8.潜行

 贄の箱から色把を救い出した後、哭士は本家を後にし、色把を担ぎ上げたまま、一気に山を駆け下りた。本家があった山から降りると、日もまだ昇らぬ薄暗い道を更に走り続けた。

 やがて、田んぼのあぜ道にポツリと立っていた錆だらけのバス停を見つけ、縁台に色把を座らせると、哭士は携帯電話で菊塵に連絡を取った。



「……暫く家には戻れない。追っ手が来る可能性がある」

 簡単な状況を説明した後、哭士は菊塵に言い放った。

「僕の部下をそちらに向かわせる。詳しい話はそこで」

 菊塵との通話が切れた。

 程なくして現れた菊塵の部下数人が現れた。哭士も顔を良く知っている。部下達は黒のワンボックスカーに哭士と色把を乗せると、田んぼ道を発進した。



 ガタガタとゆれる車内で、菊塵の部下は本家での出来事を一つ一つ哭士に質していく。

 殆ど単語に近い哭士の返答。だが流石に菊塵の部下である。哭士の特性を知っている彼らは、言葉をつなぎ合わせ、やがて大体の状況を把握した。菊塵と連絡を取っていたらしい部下が哭士に近づく。

「追跡者がいるかもしれません。このまま暫く走行を続け、替え玉の車と入れ替えます。今日はホテルの方へ」

「……」

 哭士は、部下の言葉に頷き、了承の意思を示す。

 車に乗り込んでから二時間ほど経過しただろうか、外に視線をやると、車は市街地を走っていた。もう外は明るみ、早朝ともいえる時間帯であろう。周囲には通勤の車がちらほらと走り始めている。

 後部座席に掛けている色把に視線をやると、色把はシートに腰掛け、黙って外を見つめていた。かなり箱の影響で弱っているはずである。だが、色把はそんな様子を見せることなく、菊塵の部下達に声をかけられると、ぱっと振り返り、頷いたり首を振ったりと、しっかりと受け答えをしていた。




 哭士は視線を正面に戻し、深くシートに座りなおした。

「哭士さん、その様相では人目に触れます。手当てと着替えを」

 部下は哭士の着ているシャツを指す。先の戦闘で服はボロボロに破け、露出した肌の所々は焼け爛れ、切り傷が走っていた。

 哭士は徐に服を脱ぎ、部下から差し出された新しい服に着替える。色把は哭士の半裸に、赤い顔をそらした。

「……着替えだけでいい。あとは、自分でやる」

 救急箱を持ち、手当てをすると申し出た菊塵の部下に対し、他人に体を触れさせたくない哭士は部下の手当てを首を振って拒否する。

 箱から消毒液と包帯を取り出す。乱雑に傷口へ消毒液をふりかけ、布を当てると、慣れた手つきで包帯を巻いていく。

 狗鬼の体は怪我をした場合、傷口を外気に触れさせないようにし、睡眠を取れば短時間で回復する。籠女の血が傷口に触れれば一瞬で傷は塞がるが、長い間籠女が居ない哭士は、自身で手当てをするのが常であった。包帯の端を咥え、慣れた手つきで結ぶ。

 ものの数分で、大きな火傷の傷が目立っていた腕には綺麗に包帯が巻かれ、哭士は救急箱を閉じた。だが、身体の部分は、服で隠れてはいるものの、本家での戦闘でボロボロの状態だ。正直な所、身体は少しでも体力を回復させようと睡眠を欲している。だが、他人に無防備な姿を晒す事に抵抗がある哭士は、ピリピリとした雰囲気を纏い、窓の外を見つめ続けた。




 車は緩やかにスピードを落とし、そして停止した。

「哭士さん」

 部下の呼び声の方に顔を向ける。

「ホテルに着きました、部屋は取ってあります。色把さんの和装も目立ちますので、裏口からお入り下さい」

「ああ」




 シートから立ち上がった瞬間、哭士の視界が揺らぎ、体が僅かに傾ぐ。色把は咄嗟に哭士の肩に手を沿え、支えた。

「……桐生氏を呼んでいます。こちらも貴方がたと同じ方法で移動をいただく為時間が掛かるかと。部屋でお待ち下さい」

 哭士の様子を見、菊塵の部下は静かに話す。その言葉に哭士は一度だけ頷くと、部下に示された部屋に向かった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る