第7話「2回目の告白」






   7話「2度目の告白」





 やっぱり突然目の前に表れる人だなと思った。

 いつから居たのか、後ろには憮然とした態度の斎がいたのだ。



 「どうしてここに………。」

 「たまたま、と言いたいところだが。おまえ、ここの図書館好きだっただろ。……居るかと思ったら、本当に居て驚いた。」

 「私を探しにわざわざ来たの?」

 「……俺だって休みぐらいあるからな。休みに図書館に来たっていいだろ。」


 

 そう言った後、当然のように夕映の席の隣に座った。

 そして、テーブルに置いてあった、本を手に取って懐かしそうに表紙を眺めていた。



 「この作家の本、懐かしいな。………おまえ、英語読めなくて、泣きそうになってたし。」

 「………斎、覚えてたの?」

 「覚えてるだろ?お前と初めてしっかり話した時だからな。挨拶は何回かしてたけどな。」

 「そっか………。」

 「あの時は、まさかお前が同い年だとは思わなかったな。」

 「私だって、斎は年上のお兄さんかと思ってたよ。」

 「だから、ビクビクしてたのか。」



 斎はくくくっと笑いながら、昔を思い出しているようだった。

 怖がっていた記憶なんて、夕映にはなかった。けれど、物語の王子さまのような人と初めて話したので緊張していたのだろうと、思った。

 それに、英語をしゃべれないのでショックを受けていたんだと、夕映は薄れていく当時の記憶を思い出していた。



 「でも………優しいお兄ちゃんだと思ってたよ。英語を話してる斎もかっこよかった。」



 懐かしみながら思わずそんな事を言ってしまった。

 彼が目の前にいるのに、恥ずかしい事を話してしまったと夕映は少し後悔してしまいそうになった。けれど、それは次の彼の言葉で変わることになる。



 「……当たり前だろ。……それに、あの頃のおまえも可愛かった。」



 得意気に言う彼は、こんな台詞を当たり前のように言うのだ。それが彼には、とても似合ってしまうから不思議だ。

 その余裕のある微笑みを見れて嬉しいと思いながらも、予想外に自分も褒められてしまい、夕映は思わず照れてしまう。



 「なんで、そんな事言うの……恥ずかしいよ……。」

 「当たり前だろ。可愛いって思ってるのは本当だし、それに………。」



 そこまで言うと、斎は夕映の耳元に近づいてきて低い声で囁いたのだ。



 「口説いてるんだ。」

 「っっ!」



 一際、艶のある声で囁いた言葉に、夕映は身が震えてしまい、咄嗟に彼から体を話した。



 「ま、まだそんな事を言ってるの?」



 真っ赤になってしまった耳を手で隠しながら、焦った様子で彼に強めの口調で言うけれど、斎はいつものよつに冷静に冷静に返事をするだけだった。



 「本気だからな。あぁ、連絡とってた女とは切ってきた。」

 「なっ………付き合ってたのに、別れてきたの?」

 「付き合ってない。遊んでただけだ。」

 「……そんなの、相手が斎をどう思ってたか、わからないじゃない。」

 「……俺は別に好きなわけじゃないから、そういう事も言ってない。お互いわかってたから、すぐに切れたんだろ?」



 本気の恋ではなかったのだろう。

 少しだけホッとしてしまった自分もいたけれど、心の大半は悲しい気持ちが占めていた。


 斎が遊び慣れている様子だったことに驚き、そして、本当の恋愛をしようとしていないのに切なくなったのだ。



 相手の気持ちは考えてないのだろうか?

 ……昔と、変わっていないの?

 

 そして、もう1つ思う事。


 私も遊び相手のひとりなの?





