第41話 揺らいでいく優劣

 雷撃の柱が、コンクリートを抉った。

 威力はそのまま他の怪魔師かいましたちにも飛び火し、皆は怪魔かいまの対処を投げ出して、全力で回避に専念する。


「オロチへ呪力じゅりょくを注いでる怪魔を重点的に封印して! 戦闘を放棄している分、封印には手間取らないはずよ‼」


「ええい! 西園寺さいおんじの子娘は、まだあんな生ぬるいことを⁉」


 陽沙ひさの声に全力で応じる、護国聖賢ごこくせいけん一派の怪魔師。

 対して外部からの救援である皇龕堂おうがんどう一派は、不満を募らせる。


「この際だ! 雑魚は護国聖賢共に任せて、我らは本丸を打つ! 者共よ、わしに続け‼」


『はっ‼』


 業を煮やすや、より大きな手柄を求めて皇龕堂一派は動く。

 やがて待ち受ける、かつて災厄とも呼べる怪魔の真の恐ろしさを、彼らは直に直面した。


「これが……騒動の発端。八岐大蛇やまたのおろち!」


「デカい! 先生、本当に我らでこやつを倒せるのでしょうか⁉ 護国聖賢の怪魔師たちと連携したほうが良いのでは!」


「古い文献を鵜呑みにするでない! 今の世にはこういった対策法もある‼ 六法の陣を貼る‼ 容易せい!」


 師の号令に、弟子らは散らばる。

 オロチを取り囲み、六方向を陣取るや、念仏を唱えだした。

 使い魔の呪力を源に、陣の内部に巨大な文様が浮き出す。それはオロチの胴体まで浮上し、強力な枷なって石像のように縛り付けた。


「ふははは! どうだ、我らの連携は恐ろしかろう‼」


 皇龕堂の師は、自慢に満ちた顔で弟子たちに「やれ!」と命令。

 陣を構成するメンバー以外の皇龕堂の怪魔師は、一斉に使い魔へ攻撃命令を発した。

 幾重もの呪力を帯びた攻撃が、オロチの顔面付近を捕らえる。


「よ~し、良いぞ! これならば討伐に時間は掛からな――」


『ギアッシャアアアア‼』


 オロチが怒りに震えあがる。

 同時に背中で待機していた六つの首が伸び、胴体付近を浮遊する文様に噛みついた。

 パキパキ! と、ひびを穿ち、陣は砕かれていく。


「鬱陶しいな! 邪魔‼」


「なんだ! 空中から人間が、うわああああああ‼」


 剣圧に、複数の弟子達が宙を舞う。

 同時にオロチも、尻尾を鞭のようにしならせて、周囲に居る邪魔者へと振り撒いた。


「陣が崩れた‼ まずい、完全に怒りを買ったぞ‼」


「ええい、慌てるな! 速く陣の復興に戻るのだ‼ 今一度、捉えれば奴をうぐお‼」


「捉えれば、なんとかなると思った……?」


 目前に誰かが突っ込んでくるや、師の口元に握力が襲い来る。

 口元を聖燐せいりんの手によって塞がれ、皇龕堂の師はそのまま持ち上げられる。


「賊が‼ おのれ先生を離、うごふっ!」


 駆けつけに来る弟子らも、オロチの尻尾によって空へと舞う。


「ふむう! ふむう‼」


「本当、質の悪い怪魔師が増えたこと。羽嶋はしまが心配する理由も少しは分かったような気がする。こういうのは、少し間引いとかなきゃね~」


 聖燐の腕を枝に、一匹の蛇が皇龕堂の師に近づいた。

 抵抗も止む無く、小さな牙が視界を埋め尽くしかけ、


「やめろ聖燐‼」


「おっと」


 誰かの拳が合間に介入し、聖燐は男を解放。

 すぐさま春夢はるむと戦闘に再開する。


「そうやって誰も彼も助けるわけ? そういうお人よし気質、損するだけだよ!」


 蛇が今一度、大剣に変貌し――仰いで放たれる凶器の剣風。

 石畳を細かい破片としてひっくり返しながら、春夢の元へと直進する。


「違う! これはお前のための、『お人よし』だ!」


 それに春夢も、呪力の拳を放つ。

 衝突する呪力の衝撃波は、春夢の方に軍配が上がった。

 聖燐の攻撃を相殺するだけでなく、そのまま彼女の元へと到達して。


「それって、アタシのやろうとしてることが、間違っていってこと⁉」


 聖燐は剣を盾に、攻撃を受け止める。


「さっきハルピコも言ってただろ⁉ お前がこんな形で遠くに行っちゃうのが、俺たちは許せないんだよ! どれだけ多くの人間に被害を被ったか‼」


「知らず知らずに使い魔を傷つけてきた代償だよ! 人間がやってきたことに比べれば、粗末なことだと思うけど⁉」


 次々、振り下ろされる大剣の軌道を読み、春夢は回避に専念。

 聖燐の攻撃は、当人の息の根が上がるまで続けられる。


(攻撃の手が緩んできた! ここが狙い目か‼)


