第34話「夢が叶う朝」






   34話「夢が叶う朝」








 幸せな夢を見ていた。

 けれど、目を開けてしまえば、その夢は一瞬のうちに忘れてしまうのだ。けれど、気持ちだけは満たされている。そんな夢を見たのは久しぶりだった。


 理由はわかっている。

 隣で眠る、彼のお陰なのだと。



 すやすやと眠る、銀髪で整った顔立ちの斎。

 昨夜は、何度も夕映の名前を呼び、切なげな表情で、お互いに気持ちをぶつけ合い、そして快楽に与えてくれた彼。我慢していた身体は、1度熱を帯びるとなかなか冷めてはくれずに、長い時間抱き合っていたはずだった。




 そして、気がつくと朝になっていた。

 夜景が綺麗だった窓には、いつの間にか薄いカーテンがひかれており、朝になっているのか明るくなっている。そして、夕映は斎が着ていたシャツを着ていた。寝ていたせいでシワになっている。夕映が寝てしまってから、斎が着せてくれたのだろう。

 隣の彼は裸のようで、鍛えられた肩が見えていた。



 「幸せだな………。」



 夕映は斎の寝顔を見ながら、彼を起こさないように小声で呟いた。

 誤解も解け、好きな人に好きと言える事。そして、こんなにも傍にいられる事がとても幸せだった。


 夕映はしばらく彼の寝顔を見つめた後、斎を起こさないようにベットを抜け出した。


 彼に朝食を作ろうとキッチンに行ったが、ほとんど食材が入っていなかった。斎は外食が多いのだろうか。パンと少しの調味料しかなく、夕映は朝食作りを断念した、


 広いリビングに行くと朝日が差し込んできており、とても明るい部屋になっていた。

 大きなソファの向かえには、本棚に囲まれたテレビもあった。


 夕映はそこから本を見ようとした。その時、ソファの前にあるテーブルに数冊の本が置いてある事に気づいたのだ。

 そして、それは見たことあるものばかり。


 

 「これって………私が翻訳した本………。」



 そこには、夕映が今まで翻訳した本が置かれていたのだ。初めて出版されたものから、最近のまで、全てが置かれていた。

 斎は夕映と別れたあとも、こうやって本を買って読んでいてくれたのがわかった。

 夕映は1冊手に取って見ると、何回も読んだのか、少し汚れている部分があった。

 そして、中身を開くと、夕映は更に驚く事になった。


 所々に赤ペンで線がひいてあったり、時々「この訳は?」などと、コメントまで書かれていた。



 それを見て、夕映はすぐに学生の頃を思い出した。

 夕映が洋書の翻訳をして、斎がチェックするという事をしていた。赤線はいい訳だと思うと引いてくれて、コメントは訳し方が間違っているのではと思われる所に書いてあったのだ。


 それを斎は恋人ではなくなった後にもやってくれていたのだ。

 

 夕映は、それを見つめながら、またボロボロと泣いてしまっていた。自分はこんなにも彼に愛されて、会っていない時でも斎は思ってくれていた。それが嬉しくて仕方がなかったのだ。




 「………こんなのずるいよ。斎、優しすぎる。」

 「俺が何だって?」



 突然、後ろから抱き締められて、夕映は泣き顔のまま驚いて後ろを向いてしまう。

 


 「おまえ、何泣いてるんだ……。」

 「あ、ごめん………。この本、見てたら嬉しくて………。」



 夕映が持っていた本を見せると、斎は恥ずかしそうにしながら「あぁ……それ、見たのか。」と微笑んだ。

 


 「こんなにチェックしてくれたり、褒めてくれたりしてたんだね。……沢山本を読んでくれてありがとう。」

 「……採点みたいな事されて嬉しいのかよ。」

 「うん。懐かしかったし、それに斎にいろいろ教えてもらうの好きだから。」



 そう言って、涙を拭きながら線が沢山入った本を見つめていた。

 少し前に神楽が教えてくれたのはこの事だったのだなと、夕映は思っていた。



 「おまえ、昨日誕生日だったよな?」

 「うん。……覚えててくれたんだ。」

 「当たり前だろう。そんな夕映に、もっと俺が好きになるプレゼントをやろう。」



 得意気微笑みながらそう言う斎に、夕映は思わず笑ってしまいそうになった。

 後ろから抱き締められていた夕映だったが、彼の方に向き直す。斎はTシャツにズボンを着ていた。

 そして、スマホを片手に持っている。



 「私は昔からずっと大好きだよ?」

 「………おまえな……また襲うぞ。」

 「………斎のえっち。」



 夕映がそう反撃をすると、斎は「その通りだよ。」と言って、夕映の唇に小さくキスをした。そして、小さな声で「おはよう。」と言い、また口づけを交わした。

 

