38.本家の従者
「お見事です。早池峰様」
聞き覚えのある声が哭士の耳に届く。
梁の落下した埃で、周囲が見えない。咄嗟に哭士はその声の主に呼びかける。
「……レキ……?」
徐々に埃が落ち着き、声の主の姿が顕になってくる。哭士が壊した梁の隣に、屋敷の使用人、レキが立っていた。呆気に取られている恒河沙が傍らに座り込んでいる。昼間のビクビクとした居ずまいとは大きく変わり、変に大人びた、毅然とした態度でその場に立っている。
レキは、軽く哭士に会釈をし、恒河沙に向き直った。
「
息を吐き出し、ゆっくりと言い放つレキ。
「レキ……! てめぇ……!」
レキによって恒河沙は救われた。だが恒河沙はその事が気に食わない。歯軋りをして、レキを睨み付ける。だが、レキに怯む様子は無い。
レキは一つため息をつき、周囲を見渡した。哭士と恒河沙が争った事で、建物内は大破している。
「当主は勝手なことをして、籠女を閉じ込めた挙句、下の弊履は弊履で命令を破ってこのような大暴れ……。当主側の人間は、これだから……」
(――当主、側?)
本家の中にもどうやら派閥があるようだ。哭士は二人の様子を静観した。
「……古参側の回し者が、口を出すんじゃねぇ!」
「強がるのは其処までに。貴方の身体はもうボロボロです。特にその腕は、一刻も早く籠女による処置を行わなくては、壊死してしまいます」
「黙れ! 腕の一本なんか……」
恒河沙の言葉を遮るように強いため息を吐くレキ。
「……仕方ありませんね」
鋭い動きで恒河沙の前に立つと、恒河沙の額に中指を叩きつけるようにあてがう。トンと軽い音がしたかと思うと、興奮状態だった恒河沙は静かにその場に倒れこんだ。レキの小さな身体は、倍はあろうかという恒河沙の長身の身体を受け止め、肩に担いだ。哭士に振り返り、レキが息を吐き出す。
「恒河沙がこのような行動に出るとは……、こちらとしても予想外でした。申し訳ございません」
淡々とした物腰、自信に満ち溢れた表情。口元には余裕とも取れる笑みが浮かんでいる。
「……お前、一体」
――何者だ。
哭士の口から思わず
「嫌だなぁ、昼間もお話したじゃないですか。やっぱり、昼のように子供らしいほうが話しやすい……ですか?」
と、言い放つと、昼間見た人懐っこい笑顔を見せるレキ。だがその子供らしい笑みも、一瞬で消えた。
「私は本家の従者、それに違いはありません。ただし、私は当主に忠誠を誓っているわけじゃない。だから貴方が、当主が欲しがっている色把さんを助け出そうとしているのを止めるつもりはありません」
「……それは、お前が古参側、だからか」
恒河沙がレキに咆えていた『古参側の回し者』という言葉。当主に対して、また別の派閥があるのだろう。
レキは静かな笑みを湛え、何も答えなかった。
「いずれ、お分かりになると思います……また、会いましょう。早池峰様」
恒河沙を軽々と背負い、部屋を後にしようとするレキ。
「待て!」
呼び止める哭士に、微笑んだままレキが振り返った。
「あぁ、色把さんを助けるなら急いだ方が良いですよ。箱の外装には狗鬼を祓う仕掛けが、中には、籠女の体力を奪う仕掛けがされていますからね。もう、中の籠女は体力が限界なんじゃないですかね」
目を見開いて箱を振り返った哭士。その隙にレキは音もなく立ち去った。
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