第34話 決着! 春夢VS羽嶋 3
「はるむ‼」
「ああ、分かってる!」
振り向かなくとも、予測できた。
春夢は上体を逸らし、
羽嶋は肘を片手で受け止めるが、思わぬ威力に、身体を仰け反らせた。
「貴様、一体何を⁉」
「待たせてしまって悪かったな。これが俺たちの、俺たちだからこそできる術‼」
「こんにゃく画家なんだな‼」
「違う! 混同鎧化‼ 自分の技なんだから言えるようにしなさい!」
「言葉が難しんだな……」
「なるほどな。それが歴史にも記されていた、オロチに唯一対抗できる術と言うわけか」
態勢を立て直すや、羽嶋は
遠心力を以て回し蹴りを繰り出すが、春夢はそれを難なく受け止める。
「うおおおおっ‼」
そのまま脚を掴み、逆に羽嶋を投げ飛ばす。
(身体向上の練度が、さっきまでの比ではない!)
羽嶋は空中で態勢を立て直し、着地。
しかしすぐさまその距離まで、春夢たちは詰め寄ってきていた。
迫る危機感に、羽嶋は狛犬を解き放つ。
顎関節など皆無の大口を限界まで押し広げ、二匹の狛犬は春夢らを体内で焼き殺さんと。
「邪魔なんだなーーっ‼」
激高と共に、春夢の身体をハルピコの
見えない『壁』に邪魔されるように、狛犬たちの牙は直前で遮られ崩壊。
春夢は容赦なく炎を殴りつけて、羽嶋もろとも薙ぎ払った。
「呪力を、殴り飛ばすだと⁉」
「うおおおおおおおおおおおおおお‼」
衝撃を振り切った。
春夢たちは反撃の余韻に、息を整えて。
羽嶋は、思わぬダメージに唸りながら、地を引きずった。
「やったんだな、はるむ‼」
「ハルピコ……お前今、『呪力の壁』を作ったよな? そんなことできたのか?」
「え? はるむがやったんじゃないんだな? はるむのポケットから、強い力が流れてるから、てっきり」
言われ、春夢はポケットをまさぐった。
そこにはちょうど、大事に所持していた勾玉が有り――。
(何だこれ。熱を帯びている! もしかしてこいつが、ハルピコの呪力を補佐した?)
「む⁉ はるむ! 悪い人が起きたんだな‼」
春夢は勾玉の件を後に流し、もう一度対面する。
顔面を覆うヘルメットが破砕し、羽嶋は片目にかけた僅かな顔が晒していた。
ケロイドに膨れた、火傷痕の皮膚が覆う目元を。
「俺たちを舐めてたツケだ。そしてここからが、俺の知人を傷つけた落とし前を付けてもらう。お前がまだ、戦うつもりならな」
「なんだな!」
抵抗はするな。
暗喩にそう告げる春夢に、羽嶋は腹の奥から嘲笑する。
「この期に及んで、まさかそんな甘い考えが出るとはな。だが、確かに舐めていたよ。そこだけは詫びておこう。これから先、貴様には地獄に付き合ってもらうことになるしな」
そう言って羽嶋は、
「使い魔を指揮する呪具を! お前、一体何を‼」
「
グローブを脱ぎ捨て、晒された羽嶋の腕。
その素肌は火傷痕でしわを作り、さらには黒く変色した細胞の筋道がある文様を描いていた。
「そして実用に及ぶ術の中でも、人が手を出してはいけない“禁術”も数多く生み出されてしまった。その判定基準は、『他の命を素体・もしくは脅かす行為そのものに類する』こと。この術は比較的グレーに近いが」
呪力の光が、皮膚の文様に灯る。
瞬間、羽嶋は悲痛の唸り声を発した。
「お前、何やってるんだ⁉」
春夢にとって異様な光景だと悟れたのは、羽嶋の悲鳴だけではない。
羽嶋の両腕にある文様が、まるで彼自身の腕を焼いてるように見えたからだ。
文様に灯る光の色は、まるで鉄を熱して生まれる朱色そのもの。
「ぐう……くくく! お前のように、腑抜けた時代を歩く怪魔師とは違うということだ。使い魔の本領を知っているなら、それを最大限活かすことこそが、怪魔師の本懐!」
拳を握り、この時代に対して怒りに震わす。
吹き荒れる炎さえも、羽嶋を意を汲み、青から赤へと性質を変えた。
