第35話 真実の大口

 思わぬ時間稼ぎに合い、ようやくの目的地へ到達した春夢はるむとハルピコ。

 しかしそこはやはりと言うべきか。もはや春夢の知る公園の面影は何処にも無かった。


「ここにも神霊樹しんれいじゅが」


 遊具に根を絡ませて、鉄の素材を物ともせずに歪ませながら成長する神霊樹。

 かつての思い入れの遊具が、未開の植物に侵食されていた。


「でも、他のと比べて小さいんだな」


「これならまだ、間に合うかもしれない! ハルピコ、この神霊樹の呪力じゅりょく源は」


「もう見つけてるんだな。あっちの方向」


 鎧の胸当ての姿で、ハルピコは目線で示唆。

 一行は滑り台の裏側付近へと足を運んだ。

 地面から大樹の根が張り、滑り台は設置場所から盛り上がっている状態にあった。


「これか」


 そして見つける、水晶のような呪力の源。

 春夢は拳に呪力を送り、そのまま破壊を試みる。


「アレ? なんだろう、この匂い」


 すんすん、と。鼻を痙攣させて、ハルピコは妙な匂いを感知し、激昂。


「はるむ、何か居るんだな!」


「え?」


 その一時が、足元に何かが巻き付く隙を生んでしまう。


「一体なんだ⁉」


 足首に圧力をかける

 それは木々の根であった。

 一人でに動き、姿を変質させて――蛇の姿となって、脛当てとなっているハルピコの皮膚に噛みついた。


「うわああ‼」


「ハルピコ⁉」


 ハルピコの悲鳴に、春夢はすぐさま蛇を蹴りつけ振りほどく。

 途端、鼓膜に妙な風切り音が唸った。

 周囲の木々をなぎ倒し、地面を抉り、不意打ち際の攻撃は容赦なく春夢たちを包む。


「があああっ!」


「うわああああああ~~‼」


 全身に衝撃が走り、地面を数度バウンドしながら転がり着く。

 定まらない視界の端に、迫る人影が一つ。

 フードを深く被り、顔を晒さない敵は、自分の背丈よりも巨大な剣を軽々掲げて、近づいてきた。


「コイツも破邪術師団はじゃじゅつしだんか! ハルピコ、やるぞ!」


「ごめん、はるむ。僕なんだか苦しんだな……」


「っ⁉ まさかさっきの蛇が⁉︎」


「毒はちゃんと効いてくれたようだね?」


 敵は歩を止めて、掲げた剣を手から離す。

 するとその姿は変質し、体積を縮めて先ほどの個体と酷似した蛇に成り代わった。


「この、蛇は……」


「『八岐大蛇ヤマタノオロチ』。あらゆる伝書の元になった怪物であり……お前が持つ白い降魔書こうましょ怪魔かいまが敵対した、唯一の天敵」


「それじゃあ、こいつが!」


 真実に向き合うや、敵の背後から、巨大な影が伸びた。

 ぬるりと、地面から音も無く膨れ上がる巨体。

 銀白の鱗に日光を滑らせて、首筋から突き出た突起物からは、さらに本体とは違う、小型の蛇が五つも顔を成している。


 全長は三十メートル。首から上を起き上げるだけでも、十メートル近くはあった。


「これが、怪魔……? デカすぎる!」


「いいね、その顔。こっちも冥利に尽きる。でもまさか羽嶋はしまを破ってここまで来るとは思ってもみなかったよ。そういう意味では、こっちも手堅かったかな」


「その口ぶり! お前が今回の事件の首謀者なんだな⁉ それじゃあ、この公園や、他の場所に神霊樹が有るのは!」


「ああ。この子が植え付けたんだよ」


 二匹の蛇が、本体のオロチの元へと帰還。

 本体の皮膚に触れるや、その身は吸収されるように消え、オロチの首として追加された。


「くそ! こんなところで‼」


「おや。まだ戦うのかい? 連戦で辛い上、使い魔がその状態で?」


「うるさい!」


 拳を握るや、春夢は相手に振りかざす。

 しかしボスはそれを難なく避けるや、腹部に蹴りを打ち付けた。

 春夢の身体が、またも数メートル先へ吹き飛ばされる。


「がふっ‼ この、身体能力は⁉」


「言っておくけど、オロチの呪力補正は微々たるものだよ? ほとんど俺の力さ」


