その事を聞いたスプリガンは、ありきたりだなと思ってしまったのだが。
ちらりと闇奴だった人間を見てみると、どうやらスーツ姿の40代くらいの男性だった。おそらく会社員だろう。どのような心の闇を抱えていたかは知らないが、今は安らかな顔で眠っている。おそらくもう少しすれば気がつくだろう。
化け物が浄化されたことによって、離れた位置の陽華と明夜と目が合った。
「あ、あの!」
陽華が意を決したようにスプリガンに声を掛けてきた。
「さっきは助けてくれて、ありがとう! で、そ、その! ええと・・・・・!」
だが何やら、顔を赤くしながら陽華が指をもじもじとしている。そんな陽華を見かねてか隣の明夜が言葉を引き継いだ。
「私からもさっきはありがとうございます。で、質問なんですが、さっきの力といい、人間離れした身体能力といい、あなたは・・・・・・何者なんですか?」
明夜は陽華と同じくスプリガンに礼を述べると、もっともな疑問を口にした。
「・・・・・力と身体能力という面ではお前たちも同じだろう」
「そ、そういうことを言っているんじゃありませんッ!」
明夜がからかわれたと思ったのか、少し顔を赤くした。それを見たスプリガンは、なぜ明夜が怒っているのか分からなかった。
「・・・・・・何者か。名乗ったはずだ、スプリガンと」
「だからッ! そ・う・い・うことじゃないのッ!!」
「み、
またしてもなぜか怒りだした明夜を、陽華がなんとか
「あ、待って!」
「逃げる気!? 待ちなさい!」
二人の静止の声を聞かず、スプリガンはその場から風のように走り去った。
「ふう・・・・・」
二人から逃げ去ったスプリガンはとある住宅街の路地裏で息をついた。
あの様子だと追ってくるかとも思ったが、
スプリガンは辺りに人がいないことを確認すると、一言こう呟いた。
「
すると、スプリガンに変化が訪れた。
鍔の長い帽子は闇色の粒子となって消え、黒の外套と紺のズボン、深い赤のネクタイと編み上げブーツも同じく粒子となって消え去った。そしてその代わり、とある学校の制服をスプリガンと名乗っていた少年は着用していた。
瞳の色も金から元の虹彩の黒に戻り、少し長めだった前髪は、顔を覆うような長すぎる前髪に戻った。
「・・・・・・初めて変身したが、変な感じだったな」
スプリガン――もとい
『――まずは感謝を。ありがとうございます影人』
脳内に女性の声が響く。戦闘中は気を遣ってか何も言ってこなかったようだが、全てが片付いたいま話しかけてきたのだろう。
「けっ、それが俺の仕事だからな。お前から無理矢理与えられたな」
『はい・・・・・そうですね。その事に関しては何も言い返せません。私はあなたの意志を半ば無視して、あなたにお願いごとしました』
脳内に響く声の女性は、申し訳なさそうにそう言ってきた。影人はすぐ後ろの壁にもたれ掛かりながら、言葉を返した。
「お願いごとだ? 命令の間違いじゃねえか? まあ、んなことよりだ、ソレイユ」
影人は脳内に響く女性――女神ソレイユに対して言葉を続けた。
「今回は間に合ったからよかったが、あいつらが死んでてもおかしくはなかった。だから、今度あいつらに言っとけ。もっと緊張感を持てってな」
そう、今回は影人が間一髪間に合ったからよかったが、あのままなら陽華は死に、その後に明夜も死んでいただろう。前から見ていて思っていたが、あの二人は命が掛かっている状況なのに楽観的すぎる。
『そうですね。今度あの二人に言っておきましょう。ですが、今回のことで緊張感は持ったと思いますが』
「それでもだ。お前が言うから効果があるんだ。言葉に出す、出さないとじゃ違うだろ」
影人はペンデュラムに戻った変身装置を手で弄びながら空を見上げた。もう少しで日が暮れそうだ。
『・・・・・・やはり、あなたは優しいですね。わかりました、しっかりと言っておきましょう。それはそうと、影人』
「何だ?」
ペンデュラムを制服のポケットにしまいながらソレイユの言葉に耳を傾ける。まあ、脳内に響いている声に耳を傾けるというのもおかしな表現だが。
『なぜ、スプリガンと名乗ったのですか?』
その声はまるで答えが分かっているかのような声だった。今は顔は見えないが、絶対にニヤニヤしている。
「・・・・・・・・別に。深い意味はねえよ、ただ頭に浮かんだだけだ」
『ふふっ、そうですかそうですか。かわいいですねぇ、影人は』
「てめぇ、おちょくってんのか!? だから、パッと頭に浮かんできただけで――!」
『はいはい』
「おいこのクソ女神! 話を聞け!!」
スプリガン。それは財宝を守るとされている妖精の名前。財宝が一体何なのかは――その人の想像次第だ。
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