第27話「冷たい声」
27話「冷たい声」
「昨日はごめんなさい。」
次の日の朝。
南は夕映に会うとすぐに、深く頭を下げて謝罪した。目の下にはくまが出来、目も腫れていた。昨日の夜、彼女がどうやって過ごしたのか。それを考えると夕映は心にズキッと痛みが走った。
けれど、それでも「気にしないで。」と言えるはずもなかった。きっと、夕映も南と同じぐらい酷い顔をしているはずだ。
彼女の言葉に悩み、そして今日の事を考えているうちに朝になってしまったのだ。
「うん…………。私もごめんなさい。南ちゃんの気持ちに気づこうとしなかった。」
「…………うん。」
お互いの謝罪を受け入れて、昨日の話しをしようとした。2人の考えは同じようで、夕映は安心した。やはり南は友達なのだ。
そして、南も夕映を友達だと思ってくれている。そう感じられて夕映も嬉しかった。
「南ちゃんが斎が好きだってわかっても、もちろん、彼を譲るつもりもない。私、斎が好きだから。」
夕映と南は場所を校舎裏に移動した。
大学の廊下では、どうしても人目がある。人気がないところを探して歩いていたら、そこに行き着いたのだ。
そして、夕映は後ろを歩いてきた南の方を向き、きっぱりとそう伝えた。
「私も、ずっと斎が好きだったの。南ちゃんは恋愛の事、あまり話したがらないって思ってたから斎の事話さなかったけど、斎とは小さな頃から知り合いだったの。……斎は私の憧れだったし、きっと初恋。……勝手に、恋愛話が嫌いって思ってたけど……。」
斎との話しを聞きたくなかっただけ。
夕映は言葉にはしなかったけれど、南もその続きを言わなかった。けれど、お互いにわかっていること。
「うん。斎くんとの話しは聞きたくなかっただけ。……だけど、斎くんが夕映の事を好きだってことは、見ててわかってた。……だからこそ、話しを聞きたくなかったのかもしれないけど。」
「……南ちゃん。」
「だから、昨日のパーティーはただの八つ当たりだよ。夕映ちゃんは、斎くんからもらったものを着てるのに、私は違う。そして、斎くんにエスコートしてもらう夕映ちゃんを見るのかって思ったら……。ごめんね。自分の感情のコントロールも出来ないなんて。」
「………ううん。いいよ。」
自分が南ちゃんの立場だったら、同じことをしていただろう。そんな事を思うのも、本当はダメなのかもしれない。けれど、そう思ってしまう。
好きな人の傍にいれない辛さは夕映もよく知っているのだから。
「南ちゃん。一緒に講義室行こう。」
「………ありがとう。」
こんな事で南との関係を止めることなどしない。それは、きっと南もそうだ。そう思い、夕映は南をいつものように誘った。いつも一緒に講義に行き、ランチを食べて、お茶をして帰る。お互いの部屋にも行くし、飲み会をしたりするし、夕映のテニスの試合を南が応援しに来てくれたり。学生らしい友達付き合い。だからこそ、大切な友達だった。
「ねぇ、夕映ちゃん。」
「ん?」
「1つだけお願いがあるの……。」
「何?」
夕映が先に講義室に行こうとすると、南に引き留められた。振り返ると南は真剣な表情でこちらを見つめてた。
「……斎くんを少し貸してほしい。」
「え………。」
「……少しの時間だけでいいの。……恋人がいるのに告白するのが間違ってるのはわかってる。けど………、私の気持ち伝えておきたいの。……斎くんは、迷惑かもしれないけど。私が前に進むために。」
少しオドオドした様子だった。けれど、南の瞳はまっすぐに夕映を見つめていた。
南は斎の答えがわかっているかのようだった。夕映も彼を信じているし、南に渡したくない。そう思っている。
本当ならば告白なんてしてほしくない。可愛い南に「好き。」なんて言われて嬉しくない男性はいないだろう。
けれど、夕映には断る事なんて出来ない。
自分の気持ちを相手に伝えるのは、誰にも口を出せない事なのだから。
「……今の時間は斎は講義とってないから図書室いると思う。」
「夕映ちゃん……。」
「私は斎の恋人だけど、斎が誰と話すかなんて決めるのは違うから。」
「ありがとう……夕映ちゃん。私行ってくる。」
うっすらと安堵して微笑んだ南に返事の代わりに頷いて、小走りで駆けていく南を夕映は見送った。
不安はない、と言った嘘になる。
けれど、恋人として今は何もするべきではない。待っている事しか出来ないのだ。
スマホを見ると、もう講義は始まっている時間だった。遅れていく事も考えたけれど、きっと集中出来ないだろう。夕映はそう思って、ゆっくりと食堂に向かった。アイスコーヒーを飲み、少し落ち着こうとしたけれど、ただ呆然としていると、考え込んでしまう。
「テニスしようかな。」
体を動かせば、変なことを考えなくても済む。そんな風に考えた夕映は一気にアイスコーヒーを飲み干して、すぐにテニスコートへと移動することにした。
一人ではテニスは出来ないので、スポーツウェアに着替えて走ろうかなと、部室のドアを開けようとした時だった。
先に部員がいたようで、中から声が聞こえた。どうやら、少しドアが開いていたようだった。
少しドアを開けた瞬間。
「お前何言ってるんだ。」
「…………。」
部室から聞こえてきたのは、斎の声だった。
斎の声に返事をしているのは女の人の声。けれど、小さすぎて聞き取れない。けれど、夕映はそれが誰なのかすぐにわかった。
「斎と南ちゃん……。」
何故か斎は怒っているようだった。
どうして、そんなことになってしまったのか。夕映は動揺してその場に立ち尽くしてしまった。
「…………嫌いだ。もしそういう気持ちでいるなら、もう俺に近寄らないでくれ。」
部室から聞こえた言葉は、とても冷たいものだった。
斎がドアに向かって歩いてくるのがわかり、夕映は咄嗟に物陰に隠れた。
そして、しばらくその場から動くことが出来なかった。
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