第40話 友達だから

陽沙ひさ様! 封印術式のための巻物が尽きかけています‼ いくら呪力じゅりょくに余力があってもこのままでは‼」


「この施設の巻物を使ってでも食い止めなさい!」


 陽沙は懐から乱暴に巻物を投げつける。

 巻物は意志を持つように自身を解き、華火はなびが押さえつけていた羊型怪魔かいまの身体を絡め取る。

 するや、怪魔の身体は呪力だけのエネルギーに霧散し、巻物中へと吸収されていった。


「追っ払えるだけなら、簡単なはずだったのに。この子たち、オロチの号令に純朴に従っている。ここまでの力が有るなんて」


 周囲を見渡せば、一体とて逃げ出す怪魔は皆無。

 その姿勢の前に、次第に人間側が疲弊していくのが現状である。


(確かに。これではこっちの降魔書こうましょが先に尽きかねない。どうしたら!)


『ゴアアアアッ‼』


 瞬間、陽沙の隣にヤギ型の怪魔が転がり込んだ。

 頭部だけの状態となって。


「加勢に来たぞ、護国聖賢ごこくせいけんの者共よ‼」


「アレは、皇龕堂おうがんどうの宗派! どうして奴らがここに⁉」


 皇龕堂に属する怪魔師かいましたちは、破壊された門の下に集う。

 皆、黒い道着に身を包み、呪具と使い魔を従えて。


「さあ、者共よ! 我らの実力と名を世間に知らしめる、格好の舞台だ! 全力でかかれぇええええ‼」


 当主の号令に、一斉に彼らは戦闘へと乗り込んだ。

 しかしその戦い方は野蛮そのもの。

 使い魔の力を思う存分振るい、封印もすることなく“駆除”していったのだ。


「こやつら! まさか封印する気などさらさら無いのか⁉」


「やめなさい、貴方たち‼ 彼らはオロチに従っているだけよ! 私たちに加勢するなら、指揮権を持つ西園寺さいおんじに従いなさい‼」


 華火の背に乗り、陽沙は皇龕堂の当主に抗議。

 しかし相手の男は意に返さず。


「貴殿が西園寺の時期当主か? 残念だが、その申し出は聞き入れられない。我々は直々に、対策本部から協力を要請されている。我々のやり方に口出しは無用!」


「人間側で足並みを崩している場合じゃないの⁉ それに彼らだって、生まれ持った命よ! こんな真似が許されるとでも⁉」


「なれば、生まれ出たことを呪え! 奴らの横暴は、決して見過ごせるものではない! 怪魔は我ら、人間によって支配されるべきなのだ‼」


「なんですって?」


 陽沙の歯ぎしりに応じて、華火の尾に火が灯る。

 その瞬間だった。



 識神園しきがみえんの本館が爆炎を糧に、爆発。



 そして空中で飛ぶ小さな人影に、無数の蛇の牙が迫る光景を皆が目にした。


「アレは何だ⁉」


春夢はるむ⁉ それに、聖燐せいりん……!」




 オロチの伸びる首を橋として、聖燐が大剣を抱えて迫る。

 空中では無防備同然。そう聖燐は踏んでいたが――。


「ハルピコ!」


「むうん‼」


 身に纏う白い毛皮が呪力に照らされ、空気を震わせた。

 春夢は生み出た衝撃を以って、空中に居ながら聖燐から距離を取るのに成功する。


「へえ〜。羽嶋はしまの戦い方をそのまんま応用したんだ。成長したもんだね!」


 しかし聖燐の狂気からは脱しきれていなかった。

 彼女は大剣を一閃。

 刃先になぞらえた延長線上の空間を震わし、春夢の元に斬撃とも呼べる衝撃波が届けられる。

 その攻撃を腕で防御するが、春夢はそのままコンクリートの大地に無理やり追い込まれる。


「はるむ! 速く起き上がるんだな!」


