第29話 伝説の怪魔

 風に揺られ、軋んだ音でさび付いた照明が揺れる。

 地面に延びる三つの影もメトロノームのように揺れる中、閉鎖された廃工場跡地に、破邪術師団はじゃじゅつしだんは居た。


「こんな場所で儀式を行うのか?」


「支障はきたさんよ。もしもこれが成功すれば、ようやく我らの悲願が果されるであろう」


「成功を祈ろうではないか」と、仰木おおぎは好奇心に胸躍らせていた。


 廃工場の中央地面には、手書きで描かれた円陣の文様。

 その中心には、自分たちのボスが背を向けて立ち、右腕の素肌から使い魔の文様を表出させた。

 黒く可視化された呪力じゅりょくの霧と共に、全身黒く塗りつぶされた大蛇がボスの右腕から生え変わるようにして現出。

 さらにボスは左手に持ってたものを宙に放り投げると、大蛇はすぐに反応して後を追う。

 放り出された神霊樹しんれいじゅの根っこを、大蛇が飲み込んだ。


「うあ、く‼」


「むう⁉」


 ボスが苦しみだし膝を着く。

 羽嶋はしまは駆け寄ろうとするが、仰木が腕で静止した。儀式はまだ失敗ではないと。


『ギギ、シャアーー‼』


 伴って大蛇もまたもがき、変化はすぐに訪れた。


 まるで脱皮でもするように、内部から膨らんでいく肉厚が表面の皮膚に押し寄せ、剥がしていく。


 新たな皮膚は、今までの影に染められた黒ではない。銀白の鱗を備え、人の目に造形として映る容姿へと変貌させた。


「これは、『進化』か? 使い魔が成長するなど」


「いいや。明確には姿っと言う方が正しい。やはり伝承は本当であった。ここまで信じ続けて着いてきた甲斐が有ったというものだよ!」


「いいや、まだだ」


 ボスのくぐもった変声に制された。

 フードの奥から更に七つのも降魔書こうましょを取り出し、それを一斉に地面へと広げる。


「それは、俺とダイゴが集めた降魔書」


「遥か昔、大勢の人間を喰らい、厄災と変わらぬ脅威と断定された怪魔かいまが居た。暴虐の限りを尽くしたが、やがてその脅威の前にある人間が立ち上がり、怪魔は討伐された。そして人々は、二度とその怪魔が復活せぬようにと八つの降魔書に分けて封印を施した」


「一体の怪魔を八つにだと? まさかこいつが」


「今から見せてやる。さあ、お前の好きなようにしろ」


『ギアッシャアアアアアアア‼』


 歓喜に震わす、大蛇の雄たけび。

 本体の共鳴に応じて、降魔書のそれぞれから身体の一部が現出した。

 現れる蛇たち。大きさは本体ほどではないが、その形はそれぞれで異なっていた。

 ツタのように細長い体毛を生やす個体。切り株をカタツムリのように、背中で背負う個体。木の枝を手足として生やす個体。木の実を尻尾の先端に実らせる個体。


「まさか、こいつらは!」


「お前も気づいたか? そうだ。こやつらはただの怪魔ではない」


 七匹の蛇が集結し、本体の皮膚に触れるや、吸収されるように同化。皆が一様に一つの存在へと融合していく。

 その様を、羽嶋は驚愕を隠せぬまま。

 仰木は現実として目の前の光景に、至高で声を高鳴らせる。


「かつて厄災の如き力を振るったこの怪魔は、当時の人間の悪逆によって呼び覚まされた。その横暴を止めるためにが姿を変えたのだ!」


「まさかそれは⁉」


「『神霊樹』だよ」


 大蛇の背中に当たる皮膚から、樹木の枝が生えて並び立つ。

 それらにも皮膚と鱗が生え渡り、やがて蛇の顔を成した。

 正面から見れば、さながら仏像が背負う光背こうはいを髣髴とさせる。支柱となる大蛇の背後に、一回り小さな蛇の首が七本。

 ボスは肩を上下させて笑う。


「『八岐大蛇ヤマタノオロチ』。900年ぶりの復活だ」


「神霊樹そのものを怪魔になど。一体どんな儀式を施せば、こんな……!」


 一怪魔師として、羽嶋は現実を疑った。

 その心構えすら嘲笑うように、ボスは応える。


「世間の怪魔師は知りえはしない。神霊樹の本当の姿を……そして本当の力をな」


「神霊樹の本当の力だと……。それは一体。そして、それを知っている貴方は!」


 振り返り、ボスの唇が吊り上がる。

 彼らの凶行は、万全に上り詰めた。

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