第30話 怪魔師として、門下生として

 陽沙ひさ浩司こうじ。彼らの協力の元、術の構成力を押し広げていく春夢はるむら。

 しかしそこにはあと一歩という、壁が隔てていた。


「それで完全ではないのか、春夢?」


「はい。完璧な状態は、ハルピコも鎧のように、俺の身体に纏わりついていたんですけど」


「顔だけになって、ボールみたいになっちゃったんだな」


 胴体の無いハルピコが、顔だけの状態でぴょんぴょんと跳ねていた。

 二人の未完成な術に対し、善一ぜんいち零香れいかは率直な関心だけを寄せた。


「春夢君の手足にある防具みたいなのが、ハルピコ君の一部なの? 確かに、鎧みたい」


「全く珍妙じゃな~。チビっ子自身が術者に身体を貸し与えるなど」


「本当だったら、手足だけじゃないんだな! 僕も春夢と共に頑張れるんだな!」


 現状、春夢とハルピコの共同術である混同鎧化こんどうがいかは、ハルピコの顔を残すのみで、未だ二人は分かれた状態。

 この状態でも呪力じゅりょくや身体能力は向上してはいるのだが、ぬえと戦った時のポテンシャルと比べれば、やはり数段劣っていた。


「なんか、顔だけのハルピコ君見てると、不健康そうで心配だわ……」


「う~む。術の発動条件はどうなっておる? 一応前よりは進展してるみたいじゃが」


「前までは術を成功させる気概だけでやってたんですけど、そうじゃないみたいです。俺とハルピコが、『共に力を合わせて頑張る!』って、気構えが必要で」


「文字通り、一心同体か。なるほど……少しだけ見えてきたわい。ちびっ子の特性が」


「ほ、本当です先生⁉」


「だったら教えてほしんだな!」


 あと一押しのところでもがく春夢たちにとって、発展するのならどんな意見でも取り入れたい。

 そんな藁にもすがる熱意を前に、善一は口端を吊り上げる。


「お前たちに足りないもの……それはずばり『お互いへの信頼』よ!」


「俺たちの、『信頼』? まだ互いに信じ切れていないってことですか?」


「そんなことないんだな⁉ 僕はちゃんと春夢を信じているんだな‼」


「無論、ただの信頼関係ってわけじゃない。春夢よ、お前にとってハルピコは身体の一部。よ」


「ハルピコが、俺の『一部』?」


「そしてハルピコよ。お前にとっても春夢は身体の一部。自身の呪力を糧に、変わりに拳を振るう。


「春夢が僕の、『分身』?」


 言葉を往復し、二人は首を傾げた。


「力の度合いを知れと言うことよ。互いに一体何ができるのか? 逆にできないことの何を補えるのか? それを知ることこそが、この問題への近道になりえる」


「って、言われましても」


「なんだか難しんだな……」


 二人は善一の言うことに、どうも半信半疑という部分も有った。

 理屈は分かりはするのだが……。

 しかし、善一は心配などこれっぽっちも寄越さずに、げらげら笑う。


「『霊犀一点通れいさいいってんつうず』。そう遠くないうちに分かるだろう。な~に難しい事ではないさ! 武術の修行で自分一人の欠点を埋めるなんかよりも、よっぽどな!」


 膝を手のひらで打ち鳴らし、善一は立ち上がる。


「さて、春夢よ! 確かにお前にはこの術の完成を急がねばならん。しかしいざ術を完成させて、お前自身が拳の振り方が未熟になれば、話にもなるまい。今日からお前に、緒方おがた流の極意の一つを授ける」


「緒方流の⁉ でもそれって、俺が未熟だから教えられないって、先生は!」


「鈍い奴じゃな~。今のお前なら教えても問題ないということじゃよ。お家への未練と言う邪念を払った今、お前はここの門下生として申し分ない。どうする? やるか?」


 この道場の門下生となって、幾度となく拒否されてきた技の教授。

 念願叶い、しかも成長を認められ先生の方から誘われる形となれば、答えは一つしかないであろう。


「はい! 是非‼」


「僕も習いたいんだな~」


 春夢の後を追うようにハルピコも賛同し、三人はそのまま取り掛かる。

 零香はその空間に自分は邪魔になると席に外しつつも、その頬を緩ませていた。


(やっと、か。今晩の夕食は少し豪華にしようかしら)


 春夢が怪魔師かいましとして。そしてこの道場に背負うに恥じない一歩を踏む。

 この日を待ち望んでいたのは、零香も同様であった。



 そうやって、彼らが力を付けていくと同時に。

 その日を境に…………桜見町おうみちょうの日常は、静かに形を変えていた。

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