第17話「逃げないで」
17話「逃げないで」
夕映の一言が原因だったのか。
依央は黙り混んでしまい、妙な雰囲気になってしまった。夕映はどうしていいのかわからず、おろおろしながらも持っていた本を元の場所に戻した。
「あの、依央くん……私なにか……。」
しちゃったかな?、と聞こうと思った。
けれども、その言葉を言う前に、依央に手首を掴まれて、そのまま彼に引っ張られるように歩き始めた。
依央の力はとても強く、当たり前の事だけれど夕映は彼が男の人なのだと改めて感じていた。
店の外に出るともう夕方になっており、薄暗い空に変わっていた。
人混みの中を、依央は縫うように足早に歩いていく。夕映が小走りになっているのにも気づかず、ただその場から早く離れたいという一心からなのか、それとも何かに遅れそうなのか、夕映には理由がわからなかったけれど、彼が焦っているのを感じていた。
「…………。」
そんな彼に声を掛ける事も出来ず、夕映は彼の後についていくしかなかった。
早足のせいで、呼吸は乱れていたし、ヒールをはいている足はガクガクし、そして彼に掴まれた手首もギリギリと痛んだ。
それに必死に耐えながら、依央の考えを必死に探そうとした。けれども、彼が今何を思っているのか、夕映にはわからなかった。
しばらく町中を歩いていたが、しばらくすると静かな路地に着いた。
そして、依央が足を止めたのは大きな木に囲まれた小さな公園だった。辺りは真っ暗で、裏路地という事もあり、公園には誰もいなく、静かな雰囲気に包まれていた。
荒い呼吸のまま、依央の背中を見つめた。
依央は、やっと夕映から手を離してくれたけれど、こちらを見ようとしてくれなかった。まだ、怒っているのだろうか?
夕映は恐る恐る、彼に声を掛けた。
「依央くん………、どうしたの?」
「…………。」
「……やっぱり悩み事とかある?……それに、私が何かしちゃったかな?」
夕映は、彼の肩に手を伸ばそうとした。
すると、依央に少し触れた瞬間。
それは刹那な事だった。
夕映が気づくと、いつの間にか依央に抱きしめられていたのだ。それはいつものように優しい彼とは思えないほど、力強くて先ほど手首を掴まれた以上だった。
「えっ……依央くん……?」
「夕映先輩…………。」
熱のこもった低い声。
彼の色っぽい声が体に響いてきて、夕映はドキッと体を揺らした。
「………さっきの話、斎先輩の事ですよね。背中を押してもらえたっていうの。」
「………それは……。」
「夕映先輩は、いつも斎先輩を見ていますよね。理由は教えてくれない………けど、それなのに、斎先輩を好きなのかわからなくなって別れたり、距離を置いたりしている。」
「……依央くん………。」
彼の言葉は全て自分には当てはまる事だった。それを依央は自分よりもわかっているのだ。
話を聞いていくうちに、夕映はどうしようもない不安に押し潰されそうになっていく。自分がどんなにバカな事をしているのか。
相手を傷つけているのか。
斎は好きだと言ってくれている。それをわかって会ったり話しをしたりして時間を共有しているのに、最後には斎を拒んでしまうのだ。
彼の言葉は夕映の胸に突き刺さった。
フラフラする体を彼に預けて、泣きそうになりながら依央を見つめる。
もう、自分はどうすればいいのかわからなかった。
「……夕映先輩。僕はあなたが好きです。俺なら先輩を迷わせない。あなたが聞きたいことは全部話します。不安になったら、傍にいます。………だから、俺を選んでくれませんか。」
片手で夕映の腰を抱き止め、もう片方の手で夕映の顔を包み込みながら、依央は真剣な眼差しで、予告通りに夕映に自分の気持ちを伝えた。
それが、予想以上に心を揺さぶるものになってしまい、夕映は自分でも驚いてしまう。
その理由は、すべて斎の気持ちのためだと気づいてはいた。
………私は斎を苦しめているのだと。そして、自分自身も。
「僕は夕映先輩と別れてしまった日からも、ずっとあなたが好きでした。……あなたを会いに行ったのも相談なんかじゃなくて、夕映先輩に会いたかったからです。愛しています………俺を選んでください。」
依央は真剣な表情の中にも悲しみの顔があり、それを間近で見ている夕映は、彼が泣いてしまうのではないか、そう思った。
そして、その表情は少し前の彼と同じに見えて、その時の顔と被ってしまう。
私は彼らにそんな顔をさせてしまっているのだ。
そう思うと辛くなり、夕映は咄嗟に彼から目を背けた。
「……ご、ごめんなさい。私、どうしていいかわからない。」
「夕映先輩、逃げないでください。」
「………逃げたいよ。そんな悲しそうな顔とか怒った顔の依央くんから逃げたい。」
「………ダメです。昔と違うんです。もう、僕は先輩を逃がしません。」
彼の澄んだ、真っ直ぐな意思を感じる声が夕映の耳に届く。
そして、抱きしめられていた腕はほどかれその代わりに顔を支えられ、そのまま彼の唇が夕映の唇に触れた。
強引なキスは、短いキスの後に少しだけ離れたけれどまた、夕映の唇を塞ぎ、息苦しくなるほどに甘くて激しいキスが降ってきた。
夕映は彼の胸を押すけれど、男性に力で勝てるはずもなく、ビクともしない依央の体に包まれながら、与えられるキスに翻弄されていた。
「っ………ぃおくん………。」
「……………。」
「…………っ……………。」
気づくと、夕映は瞳から涙が溢れだしていた。見たこともない彼の表情と、怖いぐらいのキス。抗うことも出来ない抱擁に、彼の言葉の意味。
全てが夕映に一気に降りかかってきたのだ。
心が押さえきれなくなって、感情が溢れでてしまった。
キスを繰り返す依央が、しばらくすると夕映の涙に気づいて、ハッした表情で夕映から唇を離した。
「…………あ、夕映せんぱ………。」
「やめて………もう、何もしないで。」
「あ、急にこんなことしてしまって……僕は………。」
「っっ!!」
先ほどの態度から一転して、いつもの穏やかな彼に戻ったのか、オロオロした表情で夕映の泣き顔を心配そうに見つめながら、また彼の指が夕映に向かって伸びてきた。
それを避けるように、夕映は彼の体を両手で強く押して、依央の抱擁から離れた。
力が入っていなかった彼の体からはすぐに逃れる事が出来た。そのまま、よろよろと数歩ずつ後退りながら、夕映はばつが悪そうに彼を見つめた。
「今、私に触れないで。………ごめん。」
「あ、夕映先輩っ……。」
夕映は、そのままよろよろと走りだし、涙で濡れた顔を手で拭きながら逃げるように夜の公園から飛び出した。
後ろから依央の呼び止める声が聞こえたけれど、彼の足音は聞こえては来なかった。
夜の街から逃げるように早足で歩く。何度も走ったため髪や服は乱れて、泣いたせいで化粧もボロボロだろう。
それでも、そんな事を気にしている余裕もなかった。
ただただ、依央から離れたかった。
彼の悲しげな表情からも、逃げられないキスからも、そして、胸が痛くなる言葉からも。
「ごめんなさい………。」
その言葉は、誰に届くこともなく街の雑踏に紛れて消えてしまった。
そして2人の彼には聞こえるはずもなかったのだった。
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