第24話「思い出の場所と香り」
24話「思い出の場所と香り」
斎との大学生活は、甘くて、切なくて、でも、楽しくて刺激的なものだった。
斎は基本的には優しいけれど、少し意地悪な部分や俺様なところがあるので、ケンカをすることも多々あった。けれど、その時間が勿体ないという斎はすぐに「悪かった。」と謝ってくれるのだ。ケンカをしてギクシャクしてるしている時間があるなら、仲良く過ごしていた方がたのしいだろ、という考えらしい。
始めは、「ただ謝ればいいって思ってる。」なんて、子どもみたいな反抗をしていた夕映だったけれど、一緒に過ごしていくうちに、「彼の言う通りだな。」と思うようになっていた。ケンカになる前に話し合って、なるべくケンカをしないようになっているのだ。
そのため、彼といる時間は心地良いものになっていた。
そして、彼の付き合うなかで大学と同じぐらい長い時間を過ごしていたのが、彼の部屋にある本の部屋だった。
斎はよく九条家の実家に招いてくれたので、彼の両親とも仲良くなっていた。斎がいない時でも一緒に夕飯を食べる中になり、とても可愛がってくれているのを夕映自身も感じていた。
そんな幸せな日々を過ごしていた大学4年の終わりの時期に事件が起こった。
斎は大学の頃から自分の会社を持っていたので、もちろん就職もなかった。夕映も翻訳家として活動するために、学生の頃から少しずつ仕事を貰っていたので、就職活動もほとんどなく、ゆったりとした学生生活の最後を送ろうとしていた。
この日、夕映は九条の家に遊びに来ていた。
今日は斎のご両親も神楽もいないため、数人の使用人しかいないという事だった。少し前まで、斎も一緒にいたのだが、会社からの呼び出しがあり、「ちょっと出てくる。すぐに帰ってくる。」と、夕映の額にキスを落としてから、すぐに車で出掛けてしまった。
それから夕映の大好きな本の部屋で一人過ごしていたのだ。
部屋の中央にあるふわふわのソファ。そこに丸くなりながら本を読んでいた。けれど、先ほどから妙に集中出来ないのだ。
原因はすぐにわかっていた。
先ほどから、彼の香りが夕映を包んでいる。青葉の香りと柑橘系のさっぱりとした香り。
このソファについてしまった香りなのだと夕映は思っていた。けれども、そうではなかったのだ。先ほど、ソファから立ち上がり本棚を見てあるいた時にもふわりと香ったのだ。どうしてなのか。答えは簡単だった。
夕映に彼の香りが移っているのだ。
それがわかった瞬間に、恥ずかしくも幸せな気持ちになった。
自分から彼の香りがする。先ほどまで、ずっとくっついていたからだと思いだし、照れながらも、すでに彼が恋しくなってしまうのだ。
「なんだか、斎を知れば知るほど好きになっていくなぁー。」
夕映は、ソファに体を倒しながら、持っていた本を抱き締める。
彼の優しい香りも一緒に包んでいるようで、夕映は思わず顔がほころんでしまう。
「早く帰ってきてね。」
そう呟いて目を瞑ると、夕映はあっという間にうとうとして寝てしまったのだった。
それから、どれぐらいの時間が経っただろうか。体がゆらゆらと揺れているのを感じて、夕映はゆっくりと目を開けた。
「ん…………、あれ?………斎……。」
気づくと、彼にお姫様抱っこのように抱えられていた。すぐ近くに彼の顔があり、起きた瞬間からドキリとしてしまう。心臓に悪い。
「あぁ、起きたのか。遅くなった、悪かったな。」
「ううん……。」
彼はゆっくりと本の部屋から出ようとしていた。外はすっかり暗くなっている。結構な時間寝てしまっていたようだった。
「明日、パーティーに行くことになったんだ。お前も一緒に行ってくれないか?あ、もうおまえの家には確認してある。」
「………それ、もう行かなきゃいけないんじゃない?」
「そうだな。明日、一緒にドレス選びに行くぞ。俺の隣りにいてもらんだ。俺が選んでやる。」
