第33話「数年ぶりの夜」






   33話「数年ぶりの夜」





 ☆★☆




 今日は夕映の誕生日だ。

 夕映自身、社会人になってから、こんなにも自分の誕生日を意識した事はなかったかもしれない。

 今日は1年でも特別な日だろう。

 だから、もしかしたら斎が会いに来てくれるのではないか。そんな予感があった。

 けれども、それはただの希望だった。


 スマホは彼からの連絡の通知を伝えてくれないし、玄関のチャイムも鳴らない。

 それなのに、南がお祝いしてくれなければ、寂しいだけの1日になっていたはずだった。



 けれど、今、夕映は走っていた。

 ヒールの音を夜道に響かせて、ハッハッと浅い呼吸を繰り返しながら。

 目的は斎の家。

 駅から近い、タワーマンションに住んでいると斎から聞いたことがあった。とても住みやすいの評判のマンションだったので、夕映もよく知っていた。


 彼に会えるかなどわからない。

 けど、今すぐに夕映に会いたかった。

 会って、謝りたいと思った。彼の思いも知らずに、ただ「本当の事を知りたい。」だけを考えて、信じようともしなった自分を。

 そして、会いたかったと、自分の気持ちを伝えたかった。


 電車に乗り、駅を降りてすぐに走った。

 聞いていた通り、すぐにそのマンションが目の前に姿を表し、迷うことなく夕映は足をすすめた。


 けれど、マンション付近に着いてからフッと思った。斎の住んでいる部屋がどこなのかわからないのだ。

 


 「何やってんだろう……部屋がどこかもわからないのに来ても意味ないじゃない。」



 苦笑いを浮かべながら、夕映はマンションを見上げた。彼は帰ってきてるんだろうか、それとも別な誰かと一緒にいるのだろうか。

 そう考えると、斎と会うのが少し怖くなってしまう。

 今日は彼には会えない日だったんだ。

 

 夕映はそう思って、高いマンションをもう一度だけ見つめた後、後ろを向いた。



 「夕映っ!」



 バンッと言う乱暴に車のドアを閉める音の後に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 その声が誰のものなのかなんて、すぐにわかった。

 

 夕映が、振りかえると、駐車場から駆けてくる銀髪の彼が居た。



 「………斎………。」

 「おまえな、探したんだからな。ったく、家で待ってたらこっちに来てるし……。連絡ぐらい寄越せ。」


 そういえば、スマホで連絡すればよかったんだと、夕映は今更気づいた。



 呆れた口調でそう言いながら、斎はゆっくりと夕映に近づいてくる。

 スーツ姿の彼は、少し髪が乱れており、そしてネクタイも緩んでいた。

 仕事が終わってから、ずっと待っていてくれてのだろうか。

 それを思ったら、夕映は込み上げてくるものがありそれをグッと我慢した。


 彼に酷いことをしてきたのに、斎はまっすぐな愛情をいつも夕映にくれるのだ。

 それが嬉しくて、幸せで……そして、申し訳なかった。



 夕映は、近づいてくる彼を見つめていたが、もっと彼に近づきたくなった。

 斎の顔が見たい、彼の香りと熱を感じたい。そう思うと、体が勝手に動いていた。夕映は斎に駆け寄り、斎の胸に飛び込んで強く抱き締めたのだ。



 「ごめんなさいっ……斎。私、斎の考えてることわかろうともしなかった。」

 「………夕映。いいんだ。俺がそうしたくなかっただけだしな。……それに、今おまえが理解してくれたからいい。」



 夕映が何を言おうしているのか、斎はすぐに察したようで、夕映の体を抱き返してくれる。彼からは変わらない爽やかなグリーンの香り。それを感じるだけで夕映はホッとしてしまうのだ。



 「………南から話は聞いたよ。………南を止めてくれた事、そして南の事を考えてくれてありがとう。私、斎のおかげで南ともこれから大切な友人でいられるよ。」

 「そうか……。よかったな。」

 


 その優しい声を聞いて夕映は、斎の胸から顔を話、斎を見つめた。緑がかった綺麗な青色の瞳を見つめる。

 空にも海にも見える綺麗な瞳で、斎はいつも夕映を大切にそして包むように見守ってくれていてのだ。

 そんな事もわからずに、夕映は真実だけを見ていた。その言葉の本当の意味を知らずに。


 その綺麗な瞳にずっと自分を映していて欲しいと、夕映は強く思う。

 もう迷ったり悩む理由もないのだ。


 夕映が口を開いた。

 けれど、その前に斎が優しく、そして真剣な口調で夕映に語りかけてきた。



 「夕映。俺はおまえがずっと好きだ。……また、俺とやり直して2回目の本気の恋愛をしてくれないか?」


 

