僕はハルピコ～俺のお騒がせ使い魔～

第45話 二つの勾玉

「ウオオオオオオオオ～～ッ‼」

　ハルピコの雄たけび。

　共に、地を跳ねて飛ぶ春夢（はるむ）は、オロチの顔面へ拳を振るった。

　三十メートルの巨体を物ともせずに、オロチを吹き飛ばしたのだ。

『ギシャアアア⁉　シャアッ‼』

　小さなオロチ共が、定位置から首を伸ばして、春夢を捕えようと矢のように迫る。

　それらを掻い潜る春夢の動きは、今までと比較にならない出力であったが。

「ぐう、くう‼」

　身体全身を覆う重圧。

　脳内のアドレナリンが、自分の感情とは関係無しに沸騰し、本当に自分の身体なのか疑いたくなるほどであった。

「ハル、ピコ‼　力を緩めろ‼　このままじゃ！」

「力が、溢れるんだな！　制御、できないんだなーーーー‼」

　小刻みに動くはずの歩幅が、大した動作も無く数メートルを飛び越えていく。

「まずい！　オロチの本体にぶつかるぞ‼」

「ぐぬうう～‼」

　急停止の代わりに、呪力（じゅりょく）を逆噴射して軌道を強引に捻じ曲げた。

　強化された身体とは言えども、痛みに軋んだ。

　無事に回避に成功しても、反撃までの余力に移れない。

「これじゃあ、あのヘルメット男の戦い方と同じだ！　速く何とかしないと、オロチを倒す前にこっちが自滅する‼　ハルピコ！　呪力を制御するんだ‼」

「無理、なんだな‼　どんどん、溢れて来るんだな～～‼」

「ハルピコの意思とは関係無しにっぐああ⁉」

　オロチの攻撃に避けている最中で、不意につまずき地面を転げていく。

　かなり遠くの方まで流れ着き、春夢は鈍る視界と意識を強く持とうと躍起になった。

（どうしてだ⁉　ハルピコはこれまで無理なく呪力を制御できていたのに⁉　まさか！）

　そしてそこで、聖燐（せいりん）から受け取った勾玉を取り出す。

「この呪具（じゅぐ）！　ハルピコの呪力を倍増させている‼　コイツのせいで、俺たちの戦いが乱れていたのか⁉」

　原因はこの戦いを握るアイテムそのもの。

　確かにそれだけに足る効力は有るだろう。しかし。

「使いこなせなければ意味が無い！　ちくしょう‼　せっかく聖燐から託されたっていうのに！」

　もたらされた恩恵を使いこなすだけの時間が無い。

　魔の手は暇を挟まずに、飲み込みにかかる。

『シャアアアア‼』

「くっ‼」

　大口が迫り、春夢は上顎と下顎に挟まれた状態となった。

　腕と足で口の開閉を留めるが、上から伸びる牙は、着々と春夢の顔面へと距離を縮めていく。

「はるむ！　ど、どうしよう‼　どうすればいいんだな⁉」

「少しでもいい！　呪力を、制御するんだ‼」

「呪力を？　んん～‼　んん～⁉」

　ハルピコは、鎧から吹き荒れる呪力に、必死で指令を送る。

　しかし発散される呪力はハルピコの意思に背いて、散逸するばかり。

「駄目なんだな！　溢れるだけで、身体に留まってくれないんだな‼　集める前に流れてっちゃうんだな‼」

「無駄に垂れ流されたら、こっちの呪力がいずれ空になる‼　そうなっ、たら……」

　命が没するかどうかを問われる状況下。

　春夢はふと気づく。

（どうして、俺たちはこんなに長時間戦っていられる⁉）

　身の内から溢れている呪力の量は膨大だ。

　それも制御の利かない爆走状態。車がガソリンをまき散らしながら走っているようなものだ。オロチにやられる以前に、干からびてもおかしくは無い。

　それなのに、春夢たちはまだ存在している。

「“巡回している”。流れ出た呪力を集めている物が有る‼　もしかしたらハルピコ‼　俺たちが持っていた、勾玉！　もう一つの石を‼」

「石……あの石‼」

　ハルピコは自身の身体に感覚を尖らせた。

　異変が感じられたのは、春夢のズボンにある右ポケット。

　そこにあった勾玉が、流れ出た呪力を吸収していた。

「これなんだな！　むああああああああ～～ッ‼」

　呪力の集会場となっている勾玉に意識を集中。

『シャアア‼』

　危機感から、オロチは体内の器官をフルに活動させた。

　至近距離から、彼らを燃やし尽くすために。

「できたんだな、はるむ‼」

「これは⁉」

　左腕に纏わりつく、青い何か。

　春夢はオロチの顎の力が緩むと同時に、後方に飛び退る。

　そして彼らの居た空中は、炎に飲み込まれた。

　勝負は決した――かに見えた。

『ガッ！　ガア？』

　だがオロチは、炎を吐きながら異様な感情を吐露した。

　吐きだしている炎が、まるで壁に遮られているように、視界全体に散漫していたのだ。

　そう、青い呪力にぶち当たって。

「『呪力の盾』‼　それも今度のは、ちゃんとした『形』で定着している‼」

「僕もびっくりなんだな～」

　無事に地に降りた春夢の左腕に、光の障壁が集まっていた。

　ただ消失するだけの可視化されたエネルギーが、形を帯びて留まっていたのだ。

「あの石が、もう一つの石から流れたじゅりょくを集めてたんだな！　そして僕たちの身体を通して、戻って行ってたんだな‼」

「二つの勾玉は巡回している！　そして用途はそれだけじゃない‼　形を保てるんだとすれば、聖燐から貰った勾玉にも形が備わってるはず‼　ハルピコ‼」

「やってみるんだな‼」

　託された勾玉を右手で握る。

　オロチは彼らの所業を邪魔するように、眷属の蛇たちを差し向けた。

　それぞれが矢のように突っ込んだ。

「振り回すんだな、はるむ‼」

「うおおおおおおおおおおおお‼」

　盛大な風切り音が、空間を引き裂いた。

　青い光明――春夢の右腕手甲に纏わりついた呪力の刃が、それぞれの眷属である蛇の首を一撃で切り落としていく。

「やっぱり！　伝承の絵はこのことを指してたんだ‼」

　伝承の巻物に描かれていた絵。そこには二つの勾玉に伴うように、英雄の両の手には剣と盾を備えていた。

　怪魔（かいま）が防具そのもの。そして二つの勾玉は、武器そのものを生み出す呪具。

『ギイイシャアアッッ‼』

　オロチの皮膚から雷撃が放たれた。

　しかし呪力の盾は、出力に応じて大きさを変化させ、春夢らの身を守っていく。

　オロチの攻撃に、全く衰えを見せない。

「はるむ！　頼みが有るんだな！　アイツを倒す前に、やっておきたいんだな！」

「ああ。俺も、そのつもりだ」

　互いの想いに言葉は不要。

　彼らは終止符を打つ前に、やるべきことを見定めた。