「………わかった。楽しみにしてる。………で、なんで抱っこしてるの?」
「あぁ、これは……なっ。」
「あ………キャッ………。」
斎は言葉が終わる前に、少し乱暴に夕映をある場所に落とした。
けれど、それは全く痛くなく、むしろふわふわで体が包まれるほど優しい場所だった。
だが、夕映はそこにいても全く安心出来なかった。
そこは、斎が使っているキングベッドだったのだ。
「話しは終わりだ。さて……、やっと2人きりになれたな。」
斎はニヤリと笑いながらベットに上がり、着ていたスーツのジャケットを脱ぎ、そしてネクタイを乱暴に片手で緩めながら、夕映に近づいてきた。
ここはベットの上で、彼が服を脱ぎ始めている。そして、斎の瞳はまるで肉食動物のように獲物を狙っているかのような鋭い目つき、それなのに、色気も感じるようなものだった。
それを意味する事。夕映だってもうわかっている。彼と付き合い始めてから、ずっと彼に求められ、求めてきた甘い快楽への誘いだと。
全身に甘い痺れを感じ、そしてが彼が与えてくれる優しい快楽へ期待からだと、夕映は知っていた。
「ま、待って……ここは実家だよ?いつもここではしないじゃない。」
「今日は両親も神楽もいない。他の使用人も朝早くまで戻ってこない。」
「え…………。」
「だから、さっき言っただろ?2人きりだって。」
斎は、ベットに横になっている夕映のすぐ近くまで寄り、そして頭の脇に腕を置いた。
すぐ近くに斎の綺麗な顔がある。きっと自分の顔は真っ赤になっているはずなのに、彼はまだ余裕な表情なのが悔しい。
そう思って、夕映は彼の頭に手を伸ばして、髪を優しく撫でた。
「じゃあ、今日はこのベットに泊まっていいの?」
「あぁ………特別に許してやるよ、夕映。その代わりのおまえを貰うけどな。」
「うん、いいよ………。」
そう返事をしながら、彼の緑色の瞳を見つめる。すると、その瞳が少し揺らいだ。それがわかった瞬間には、彼の唇が落ちてきた。
優しく額や目、頬、耳、そして唇に落とされる。それだけで、体に熱がこもっていくのがわかった。
彼に与えられる気持ちよさにうっとりしながら目を閉じると、すぐに「夕映、目を開けろ。」と耳元で囁かれる。
「ん………だって、恥ずかしいよ。」
夕映の服を脱がしたあと、自分もセーターを脱ぎ、目の前には彼の引き締まった上半身が見えていた。何回も見ているはずの彼の体。
それなのに、夕映まだ直視するのが恥ずかしくて仕方がなかった。
「ダメだ。今から誰に抱かれるのか、しっかり見とけっていつも言ってるだろ。」
「で、でも…………。」
「たったく、しょーがない奴だな。」
斎の言葉は乱暴だ。けれど、全く怒っていない、むしろ微笑んだ様子でそう言うと。夕映の体にギュッとくっついて抱き締めてくるのだ。
裸同士の体が合わさり、彼を直接感じられる瞬間だった。裸を見るのは恥ずかしいけれど、こうやって素肌を合わせるのを夕映が好きだと、斎は知っているのだ。
「ん………温かい。」
「仕方がないから、少しこうしててやるよ。」
「ありがとう、斎。」
「………少ししたら、覚悟しとけよ。」
「…………はい。」
夕映はその言葉をドキドキしながら聞いていた。けれど、その先の事を期待していないわけではない。
彼が自分を求めて、名前を呼び、そして気持ちよさそうにしてくれる。そして、その快楽は彼と同じなのだとわかる時間。
夕映はその行為と時間が好きだった。
もちろん、恥ずかしいから口には出せはしない。けれど、彼も気づいているだろう。
きっと、斎も同じ思いなのだから。
そんな事を思いながら、その日は彼の生まれ育った部屋で、彼に抱かれたのだ。
このベットで過ごすのは最初で最後になると、その時は知るよしもなかった。
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