第42話 もう一つの戦場

 怪魔師かいましたちが運命を決している外とは裏腹に、とある建物内は静寂そのものだった。

 男の靴音一つだけが鼓膜を支配するほどに。


(ここまで侵入を容易くしてしまうとは。対策本部も、よほど此度の騒動が手に余っていると見える)


 予想以上に手のひらの上を好転する事態に、仰木おおぎは胸を高鳴らせた。

 はずだった。


「どこへ行かれるのですかな? 『仰木おおぎ泰造たいぞう』殿?」


「っ⁉」


 肩が動揺で吊り上がった。

 重い足取りで後方に振り返り、仰木は帽子の影に鋭い視線を作る。

 仰木の先には、車椅子に腰かける一人の青年。


「君は確か、南部なんぶの⁉︎」


「やはり僕の睨んだ通り、ここの降魔書こうましょを狙っていましたね?」


 ミニトランクの取っ手を握る手に汗が滲んだ。

 仰木は奥歯に怒りの圧力を込めた。


「どうやって私の正体を暴いた?」


「幻惑を得意とする怪魔かいまを従えていたつもりでしょうが、だからといって現場にホイホイ着いていくのは考えるべきでしたね。僕の怪魔のカメラには、ちゃんと貴方らしき姿を捕らえていた。あの研究所の襲撃の時ですよ」


「そうか。複数型の怪魔を忍ばせて!」


 仰木は一歩引く。

 その間、浩司も前進させるが、車椅子の影には別の影も混じり込んだ。


「当然のことですが、外には警察陣の方々が取り囲んでいます。逃げ場はありませんよ?」


「問題ない! 時間稼ぎも充分済んだ‼」


 瞬間、浩司の足元に白煙が噴出。


 同時に仰木は懐から一丁の拳銃を取り出し発砲……する手前で、拳銃は指からするり落ちた。


「があ‼ この音は⁉」


「貴方の怪魔は、呪力じゅりょくの弱い生き物に対して幻惑を見せる」


 四つん這いになり、かつてない倦怠感によって全身の筋肉を縛られる仰木。

 浩司は悠々と近づき。


「しかしあらかじめ呪力の高い怪魔に関しては、ある程度時間を要する。貴方相手に、僕があらかじめ対処してないとでも?」


「キキーーッ」と、邪蝙蝠じゃこうもりが翼を広げて浩司の前に出た。

 二本足には、仰木の怪魔であるばくを捕獲して。


「貴方の素性を暴き、徹底的に人物像を追いましたよ? 貴方、過去に怪魔に対する抗議運動にも参加していたみたいですね? その時からですか? いくつもの施設に保管されているカオス種怪魔に関して、いろいろ嗅ぎまわっていたのは」


「それを暴いたとして、何故私がここにピンポイントで来ると踏んだ⁉ まさか勘だとは言わんだろうね⁉」


 仰木の対象となる施設は、桜見町おうみちょうだけでもいくつも点在する。

 数ある中から仰木の犯行を感づいて直行しても、本来なら間に合うはずは無い。


「貴方が訪れるとするなら、聖燐せいりんが犯行に及んでいる近場なんじゃないかと踏んだまでです。何せ、近くの怪魔師かいましたちは実力問わずに合戦場へ赴いていますからね。そうでなくとも、ここら辺の保管施設はすでに手回しして、警察に張ってもらっていますが」


「なるほど。どうやら私も、分が悪い相手を敵にしてしまったようだ。だが、どちらにせよこれからの時代は変わる! あの子が勝てば、遅かれ少なかれ、も実現に近づく‼」


「貴方の、『世界』だと⁉ まさか聖燐をかどわかしたのは!」


「私は手段を提示したまでだ‼ あの子の抱えている闇は私よりも色濃い! 共に歩んでくれるならば大きな戦力になる、と! 蓋を開ければ予想以上だったがな」


「っう⁉ ならば教えろ! アンタが誘導したのなら、オロチの伝承にも詳しいはず!」


「そう簡単に……っ‼」


 車椅子から降りて、浩司は仰木の胸倉をつかむ。

 彼にしては似つかわしくない、怒気を剥き出しにした表情で。



「手段は選ぶつもりはない。アンタも選べ。俺の腹の底にある闇に憑き殺される前に!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る