 その言葉を聞いて、夕映は我慢していた涙が一気に流れ出した。

 この問い掛けに、夕映は答えられなかったのだ。恋人になれなくて、でも彼が好きで、「はい。」と言えなかった事を後悔した夜も何度もあった。

 寂しくて、会いたくて………自分が意地になっているだけなんじゃないかと、自分を責めたこともあった。


 けれど、斎は何度でもその言葉をくれた。

 好きだと伝えてくれる。

 それがとても安心できて、また昔のように2人の幸せな時間が過ごせると思うだけで、幸福で涙が出てくるのだ。



 「今からでも遅くないの?……ずっと斎を拒んできたのに……。斎の恋人にまたなってもいいの?」

 「………なってくれ。俺は待ちすぎて限界だ。早くおまえを手に入れたい。」

 「…………好き。斎がずっと好きだよ。斎との約束を守りたくて頑張った。笑顔が見たくて、夢を叶えた。だから、隣に居てもいい。」

 「あぁ。もう、おまえが離れたいって言っても逃がさないから。」



 ずっと捕まえていて欲しい。

 それが夕映の願いだ。


 斎が指で夕映の涙をすくい、目にキスをした。夕映がくすぐったさから目を閉じると、そのまま斎の唇が夕映の唇に落ちてきた。 

 ただ唇を当てるだけの長いキス。

 それだけで、夕映は彼が自分のところに戻ってきたのを感じ、満ち足りた気持ちになった。



 「おまえも、俺の傍から離れたくないんだろ?」

 「うん………。」


 

 額をくっつけ、鼻同士が触れ合いそうな距離だ、斎は微笑みながらそう言う。

 夕映は恥ずかしそうに頷くと、斎はニヤリと微笑んだ。




 「じゃあ、今日はおまえを帰さないからな。」


 

 そう言うと、斎は夕映の手を握りしめ少し早めに歩き出した。向かう先はもちろん、斎の住むマンションだ。

 夕映はその先の事を想像し、頬を染めながらも、斎をもっと感じたくて小走りで彼の後を歩いた。斎の手はとても熱くなっていた。



 エレベーターに乗ると、夕映は斎の腕にギュッと抱きついていた。この後の期待と、少しの緊張のためだった。

 斎はそれを嬉しそうに見つめ、「あと少しだから我慢してろ。」と優しく夕映の頭を撫でた。


 斎の住む部屋は最上階に近い高層階だった。

 フロアには数少ないドアしかない。一つ一つの部屋が広いのがわかった。


 その奥の部屋に向かい、斎は鍵でドアを開けて夕映を部屋に招いた。


 夕映は小さな声で、「お邪魔します。」と言うと、玄関に入りパンプスを脱いだ。

 そして、待っていた斎を見ると、夕映はドキッとして体が固まってしまった。

 彼の熱を帯びた瞳は少し潤んでおり、色気を感じてしまったのだ。

 


 「………俺の部屋におまえがいる。何だか信じられないな。」

 「斎、わ、私……。」

 「ダメだ。もう逃がさないって言っただろ。」


 

 そう言うと先ほどの優しく触れてきたのとは一転し、少し乱雑に夕映の腕を掴むと、引っ張るようにして斎は夕映を引いた。

 夕映は彼についていくしか出来ずにいると、斎に連れていかれた場所は、想像通りベッドルームだった。

 大きなベットに、夜景が綺麗に見える大きな窓。ベットの横には机と椅子があり、机に数冊の本やパソコン、ペンなどが置かれていた。


 夕映が、呆然とその部屋を見ていると、斎は夕映を抱き上げて、そのままベットに下ろした。



 「い、斎………。少し急すぎるよ………。ほら、あのシャワーとか。」

 「もう限界だって言っただろ。」

 「そんな………。」



 顔を真っ赤にしてオロオロする夕映の上に跨がり、ベットに片手をついて、夕映の顔をまじかで見つめた。



 「ずっとこうしたかった。夕映は俺だけのものにしたかったんだ。このベットで、キスして裸にして、そして抱き合って……。だから、おまえを感じさせてくれ。」



 そう言うと、斎はネクタイを片手で外しながら夕映にキスをした。

 先ほどの触れるだけのものではない、深くて濃厚な溺れるようなキスだ。静かな部屋に2人の息づかいと水音が響く。



 彼に服を脱がされ、沢山の場所に触れられ、そして、唇や舌先で快感を与えられる。

 夕映の体はすぐに熱を帯びて、彼の動きに翻弄されるしかなかった。


 けれど、それが嬉しくて彼の指や肌を直接感じられるのが幸せで、いつしか、夕映自ら斎に抱きついていた。斎の熱い熱と香水の香り、そして早い鼓動。汗ばんでいる鍛えられた体。全てが夕映をドキドキさせた。



 「夕映?……どうした?体、辛いか?」

 「ううん………もっとくっついて斎を感じたくなったの。」

 「………はぁー。この状況でそれを言うってことは、俺に何されてもいいって事になるぞ。」

 「うん。……そうだよ。」

 「……その言葉、忘れるなよ。」



 ため息と共に出た少し乱暴な言葉と共に、斎は強く夕映を求めた。

 与えられる気持ちよさに、甘い喘ぎ声と、斎の名前しか口から出てこなかった。



 数年間感じられなかった分を、今、斎を感じさせて欲しい。




 そんな思いを胸に、彼を見つめながら夕映は彼に溺れ続けた。




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