 春夢は前に踏み込んだ。

 いくら怪物じみた運動量を誇る聖燐でも、疲弊による攻撃の隙間は必ず生まれる。

 それを見計らい、自身の得意な距離へと春夢は持ち込んだ。


「むっ! はるむ、離れるんだな‼」


「大剣が⁉ いや、‼」


「まんまと手に引っかかったね‼」


 姿を変え、同時に質量まで変換されているのか。大剣の姿から蛇に戻るや、聖燐の動きに余力が生まれた。

 速度を緩められない春夢へ、蛇の毒牙が迫る。


(アレを受けたらハルピコが‼)



「今度は絶対に、負けられないんだな! 僕はお前なんかに、負けないんだなーーっ‼」



 ハルピコの気合が炸裂した。

 飛び散った呪力の青い光明が、蛇の顔面目の前に立ちはだかる。

 まるで質量を持った壁そのものとなって、受け止めた。


「え?」


(これはあの時の――『呪力の盾』⁉)


 羽嶋戦と同様に、ポケット辺りから熱が伝わる。

 毒牙は、呪力の盾を前に一向に進むことは無く。

 春夢は聖燐よりも速く我に帰り、拳を握る。


「っ! 聖燐‼」


「くっ⁉」


 避けるには一足遅かった。

 踏み込み間際に放たれる春夢の拳は、聖燐の腹部へと突き刺さった。

 確実な手ごたえを振り切り、聖燐は二十メートル近く後方まで後退。


「がふっ……げほげほ‼」


 人並外れた呪力の恩恵を受けた身体でも、この一撃には流石に堪えたのだろう。すぐに立ち上がる素振りは無く、四つん這いで痛みに呻く。


「聖燐。もう良いだろ。お前の計画はこれで」


「何言ってるのさ。まだまだ……だよ!」


 蛇が剣に姿を変えて、聖燐は杖代わりに立ち上がる。

 冷や汗を垂らしながら、それでも戦意は保っていた。


「春夢はまだ、八岐大蛇の根源を知らない」


 聖燐の背後に、のっそりと近づく巨影。


「見せてあげるよ。この子が怪魔の歴史上で、なんで闇の中に葬られるに至ったのか。歴史の先駆者たちが、この子のどんな力に恐れを抱いたのか」


 覚悟を決められた次の瞬間には、聖燐の顔は苦悶に歪められていた。



 原因は、聖燐の四肢にオロチの牙が突き立てられての激痛であった。



「な、何やっているんだな⁉」


「聖燐お前⁉」


 牙が引き抜かれると彼女の素肌に、青黒い刺青のような文様が広がった。

 全身にくまなく。


「これでアタシも、春夢たちと同じになれた。ふふっ……! 使い魔と一心同体になるってのは、結構難儀なものだね」


「オロチと、同じ呪力を体内に宿したのか! 俺とハルピコと同じように‼」


「違うんだな! アレは絶対に、僕たちとは違うんだな‼」


 胸に張り付くハルピコは、跳ねて全力で否定する。


「あの蛇さん! せいりんに‼ これじゃあ、せいりんが辛いだけなんだな‼」


「そうなのかよ、聖燐!」


「使い魔への信頼が試される時だね、春夢! どっちが上か、比べてみようよ‼」


『ギシャアアアア‼』


 聖燐並び、大本のオロチも迫る。

 春夢を丸呑みにしようと、大きな口を開き。

 これに対し、春夢は一時的に空中へと退避した。

 その影を追って、背中の蛇たちも続々と天へ首を伸ばす。


「ぞろぞろ来やがって! こうなったら一体一体迎撃を!」


「そんな暇与えないよ‼」


 蛇の頭を足場に、聖燐は春夢に覆いかぶさり、身動きを封じる。

 小型のオロチ共は、それぞれの口から毒の霧を撒き散らした。


「は、はるむ! 力が、出ないんだな……!」


「オロチの毒を霧状に……⁉ 正気か聖燐‼」


「アタシは彼らの呪力で抗体が有るけど、春夢やハルピーはどうかな〜」


 意地悪く笑う聖燐に、春夢とハルピコの優劣は揺らいだ。

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