第18話「肌寒い夜に」
18話「肌寒い夜に」
バカだ。
自分は愚かすぎる。
自分が悪いのに、何故泣いているのだろうか。
夕映は自分を責め続けながら夜の街を歩いた。
先ほど涙は止まったはずなのに、自分の行為に嫌気を感じ、また涙が出てきてしまったのだ。人にばれないように手で拭いながら歩く。きっとアイメイクはヨレヨレになっているだろう。
依央の告白。
そして、夕映が斎を気になっている事を言い当てられた事。
依央の初めてみる怒った顔。そして、突然のキス。
それを思い出すだけで、胸が締め付けられるぐらい痛くなった。
けれど、それは全て自分のせいなのだと、夕映はわかっていた。
今日、依央に会ったら告白されるとわかっていた。それを事前に知らされながら、何も伝えずにのこのこと会いに来たのだ。彼がどんな風に告白するのかはわからなかったけれど、気持ちを伝えてくるのはわかっていたのだ。
それなのに、それまで何も言わずに彼と1日を過ごしてしまった。
そして、依央とのデート中に他の男の人を思い出してしまった。そして、自分の考えや行動の意味を、依央はわかっていたのだ。
夕映自身が気づかないようにしていた事を、面と向かって言われてしまった。
夕映は斎がまだ好きなのかもしれない。けれど、それをうやむやにしてしまい結局は依央に言わせてしまった。
そして、突然のキスと予告通りの告白。
夕映はそれから逃げてきてしまった。
何を迷っていたのか。
斎が好きならば、断ればよかったのに。依央とのやり直すつもりはないのなら、初めから会わなければよかったのだ。
斎とやり直せなくなった時にためのキープ。それとも、依央に甘えようとしている。
そう思われても仕方がないような事をしてしまったのだ。
相手が真剣に気持ちを伝えてくれたのに、それこら逃げてくるなんて最低だ。
「はぁー………何やってるんだろう、私………。」
夕映は大きくため息をつきながら、トボトボと帰り道を歩いた。
春の夜風はとても冷たい。
身を縮めながら、足早に家へ向かって歩いていた。
きっと家についたら反省ばかりして、また泣いてしまうのだろう。
沢山泣いてから、どうするか考えよう。
自分に甘いのかもしれない。早く依央に謝らなければいけないのかもしれない。
けれど、今は自分がどうしたのかを考えたい。
そんな事を考えながら、見えてきた自分の住むマンションを見た。
すると、玄関の前に見覚えがある車が停まっていた。大学の頃にも、そして最近も乗った、あの車だ。
「どうして………。」
しかし、どうして今彼が自分の家の前で待っているのか。それがわからなかった。
このタイミングで、会いに来るなんて…………。
夕映は足早に歩いていた足を止めてしまった。
今、彼に会ってはダメだ。
こんな姿を見せたら、彼は心配してしまう。
数歩後退りして、また逃げようとしている自分に夕映は気づいた。
また、逃げるのか。
それで、何がわかるのか。
彼はきっと会いに来てくれたのだ。
逃げるのをやめたけれど、夕映はそれ以上歩く事が出来ずに、呆然と彼の車を見つめていた。
すると、彼の方が動いた。
車から降りて、夕映が立っている方に歩いてくるのだ。今日も仕事終わりなのか、黒のスーツを着て、髪も少しかきあげてピッシリとしていた。銀色の前髪が少し垂れて、モデル顔負けの色気を出していた。
けれど、暗闇からでも、彼の歩き方や目付きで斎が少し怒っているのがわかった。
「斎………。」
「おまえ、何やってんだよ。連絡もしたのに返事もないし、こんなところで突っ立って動かないし……。」
「あの………ごめんなさい。ちょっと手が離せなくて。」
スマホはデート中はほとんど触れてなかったので、連絡が入っていたのに気づけなかった。彼がだんだん近づいてきて、街頭の光で斎の顔がはっきりと見えた瞬間、夕映は気まずくなって、思わず視線を逸らした。
自分が彼の顔を見えているという事は、彼も夕映の顔が見えたという事だ。泣き腫らした顔を。
「斎こそどうしたの?………私が帰ってくるまで待ってるなんて。何か用事でもあった?それとも、前回の事でも………。」
