第14話「話してくれないくせに」
14話「話してくれないくせに」
気づくとウトウトとしてしまっていたようで、夕映は本に囲まれた部屋にあるソファで、丸まって寝ていた。
心地いいのは、懐かしい部屋にいるからだと思っていた。けれど、それは違った。
いつの間にかに隣に座っていた斎が、頭を撫でていてくれたのだ。
きっと、それが気持ちよくて彼がいるのに寝てしまっていたのだろう、と夕映は思った。
先ほどまで彼のしたことを怒っていたはずなのに、気づくとその気持ちが落ち着いてきていた。
少し体を動かすと、起きたことに気づいた斎が「あぁ。起きたのか。」と言って、頭に触れていた手を離した。それが何故か寂しくて、夕映は胸がギュッと締め付けられる思いがした。
「ごめんなさい。寝てしまって………、どれぐらい寝てた?」
「30分も経ってない。」
「そっか。」
夕映は、ゆっくりとベットから起き上がり、彼を見つめた。彼はシャツに細身のズボンを履いてラフな格好をしていた。頭にはタオルがかかっており、少しだけ濡れていた。きっと、乾かさずにここに来てくれたのだろう。
「その本見たいなら貸す。……帰るか?」
「………どうして、南にあんな事を言ったの?」
ソファから立ち上がろうとした彼のシャツを指で引っ張り、斎を引き留めた。
そして、ずっと聞きたかった事を彼に伝えたのだ。
すると、彼は少しだけ驚いた顔を見せたけれど、すぐに「……またかよ。」と言って、小さく息を吐いた。
「それは前にも言っただろ。嫌いだから、嫌いと言った。ただそれだけだ。」
「それが、相手を傷つける言葉だとしても、斎はそれを言ってしまうような人なの?」
「………おまえは、あの時の事を知らないだろ。」
「話してくれないのは斎でしょ?」
「俺から話す事はない。」
斎はきっぱりと言い捨てると、そのまま視線を窓の外に向けた。つられて、夕映も視線をそちらに向けると、もうすっかりと薄暗くなり夕方の景色が広がっていた。
彼の横顔を見つめながら、泣きそうになるのを必死に我慢していた。
今の斎なら話してくれると思っていた。そして、ちゃんとした理由があるのだと信じていた。
それを知る事が出来ると、期待していた。
それなのに、昔と変わることはなかったのだ。
斎は何も教えてはくれない。
嘘を言わないけれど、都合の悪いことは教えてくれないのだ。
どうして、本気で好きにならせてくれなの?
そんな事を言えるほど、夕映は幼くも素直にもなれなかった。
「わかった。………もう、帰る。」
「夕映っ。」
「いやッ!」
斎の手が自分に触れそうになると、夕映はそれを手で払いのけた。
パンッという乾いた音が小さな本の部屋に響いた。
「ご、ごめんなさい……。あの、私一人で帰れるから。………今日は、ありがとう。」
呆然と立ち尽くす斎から逃げるように小走りで斎の部屋から急いで出た。
普段の彼ならば、怒って追いかけてくるだろう。
「……なんであんな顔するのよ。いつもみたいに、余裕の笑みを見せてよ。」
夕映は、涙を流しながら呟いた。
ポタポタと綺麗に磨かれた廊下に水滴が落ちていく。
夕映が彼の手を払いのけた瞬間。
斎の顔が驚いた表情に変わり、そして、悲しそうに下を向いていたのだ。
斎のそんな表情を見たのは初めてで、夕映は動揺してしまった。
「どうして斎がそんな顔をするの………私だって、どうしていいかわからないよ。」
人気のない廊下で、夕映は声を殺して泣いた。
頭に残っているのは、斎の表情。そして、言葉だけだった。
落ち着きを取り戻してから、九条家のお屋敷を出ようとすると、「夕映様、お帰りですか?」と、後ろから優しく声が聞こえてきた。
泣いて目が赤くなっているので、誰とも会いたくなかったけれど、声を掛けられたのに無視するわけにもいかずに後ろを向いた。それに、声の主ならば、きっと大丈夫だ。そう思い、夕映は返事をした。
