第37話 それぞれに巡る結び付き

 羽嶋はしまとの戦いから一日が経過した。

 同時に春夢はるむが病院で目を覚ますや、病室に陽沙ひさ浩司こうじが訪れ、そして浩司はある事実を開示した。

 破邪術師団はじゃじゅつしだんの凶行中、聖燐せいりんが行方をくらましていたこと。

 浩司の使い魔・邪蝙蝠じゃこうもりが映した映像の中、フードの人物がそれらしき所作や金髪を晒していたことを。


「恐らくだが、幻術に近い認識阻害能力を持つ使い魔を使役する怪魔師かいましが、隣に居る。あの博物館の襲撃時にも兆候は見られたし、なにより看護師の目を掻い潜って外に出るには、それしか無い」


「それじゃあ、やっぱり。聖燐は」


 浩司は静かに頷く。

 春夢も喉に熱いものが込み上げながら、納得しかけるが。


「本当にそれで、犯人だと決めつけるわけ……?」


 消え入りそうな陽沙の声が届けられた。


「ただってことだけじゃない! 憶測で物事を進めるのはやめてよ。なんでそれで春夢も納得してるの……」


「破邪術師団の、首領っぽい奴と戦った。確かに最初はそうとは思わなかったよ。でも戦っていくごとに、重なっていくんだ。奴の影が、聖燐と。極め付けにアイツは、俺と聖燐しか知らないような言動を醸してた」


 春夢は布団を握り込み、陽沙へ非常にも告げる。


「だからこそ俺は、浩司やお前に説明される前から疑っていた。そして同時に、それを覆すだけの自信が、俺には無いんだ」


「っう……! だけどそれは!」


「やめたまえ二人共。陽沙、確かに君の信じたい気持ちも分かる。僕も願望としてはそうであってほしいと願っている。だが僕は性格上、疑いを外すつもりは無い。そして春夢の考えにしても、実際に戦いや言動を見て聞いているのだ。簡単に払拭できはしない」


 陽沙が言葉を飲み込むや、数秒の沈黙が部屋を支配する。

 否定する材料を探しているのか。

 それとも疑う友人らに、非難の思考に囚われているのか。

 そのどっちとも取れる眼光を灯し、弱々しく陽沙を鈍らせた。


「もういい……。私も、自分で判断するわ」


 陽沙はそう言って部屋から退出する。


「相当来てるな、陽沙の奴」


「無理もない。彼女の思考は至極まっとうだよ。僕も到底信じられないでいる。何故、聖燐ほどの怪魔師がこんなことを」


「……むしろ、聖燐だからじゃないのか?」


 春夢の言葉に、浩司は眉を潜ませた。

 二人は知らない。聖燐が抱えている、仄かな闇を。


「アイツはもしかしたら、自分の信念に抑制できていないだけかもしれない。昔から、全力で正しいと思ったことは全力でやり遂げる性格だった。もしもアイツが本当に破邪術師団を率いていたなら、アイツをここまで追い詰めた“何か”が有るのかもしれない」


「確かに、昔から猪突猛進的な性格であったが。しかしそれだけでここまで」


「アイツにはそれだけの力が有る。それに変なところで、大人になり切れない部分だって俺たちにはあるだろ?」


 まだ十六歳でこんな物言いをするのも、若干おこがましいと感じてしまうが、春夢とて見返したがために愚行を歩んだ。

 それに……子供の頃のあの光景――春夢を馬鹿にしたというだけで、いじめっ子に冷徹な暴力を振るっていた聖燐を目にしてさえいなければ、春夢も二人のような態度に陥っていたであろう。