 ゆっくりと唇を離し、お互いに目を見つめ合う。そして、クスクスと笑い「これじゃあ、話が進まないね。」と微笑みあったのだ。


 2人はリビングのソファに座り、斎はスマホの画面を見せた。



 「このホーム画面に、本のマークのアプリのアイコンあるだろ?それ、押してみろ。」

 「これ?……うん、わかった。」



 夕映は、斎のスマホを手に取り、そのアイコンを押した。


 すると、英語で「フリー作家の本屋」と出てきた。そして、応募数92件ありとも表示がある。

 夕映は不思議に思い、その1つを押してみるの、英文の物語が表示されたのだ。

 夕映はよくわからずに、斎の方を向いた。



 「斎………これは?」

 「これは無名作家でそして、日本でも出版して欲しいと思っている人が誰でも投稿出来るものだ。ここから選ばれた作品が本になったり電子書籍になって販売される。」

 「………それって。」

 「おまえも、無名作家でいい作品を翻訳してみたいって言ってただろ?」

 「………もしかして、私のためにこのアプリを作ってくれたの?」

 「あぁ。まぁ、アプリというか小さな会社だけどな。」



 斎の言葉に、夕映は驚いてしまった。

 誕生日プレゼントが翻訳の仕事だとは思いもしなかった。

 けれど、昔から斎と夕映が描いていたものそのものが現実になったものだった。


 このアプリを使えば、見たことがない海外の物語を知ることが出来、翻訳をすることも、そして日本に広める事が出来るのだ。



 「すごい!!斎、いつの間にこんな事考えてたの?」

 「俺が高校でアメリカ行ったのは、半分はこれをしたかったんだよ。あのときに、いろんな本屋や出版社と仲良くなっておいて、人脈を広げておいた。あとは、最近アプリの企画を通した。………おまえに会えたから、な。」



 そんな昔から自分との夢を叶えるために、斎は動いてくれていたのだ。そして、小さな会社まで立ち上げてくれたのだ。

 

 それを知って感動しないはずはなかった。



 「ありがとう、斎。最高の誕生日プレゼントね。」

 「約20年越しの夢が叶ったんだ。当たり前だろ。」

 「そうだね。……本になるのが、今からすごく楽しみ!」

 「あぁ、そうだな。とりあえず、俺がおすすめなのはこれだな。」



 そう言って、斎はアプリ内にある1つの本を押した。

 そこにはファンタジーなのか、妖精やドラゴンのような物たちが描かれている本が表示された。



 「挿し絵も綺麗になんだね。」

 「これはいい作品だった。日本でも有名になるぞ。」

 「うん、気になる!ねぇ、斎。少しお話し読んで?」

 「…………わかった。」



 夕映は、斎の肩に頭を乗せて、甘えるように彼に寄っ掛かった。すると、斎は夕映の頭を優しく撫でながら、とても優しくて落ち着いた口調で、本を読み始めた。しっかりと日本語に訳してくれる。

 それを聞きながら、夕映は昔を思い出していた。



 初めて会った時と同じ。

 彼の声を聞きながら、物語をワクワクした気持ちで待っている。

 そんな姿を夕映は今でも鮮明に思い出していた。


 それだけで幸せで、夕映は思わずフフッと笑ってしまった。すると、斎は物語を止めて夕映を見た。



 「何笑ってんだ?」

 「………昔みたいで幸せだなぁーって。」

 「そうだな。懐かしい。」

 「うん。」



 斎はスマホを置いて、夕映を優しく抱きしめた。

 彼の微笑んだ顔が目の前にあり、夕映はドキリとしてしまう。無邪気に笑う彼はまるで昔のままだった。




 「夕映、愛してる。昔も……いや、昔以上に。」

 「私も斎が大好きだよ。」



 恋人になれた事を確め合い、そして夢が叶った事を喜び合うように、斎と夕映は朝日に包まれながら、何度もキスを交わした。






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