「はるむ! なんだかあの犬さん、おかしんだな! 匂いが変わっていくんだな‼」
「狛犬は使い魔の中でも呪力によって形を成す。そしてその性質は、コスモス種の持つそれだけではない」
焼けた地面から起き上がる、二匹の狛犬。
地獄の番犬を思わせる狂気の顔と、赤々と滾らせる猛火の身体。
「これが狛犬のもう一つの顔。カオス種としての、な!」
「コスモス種からカオス種に⁉」
凶変ぶりに驚く暇はなかった。
羽嶋の姿がぶれ、次の瞬間には春夢のこめかみに拳の衝撃が走った。
「はるむ! 大丈夫なんだな⁉」
「まだやれる! それよりもアイツは‼」
「上なんだな!」
真上から炎の濁流が押し寄せた。
すれすれで春夢は躱しきると、地面にヒビを穿ち、火柱が広がった。
「これだけの出力。お前、本気か⁉ そんな戦い方をすれば!」
地面から引き抜かれた羽嶋の腕はボロボロだった。
自身の術の威力に耐えられずに焦げ、しかしその細胞は狛犬の呪力によって補填・再生を始めていく。
「傷が治っていくんだな!」
「術者を壊す前提での、術の構築なんて!」
「いいや! これこそが怪魔師のあるべき姿だ‼」
腕の肘から呪力を噴射し、羽嶋は加速。
春夢の顔面を蹴り付け、後方へと飛んでいく彼をさらに追撃していく。
「俺は信念をもって探求した! 何より、俺に期待してくれている組や同僚に応えるために‼ そして辿り着いた! 俺は狛犬の怪魔師として、究極の術を編み出したのだ‼ そのはずなのに、対策本部は俺からライセンスを剥奪した! 現代怪魔師のあるべき術ではないと‼」
「当り前だ! そんな術が許されるわけがない‼ お前は禁忌に片足を突っ込んでいる!」
「黙れ‼」
吹き飛ばされる春夢に、拳を何度も打ち込む羽嶋。
春夢は地面を跳ねては羽嶋の拳に押し戻されるを繰り返し、まさに息をも付かせぬ怒涛の攻撃に晒された。
「術者の命を費やし、使い魔の力を引き出すことの何が悪い⁉ ロクに呪力も扱えん情弱な俺たちが、最大限、使い魔へ力を奉仕できる唯一の術なのだ‼ 使い魔をただ道具のように扱う現代怪魔師に、俺を責める権利がどこにある‼」
両腕から噴出する狛犬の術に対し、春夢も両腕で受け止めながら、互いに組み合った。
しかしその瞬間、羽嶋の両腕が爆炎を撒き散らす。
術者の腕を丸ごと焦がしながら、灼熱の息吹を吐き出し続ける。
目の前の生命が骨まで燃え尽きるまで、羽嶋の怒りは収まる鞘を失って尚、荒れながら。
それに真っ向から、春夢達は逆らった。
「馬鹿な⁉ この呪力の出力になぜ耐えられる⁉」
「ハルピコの力は、お前のような術とは違う! 俺たちは二人で一人‼」
「はるむを傷つけるような真似は、絶対に許さないんだなーーーーっ‼」
春夢の全身を覆う呪力の幕。
先ほどと同じ呪力の壁は、意思を持つように、春夢を炎から守っていた。
全てはハルピコの意思によって。
『うおおおおおおおおおお〜〜‼』
全身を炎に包まれながらも、春夢の前蹴りは威力を全く衰えさせない。
いや逆に、羽嶋の攻撃を両断するぐらいに、力は増していた。
「ご、がああああ!」
強引に上空へと打ち上げられる羽嶋。
それに対し、春夢も地を蹴って追撃する。
「そんなはずはない! 威力は俺の狛犬の方が上のはずだあああーーーーっ‼」
互いの拳が宙で激突し、衝撃が走る。
不安定なまま、地上に激突し、すぐさま身体を治癒していく羽嶋。
その間に春夢たちは迫る。
「くう⁉」
またも拳同士が激突した。
しかし今度は、羽嶋の身体だけが後方へと転がりかけ、春夢は地面を擦りながらも持ちこたえて、すぐさま追撃に出る。
「そんな単調な攻撃に‼」
羽嶋が腕を振るうや、呪力の火が無数の矢となって、飛来。
春夢たちに避けられる間は無く……。
「はるむ! 試したいことがあるんだな‼ そのまま突っ込むんだな‼」
「よし! 頼んだぞ‼」
しかし臆さずに突っ込む春夢たち。
