第25話「お買い物」






   25話「お買い物」





 「ん………斎……。」



 まだ眠い目を擦りながら、ゆっくりと瞼を開く。すると、そこには愛しい人が、ベットに座り、こちらを優しい視線で見つめていた。



 「やっと起きたか。随分熟睡してたな。」

 「うん………まだ、眠い……。」

 


 斎が夕映の頭を撫でる。それがとても心地よくて、またウトウトとしてしまう。

 すると、斎はクククと笑いながら、「二度寝するな。」と言って、頭を手のひらで優しく叩く。そんな些細なやり取りが、幸せな時間だ。



 「買い物行く時間なくなるだろ。」

 「買い物って大学行かなきゃいけないんだから……。」

 「おまえ……もう昼前だぞ?」

 「…………えっ!?」



 斎の言葉で穏やかな朝が一転してしまう。朝でも穏やかでもなく、もう昼間で完璧に寝坊していたのだ。



 「い、斎ー!何で起こしてくれなかったの?」

 「……別にいいだろ?1日ぐらい。おれら今まで真面目に出席してたんだから。」

 「でも………。」



 真面目な夕映は、体調が悪いわけでも用事があったわけでもないのに、大学を休むのに抵抗があった。そのため、もうとっくに講義が始まっているのに、サボってしまった事に納得も出来ず、後悔していた。

 そんな夕映を見て、斎は苦笑しながらも、夕映の服を差し出してきた。

 


 「もう時間は戻せないんだ。今日は諦めろ。」

 「………わかった。でも、南に連絡しないと。」

 「あー……確かにスマホが何回かバイブ鳴ってたな。」

 「えっ!?」

 「いいから早く着替えろ。そんな格好だと………また襲うぞ。」

 「あ…………。」



 気づけば、夕映の格好は斎が着ていたシャツ1枚だけだったのだ。それで、ベットから出ようとしていた事を思い出し、夕映は慌てて布団で体を隠した。もちろん、顔は一瞬で真っ赤になっている。


 

 「着替えるからっ!」

 「わかった。リビングでブランチにするから早く来いよ。」

 「うん、わかった。」

 「シャワーも使うなら使っていいから。」

 「……ありがとう、斎。」



 何から何まで準備をしてくれる彼にお礼を伝えながら、洋服に着替えた。


 そしてすぐにスマホを確認すると、案の定、南から数件の電話が来ていたのだ。

 今は昼食の時間のはずなので、南も出てくれるだろうと思い、すぐに電話を掛けることにした。すると、すぐに電話が繋がった。



 「南ちゃん。今日は連絡出来なくてごめんね。」

 『夕映ちゃん。連絡ついてよかったよ。どうしたの?体調悪いとか?』

 「ううん。………ちょっといろいろあって。今から行きたいんだけど。少し離れたところにいて………。」

 『え、デートとか?』

 「えっとー、斎の実家に来てて……….。」


 

 南の反応に、夕映は少し驚いてしまった。

 いつもの南は、恋愛の話や斎の話を自分からすることがなかったのだ。あまり、恋愛の話が好きではないのだと思っていたので、斎との話しもほとんど彼女にはしていなかった。

 それなのに、南からデートと聞かれてしまったのだ。それに対して夕映は隠すつもりはなかったが、少し恥ずかしくなりながらも自分の現状を伝えた。



 すると、何故か南が黙り込んでしまったのだ。

 

 「み、南ちゃん?どうしたの………。」

 『斎くんの実家って、九条家だよね。……もうご両親ともお会いしてるんだ………。』

 「斎のご両親とは昔から知り合いだよ。」

 『そうなんだ…………。』

 「…………南ちゃん、」



 どうしたの?と、再度聞こうとした時だった。


 「おい、夕映?」

 「あ………斎。」

 『じ、事情はわかったわ。気にしなくていいから。また、明日ね。』

 「あ、南ちゃんっ!………切れちゃった。」



 いつもと様子が違う南を心配して、夕映はスマホの画面を見つめた。

 すると、斎も心配して「悪い、電話中だったんだな。………大丈夫か?」と近寄って来てくれた。



 「南ちゃんに電話したんだけど。何だか様子がおかしいよう気がして。私が連絡もなしに休んだからかな?」

 「それぐらいで、怒る奴じゃないだろ?」

 「そうだよね……。」

 「明日、ちゃんと話せばいい。」

 「うん、そうしてみる……….。」



 斎の言葉を聞いて、「大丈夫だ。」と思うようした。きっと考えすぎだろう。電話越しだと、相手の顔がみれないから気持ちが伝わってこないだけなはずだ。

 気にしすぎは悪い癖だ。


 そう思っていたけれど、シャワーを浴びたり着替えをしたりしながらも、先程の電話の越しの南の声を忘れることが出来なかった。





 その後、遅めのブランチをとり、夕映と斎は約束通りに買い物へと出掛けた。

 パーティーのドレスを買いに来たので、女性もののドレスやファッションショップに行くと思っていた。けれど、連れてこられたのは、予想外の場所だった。



 「ねぇ……斎、本当にここでいいの?」

 「あぁ。ここだと俺の担当もいるし、ちょうどいいだろ。」

 「でも、one sinって超高級ブランドだよ?」

 「俺は働いてるから大丈夫だ。」

 「私は無理だよ………。」



 斎が夕映を連れてきた場所。

 それは、高級ファッションブランドのone sinと言われるお店だった。数あるブランドの中でもハイブランドと言われており、夕映もなかなか手が届かない。

 その店で、大学生の彼がすでに担当スタッフがいるというのだからさすがだと夕映は思った。


 綺麗な店員さんに案内されてVIPルームに行くと、斎が話していたのかすでにたくさんのドレスが準備されていた。


 

