第28話 ハルピコの謎
地獄を乗り越えたのちの、午後六時。
休息と食事も兼ねた療養に、
「随分としごかれたようだな? 成果のほどはどうだ?」
「おかげさまで、術の構築力は半分は進んだよ。寿命も半分使いきったような気がするが」
げっそりと、ボクサーの減量後のような表情の春夢。
「ハンバーグ、美味しんだな~」
半面、ハルピコはむしゃむしゃと好物に有り付き、モリモリ体力を回復していた。
「さっきまで俺と同じでぐったりしてたのに。元気だな、ハルピコは」
「直接、摂取する使い魔か。確かにイレギュラーだな。しかし順調で安心したよ。僕からできることは、情報の提供とサポートぐらいだからね」
「サポート? 何かあるのか」
「僕なりにだが、陽沙から聞いた真実と照らし合わせてみて、君の使い魔に関しての歴史を漁ってみたんだよ」
「本当か⁉」
つい、生気が戻ってしまう春夢。
どれだけ図書館やネット、自身が持つ書物に目を通しても、白い
ハルピコに関する秘密が分かれば、どんな特技が存在するのか、特訓にも大いに役立つ。
「それで? 何が分かった!」
「期待を寄せているようで悪いが、僕も全てを暴き出せたわけではない。何せ、普通の方法では無かったからね」
「え? 何その、犯罪紛いなことに手を出したような言い方」
「正直、グレーゾーンだったよ。
「きんせいとしつ? ひょれってなんらんらな?」
「こらハルピコ、ご飯を食べながら喋るんじゃない」
「
「もぐもぐ、ごくん……。何だか怖そうなんだな」
「実際、やばいとこだぞ。っていうか、そんな場所に良く潜り込めたな浩司? まさか無断か?」
「厳重に完備されているんだ。僕は、
「職権乱用も良いとこだな。普通の人間や怪魔師では絶対に立ち入れないのに」
「ちゃんと捜査には協力したよ。お陰で彼らの目的も、少しは検討がついてきた。それに伴って、白い降魔書の記述も付き添うようにな」
「それって……!」
頭に過る。
何故、破邪術師団がハルピコを狙っていたのか、その理由について。
「春夢。君が普通の手段で調べても、見つからないのは無理も無い。君の使い魔、ハルピコ君は、かつての古い文献の中で埋もれていった、『伝承の化石』だよ」
「タブーとされた保管室に? こいつはそんな、悪い使い魔じゃないぞ」
「ハルピコ君が問題ではない。注視すべきはその出自だ」
浩司は、書室から盗み出したデータを、PC画面で見せる。
そこには、誰かが描いたであろう絵巻物が映し出されていた。
「これは?」
「平安時代末期。今からざっと900年以上前の絵巻物だ。誰かが記した、とある
「確かに。この黒い蛇みたいなものは……」
絵巻物に描かれていたのは、人を丸呑みにできそうなほどに巨大に描かれる蛇。
それを前に兵が刀や弓を掲げて、果敢に立ち向かう人々の姿が描かれていた。
「護国聖賢が現れるずっと昔。人々が怪魔への対処法を見出せていなかった時代。いくつもの村を滅ぼし回った、厄災とも言われた怪魔が居た。人々はそれに恐れながらも果敢に立ち向かったが」
絵の続きになる画像へ移行すると、地面には人々の死体が描かれており。
そして悠然とそれらを見下す大蛇の顔は、昔の絵と言っても軽く畏怖を感じるほどに禍々しかった。
「結果はご覧の通り。この時代にはすでに陰陽道が栄えてはいたが、当時ではどうすることもできなかった。人々は絶望にかられ、この怪魔が都市へと牙を向けようとしたその時」
次の画像に移行すると、そこにはたった一人の人間が大蛇と対峙していた。
この時代には合わない、妙な鎧を身にまとって。
「一人の救世主が現れた。その人間は、神具の鎧を身に纏い、数多の命を食らった怪魔を、見事に撃退したそうだ」
「幸福なハッピーエンドだな。だけどそれと白い降魔書に何が関係している? っていうか、これって本当のことなのか?」
「これが古い資料であることは確かだ。そして、この話には続きがある。考えてもみろ。君が言うように絵空事の資料なら、何で呪式対策本部が世間から隠す必要があるのか」
その答えとなる続きを、浩司は開示した。
「一本の樹木と、これは……絵巻?」
でかでかと、春夢がそうと思しき図が描かれていた。
「神霊樹。並びに、当時に製作された降魔書だよ」
「え? 当時の降魔書って!」
「僕も驚嘆したよ。護国聖賢が広めた降魔書技術は、この時代より400年も後のことだ。この時代の人々は怪魔の対処を知らないがゆえに、神霊樹の根絶を目指すしかなかった。もしもこれが本当であるなら」
「日本で初めての降魔書になる……。そしてそれこそが」
「ああ。白い降魔書だよ」
断言する浩司。
「そ、それじゃあ。その巻物に封印されていたハルピコは、一体」
