第31話 神霊樹


「何だこれは⁉」


 ベットから起床し、開口一番。

 春夢はるむはテレビの画面先で、悪夢のような光景を目にしていた。


『ご、ご覧ください‼ 怪魔かいまです‼ 桜見町おうみちょうの至る所に、怪魔が出没しています‼ ありとあらゆる種が、ここは自分の縄張りだと言わんばかりに、店や建物を滅茶苦茶にしています!』


 ニュースキャスターの現場の映像に、春夢は喉を詰まらせた。


(あり得ない! どうしてこんな一斉に⁉)


『ええ、現場からの映像からも分かる通り、地域住民は直ちに建物内で安全を確保するか、最寄りの指定場所へ避難して下さい! 呪式対策本部じゅしきたいさくほんぶの調査に寄りますと、出没している怪魔のほとんどはコスモス種です! こちらから攻撃したり、意識を逆なでするような行為を取らない限り、襲っては来ません! ただ今、呪式対策本部が早急に対処しています! くれぐれもこちらからは手を出さぬよう……!』


「現れているのはコスモス種だけ……。でも、出元は一体!」


「はるむ~はるむ~」


 ベランダから、ハルピコが呼ぶ。

 春夢はすぐさま駆け寄っていくと、ハルピコは手すりに乗っかりながら、小さな指で指し示した。


「あっちから、変な匂いがするんだな!」



 呪式対策本部からの応援要請の元、現場へ駆けつけていた陽沙ひさ


「そんな……‼︎ どうしてここにが⁉」


 異様な事態なのはすぐに把握できた。

 問題はその根底に根付いていたのが、余りにも巨大であり、すぐにでも対処しなければならない危機感を煽っていたことだ。


 目の前に有るのは、紛れも無い『神霊樹しんれいじゅ』。


 コンクリートの地面を突き破り、廃工場跡地を自身の樹木と葉で侵略しながら、平然とそこにそびえたつ。

 根や樹皮の合間からは、呪力じゅりょくの光が筋を通って脈打ち、それらは果実へと注がれていく。


「すでに怪魔が生まれ出た形跡もあります! それに生れ落ちようとしている実も‼」


「成長速度が異様に速すぎる。これが本来の神霊樹だって言うの……」


「ひ、陽沙様‼」


 付き添ってくれた西園寺さいおんじ怪魔師かいましたちが、お札を構えて臨戦態勢を取っていた。

 枝木から垂れる、巨大な『実』。

 それが地面に落ちるや、果実の皮膚を突き破り、ヤギの風貌を纏う中型の怪魔が現出した。


「慌てないで! 相手はコスモス種よ。穏便に封印術式を構築して」


「しかし続々と実が生れ落ちようとしています! この樹事態をどうにかしなければ、我らでも手が回りません!」


「そうね。一旦、対策本部に連絡して、処理を」


 言いかけたところで、懐からスマホの電子音が鳴り響く。

 画面に表示されているのは、春夢の番号。

 すぐさま耳に当てると、取り乱した春夢の声が、鼓膜を不快に揺さぶった。


『ひ、陽沙! た、大変だ‼ やばいことが起きてる‼ ハルピコが変な匂いがするって言うから、そこに着いて行ったら!』


「落ち着いて春夢。こっちも急ぎの案件が有るの。手短に話して」


 ザザッ! とノイズ交じりの先に、息を整えて春夢は衝撃の事実を告げる。


『神霊樹だ! 神霊樹の樹を見つけた‼』


「な⁉」


 事態の混迷さは、留まることを知らず。



 どさり! どさり!

 砂利や草木の生い茂る広場。公民館や児童館などの駐車場として使われる土地に、一定の音が届けられた。

 全て、実が成熟し地面へ落とされる音だ。

 さらに神霊樹は、旺盛にも怪魔の卵を実らせていき、その成長速度は春夢の想像にも付かない。


『おかしい!』


 電話先の浩司こうじが、現状を疑った。


『その場所に呪力じゅりょくが満ちた土地など確認されていない! そんな場所では怪魔を生み出すどころか、樹が根付くこともないはず! 何かカラクリが有るはずだ‼』


「カラクリっつったって‼ 俺、植物に詳しいわけじゃないぞ! どうやって調べれば!」


「くんくん。くんくん」


 スマホを片耳に、春夢は地面の匂いを嗅ぐハルピコへ近づく。

 ハルピコは徐々に神霊樹の根本付近へ近づき、ほんの少しの隙間に眼球を覗かせた。


「なにやってるんだハルピコ! あんまり近づくと危ないぞ!」


「はるむ! なんだか綺麗な根っこが有るんだな!」


「え?」


 発言が気になり、つられて春夢も腰を落とした。

 ハルピコが覗いていた根元の隙間に、スマホの光を当てる。そこには綺麗な空洞が作り上げられており。


 そこで植物とは思えない、青く発光する結晶の突起物を発見した。


「浩司! もしかしたらだが、呪力の“元”になっている物体を発見した!」


『破壊できるか⁉』


「掘り起こせば、なんとかなるけど!」


『グボアアア‼』


 後方から遠吠えが轟いた。

 身の危険から春夢が反転すると、そこには獰猛そうな猪の怪魔が生れ落ちていた。


「まずい! カオス種まで生れ落ちた‼」


『神霊樹が身の危険を予知したのかもしれん! 一旦、その場は離れろ‼』


 助言に反論の余地は無く。

 春夢はハルピコを抱えて、必死にその場を後にした。


「はるむ~。この街、嫌な匂いがプンプンするんだな。ここ以外にも、あと二つぐらい匂ってくるんだな」


「ここ以外に二つ⁉ どこからだ?」


「あっちとね~。それからあっち」


 最初に北西の方角を指し示し、次に北東の方角を指し示すハルピコ。


(北西の方は陽沙が行っているところか。いや、それ以前に三つ目の神霊樹まで存在しているなんて! どうやったらこんな‼)


 自然の猛威にしては予兆すらなく。

 とにもかくにもと、春夢は浩司にもう一度繋ぐ。


『なに? 北東の方にも、だと?』


「そっち側の被害はどうなってるんだ?」


『いや、そちら側で被害が出ているという報告は受けていない。本当にハルピコ君はそう言ったのか?』


「確かなんだな!」


「本人もそう言ってる。ハルピコ自身の鼻で、二つ目の神霊樹は発見できたんだ。俺も間違いないと思う」


『だとすれば、まだ怪魔を生み出す前ということか? いやしかし……』


「なんとか対策本部に連絡できないか?」


『君らの勘を当てに、上がすぐ動いてくれるとは思えない。それぐらい場は混乱している』


「だったら写メでもなんでも撮ってきてやる! お前は今しがた見つけた南側の神霊樹を、対策本部に連絡してくれ!」


『ちょ、ちょっと待て春夢!』


 通話を一方的に切り、春夢は息を吸う。


「よし、ハルピコ! どうやらこの事態、お前の鼻だけが頼りになりそうだ! 危険な任務だけど、気後れはしてないな?」


「任せろなんだな、はるむ!」


「それじゃあ行くか!」


 一喜一憂し、春夢は次の目的地へと駆け出した。

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