第33話 『理想の自分』へ。春夢VS羽嶋 2

 羽嶋はしまの左拳が迫る。

 それも、ロンググローブからは青い炎が噴き出し、突きの鋭さは数倍の威力に膨れて襲い来る。


呪力じゅりょくを盛っての、格闘戦術⁉)


 春夢はるむは首を逸らし、顔面直撃の拳をすれすれで回避。

 そして反撃のために膝を腹部に向けて放つが、羽嶋は右腕一つで受け止めた。


「確かお前も体術を用いていたな? 型から察するに、空手辺りか?」


「だったらどうなんだ!」


「拍子抜けもいいところだよ」


 羽嶋のヘルメットに青い光が滑り、彼のロンググローブに文様が浮かぶ。

 まずい! と直感で察した春夢は、さらに拳で牽制しようとするが。


「がふ‼」


 羽嶋のヘルメットが春夢の顔面を直撃。

 頭突きで鈍らせ、さらに受け止めた足を持ち直して、羽嶋は春夢を弧に振り回しながら地面へと放る。


「危ないんだな‼」


「ハルピコ⁉」


 小脇に抱えられていたハルピコが飛び出し、春夢の頭が向かう先の地面へ先回り。

 ふくよかな弾力が、春夢の衝撃を和らげた。


「こんのおお⁉」


 片足を拘束する羽嶋の腕を、もう一つの片足で蹴りつけ、春夢は態勢を整えた。


「ハルピコ、大丈夫か⁉」


「頬が痛いけど、大丈夫なんだな!」


「そうやって、互いに足を引っ張りながら戦うつもりか?」


 羽嶋は二匹の狛犬を解き放った。

 一方は春夢に飛びつきながら、もう片方はハルピコへと揺らめく牙が迫る。


「さ、させるか⁉」


「お前がな」


 手当の構えで、春夢は自身に向かう狛犬を両断――かと思いきや、抵抗もせずに狛犬は姿を空間に散らばらせた。

 その間に羽嶋の膝蹴りが春夢の顎を跳ねた。


「うおおおお! はるむ~、あっつい‼」


 援護に駆けつけようにも、炎の壁が立ちはだかる。

 ハルピコはぴょんぴょん跳ねて狛犬から逃げるだけで、全く近づけなくなった。


「本当に拍子抜けだ。こんな輩共にダイゴが敗北したなど」


「ま、だ、だあ‼」


 息を整え、快進の一撃にと呪力を備えた正拳突きを放つ。

 しかし拳が直撃する寸でで、羽嶋は後方へと飛び退いた。


「そんながむしゃらな攻撃に……⁉」


 ヘルメットの奥の顔が苦悶に歪む。

 羽嶋の腹に、衝撃がめり込んでいた。


(呪力を交えて、拳の威力を飛ばしたのか⁉)


「すうーーっ!」


 さらに春夢の反撃は終わらない。

 もう一度息を整えて、春夢は腕と拳を百八十度、を加えた。


(決めるならここだ! 先生‼ 緒方流おがたりゅうの極意の一つ、ここで使います‼)


 戦いを終わらせるつもりで、追撃に距離を詰めた。


 緒方流空手の神髄。


 それは自身の気血に呪力を通し、強靭な肉体を生み出すことにある。

 人間が本来持つ呪力は、怪魔かいまに比べれば矮小だ。それでも緒方流は幾年の歳月と技術を後世に伝えてきた。

 撃ち出す拳は鋼の強度に。

 手刀は刀にも勝る切れ味を宿し、足刀は城壁をも破砕する砲弾へと生まれ変わる。


 その一撃を以てして、春夢は繰り出した。


(緒方流、螺旋貫き手‼)


