第32話「繋がった過去」
32話「繋がった過去」
★★★
夕映が部屋を出ていった後、南は残ったケーキを呆然と見つめていた。
ずっと心に閉まっていた過去の記憶。けれど、夕映に会うために罪悪感からからその扉を開けてしまい、どうしようもなく不安になり、そして自分が情けなくなっていた。
夕映はとてもいい友達だ。
けれど、大学の頃は南自身が幼く、恋愛に対して自分中心になってしまっていた。そして、悲劇のヒロインのように絶望していた。
夕映は大学でも有名な美人の社長令嬢として有名になっていた。それなのに、隣に居る自分は可愛くもないし、お金もない、少し頭がいいだけの女だ、南はそう思っていた。それでも、嫉妬しないで友達になれる人だとわかったときは嬉しかった。
彼女と過ごした時間は、勉強ばかりしていた南にとって、とても新鮮な存在だった。そして、大切な友人として、仲良くしたいと心から思っていたのだった。
けれど、彼女が好きだった人が同じだった時から、少しずつ感情がぐじゃくじゃになってきたのだ。
そして2人は恋人になった。
大切な友達と、大好きな男の人。
それが一気に失われた。
その寂しさを埋めるために、斎が欲しいと強く思うようになった。
誰かに愛してもらえれば、寂しくない。きっと、自信が持てる。
そんな風に思っていた。
けれど、斎は自分を選ばなかった。
そして、自分の貪欲な言葉で、愛しい人から嫌われてしまった。
そして、友達も失う。
そう思っていた。
けれど、愛しい人はずっと変わらなかった。
自分の好きな人は、自分を叱ってくれる人だった。夕映に言われて、そうなのだろうと南も素直に思えた。
そして、夕映は裏切りとも言える行為をした自分を許してくれた。「またね。」と言って、友達で居てくれたのだ。
「あー……この2人は敵わないな。」
一人になった部屋でそう呟いた。
涙が出そうになる。けれど、それは悲しみじゃない。安堵と感謝の涙だった。
けれど、そんな気持ちに浸っているわけにもいかない。
南は、スマホを取り出した。
そして、ここ数年使っていない電話番号を表示した。
スマホを画面を見るだけで、胸が激しくなり緊張し、不安になる。
けれど、南は繋がることを祈り、通話ボタンを押した。
忙しい人だから、すぐには出ないだろう。思っていたけれど、案の定すぐに電話が繋がった。
『………南?』
「あ、繋がった………。」
『何言ってんだよ。おまえが電話かけてきたんだろ。』
「そうなんだけど。繋がらないかと思ってた。」
『………久しぶりだな。どうした?』
電話越しから懐かしい声が聞こえる。
少し前に飲み会で会ったものの、南が避けていたため1度も会話を交わすことはなかった。
久しぶりに聞く彼の声は、少し低音になり大人の雰囲気が出ていた。
「今、夕映ちゃんと会っていたの。……昔の話しもしたよ。斎くん、どうして話さなかったの?理由を言えば、夕映だってわかってくれたと思うよ。」
斎は夕映が好きなのだ。
南にキスして欲しいと言われたから、「嫌いだ。」と言ったと伝えてしまえばすむ事だった。
それなのに、夕映には言わなかった。
それが南にはわからなかった。
『俺が言ったって意味ないだろ。おまえから話さないと、夕映が傷つくだけだ。』
はっきりとした口調で言う斎の言葉に、南はハッとした。
斎は全て夕映のために考えて動いていたのだと。それが彼女と付き合えなくなる原因だとわかっていても、夕映が傷つかない方を選んだとわかり、斎の優しさを改めて実感した。そして、斎は夕映がとても大切なのだとも。
「あの時は、あんな事を言ってしまってごめんね。」
『別に。気にしてない。』
「……俺の方こそ言い過ぎた、とか言わないんだね。」
『あれは俺の本音だからな。』
「………斎くん、らしいね。」
夕映と斎のお陰で、気持ちがすっきりした南は、思わず冗談を言い笑ってしまった。
電話越しの斎の口調も少し柔らかくなったのを感じ、南は安心した。
「夕映ちゃん、今、斎くんのところに向かってると思うよ。」
『そうか。わかった。』
「………ありがとう。………あの時、私を叱ってくれてくれて。」
南は、心の中にあった彼に伝えたい気持ちを素直に伝えた。
好きになれて幸せだった事。そして、告白を聞いてくれた事。そして、今電話をしてくれている事を。
『俺が弱いだけだ。……あいつに嫌われるのが、去っていかれるのが怖かったんだ。』
「それでもいい……私は今良かったと思えるから。電話に出てくれてありがとう。」
『あぁ。』
斎の言葉を聞いてすぐに、南は通話ボタンを押した。
そして、そのまま「九条斎」の連絡先を削除した。
「さようなら、大好きだった斎くん。……私の友達を大切にしてね。」
そう呟いた後、南はスマホをテーブルに置き、残っていたコーヒーを一口飲んだ。
氷が溶けたアイスコーヒーは、少しだけ苦味が薄くなったように感じた。
★☆★
南からの電話を終えた後。
斎は、すぐに車を走らせていた。
今日は夕映の誕生日だ。
この日のために、斎は仕事の合間を縫って、完成させて物がある。
それを夕映に早く見せたい。彼女が喜ぶ顔が見たい。それだけで寝るまもなく作り上げてきた。
そして、誕生日当日。意気込んで夕映の家に来たが、夕映はいなかった。
車の中で一時間待ったが、彼女は帰ってこない。
前に見た、夕映と後輩である伊央が手を繋いで歩く姿が頭をよぎった。
伊央と付き合い直す事にしたのだろうか。それもありえる話だ。
斎は夕映に「もう会いに来ないで。」とまで言われてしまっているのだ。
その言葉は、斎自身に大きな傷を与えていた。
そんなにも彼女に嫌われているとは思わなかった。けれど、最後に見た悲しげな顔を思い出すと、もう彼女と恋人になれないのではないか。そう思ってしまうのだった。
「はぁー………。あいつが俺のプレゼントを喜んでくれるはずもないって事なのか。」
ため息と共に、そんな言葉が自然と出てしまった。斎は、ハンドルに顔を埋めて、もう一度大きくため息をついた。
そんな時に南からの電話が来た。
南が昔の話を夕映にした事。
そして、夕映が自分に来ようとしている事を知った。斎は、それを聞いて内心では大きく安心していた。
夕映が本当の事を知った。
それをわざわざ南に聞いたと言う事は、ずっと自分の事を考えてくれたのではないか。そう思ったのだ。
そして、理由がわかってからすぐに自分に会いにきてくれるのだ。斎は、今すぐに夕映に会って抱き締めたくなってしまう。
これから起こる事に期待してしまう。
夕映は今、どこに向かっているのだろうか?
スマホには連絡もない。
もう日付が変わる約一時間前だ。きっと会社に行くこともないだろう。
そうなると、場所は1つ。斎の自宅だった。
もちろん、彼女を連れていった事はない。けれど、話の中でどこに住んでいるかを伝えた覚えがあるのだ。
きっと、自宅に向かってるはずだ。
斎はそう確信して、ハンドルを強く握りしめて車を動かした。
今から会うであろう愛しい彼女を想い、斎は口元が緩んでしまう。
「次は絶対に離さない。待ってろよ、夕映。」
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