「納得できる部分が、君には有るというわけか。だがどうする? 相手が聖燐であるにしろ無いにしろ、勝算のほどは?」


「勝算。そうだ! ハルピコはどうなった⁉ アイツ、あのオロチに毒を貰って‼」


「心配するな。君と共にここへ運び込まれて、一時間もしないうちに元気になってたよ。今は食堂でエネルギー補給中だ」


「え? それってぴんぴんしてたってことか?」


 頷く浩司。

 そんなこんなで心配もあり、二人で食堂へと足を運ぶと。


「は~いハルピコちゃん。あ~ん」


「もう食べられないんだな」


「野菜もちゃんと食べなきゃダメよ? ちゃんと食べきれたら、この黒面セイバーのステッカーあげちゃう!」


「僕、頑張るんだな!」


『かわいい~』


「なに、アレ……」


 春夢は大変困惑していた。

 看護師や入院している患者らひっくるめて、主に女性陣が三頭身の猫型ぬいぐるみ似使い魔に集まってたのだ。

 皆一様、ハルピコに顔をほころばせて。


「ふと目を離すと一躍、マスコット扱いだ。良かったな。君も鼻が高いんじゃないのか?」


「いや全然! っていうか、こっちが心配してたのが、今じゃ逆に腹立たしいわ!」


「ハルピコ君はあの愛嬌があるからな。女性が群がるのも仕方ない。君も、男の嫉妬は見苦しいぞ?」


「別にアイツがモテたところで関係ねえし! けど何だこの敗北感……別に競ってるわけでもないのに」


「これ以上、君を追い込むと面倒だな。だが、やはり不思議な使い魔だ。ハルピコ君の体力回復には、もしかしたら直接食物の摂取していることに関係しているのかもな」


「直接、食事することにか?」


 頷く浩司。

 すると遠くから「貴方たち、勤務中なんだから仕事仕事!」と、女性陣に注意しにくる看護師上司。

 それを皮切りに人々は退け、春夢と浩司はちょうどいいとばかりにハルピコの横に付く。


「黒面セイバーのすてっかー! でもこれ、何に使うんだな?」


「話を戻そう。実はハルピコ君が目覚めると同時に、僕はこの小さな機材をハルピコ君に渡していた。呪力じゅりょく専門の測定器具だ」


 ハルピコの小さな腕周りに、バンドのような器具が巻き付けられていた。

 そこから得られた情報が、浩司のパソコンへと送信、グラフとなって測定され。


「やはりな。弱っていた呪力が、食事をとったことで補填されている。他の使い魔は一時、身体を消失させなければ回復できない呪力を、ハルピコ君だけは独自の供給方法で賄っている。だからこそ、独断で現出し行動もできる」


「ハルピコ。お前の内部は一体どうなっているんだ?」


 隣に居座るハルピコに視線を落とすと、彼は額にステッカーを張って向き直る。


「お腹が減ったら力が出ないんだな~。それよりもどう、はるむ。僕かっこいい?」


「本人に聞くのは野暮だったかもな」


「まあ、ある程度の理屈を知れれば問題はない。それからそうだな。他に変わった数値は」


 カタカタと打ち鳴らすキーボード音が、途端に止まる。

 浩司は眉を潜ませた。


「どういうことだ? この呪力の性質」


「どうしたんだよ、浩司」


「似ている……あのと」


「はあ⁉」


 驚きで立ち上がる春夢。

 画面上に出されている微細な数値を一目見ただけでは、浩司のように疑惑までは到達しえないが……その一言は何よりも衝撃だった。


「似てるってどういうことだ⁉ まさかハルピコがオロチだって言うのか⁉」


「そういうわけではない。数値上の細かな差異はいくらでも有るし、なによりも姿と生活的感性からも同一などではない。だがしかし、類似点が確かにある」


「類似点って。っていうか待てよ。そもそもお前、どこでオロチの呪力情報なんて仕入れたんだ?」


「なにも映像を撮ってただけじゃないさ。僕の邪蝙蝠には、音波による呪力探知の装備も兼ねてあってね。研究所の襲撃の際に、入手した」


「抜け目ないな。それで、一体何が似てるんだよ」


怪魔かいま神霊樹しんれいじゅの関係性に近いな。君も知っているだろ? 同じ神霊樹から生まれた怪魔には、類似点が有る。それは『呪力の波長』。種別が違えども、まるで同じ出自を証明するかのように、怪魔たちにはそういう気質が生まれながらに備わっている」


「最近の科学でようやく証明された定説だったよな。すると、ハルピコは」


「ああ。オロチと同じ“樹”から生まれた、『兄弟』」


「こいつとオロチが?」


 体中のあちこちに、未だステッカーを張ろうと奮闘するハルピコ。

 どうにもその抜けた行動に、オロチとの関係性が有るようには信じられなかった。


「だけど、もしもこの仮説が本当だとして……なぜここまでハルピコとオロチは強く結びつく? コイツらの間には一体……」


「普通ではないだろうな。もしかすればその鍵を握るのは、『親』の神霊樹かもしれない。とにかく、このことを早急に突き詰めていかなければ」


 話が着地点に到達しかけた頃、ちょうど浩司のスマホに着信が入る。

 春夢は紙コップに注がれた水を飲み干しながら、一息ついて、遠くのテレビに視界を細めた。


「なんだと⁉」


 浩司に緊張の走った叫び。

 それにハルピコは「なんなんだな⁉」と、全身を驚きに震わせた。


「どうしたんだな? はるむ?」


「ハルピコ。どうやら俺たち、休んでる暇は無いようだぞ」


 春夢は銅像のように、視線を釘づけにされていた。

 テレビ画面に映る――街中で行列を繋げて大行進す怪魔の映像を前に。

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