 五本の指を真っすぐ突き立たせて、腕を極限まで捻りながら繰り出される貫き手。

 気血を通したその技は、身駆の槍と化し。



 羽嶋の腹部に直撃した。



 二撃目の追い打ち。

 鍛えられた武術家でも、ただでは済まないであろう痛烈な一撃。


「甘かったな」


 しかし春夢の貫き手は、グローブから吹き出る炎によって遮られていた。


「な、ん⁉」


「最初の攻撃は少し焦ったが。構えも方向もワンパターンでは、対処には困らんと言う話だよ‼」


 貫き手の手首を掴み、引き寄せながら羽嶋は膝蹴りを春夢の胴体にお見舞いする。

 腸内を抉るような激痛が走った。

 そして息も付かせぬまま、羽嶋の拳が青い炎を宿して、暴発。

 春夢の全身を炙りながら、吹き飛ばす。


「が、ふ! ぐああああ‼」


 全身を覆う痛み。

 そして心の内を犯す、絶望感。


(一手……足りなかった‼)


「俺と同じ、使い魔と一心同体で戦う怪魔師は現代では稀だ。そういう意味でも期待していたが、どうやらダイゴに勝てたのもまぐれだったようだな?」


「一心同体…………」


 かすれる意識の中で、春夢の脳裏に声が響く。


『力の度合いを知れと言うことよ。互いに一体何ができるのか? 逆にできないことの何を補えるのか? それを知ることこそが、この問題への近道になりえる』


 術が未完成な理由を、師匠である善一ぜんいちはそう告げていた。


(この男は、使い魔を扱って自分の攻撃の練度を上げている。逆に人間にとって脅威となる呪力を内包した術には、使い魔を合間に対処していた)


 羽嶋の戦い方をなぞり、分担の意味を、身を持って理解はできた。


(だけど足りない! 単純に役割を分担する以上に、俺とハルピコには決定的に欠けている! それが分からないと‼ 完璧に混同鎧化こんどうがいかを完成させないと、こいつには‼)


「どうやら手打ちのようだな? ならばお前に用は無い!」


 燃え盛る羽嶋の片足が振り下ろされる、その時。


「やめるんだな~‼」


 ハルピコが羽嶋の頭にぶち当たり、攻撃を中断させる。

 しかしすぐに狛犬が迎撃に飛び掛かり、ハルピコを横殴りに春夢の方へと飛ばす。

 春夢はハルピコを胴体でキャッチ。


「大丈夫か⁉」


「う~ん……! どうしよう、はるむ。僕、このままだと戦えないんだな……」


「ああ。せめてあの時の俺たちのような、完全な一人になれれば」


「完全な、『一人』」


 春夢とハルピコは互いに瞳の奥で通じ合わせた。

 善一は確か、こうも言っていた。


 春夢にとってハルピコは


 ハルピコにとって、春夢は、と。


(もしかして。先生が言いたかったのは!)


「はるむ、やってみるんだな! もたもたしてる時間は無いんだな‼」


「ハルピコ……ああ!」




 頭を振り、羽嶋は立ち上がる春夢らに手をかざす。

 青い炎が噴射され、二人を完全に飲み込んだ。


「白い降魔書こうましょの使い魔。何とも呆気ない幕切れだったな」


 最後を見届けて、羽嶋が踵を返した瞬間――。



 背中全面に、風圧の壁が押し寄せた。



「む⁉」


 すぐさま振り向いた矢先、狛犬によって撒かれた炎の大地が、塵を吹き飛ばす様に沈下していく。


 その中心に居据わる、巨大な呪力の力によって。



「やっぱりだ!」



 心から弾む歓喜の声。

 春夢の全身に、呪力の活気がみなぎり。

 先ほどまで攻撃を受けてボロボロになっていたハルピコも、春夢の胸に鎧となって取り憑いた後は、共に満ち満ちとしていた。


「単純な役割分担を意識するんじゃない! これこそが‼ ハルピコと俺が合わさり、となった存在を想像することこそが、大事だったんだ!」



「はるむは僕の“身体”なんだな! そして僕は、“はるむの中に流れるじゅりょく”なんだな‼」



 答えに辿り着いた。

 お互いがお互いの力を身の一部だと実感し、組み合わせることで、完全な怪魔師として昇華される。


 春夢とハルピコは今、お互いが思い描く『理想の自分』に到達した。

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