「そこまでは分からない。しかし僕が思うに、この絵に書かれてあるものこそが全てだと睨んでいる。この大蛇を撃った救世主の付けている鎧」
「これがハルピコだって? だけど、そんな」
春夢はつい、隣でオレンジジュースを飲み干すハルピコ見やる。
やはりハルピコがそんな古くから存在している怪魔には、どうしても思えなかった。現代の言葉を話し、この社会に順応している姿を見れば尚更だ。
「あくまで予想だ。そしてもう一つ、僕の予想がある。この絵巻に描かれている大蛇なんだが、もしかしたら
「破邪術師団が、この使い魔を! 冗談だろ?」
「襲撃された時、僕の使い魔に戦闘の映像を撮らせておいた。絵巻と全く一緒だったよ」
動画を流すや、そこには銃撃で応戦する警察陣。
相手は、月明かりに照らされているにも関わらず体色が闇のように黒い、一体の大蛇である。
「普通の怪魔よりも、確かにデカい。こんな奴を、破邪術師団は」
「何なんだなこれ? 何かのヒーロー番組なんだな?」
「ハルピコの方は、余り因縁めいたものを感じてる様子は無いぞ、浩司」
浩司の眼鏡が、天井の照明で反射を帯びた。
無言を貫くということは、彼自身もまだ自信が無いということなのだろう。春夢はそう汲み取って、「だけど」と話を促す。
「もうすでに、対策本部には仮説を伝えたんだろ? それで信じてもらえたのか?」
「検討はすると言っていたが、上はどうも乗り気に感じられない。僕は、もしかしてと思い、奴らが襲撃した寺やその他の足取りを辿ってみたんだ。そしたら案の状、危険と断定され封印されていた降魔書が盗み出されていた」
「こっちがから回ってる間に、あっちは着々とか。せめて対処法は無いのか? いろいろ記されているのなら、弱点とかあるはずだろ? どうやって倒したか、とか」
「それがなんだが」
渋る浩司。春夢は嫌な予感を過らせて。
「無いんだ。どうやって対処したかを記されていた箇所は、巻物からごっそりと破り取られていた。まるで誰かが、意図的に隠したようにね」
二人は事態の不穏さに何かの闇を感じ取る。
「誰かが真実から遠ざけようとしている。自分たちに都合の良いようにと。これに関しては僕個人で突き詰めていく。君は目先の術に対処してくれ。もしも伝承通りなら、ハルピコ君が鍵になる」
「なるほど。責任重大ってわけか」
などと流してみるが、春夢にとっては荒唐無稽なものだった。
大昔に厄災として恐れられていた伝説の怪魔。
もし本物であるなら、果たして通用するのかどうなのか。
「それからもう一つ、気になる箇所があってね。巻物が破り取られる手前に、奇妙な図があったんだ」
「それがこれだよ」。浩司はもう一つの画像を提示し、春夢はそれに目を見開いた。
「これは……『勾玉』か? これってもしかして!」
春夢は所持する白い勾玉を取り出し、浩司も眼鏡を光らせた。
「やはり持っていたか。それは白い降魔書に付属していたものか?」
「ああ。てっきりハルピコの
「所持しているのは、その一つだけか?」
「そうだけど……それがどうかしたか?」
「勾玉は、二つ有る。この図にはね」
巻物に記された人の絵には、その左右に勾玉が描かれており……それに付随する形で、描かれた人間には剣と盾と思しき武具を携えていた。
「どういうことだ? 勾玉が二つに……武器みたいなのを持って、この絵は何を表してる?」
「それを伝えるためのページが欠けている。現段階では分からないが、これこそが数少ない鍵なのかもしれない……。この怪魔を対処するためのね」
「憶測か?」
「それにも劣る、希望的観測だよ。とにかく君が持つ勾玉は、思った以上に重要なものかもしれない。ただ問題は、そのもう一つの勾玉が現在どこにあるかだな」
いろんな情報が開示されはしたが、同時に多くの疑問が生まれ、それに対する解答は見えてこず。
現状、この謎だらけの事象に、どう向き合えばいいのか。彼らには検討も付かなかった。
二つの勾玉が何を指すのか? 片割れはどこへ消えてしまったのか?
そして何より、その中心になるハルピコは、一体どんな怪魔であったのか……。
「ねえねえ、僕にもこの機械の扱い教えてほしんだな? カチカチやってる姿、かっこいいんだな!」
「ふっ。君の使い魔は見る目が有る。ついでにいくつか質問させてくれ。好きな食べ物とか習慣とか。あとどうしてそこまで愛くるしいのかも、ついでに」
「本当に、こんな奴らに任せて大丈夫かな」
疲れで胃もたれしながら、春夢はアイスティーを飲み干した。
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