 春夢の肺の呼吸が、苦しく吐き出される。


「もう、駄目なんだな……」


 と、同時にハルピコの気力が途切れた。

 春夢とハルピコの混同鎧化こんどうがいかが解除され、倒れ込むハルピコを春夢は抱きかかえた。


「は、ハルピコ⁉」


「どうやらここまでのようだね? 残念だよ。伝承のような力をまだ獲得できていない」


 気になる単語に、春夢は顔を上げる。


「お前は、白い降魔書の伝承を、知っているのか?」


「ふふっ。そうじゃなきゃ、コイツの力をどう振るえるって言うんだい?」


 親指を後ろ手に付きつけ、オロチを指すボス。


「ならお前も、見たのか⁉ 対策本部に保管されていた伝承の書物を!」


 ハルピコの謎を追う際に、その歴史が記されていたであろう書物には、肝心のページだけが欠如していた。

 浩司こうじはその具合に、真実から遠ざけようとしている者が居ると勘ぐった。

 そうでなければ、少ない伝承の出所は知りようも無いはずだと。


「だとすると、なるほど。君はしか、伝承を知らないみたいだね」


 予感は的中した。


「いや、ごめんよ。あの書物では、最後まで読み解くなんてできるはずないよね。なにせ肝心な部分は、部下に頼んで破り取ってきてもらったもんだからさ」


 春夢の疑問に少なからず答え、ボスは春夢の髪を掴み立たせる。


「さて。君らにこれから先邪魔されたら、どこかでつまずく布石になっちゃうかもしれないね。やっぱりここで摘んでおくかな」


「くっ!」


「ボス」


 と、そこで羽ばたく音と誰かの声。

 ボスは電柱に止まるカラスを睨む。


「なんだい? 今、ちょっと真剣なとこなんだけど?」


「対策本部の増援部隊が、もうここまで迫ってきてます。撤退を」


「あ、そう。手早い采配だね。君が知らせたのか?」


 ボスは春夢を見下ろし、そして彼の耳に口元を寄せる。


「少しだけ時間をあげるよ。もしもまだ歯向かう気があるのなら、今度こそ求めてみるといい。君の『願い』を」


「願い……」


 言葉の有無に、春夢は縛り付けられる。

 知りたくもない真実が、そこに顔を覗かせて。


「君が、“変わらずにいられるのか”。楽しみにしてるよ」


 その言葉を最後に、ボスの姿は空へと消え、オロチもまた影の中へ戻って行く。

 身体に纏わりついていた緊張の糸がプツリと切れ、春夢は力無く横たえた。


「ここにも神霊樹が! 南部なんぶの報告は本当だったぞ!」


「おい、あっちに誰かが倒れているぞ‼」


「そうか。浩司、間に合ったのか」


 春夢はハルピコを抱きかかえた状態で空を見上げる。

 そして口元を震わせて、悔しさに奥歯を噛みしめる。




「そうですか。春夢は指定の病院へ搬送しておいて下さい」


『分かりました』


 南部家に使える怪魔師かいましにそう頼み、浩司は一先ずの安堵を味わった。

 これから直面する問題に対しての、繋がった唯一の希望。

 同時に、これから立ち会う運命の残酷な舞台へ、自分一人が招かれたわけではないという不甲斐ない楽観に、浩司は苦渋顔を作る。


「やはり、間違いではないのか……⁉︎」


 浩司の目前、テーブルのノートPCには、彼の邪蝙蝠じゃこうもりが撮影した記録映像が流れていた。

 そこに映し出されていたを前に、通話画面がPCに飛び込んだ。


『浩司様。かねてより心配していた件ですが、調査が済みました。誠に申し上げ難いのですが……』


「覚悟はできている。僕の予想は当たっていたのだな?」


『まだ確定というわけではありません。ですが確かに、疑わしいという点では真っ先に候補に上がるかと』


 そうやって、調査を終えた南部家の遣いは告げる。



北条ほくじょうの跡取り――北条ほくじょう聖燐せいりんは入院先で姿をくらましていました。未だ行方知れずです』

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