2.侵入方法
哭士がビルに侵入する前に遡る。
哭士の目の前に座っている菊塵は、数枚の何かが印刷された紙と写真を哭士に差し出した。
「
ばさり、と目の前に置かれる。彼の説明はこのように一方的に始まり、そして哭士は提示された指令を着実に行う。幼い頃から体術等の技術を叩き込まれてきた哭士と、頭の回転が速く情報収集を得手(えて)とする菊塵は、数年前からこうして指令を完遂(かんすい)するようになっていった。
「二日前の昼頃、
滑らせるように写真が哭士の前に示される。写真の少女が哭士を見つめている。
「……お前の兄の許婚だった娘だ」
「……」
哭士は写真を一瞥する。何も反応を示さない哭士に、菊塵はため息交じりの言葉を投げかける。
「比良野家は、代々力のある巫女の家系。早池峰家の長男、
「……俺は兄の顔を知らない。女が兄の許婚だろうが何だろうが関係ない」
哭士の表情は変わらない。
「本心とすれば、一度自分を捨てた本家とは関わりたくない?」
ぴくりと哭士の眉根が反応する。
「……口が過ぎたな。すまなかった。お前の今回の仕事は、この少女が捕らえられている本部上層部への到達、後続隊の侵入経路の確保。まずは最上部に居る頭取(とうどり)を押さえる。これで、外部から応援を呼ばれることを防ぐ。侵入経路の確保については途中に居る固定の護衛を潰して行ってくれれば、あとはこちらで残りを片付けながらの進入が可能だ。少女が囚われている場所は、保守派の拠点、アービュータスビル上層部で間違いない。だが、こいつが厄介でな」
少女の写真の下から、今度はビルの写真が出てくる。近代的な構造で、下半分はガラス張りが多く、上部分は殆ど窓が無い造りだ。
「ビルの高さは、およそ七十メートル。ビル内は下層部、中層部、上層部の三層から成っている。早速、社員を装って中を探ってきたが、中、下層部内はオフィスになっていて比較的進入が容易だった。だが、上層部は窓も無く、通じる道は専用エレベーター 一本。エレベーターフロアに行くことが出来るのは、ある程度の権限を持った人間のみだった」
ビルの断面が書かれた図が示される。確かに、上層部と中層部の間には、一本のエレベーターしか繋がっている部分が無い。中層部のエレベーターフロアに向かう道も、IDカードで何回ものチェックが入る、との記載もある。
「まず、エレベーターフロアに正攻法で進むのはまず無理だな。IDカードは何とか作れたが、十代のお前の容姿ではカードを使う以前にビル内に居ることが不自然だ。厄介なのは上層部に窓が無い事、そして周囲にこれくらいの高さのビルが無いって事。もしこの二点をクリアしていれば、お前の場合、隣の建物から窓に侵入が可能だろうが……」
菊塵はすでに上層部に向かうためのエレベーターホールまで潜入してきたらしい。エレベーターホールの階層の写真が何枚か撮られている。
菊塵の顔立ちを見て、彼の年齢を当てられるものは殆ど居ない。スーツを着れば社会人に見えるし、学生服を着れば充分十代で通すことが出来る。こうしてあらゆる場所に溶け込み、事前の情報を集めることが出来るのだった。
パラパラと菊塵が集めてきた資料をめくる哭士の目に、何の変哲も無い窓の写真が映る。
「この窓は」
「あぁ、エレベーターフロアの階層に数箇所ある窓だ。すべて確認して来たが、どれも人間一人が何とか通れる位の小さいもので開き幅もあまり無い」
卓に無造作に置かれている窓の写真を、指で引き寄せる。
「……これでいい」
中指で哭士が窓の写真を指す。菊塵がにわかに信じられない顔をする。
「ビル屋上にヘリで俺を運べ。屋上からこの窓に侵入する」
「まさか……」
「お前は、この階層に先に入り窓を開けておけ。一瞬で終わる」
揺らがない哭士の言葉。菊塵は頷いた。
「わかった。侵入の件については、これで終了とする」
こうして、色把を救出する作戦は決行されたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます