第46話 終結

 光背のように生えていた小さなオロチたちは、徐々に再生の兆しを見せていた。

 先ほどのようにたまたま一斉に撃退できる機会など、そうそう有るわけがない。

 攻撃の手数が絞られている今に手を打たねば、春夢はるむたちに勝機は巡らない。


『ギアッ! ギイイ‼』


 春夢たちの動きに合わせて攻撃を行うオロチ。

 しかし彼らの動きが余りにも速すぎるために、残像ばかりが的になり、鱗の皮膚に彼らの一太刀の威力が刻まれていく。


(動きはこちらが上! 隙を突いて、必殺の一撃を叩き込むには‼)


「はるむ! 離れるんだな‼」


 ハルピコの助言に、後方へと退く。

 また毒の霧が、周囲に充満し始めていた。


「これじゃあ、盾は意味無いな。まずい! 眷属を再生する時間稼ぎが!」


「だったら僕が援護します!」


 突風が、毒の霧を晴らしていく。

 誠一郎せいいちろうの援護に春夢は相槌を打ち、姿勢を屈めた。


「行くぞハルピコ! 覚悟は良いか!」


「場所は分かってるんだな! 命一杯やってみるんだな‼」


「よし! 最大出力だあ‼」


 呪力じゅりょくの剣が前面を覆い、さながらバリスタの如く、彼らは突っ込んだ。


 目指すはオロチの胴体。


 皮膚を突き破り、内部へと深く侵入した。


『シャアアアアッッ……‼』


「オロチの体内へ⁉」


「春夢‼ ハルピコ‼」


 痛みに悶え苦しむオロチを他所に、意図を把握できない陽沙ひさと誠一郎はただ顛末を見守ることしかできなかった。




 うっすらと暗い空間に、じめついた空気。

 あらゆるところから、時々呪力の光が、筋のような管を通って上へと昇っていく。

 その光景に、聖燐せいりんはうっすらと視線を合わせた。


(苛立ち。何かに、戸惑ってる……?)


 乏しい思考回路が、そう告げた。

 その空間での聖燐の活力は、ほぼ死に体であった。服に張り巡らされた枝は、根を生やす様に強固に拘束。聖燐は囚われたまま、身体を一ミリも動かすことは無く。


(アタシ、どうなったんだっけ? アタシ)


 やがて考えるのを面倒がって、甘い睡眠欲に衝動を駆られていく。


「い、り~ん」


「ん?」


「せい……ん! せい、り~ん!」


 ふと、誰かが自分を呼んだ。

 徐々に近づいてくる。

 確かに、はっきりと。

 そして――。


「せいり~ん‼」


 目前に目をあぶるほどの太陽光が飛び込んだ。

 聖燐に覆いかぶさるように、先客も突入してきた。


「はる、む。ハルピー」


「良かったんだな! 無事だったんだな‼」


「助けに、来てくれたの?」


「お前とは、いろいろシコリ残したままだったからさ。けど、その心配は無事に済みそうだ」


 呪力の刃が、聖燐に纏わりつく根を焦がす。

 人の皮膚には仄かに暖かいだけの光が、聖燐を拘束していた邪魔な力を根こそぎ削いでいった。


 するや、聖燐を解放した途端。空間に断末魔が響いた。


『ギア、アアアアッッ!』


「相当苦しんでるな。うおっと!」


 春夢は聖燐を胸で受け止める。

 暖かい体温の温もりに、聖燐は包まれた。

 こんな場所では決して味わえることのない、居心地の良い感情が芽生え……。

 同時に聖燐は、自分とオロチが辿るべき未来を――願いを吐露する。


「人に利用され、ここまで歪められてきた。その未練はここで断ち切りたい。お願い春夢。オロチの怨嗟を、ここで終わらせて。それができるのは、アンタたちだけ」


 青い瞳を震わせ訴える。

 春夢とハルピコは静かに頷いた。




 悶え苦しむオロチは、眷属を回復させるや辺り一面を所構わず攻撃していた。

 自身の怒りを少しでも他者に押し付けようと。


「オロチが向かってくる! このままでは結界が突破されるぞ⁉」


「いや待て‼ 何か様子が変だぞ?」


 口内から吹き出る呪力の攻撃が一斉に止む。

 オロチはまるで喉に何かをつっかえたように、『ガッ! ゴッ!』と動きを鈍らせて。



 穴が開けられた胴体から、青白い閃光の爆発が巻き上がった。



 飛び散る肉片と、地上に降り立った春夢。ハルピコ。そして聖燐。


「終わりにするぞ。準備は良いかハルピコ!」


「じゅりょくが送られてくるのが分かるんだな! 問題ないんだな!」


 飛び散りそうになった意識を、己のプライドと敵への恨みだけで引き戻す八岐大蛇やまたのおろち

 そうやってもう一度、八つの口が目前の敵共を吹き飛ばしにかかるが。


『キアッ! シャア、ア⁉』


 身体の力が抜けていく。

 自身の内包する呪力が吸い取られるように、体外へと流れ出ていた。


 大穴の開けられた胴体の傷口から、春夢がかざす右腕へ。


 体内に置いてきた勾玉の片割れがオロチの呪力を奪い、春夢の勾玉へと流し込んでいた。

 そして創り出される、呪力の刃。



 オロチの全高など遥かに超えて、天にまで届きえそうとさえ思える光の柱が、彼らの手に宿り。



『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼』


 振りかざされた。

 光はオロチを飲み込んで、その身を両断し――。

 敢え無く、オロチは干からびたように、活動を停止した。



 戦いは、終結した。

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