第15話「もう言ってるじゃない」
15話「もう言ってるじゃない」
斎から逃げ出してきてから数週間。
彼からは何も連絡は来なかった。
もともと連絡は突然の人だし、忙しい社長様なので、斎から何もないのはたまたまなのかもしれない。
けれど、最後に別れた時の彼の表情が夕映を不安にさせていた。
夕映が彼の手を拒否したのだ。
それに、元から彼との復縁は迷っていた事。もし連絡がこないとしても、別にいいはずなのに。……夕映の気持ちが晴れる事はなかった。
「斎くんの事考えてるの?」
「え?!」
目の前に座っていた南にそう言われて、思わず大きな声を出してしまった。夕映は自分の声に驚き、片手で口元を多い周りをキョロキョロと見た。幸い、こちらを見ている人はいなかったので、ホッとしながら南へ返事をする。
「なんで、いきなり斎が出てくるの?」
「なんだか考え事しているみたいだったから。」
「……それでなんで、彼が………。」
「この間の飲み会、2人で抜け出したんでしょ?だから。」
「それはそうだけど……。」
「違うの?」
「………違いません。」
南に追い詰められてしまい、夕映は渋々彼女の考えが当たっている事を認めた。南とは長い仲だ。夕映の事をよく理解しているため、彼女に内緒事は出来ないようだ。
向かい合って座る南は、ニッコリと笑った。そして、話してごらんという目線で夕映を見つめていた。
この日は、休日で南に誘われて夕食を食べに来ていた。南のセレクトで和食のおいしい店に連れてきてくれた。年齢層が高かったけれど、店内は落ち着いてたので、夕映は嬉しかった。
何点か焼き魚や煮物などを頼んで2人でつまみながら話をしていた。夕映は社長令嬢でありながらも、こういった一般的な店に慣れていたし、その方が落ち着けるような気がして好きだった。
南との楽しい時間のはずなのに、斎の事を考えてしまうなんて重症だと思いながらも、彼女に謝罪をした。そして、彼との事をどこまで話していいものなのか迷いながら、ポツリポツリと話をした。
「……飲み会の日は、懐かしさもあって話が盛り上がったの。私も彼ともっと話したいって思ってたから、斎にこの後も話そうって言われたから、それに応じたわ。それで………、そのー……。」
「そこまで言って、渋るのは許さないよ。話して欲しいな。」
「………なり直さないかって。2回目の恋をしないかって言われたの。」
「そうなんだ。夕映ちゃんは、何て返事をしたの?」
「断ったよ!もちろん……。」
夕映は咄嗟にそう答えた。
南には、悩んでいるなんて知られたくない。
あんな事があったのに。
私まで彼女を傷つけてしまう。そう思ったのだ。
けれど、南はそれを聞いて苦しそうに微笑んだ。そんなに無理をするなら笑わなくていいのに、そう思わせるほど切ない笑みだった。
「夕映ちゃん。だったら、なんでここでも悩んでいるの?」
「………それは………。」
「夕映ちゃん。私は、あの事はもう気にしてないよ。それに、夕映ちゃんが気にするような事じゃないし。」
「でも……。」
「……それに、あれは私が………。」
南は少し考えた後に、意を決して何かを伝えようとしていた。けれど、夕映と目が合った瞬間に、その言葉が止まり続きが口から出てこない様子だった。
そんな南を見て、夕映は不思議に思いながらも心配をして声を掛けた。
「南ちゃん…………?どうしたの?」
「ご、ごめんなさい。やっぱり何でもないの。でも、私の事は気にしなくてもいいからね。夕映ちゃんがどうしたいのかで決めていいと思うよ。」
「…………そうだね。」
南の言葉に対して曖昧に答えながら、夕映は「彼が何も教えてくれないから、決められないんだよ。」と、心の中で呟いていた。
その時だった。
夕映のスマホが小さく震えた。
スマホの画面を見ると「依央くん」と表示されていた。
「噂をすれば………斎くん?」
「違うよ。斎は忙しくて連絡なんかマメに寄越さないの。今のは、依央くん。」
「え、依央くんとも連絡取ってたの?」
「うん。何か、相談したいことなるみたいで。飲み会の後、何回か会ってるんだ。」
「ふーん。夕映は、相変わらずモテるねー。」
「何でそうなるの?」
「なんでもない。それにしても、元彼2人かぁー…………ふふふっ。」
「何にもないって言ってるのに。南ちゃん、何か楽しんでない?」
「そんな事ないよー。」
「もうっ!」
南は含んだ笑い見せながら、夕映と一緒に微笑んだ。先ほどの苦しそうな表情がなくなり、夕映は安心しながら南とまた話を始める。
けれど、彼女のあの表情と言葉の続きが妙に気になってしまったのだった。
やはり、南はまだあの事を気にしているのだろう。
もし、私が彼女の立場だったのならば苦しくて悲しかったと思う。
南の思いに気づかないで舞い上がっていた当時の自分が今になっても許せなかった。
それに彼も………。
また、南を傷つけることになるかもしれない。もしかしたら、南はまだ………。
だとしても、自分の気持ち、そして彼の気持ちが大切なのもわかっている。遠慮をするのも南を傷つける事になるのも理解しているつもりだった。
だったら、私はどうすればいいの?