「神楽さん、忙しいのにいろいろありがとうございました。」
「いえいえ。久しぶりに夕映様とお会いできて、私も嬉しかったです。お帰りは一人ですか?」
「ええ。」
「そうですか。では、私がご自宅まで送ります。」
「え、そんな、大丈夫です!一人で帰れますよ。神楽さんはお忙しいでしょ。」
「九条夫妻から先ほどお電話がありまして、そのときに夕映様が来ていると伝えましたら、しっかりとおもてなしするようにと言われたので。最後まで、お手伝いをさせていただかないと、私がお叱りを受けてしまいます。」
「………神楽さんったら………ずるいです。そんな事を言われましたらお願いするしか出来ません。」
「よかったです。今、車を持ってきますので、こちらでお待ちください。」
そういうと、にっこりと笑って神楽は外へと歩いて行ってしまった。
神楽の優しさに感謝しながらも、屋敷の中にいたら彼にまた会ってしまいそうだったので、夕映も外に出て待つことにした。
しばらくすると、高級自動車が夕映の前に停まった。
神楽にドアを開けてもらい、エスコートされながら中に入る。神楽に住所を伝えると、ゆっくりと車が動き出した。
車内では、夕映がどんな仕事をしているのかなどを神楽に話した。
「夕映様のお話しを聞けて嬉しかったです。頑張っていらっしゃるのですね。」
「まだまだですけど……でも、楽しく仕事をさせてもらってます。」
「そうですか、それはよかった。………夕映様は、斎様のマンションに行かれた事はありますか?」
「いえ……私、斎と付き合ってるわけじゃないので。」
「そうでしたか。申し訳ございません。斎様が、いつもよりとても楽しそうにしていたので、そう思ってしまいました。」
「楽しそう………。」
神楽の言葉を聞いて、夕映は考え込んでしまった。
斎は自分と居る事で喜んでいてくれているのだろうか。それは小さい頃から見てきた神楽だから気づいたのかもしれない。けれど、その事は、夕映にとって嬉しくも切ない気持ちにさせた。
先ほど、彼をあんな顔にさせてしまったのだから。
頭の中には、泣きそうな彼の顔が何度もちらついていた。
「少し前に、斎様にお届け物がありまして、今住んでいるお部屋にお邪魔した事がありました。その時にたまたま見つけたものがありまして………きっと、夕映様が見たら驚くと思います。」
「え………。私が驚くものですか?」
「はい。ですが、それは内緒です。」
「………気になります。」
「教えたら、私が斎様に怒られてしまいます。」
クスクスと笑いながら、神楽はフロントミラー越しにこちらを見つめていた。
彼の部屋にあるもの。夕映が驚くものなど、想像もつかなかった。斎が何を隠しているのか、わかるはずもなかった。
「夕映様。あの方は、完璧に見えて、不器用な部分がある方でございます。」
「彼が?」
「はい。……なので、斎様の隠れたお気持ちを汲み取ってあげてください。夕映様ならば、斎様も拒むことはないはずです。」
「そう、でしょうか………?」
「ええ。私はそう感じております。」
神楽が何を思ってそう言ったのか、うっすらとはわかっていた。
けれど、何も話してくれない彼の何をわかって信じればいいのか。
彼の本当の気持ちをどうやって理解すればいいのか。
それが、夕映にはわからなかった。
車から見える景色はすっかり夜になっており、流れ星のように車の光が次々に過ぎ去っていく。
それを見つめたあと、夕映は目を閉じた。
すると、斎が笑った顔かが浮かんでくる。
また、彼は私を見てそんな表情を見せてくれるのだろうか。
そんな事を思い、夕映は小さく息を吐いたのだった。
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