 「夕映はどれがいい?」

 「えっと………このブラックの可愛いかな。」

 「じゃあ、それと………俺が選んだ、これとこれ。それに着替えて見せろ。」

 「へ?わ、私こんな真っ赤な色とか、花柄とか………似合わないよ!」

 「俺が良いって思ったんだ。とりあえず、着てみろ。」

 「…………うぅー。笑わないでね。」



 斎が選んだのは、真っ赤な色が鮮やかなタイトめなドレスと、真っ白の記事に花柄が綺麗に刺繍されているドレスだった。華やかすぎて、なかなか自分では選ばない種類のものだったので、夕映も驚いてしまう。

 けれど、斎が選んでくれたものであるし、彼が「試着しろ。」と言ったのだから、着てみないといけないのだろう。それまで、彼は諦めないとわかっていた。


 試着室に入った後は、隠れてため息をついた。



 始めに着たのは、もちろん自分が選んだ真っ黒のドレスだった。けれど、同じ生地で裾に花が立体的に作られており、とても綺麗なドレスだった。胸や背中が少し開いているのは気になったけれど、そこまで気にするものでもないかな、と思い夕映はすっかり気に入ってしまった。



 「着替え終わったよ。」



 恐る恐るカーテンを開ける。

 すると、そこには店員の姿はなく、斎だけがソファに座って待っていてくれた。 

 夕映がカーテンから出てくると、少し驚いた顔になっていた。



 「あ、あんまり似合ってない……かな?」

 「………いや、綺麗だ。思った以上に似合ってていいな。白い肌がさらに映えるな……こういうのもありだな。」

 「よかった。私もこのドレス気に入った。」

 「………確かにこれもよかったな。おまえは自分が似合うもの知ってるんだな。」



 感心しながら微笑む斎。それを見て、彼に認められたような気がして、夕映は少しだけ嬉しくなった。



 「これもいいが。他のも着てみろよ。絶対に似合う。」

 「う、うん………。」



 夕映は内心では赤なんて自分には似合わないよ。と思っていた。

 実際に着た事がない。それに花柄も同じで、ピンクや赤を基調にしたかわいい系のものはあまり着た事がなかった。



 「似合わなかったら……斎に見せるのイヤだな。」



 そんな弱音を試着室の中で一人呟いていた。





 

 けれど、その心配は杞憂だった。

 


 「斎っ!これ、すごくいいかも!」



 赤のドレスを着て、鏡を見た瞬間、夕映はすぐに試着室のカーテンを開けた。

 すると、自分が選んだドレスを着た夕映を見て、斎はニヤリと微笑んだのだ。



 「いいな、それ。」


 

 斎は満足そうに微笑んでいた。

 真っ赤なドレスは、着てみるとそこまで派手ではなく、黒よりも夕映の雰囲気に合っていた。髪をアップにすれば大人っぽく変身出来そうだった。

 

 その後、花柄のドレスも着てみたが、それも予想以上に違和感なく着ることが出来て、夕映自身のファッションの幅が広がったように思えた。



 その後、試着室を出ると、斎がドレスの会計を済ませて待っていた。そして手には大きな紙袋を持っている。


 すぐに彼の車に戻り、2人きりになった瞬間に、夕映は斎に問いかけた。



 「斎、ドレスありがとう。……でも、あんな高価なドレスを3着も買うなんて……。」



 そう。斎は試着したドレスを3着とも買ってしまったのだ。彼がどれが1番いいと思ったのか、決めてもらうと思ったのだが、全部購入してしまっているのだから、夕映も驚いてしまった。お店にいるときは、動揺しないようにしていたけれど、すぐにでも彼に問い詰めたくて仕方がなかった。



 「どれも似合ってたからいいだろ。それに……。」

 「え?」

 


 斎はスッと夕映に近づき、耳元で色っぽく囁いた。



 「男がドレスをプレゼントするのは、脱がせたいからって言うだろ?」

 「………なっ!!」

 「帰ってからまた着てみてくれよ。……ま、パーティー当日の楽しみでもいいけどな。」

 


 ニヤニヤして、楽しそうに笑いながら車のエンジンをつける斎を、夕映は顔を真っ赤にさせながら見つめるしかなかった。



 



 けれど、そのドレスを着る日は訪れることはなかったのだった。

 




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