折り重なる集団の矢に対し、回答を提示したのはハルピコであった。
ハルピコの一部である鎧が、呪力によって毛並みを一斉に波立たせて、解き放つ。
青白い光の膨張が、春夢の身体を加速させていく。
「あの動きは、俺と同じ‼」
「僕にもできたんだな!」
狛犬の炎を噴射した移動法を真似、春夢たちは空中を走る。
籠手、並びに脛当ての防具から推進力を得て、宙を蹴り、地を転がり、時には攻撃を撃ち落としながら距離を詰めていく。
「おのれ!」
羽嶋は前に出た。
彼も狛犬の推進力を糧に体術を試みるが。
攻撃が当たる瞬間で、春夢たちは身を翻す。
「逃がすか‼」
手を伸ばすが、辛うじて逃げられ。
春夢を追って、羽嶋の怒涛の追撃が始まった。
お互いに、小技を繰り出しては、牽制と回避を繰り返す。
呪力や使い魔と一心で戦う者同士だからこそついていける動きだ。他者が外野から眺めれば、余りにも人間離れした動きに目で追うことすらできはしない。
そんな二人だけの超速の世界で、勝負の刻は迫る。
(なぜだ!)
羽嶋の視界がブレた。
春夢の動きに、徐々に付いていけなくなり。
「奴の移動法は、付け焼刃の真似事のはず‼ なぜ俺が取り残される!」
「そんなのは決まっている!」
声のする方へと羽嶋は拳を振りかぶる。
しかしそれを難なく春夢は、掌で受け止めた。
「お前は狛犬の出力を引き上げるために、自分の身体を犠牲にしている! ましてやカオス種の配慮無し。極限まで酷使することを念頭に置いた術だ‼ お前の体力が、いつまでも持つはずが無い‼」
「ならば貴様はどうなのだ⁉ 貴様とて、使い魔の呪力の出力に耐えられるはずがない‼」
掴まれた腕先に火柱が駆け抜けるが、春夢の前蹴りが先に羽嶋の胴体を貫いた。
後方へとよろける羽嶋に、ハルピコは応える。
「僕はちゃんと、春夢に無理をさせないよう制御してるんだな。そしたら春夢も、それ以上の動きに付いて来てくれたんだな。お前とは違うんだな!」
決定的な違い。
元のコスモス種である狛犬を、術者の身体を顧みない術を行使するためにカオス種として性質を変えてまで、力に没頭した羽嶋。
反して、互いの作用によって意図せずに力の引き出し方を手繰りながら、共に成長していく春夢とハルピコ。
結局のところ羽嶋は、使い魔が望んだわけではない独りよがりな力に手を出したのだ。事実上、一人で春夢たち二人を相手取っていると言っても変わりなかった。
「決着の時なんだな」
「ああ」
春夢は息を整えて、拳を構えた。
行動の先読みはすぐにできた。羽嶋は後方へとバックステップしながら、狛犬を一体解き放つ。
「ゴアアアアアア~ッ‼」
「
腕の先から真っすぐ解き放たれる、呪力の拳。
それは狛犬の顔面へと直撃し、同時に貫通。
炎が左右に分かれ、羽嶋へと続く唯一の道を築いた。
そして春夢は、躊躇いなく飛び込んでいった。
「緒方流!」
「またさっきの技か⁉ その手に乗るつもりは無い‼」
そのためにもう一体、狛犬を温存していた。
今の狛犬ならば、春夢の身体全身を拘束できる。その一瞬に、こちらも勝負を決めようと、羽嶋の皮膚に火柱が駆け巡った。
「螺旋貫き手‼」
(ここだ! このタイミングで‼)
温存していた狛犬を解き放つ。
紅蓮の口が、既存生物の顎関節を無視した広さで、春夢を捕えようとする。
しかし――。
「うおおおおおお‼」
ハルピコの雄たけび。
瞬間、春夢の鎧から呪力の推進力が勢いを助長させた。
狛犬が、その形状を完成させるよりも速く。
火中を手刀の槍が怯みなく突き進み、到達した。
今度こそ、羽嶋の身体へ。
「馬鹿、な‼」
「今度はそっちが、一手遅かったな」
威力が全身を駆け巡った。
羽嶋の身体は、遥か後方へと飛ばされていく。
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