夕映は自分がどうしたいのか。どうするべきなのか。もう、わからなくなっていた。
ぐじゃぐじゃになった想いから逃げてしまいたい。
そう思ったときに、現れたのが依央なのだ。
彼ならば、また受け止めてくれるだろうか。甘えてもいいのかな。
そんな事を考えながら………スマホを画面を見つめて彼に連絡をしてしまうのだった。
『夕映さんが貸してくれた本、読みました!とっても面白かったですー!まさか、主人公の子どもの頃からあの人が関わっていたなんて!ラストは沢山泣いちゃいました。』
南との食事会が終わった後、夕映は連絡をくれた依央に電話をかけた。すると、3コールぐらいですぐに彼は電話に出てくれ、その後は本の話をしていた。
彼は本を読み終わったばかりなのか、とても興奮している様子だった。そんな幼い子どものような彼の声を聞いていると、悩んでいた心が少しだけ溶けていくようだった。
「依央くん、もう読んじゃったんだね。でも、あのお話は夢中になっちゃうよね。」
『はい!上下巻の長いお話でしたが、すごく夢中になれました。あの男の人のように好きな人を見守りつづけていくのって素敵ですよねー。』
「そうだね。すごく素敵だと思う。」
『僕も………。』
「ん?依央くん?」
呟くような声が耳から聞こえたけれど、あまりに小さすぎたので彼の声が聞こえなかった。「どうしたの?」と聞き直すと、依央は『……いえ、何でもないです。』と、言葉を濁した。
『あの、もしよかったら夕映さんから借りた本と同じ作者さんの本を買いに行きたいんですけど。………一緒に本屋に行ってくれませんか?』
「……うん。いいよ。」
『本当ですか!?………夕映さんと出掛けるなんて嬉しいです。』
「そんな、いつでも付き合うのに。」
そういうと、何故か依央の返事がなかった。
何か変なことを言ってしまったのだろうか?と、夕映は自分の言葉を振り返るが、変な所はなかったはずだと不思議に思った。
夕映まで黙ってしまうと、妙な沈黙が訪れた。
けれど、その間もすぐに終わりを迎える。
『夕映さんとのデートだと思ってますから。』
「え……。」
『……別れてから、僕の気持ちはまだ終わってないんです。だから、今こうやって話せるのが嬉しいんですよ。………夕映さん、次のデートで僕は好きだって伝えますから。』
「………依央くん。私……。」
『だめですよ!今のは告白じゃないから返事しちゃ。じゃあ、会える日を楽しみにしてますね。』
自分の気持ちだけ夕映に伝えた依央は、さっさと電話を切ってしまった。彼の事だから、恥ずかしくなって逃げてしまったのだろうと、夕映にはわかっていた。
「………好きだって伝えるって……もう言ってるじゃない。」
スマホを持ったまま、すでに電話が切れている画面を見つめて、夕映は呟いた。
しばらく「依央くん」と表示された通話ボタンを見つめたまま、夕映は呆然としてしまう。
「みんな、勝手だよ………。私、どうしたらいいいの………。」
泣きそうな声をあげて、夕映はカーテンの隙間から見える星空を見つめることしかできなかった。
その時にパッと脳裏に浮かんだのは、泣きそうな彼と悔しそうな彼。どちらが先に頭に浮かんだか、そんな事は夕映にはわからなかった。
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