「少しは休ませてくれよな、クッソ‼」


 後方にバク転しながら、降ってくる、三十メートルものオロチの巨体を回避。

 次いで聖燐はオロチの頭を陣取りながら、春夢に剣の切っ先を突きつける。


「知ってる春夢? オロチには面白い特技がいくらでもあってさ」


 オロチの声が場内を駆け巡る。

 するや、本体の背後に居た小型のオロチが口を大きく広げ、雷撃を放出。


「いい⁉」


 春夢は危機感を全力で働かせて回避。

 しかし春夢の動きを追う他の首が、同じように口を開いて火球や氷塊を浴びせてくる。


「どういうことだ⁉ この特技のオンパレードは‼」


「違うんだな、はるむ! これは他の奴の力なんだな‼」


「はあ⁉ 何を言って!」


 オロチの攻撃を拳に溜めた呪力で撃ち落としながら、春夢はハルピコの真意を知る。



 はるか後方で、他の怪魔がオロチに向けて呪力を送っているのを。



「面白いでしょう? 子は親のために。そして親は子のために為すべきことをする。これが怪魔たちの結束力なんだよ」


 言葉が近くで投げかけられた。

 対処に手間取っている間に、聖燐の大剣は春夢の胴体を捉える。

 頑丈に強化された身体を切断までには至らず――しかし春夢は十数メートルの地面を擦りながら飛ばされる。


「かふ! おご、おえっ‼」


「は、はるむ〜‼」


 咳と共に血が吐き出された。

 脇腹の内側から痛みが溢れ、ふらつく脳をなんとか再起させようと躍起になる。

 しかし自身が居る大地に、黒い影が覆いかぶさり……。



 春夢とハルピコが居る地は、丸ごとオロチの尾に叩き潰された。



「あれま? なんだ、来てたんだ~。陽沙」


「聖、燐!」


 改めて友人の前に立ち、陽沙の表情は混迷に歪む。

 その脇には、華火のお陰で春夢を抱きかかえることに成功。だが、傷の具合や春夢の疲弊具合は尋常ではないと直感し。

 同時に春夢をここまで追い込んだであろう、裏切り者の旧友を前に、現実を直視させる気分を全力で害してしまう。


「どうしてよ。私は、信じてたのに!」


「全く。今日で何度目かな? その台詞聞くの」


 いい加減鬱陶しいな、と聖燐はぶっきらぼうに。


「アタシ、そんなに失望させたことしてるのかな? アタシとしてはむしろ、昔のまんまだと思ってるんだけど?」


「何言ってるのよ⁉ 昔の貴方はそうじゃなかった⁉ こんな酷いことをやってのける貴方なんて、私は知らない‼」


「それってさ。ただ単に、陽沙が知らなかっただけでしょ?」


 暗い返答が、陽沙を突き飛ばす。

 そうやって聖燐は、乱暴に頭を掻きながら。


「みんな勝手だよ。勝手に自分の偶像を押し付けて、そんで自分の想像と合わなかったら、勝手にそうじゃないって駄々捏ねるわけ?」


「何言ってるのよ? 別に私は、そんなこと‼」


「第一さ~! 最初にアタシを裏切ったのは、アンタらじゃない‼」


 苛立ちを募らせていく聖燐。

 そこに居たのは、護国聖賢としての彼女でも、才能豊かな怪魔師としての彼女でもない。子供のわがままを、ただ純粋に貫き通してきた聖燐の本心。


「どこまで行っても、アタシはあの頃の関係が変わらないって信じてたのに! 春夢が居なくなった途端、誰もがそっぽ向いちゃってさ‼ アタシは取り直そうと、努力しても、陽沙たちは仕方ないって顔で流すだけ! なんでアタシの気持ちを分かってくれないのよ‼ アタシがあの頃、どれだけ惨めだったか分かる⁉」


