第39話 ハルピコとオロチ
そこで見た光景は、戦乱時代にタイムスリップでもしたようだった。
「
広大な敷地の先、城のようにそびえる瓦屋根の寺に黒煙が立ち上る。
そして周囲には、暴れる
没落寸前の城の前に、陽沙は春夢へ投げかける。
「ただ怪魔によって襲撃されたわけじゃない! 春夢! 貴方の言う通りなら!」
「臭うんだな! はるむ、アイツの匂いなんだな‼」
ハルピコも同調し、春夢はやるべき事を直感で察した。
「俺は
「病み上がりに鞭打って! 信用して良いんでしょうね⁉」
「やれることはやるつもりだ! だよなハルピコ!」
「負けたリベンジなんだな!」
「分かったわ。でも無茶はしないで! 私たちもこの場を鎮圧したら、すぐに援護してあげる!」
互いに頷き、春夢は駆け出した。
陽沙は使い魔である九尾――
「我らも陽沙様に続くぞ‼」
『おおう!』
『ぐもおおおおおお‼』
新たな勢力に、怪魔たちも対抗に群がった。
第二の開戦が始まる最中で、春夢はハルピコへ指示を出す。
「やるぞハルピコ! 行けるな‼」
「もちろんなんだな‼」
息を合わせてからは、手間など掛からなかった。
共に、一人としての怪魔師を思い浮かべるだけで、春夢たちの術――
直進中に迫りくる怪魔たちを掻い潜りながら、二人は建物の中へと突入した。
「煙がむわむわして、鼻がむず痒いんだな」
「俺もこの建物に入るのは初めてなんだよな。どこに
『直進して通路を左だ』
唐突な第三者の声。
すると春夢の肩に、一匹の蝙蝠が停まった。
「なんだな、この鳥さん」
「
『微力ではあるが、協力してやる。案内はするからさっさと進め』
「分かった!」
所々の壁が破壊され、時には侵入している怪魔をやり過ごし、床には引きずったような痕跡が続いていた。
間違いなく、オロチの侵入痕。
そしてそれは、目的地を進むごとに、相手の侵入速度の絶望を募らせる羽目にもなった。
『神霊樹の祭る砦は、建物の最深部だ! 急げ‼』
「ここか⁉」
崩れ、有ったであろう両開きの扉の残骸を踏みしめる。
そして待ち受けていたのは、焼け落ち、灰へとなり替わる神霊樹らしき大樹。
『やはり遅かったか……』
「そんな」
青白い炎が吹き荒れていた。
普通ではない。神霊樹の内部を流れていた
その身で自身を焼きながら、枝も葉もただれて、原型をみるみる失っていく。
「すんすん! 居るんだな。アイツが居るんだな!」
バキリ! と、神霊樹が中心から頭を垂れて、折れていく。
晒された太い根元の内部に、何かのうごめく姿を一行は目にした。
「ああ、やっぱり来ちゃったんだ。でも、一足遅かったね?」
神霊樹の祀られる祭壇奥から、フードで顔を覆う破邪術師団のボスが姿を現す。
伴って主が前に出るや、破砕した樹の根元から顔を上げる、オロチの首。
その口には、緑色に眩く神霊樹の“心臓”を加えていた。
「これでこの国の、怪魔師の根幹は作り変えられる。紛い物の力なんかに頼ってたら、本物から生まれた生命たちが馬鹿を見ちゃうからね~」
そしてオロチは、神霊樹の核を噛み砕いた。
バリボリと咀嚼し、やがて呪力の源を失った神霊樹は、樹皮の筋を飛び交っていた光さえ失い、完全に機能を停止する。
「あ~すっきり」
「ずーっと。こんな未来を思い描いていたのか?」
「
喉から声をひねり出す様に、春夢は弱さを覆い隠しながら名を口にする。
「せいりん? はるむ! ここに、せいりんは居ないんだな!」
ハルピコの取り乱す声。
春夢自身も、嘘であってほしいと願っていた。
しかし相手がそう受け取って否定もしない静寂の時間が、どうあっても彼らの願望を聞き入れることは無く。
「ああ~気づいてたんだ。まあ、一時離れてたとはいえ、友人なだけは有るよ。春夢」
フードを取って、金髪を晒す。
そして首に巻き付けていたネックレスのようなものを外すや、彼女の声質も本来のものに戻っていった。
そこには居た。
紛れも無い、
「せい、りん」
『やはりか』
「その声。浩司も居るんだ。ってことは春夢がいろいろ歴史について知ろうとしてたのも、アンタの入り知恵ってことになるのかな?」
『僕もいろいろと納得できたよ。まさか
「相変わらず嫌味な奴だな。手引きをしたのは確かだよ。破り取ってきたのは、アタシの部下だけど」
摘まんだ手で、ひらひらと丸まった書物を晒す聖燐。
「君たちはここから先が知りたいんでしょう? もしかしたら、このオロチを破る弱点なるものが記されているんじゃないかって」
「だけどね~」と、聖燐は笑顔で巻物を広げて。
それを無残に破っていく。
「そんな記述は無かったよ。この巻物を作成した人物が、真実を知ることは無かったのか。はたまた意図的に隠したのか。どちらにせよ、残念だったね。これにあるのは、