「………夕映。」
「………何?」
「何で俺の方を見ないんだよ。こっち向け。」
夕映は顔を見られたくない一心で言葉を紡ぎ続けた。けれど、そんな考えなど彼にはお見通しだった。察しがいい彼は、きっと饒舌になった夕映の様子がおかしいとすぐに感じ取ったのだろう。
「………この間ケンカしたから顔見たくないだけ。」
「嘘だな。」
「本当だよ。……それに、今、斎と会って話す事なんてないよ。」
「俺は会いたかったよ。」
「………おやすみなさい。」
彼の言葉は率直だ。
だからこそ、自分の中に溶けていくように馴染んで、そして嬉しくなってしまう。
けれど、今は彼に泣いた顔を見られたくない。そして、何より理由を聞かれたくなかった。
彼の横を素通りしてしまおうと歩くけれど、やはり斎はそう簡単には帰してはくれなかった。
彼の手が、夕映の腕に伸びて引き留められたのだ。
「ちょっと待て。」
「離してっ!」
「おまえ、泣いてるだろ。何かあったのか?」
「……泣いてないよ。何にもないから………。」
「おまえ、さっきまで依央と一緒にいただろ?」
「え………。」
斎の言葉に、夕映は思わず固まってしまった。
どうして、それを知っているのか。
どこで見られていたのだろう。もしかして、公園で。一瞬の内に1日を振り返ってしまう。
黙ったままの夕映を見て、斎はため息をついた後、話を続けた。
「おまえと依央のやつが街で歩いてるのを見かけたんだよ。依央は真剣な顔でおまえを引っ張ってるし、おまえは焦った顔のままついていこうとしてるしな。……何かあったのかと思ってスマホに連絡しても返信ないし。車を置いてから追いかけようとしたけど見つからなかったからな。………だから、おまえの家でまつことにしたんだ。」
「………そうだったの。」
「依央に何か言われた?」
「………何でもないって。」
「じゃあ、何で泣いたんだ?」
斎は、夕映の顎に触れて、俯いていた顔を優しく引き上げる。それにより、夕映の顔は街頭に照らされてしまう。
「いやっ!離して……。」
「好きな女が泣いてるんだ。心配するに決まってるだろ。」
やはり彼は優しい。
街中で私の姿を見つけて、心配してくれたのだろう。彼の言葉の意味を考え、胸が熱くなる。
彼の胸に飛び込んで、抱き締めてもらえたらどんなに安心するだろう。彼の熱や匂いに包まれて、優しい言葉をかけられたら、きっと何も考えないで幸せになれるのだろう。
けれど、そんな事は出来るはずもなかった。
何からも逃げてしまっている夕映には、そんな資格もないのだ。
それに、斎は恋人でも何でもない、元彼氏なだけだ。
彼に甘えるなんて、自分にも甘えているだけだ。
そう思い、夕映は手を強く握りしめた。
「………じゃあ、この間の事、教えて。私の質問に答えてよ………。」
「それは言えないって言ってるだろ。」
「じゃあ、私の事なんて放っておいてよっ!………私、斎の事、好きかもしれないのに。………どうして答えてくれないの?」
「…………それだけは俺からは言えない。」
何度聞いても、どんな事があっても、彼は教えてはくれないつもりなのだろう。
好きだと言いながら、あなたを好きにさせてくれない。
本当に彼はずるい。
夕映は、赤くなった目で彼をキッと睨み付け、顔に触れていた彼の手を払った。
「っっ!もういい………これから私に会いに来ないで。来ても会わないから。」
「………夕映………。」
切なぜに呼ばれた名前。
きっと、また斎は泣きそうな顔をしているのだろう。
もう1度斎のそんな顔を見たくはなくて、夕映はその場から走り去った。
もう走って追われる事も、腕を掴まれる事も、名前を呼ばれる事もなかった。
きっと、これでもう最後になる。
夕映はそれを確信していた。
新しく始まるかもしれなかった恋は、ここで終わってしまったのだ。
彼を忘れなければ。
彼からどんどん離れ、自分の部屋に戻った頃には、涙が溢れてしまう。
玄関に座り込んだまま、夕映は声を殺して泣き続けた。
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