「聖燐……」


「ぐう! 聖、燐」


 投げかける言葉を見つけられずに、陽沙は茫然と。

 春夢は、その時の聖燐を前にして、痛みを無視して顔を上げる。


「あの頃から、ぽっかりと穴が開いたまま。大人になれば忘れられるって、パパやママは言うけれど、そんなことは無かった! それもこれも、春夢が居なくなったからじゃん。そしてそういう風な流れを作った、護国聖賢なんていう肩書きのせいじゃん!」


「貴方。まさかそのために、護国聖賢の地位を落とそうと」


「陽沙。アンタが同情を寄せるほど、この地位は価値なんて無いよ? 特に北条家はね。アタシが破邪術師団を設立したのは、何も護国聖賢の地位が憎かっただけじゃない。使い魔を食い物にしていた、あの家も憎かったからよ!」


「使い魔をって。一体何をしてたんだ? 北条家は一体!」


 一度冷静さを取り戻しながら、聖燐は真実を晒す。

 どうして自分が、こんな強行に及んだのか――その根幹を。


「北条家はね。アタシの怪魔師としての才能を利用して、いろんな使い魔を当てがった。そして対策本部と連携して、あらゆる使い魔の能力を分析する土台にした」



「用済みなった使い魔を、しながらね」。春夢と陽沙の思考が凍り付く。



「殺処分って……」


「考えてもみてよ。分析の結果、弱い使い魔や平均的な怪魔師の呪力で扱えない使い魔なんて、ストックしておく余裕が有ると思う? これからいくらでも産み出せる使い魔の数と秤に掛けたって、取っておくだけ無駄。アイツらはね。生み出された使い魔を道具としか考えてないのよ。アタシに何百体と配給テストさせて、要らなくなったらすぐさまポイ。本当にお笑い種だよね? アタシ、これでも今まで付き添ってくれた使い魔たちに、それなりに愛情を注いでたんだよ?」


「聖燐……っ!」


 上の空に顔を上げる聖燐は、虚ろだった。

 二人は言葉を失いながら。

 そして聖燐は話すことはもう無いと、本質の怒りへ埋もれる。


「少しでもアタシに同情してくれるのなら、邪魔しないで。これから先、アタシは自分の正義を実行していく。いつだって、アタシでいられるために」


「これ以上、どうするつもりだよ? もうお前が壊したいものなんてないはずだろ⁉」


「馬鹿だな〜春夢は。この世界中に、紛い物の神霊樹はいくら有ると思ってるの? それを全部駆逐しない限り、アタシは止まるつもりは無いよ」


「本気、なんだな。分かったよ」


 脇腹を抑えながら、華火の背から飛び降りる春夢。


「もうお前を引き止めたりはしない。お前の本気マジを止めるには、こっちも全力で止めてやる。それで良いんだよな? 聖燐!」


「春夢。本気で戦うつもりなの⁉ 相手は聖燐なのよ? 友達なのよ?」


なんだな!」


 俯きがちだったハルピコに、意思が宿った。


「僕、せいりんに遊んでもらったんだな! まだ借りたゲームも返してないんだな! せっかく仲良くなれたのに、せいりんが遠くに行っちゃったら、一緒に遊べなくなっちゃうんだな‼ ゲームも返せなくなっちゃうんだな‼ 僕、そんなの嫌なんだな‼」


「ハルピコ」


 陽沙の瞳が揺らぐ。


「ずるいな〜ハルピーは」


 同時に聖燐にも。


 だけどお互いに退くという選択肢は無かった。


 互いのことを想うならば、取るべき行動は一つ。


「私も戦う。春夢だけじゃ、またハルピコに無理させちゃいそうだからね」


「俺への心配は皆無かよ」


「大丈夫なんだな! 僕、まだまだ元気なんだな!」


「陽沙。やるなら周囲の怪魔を速いところ封印しきってくれ。オロチは周囲の怪魔の能力も応用できるみたいなんだ」


「分かった。すぐに済ませるから、それまでやられないで! 華火!」


 華火は急発進で、その場を一時退避。


「んじゃま、こっちも改めて!」


「来るぞ、ハルピコ! 今度はもっと速度を上げていくぞ‼」


「分かったんだな‼」

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