第26話「知らなかった想い」






   26話「知らなかった想い」





 次の日。

 朝早くに、南から大学に遅れるという連絡が入り、そのまま講義では会わなかった。

 けれど、昼食後に学食で彼女を見かけたのだ。

 夕映はホッとしながら、紙袋に入った物を見つめて微笑んだ。


 昨日の夜。

 夕映はある事を斎に頼んでいた。

 それは、南をパーティーに誘えないか、という事だった。南はパーティーに参加したことがないと言っていて憧れている様子だった。それを思い出して、斎に頼んだのだ。

 彼の会社のパーティーだったので、「いいぞ。」とすぐに承諾してくれたのだ。



 きっと、南は喜んでくれる。

 そう思って、夕映は南のところへ向かった。


 すると、彼女は学食から離れて行ってしまう。夕映は慌てて追いかけた。

 


 「南ちゃんっ!」

 「………夕映ちゃん。」



 夕映がやっと追いついた時には、食堂から離れた図書館付近の廊下だった。人も少なく薄暗い場所。

 対して大きな声で呼んだわけでもないのに、音が反響して、とても大きく聞こえた。その声に驚いた様子で、南が振り向くがいつもの笑顔はなかった。



 「南ちゃん、どうしたの?」



 夕映は、呼吸を整えながら南に問いかけた。けれど、返ってくるのは彼女の覇気のない声と苦い微笑だった。



 「ごめんね。連絡しなくって。」

 「それはいいんだけど………元気ない?」

 「そんなことないよ。………それにどうしたの、そんなに急いで。」



 いつもならば、大学の時は一緒に行動している。それなのに、今日は南が来てくれないのだ。「どうしたの?」と聞きたいのは夕映の方だったけれど、何か理由があるのだろう。

 けれど、南から何も言わない。ならば、彼女から話してくれるのを待とうと夕映は思った。



 「あ、あのね。南ちゃん、パーティーに行ってみたいって行ってたでしょ?だから、一緒にいかない?斎が来てくれないかって。」

 「え……斎くんのパーティー?私が………。」

 「うん。今週末で急なんだけど。私も行くから一緒に行かない?」

 「……でも、私、ドレスとか持ってない。」

 「それなんだけど……これ、使ってくれないかな?」


 そう言って夕映は持っていた袋を南へと差し出した。そこには、少し前に着ていたドレスが入っているのだ。

 南はそれを受け取り、中身を見つめていた。

 その瞳はキラキラと期待に満ちているものに夕映は見えた。



 「これ………。」

 「これを着て一緒にパーティーに参加してほしいなーって。」

 「で、でも、夕映ちゃんのドレスは?」



 少しずつ瞳がいつもの南に戻ってきている。きっと嬉しいのだ。そう感じられて夕映はホッとした。

 


 「私は別のがあるから。昨日………斎が選んでくれたのがあるの。そのドレスは、私が高校の時に着たものなんだけど南ちゃんは可愛いから似合うかなって………。」



 そう言った瞬間。

 南の雰囲気が一転した。



 「………子どもだってこと?」

 「え……………。」



 「斎くんが選んでくれたドレスがあるから、自分には似合わなくなった子どもっぽい可愛いドレスは、子ども見たいな私にピッタリだってこと?」

 「南ちゃん?………私、そんな事…………。」



 急に態度が変わってしまった南に、夕映は驚き動揺した。

 彼女が俯いているからどんな表情をしているのかはわからない。けれど、声はどんどん低くなっている。



 「斎くんに選ばれたからって、バカにしないでよ!」

 「そんな事、思ってないよ!?」

 


 バンッと小さな衝撃が胸の辺りに感じた。

 そして、何かが床に落ちる音も聞こえた。

 夕映が下を向くと、先ほど南にあげたドレスの入った紙袋が夕映の足元に落ちていた。


 それを見てすぐに何が起こったのかを理解できた。

 南が、その紙袋を夕映に投げつけたのだと。



 「……ずっと昔から斎くんが好きだったのに。どうして大学から一緒になったあなたが選ばれるの?!地位だってそんなに高くないし、頭だって私よりよくない。………ずるいよ!!」

 「南……ちゃん………。」

 「………っっ………そんなドレスなんていらない。2人が一緒にいるパーティーなんて行きたくない………。」



 ボロボロと涙を溢しながら、キリッとした鋭い瞳で夕映を見つめる南の表情。それは、夕映が見たことがない彼女の表情だった。

 南は、呆然とする夕映と落ちたドレスを残して走り去って行った。



 夕映はしばらくその場から動く事が出来なかった。













 午後の講義を集中出来ないまま受け、夕映は斎に「少し体調が悪いから部活を休む。」と言ってそのまま自宅に帰った。斎は心配した様子だったけれど、今日は外せない仕事の打ち合わせがあったようで、「何かあったら連絡を寄越せよ。」と、心配しながら仕事にいってしまった。

 けれど、夕映にとっては都合がよかった。

 今、斎と一緒にいる時にどんな顔をすればいいのかわからなかったからだ。





 家に帰ってから、夕映は南にプレゼントするはずだったドレスを抱き締めたまま、部屋のソファで呆然としていた。



 「南ちゃんも斎が好きだったなんて。気づかなかった………南ちゃん、ずっと苦しかっただろうな。」


 

 南の前で斎の話しをしなくても、構内で一緒に歩いていたり、朝一緒に大学の来たりしているのを見ているはずだ。

 好きな人に恋人が出来た。それが友達だというのは、とても苦しいはずだと、夕映は逆の立場になって考えるだけで切なくなった。


 南はいつから彼が好きだったのだろうか。

 もし小学生の頃だとしたら、とても長い期間だ。その間、ずっと片想いをしていたのだろうか。


 南の気持ちに気づかずに、彼女を傷つける態度をとってしまった自分は悪いなと夕映は思っていた。

 けれど、譲れないものもある。



 「南ちゃん、私もずっと昔から斎に憧れていたんだよ………。」



 それは、もちろん大好きな斎だ。


 斎と付き合えることになったのは、奇跡のような事かもしれない。けれど、斎と恋人になって夕映は幸せだった。

 そんな彼を友達が好きだからと言って、別れようとは思えなかった。



 「私も頑固なのかな……。」



 苦笑しながらも、先ほどまで彼に会えないと思っていたのに、もう斎に会いたくなっている自分がいた。



 「明日、ちゃんと南ちゃんとお話ししよう。」



 夕映は、ずっと抱きしめていたドレスをテーブルの上に置いた。



 それを見つめながら夕映はそう決心をした。




 

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