 そう思ってしまった事が申し訳なくなった。それに本当ににそうだとしたら、彼といるのは危険だと思った。

 矛盾した気持ちを抱えながら、ガタッと椅子から立ち上がった。




 「そんな相手になるつもりはないわ。」

 「……だからっ。」

 「帰る!」

 「おいっ、待てって!」



 

 パソコンを閉めて、荷物を持ってこの場から離れよう。

 彼といると心がざわざわする。

 また、好きになってしまいそうになるのに、それを迷う自分。そして、もっと好きにさせてくれない言葉が、夕映を苦しめたのだ。



 けれど、またしても彼はそれを止める。

 腕を掴んで止めるのは、何度目だろうか。前回と、そして昔も………。



 「離して。他の人も見てるよ?斎は有名人でしょ?」

 「そんな事どうでもいいだろ?俺は好きな奴と一緒にいるだけだ。周りなんて関係ない。」



 斎はそういう人だった。

 どんな時も、彼は注目の的で、沢山の人を羨望や好意、そして嫉妬などの眼差しで見ていたはずだった。

 けれど、彼は全く気にすることなどなかった。

 堂々と自分のきままに好きなことをする。それが斎という男だった。

 大学の頃、気持ちがいいからとベンチで本を読んでそのまま寝てしまい、みんなに盗撮されたり、自分で買った高級車やバイクで登下校していたりと、とても自由に生きていた。


 それが、彼の自信を表すようで、夕映はとても羨ましかった。

 夕映自身は、周りの目を気にすぎる所があり、思うように動けないので、正反対だなとも思っていたのだ。


 そんな所は今でも、変わっていない。

 羨ましい。

 ………心が黒くなっていくのが、わかった。



 「………ズルいよ………なんで……。」

 「ん?何か言ったか?ほら、家まで送るから。」



 呟くように出た言葉は彼に届くことはなかった。

 彼に腕を引かれながら、静かな図書館を2人で歩いた。

 手からは彼の熱が伝わってくるけれど、今は安心など出来るはずがなかった。



 手を払って逃げることなど、許されるはずもなく、近くの駐車場に向かうと、立派な外車が停まっていた。車をよく知らない夕映でも知っている高級車だ。

 見たことがない車なので、大学の頃とは違うのだと思うと少し寂しくなってしまう。



 「どうした?………あぁ、あの車もまだ家にあるぞ。初めて買った車だしな。」

 「え。」

 「なんだよ。昔の車じゃないのかって、がっかりしたんじゃないのか?」

 「そう、だけど……どうしてわかったの?」

 「おまえが残念そうな顔してた。まぁ、俺だからわかるんだろうけど。」

 「………本当に変わらないんだから、そういう所。」

 「そういうのがよくて付き合ってたんだろ?」

 「…………わかんないよ。」



 相変わらずの自信たっぷりな言葉を聞きながら、夕映は苦笑してしまった。

 確かに、自信満々の所も尊敬していたし、自分の事をわかってくれているところも好きだった。

 それでも、素直に彼に伝えることなど出来るはずがない。………今は、もう恋人ではないんだから。


 呆然と車を見ているうちに、斎は車の助手席を開けてくれる。そういう所は、やはり紳士だなと思いつつ、そのまま席へと座った。


 運転席へと周り、斎が椅子に座る。

 彼は今の家を知らないのだから最寄り駅でも教えないと……と思い、彼の方を見た瞬間だった。




 「っっ………!!」



 後頭部に手を伸ばされ、そのまま頭を引き寄せられて、キスをされた。

 唇と唇とが合わさるまではあっという間だったけれど、キスはとても長かった。

 息苦しいほどに深くて、甘いキス。口の中で彼を感じ、そして息づかいと水音が狭い車内に響き、とてもいやらしく感じてしまうほどに大きく聞こえた。



 「っ………い、斎………ぁ、ちょっ………まって……やぁ……!」



 彼に抱きしめられながら、夕映は斎の胸を押したけれど、びくともしない。

 それどころか、甘いキスを与えられて、体から力が抜けていき、逆に彼に体を支えられてしまうほどになっていた。


 ようやく斎が唇を離した頃には、夕映は涙目になり、呼吸が少し乱れ、頬は真っ赤になっていた。

 それに、彼の胸に顔を埋めて体を寄り添わせて、呼吸を整わせるしか出来なかった。



 そんな夕映を先ほどまでとは違い、優しく抱きしめて、頭を撫でてくれる斎がまた呟いた。



 「俺と、もう1回付き合ってくれないか?」



 そう言った斎の言葉は、いつもと少し違っていた。

 甘えるような言葉を、夕映は朦朧とした意識のまま聞いていた。



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