『オロチの対処法が……無い⁉』
すがってきたか細い希望の綱が切れ。
「あとはそうだね〜。この『黒い勾玉』が有ったぐらいかな」
『それはっ⁉︎』
浩司は声を高ぶらせた。
聖燐が摘んで見せた黒い勾玉。それは紛れもなく、ハルピコの過去に起因する物品だ。
「コレに反応するってことは、ハルピーにも有るんだ〜。ということはこの勾玉は、ハルピーとオロチの
「勾玉はオロチにも……。それにオロチの対処法の記述が無いって、それじゃあ……‼︎」
春夢は胸元で茫然とするハルピコを見やる。
聖燐も、意図を掬い取った。春夢がハルピコの出自を気にするのは、当然の事であっただろう。
「そう言えば、春夢はまだハルピーの存在を良く分かってなかったんだっけね。特別に教えてあげる。ハルピーを一言で表すならね、それは『パンドラの箱に残された唯一の希望』なんだよ」
「パンドラの箱の、希望?」
「うん。かつてのオロチとハルピーは一つの神霊樹だったのさ」
春夢、並びに浩司に衝撃が走る。
微細な動作で反応する彼らを楽しむように、聖燐は続けた。
「遠い遠い昔。戦の火が絶えなかった時代。人々はあらゆる資源を求めて、土地を踏み荒らし、生命を踏みにじっていった。当時無害であったコスモス種の怪魔も、邪魔って理由だけで駆除されていったらしいよ。そしてそれこそが、当時最大の過ちを生み出してしまった」
親指の先を後方のオロチに向けて、告げる。
「『子』の命の危機に、『親』の神霊樹は怒った。自身をオロチなる魔物に変質させて、今度は自身が人間共を駆逐してやろう! ってね」
「そんな馬鹿な! 神霊樹にそんな意思が有るのなら、これまでだって例は有ったはずだ! 第一、日本の神霊樹は危険と断定されて、燃やされていったんだぞ⁉ 身の危険があったなら、お前の後ろにある神霊樹だってみすみすやられたりなんか!」
「自分が死ぬぐらいなら問題ないのさ。それに考えてもみてよ。何故怪魔師の始祖ともいえるウチらの先祖は怪魔を封印してきたのか。護国聖賢も、そこら辺の知識が有ったからこそ、怪魔を殺すのではなく、封印の道を選んだんじゃないかな?」
「だ、だったら、ハルピコはなんだ? その話の何処にハルピコが関係している!」
「重大だよ。変質した神霊樹は、その直前に実を落とす。特別な『実』をね」
春夢はそこでようやく察した。
聖燐はその反応を心底、面白そうに。
「自己防衛だったのか。それとも人間からこれから犯す過ちに対して、せめてもの手段として残したのか。そう。オロチの素体となった神霊樹は、最後の最後で産み落としたんだよ。特別な怪魔をね」
『それが』
「ハルピコ……」
浩司の仮説を立証するのならば、頷ける話でもある。
ハルピコとオロチが、同じ神霊樹の力によって生み出された存在ならば。
「でも、それならなぜハルピコは、昔のことを何一つ覚えていないんだ? そもそもどうして封印なんてされていた⁉」
「言ったでしょう? 特別なんだって。微かに残った文献にはこうも書かれてあったよ。『オロチを屠る者。それは時代の垣根を超えし時、新たな術者の血を以って生まれ変わらん』、ってね。詰まるところ、ハルピーは怪魔で唯一、契約者に応じて姿や特性の変えることのできる怪魔。だから余計な記憶だってリセットされる」
『そういう、ことだったのか』
全ての関連性が開示された。
人はまだ、神霊樹に関して全てを熟知しているわけではない。
ハルピコの存在にしろ、オロチの存在にしろ。神霊樹への見解はあらゆる角度から、解釈を変化させていた。
しかしそんな中でも、唯一変わらない関係性。
「これで分かったでしょ? オロチとハルピーは切っても切り離せない。そして戦いは、絶対に避けられない。アタシと春夢にしてもね」
「どうしてなんだ⁉」
割り切れない言葉に、春夢自身は必死に喉から絞り出した。
「どうしてお前が……こんなことを!」
「おかしなこと言うね、春夢。春夢なら分かってるんじゃないの? なんでアタシじゃなくて、アタシだからこそこの事件を起こしたんだって」
反論に、時間を要した。
その間が開戦の合図。
聖燐はオロチの首の一つを大剣に変えて、迫る。
『ボーッとするな春夢! 来るぞ‼』
「っ⁉ ハルピコォオ‼」
「せいりん。どうして……」
春夢の飛び退いた地が、大剣によって破片を散りばめる。
「どうしてなんだな〜〜‼」
ハルピコは叫ぶ。
その哀しみを呪力の原動力として。
『ギアッシャアアアア‼』
両者は激突した。
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